# [第一部] 科学の終焉と、新しい科学の始まり
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> [!note] 連作
> 本稿は稲見昌彦による連作記事の第一部である。第二部・第三部が存在する(未取り込み)。
> - 第一部(本ページ): 科学の終焉と、新しい科学の始まり
> - 第二部・第三部: 未取り込み
**著者**: [[稲見昌彦]]([[東京大学先端科学技術研究センター]]教授)
**公開**: 2026-02-05
**URL**: https://note.com/drinami/n/n959959f317bc
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## 概要
本稿は、AIの台頭によって科学の本質的な役割が転換しつつあるという主張を展開する。「観測→判断→介入→観測」という閉ループから人間が退場していく「Human-out-of-the-loop」の流れを歴史的・生物学的・哲学的な視点から考察し、科学者が担うべき新しい役割を「真理の翻訳者」として定義する。
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## 主要論点
### Human-out-of-the-loop とは何か
著者は「ループ」を「観測→判断→介入→観測」という閉ループとして定義する。科学そのものの立ち位置がこのループにおいて静かにずれていると主張し、人間がこのループから外れていく現象に着目する。
ループに対する人間の関与の変遷:
- **Human-in-the-loop**: 人間がループの中心にいる状態(近代科学)
- **Human-on-the-loop(スーパーバイザリーコントロール)**: 自動化されつつも人間が監視する状態(現在のAI利用の多く)
- **Human-out-of-the-loop**: 自然とAIの閉ループが高速で回り続け、人間は常時監視しない状態(今後の方向性)
### 科学の歴史的進化
三段階の発展として記述する:
1. **狩猟採集時代**: 人間は自然循環の外にいた
2. **農耕時代**: 人間がループに加わり、観察→実践のフィードバックを開始
3. **近代科学**: 仮説→実験→観測→解釈の方法論化。Human-in-the-loop の完成形
[[ノーバート・ウィーナー]]による1948年の『サイバネティクス』発表が転機として位置づけられる。フィードバックループが生物と機械に共通する原理として数学的に記述可能になったことが、人間がループから退場するための理論的基盤となった。
### 予測と圧縮としての科学
[[マックス・テグマーク]]の研究例として、AIに運動データを与えるとニュートン力学が「力」や「エネルギー」という概念なしに再発見されることを紹介する。これは理論とは観測を短い記述へ圧縮するもの(コルモゴロフ複雑性、MDL原理)という見方と一致する。
北野氏の「予測できるなら、人間にとって理解しやすいモデルは必ずしも要らない」という考えに著者は共鳴する。
### 人間の脳とLLMの類似性
Theriaultら(Neuron誌)の研究を引用し、脳の主要機能は「思考」ではなく「[[アロスタシス]]」(身体の生理状態を予測的に調整すること)だと紹介する。Caucheteux らの研究により、人間の脳がGPT-2と同様に確率的に次の単語を予測していることが示され、「人間も確率的システムである」という指摘がなされる。
身体における暗黙的ループ(ホメオスタシス・アロスタシス)は、心拍・血糖・体温を意識なく制御する。著者は、「Human-out-of-the-loop」とは人間の身体がループ外にあるのではなく、身体内の無数のループに対して意識が外側にいる構造だと説明する。
### 科学の二層構造と翻訳者への転換
著者は科学が二層に分かれると予想する:
1. **自動化層**: 自然とAIが暗黙的に回す層(予測・最適化・継続)
2. **翻訳層**: 人間と社会をつなぐ層(判断・価値・責任)
科学は「Human-World インタフェース」となり、ループが吐き出す構造を人間が扱える言葉や制度に変換する役割を担う。自然とAIの閉ループは「水道管」のように壁の向こうへ消えるが、科学はその見えない配管と見える暮らしのあいだに立つ。
翻訳者として機能するには両方の言葉を理解する必要があるため、ループが吐き出す構造を人間が理解できなくなる可能性が最大の懸念事項として挙げられる。「好奇心」——理解できないものへの「なぜ?」という問い——が維持されるべき価値だと著者は考える。
### 「推しの山」概念と不気味の谷
森政弘の「不気味の谷」現象に対して、著者は独自に「推しの山」を提唱する。人間は能力の頂点に立つ者(藤井聡太、大谷翔平など)を応援したくなる心理があり、AIが人間を超えると応援対象ではなく単なる道具になってしまうと指摘する。
### 情動革命とこころの自在化
各時代の革命を次のように位置づける:
- 産業革命: 肉体労働からの解放
- 情報革命: 頭脳労働の効率化
- 情動革命(次期): 感情労働からの解放
「こころの自在化」により、制御や最適化から解放された人間は残されたものに向き合うようになると予想する。産業革命後に近代スポーツが、情報革命後にロボコンやeスポーツが生まれたように、情動革命の先にも新しい楽しみが生まれると著者は期待する。
### 責任と価値判断の線引き
結論として、操作する手は委ねても「何を大事にするか」は手放さないという立場を表明する。技術によって自動化される領域と人間が残す領域の境界——どこに線を引くか——という問いが「ずっと残り続ける」と主張する。
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## 引用・参照文献
- Theriault ら, Neuron誌(脳とアロスタシスに関する研究)
- Caucheteux ら(脳とGPT-2の確率的予測に関する研究)
- [[マックス・テグマーク]](AIによる物理法則の再発見)
- [[ノーバート・ウィーナー]]『サイバネティクス』(1948年)
- 森政弘(不気味の谷)
- 北野氏(予測と理解に関する議論)
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## 関連
- [[Human-out-of-the-loop]] — 本稿の中心概念
- [[サイバネティクス]] — ウィーナーが創始した理論的背景
- [[アロスタシス]] — 人間の脳とLLMの類似性の根拠
- [[稲見昌彦]] — 著者
- [[マックス・テグマーク]] — 予測科学の事例として引用
- [[ノーバート・ウィーナー]] — サイバネティクス創始者
- [[東京大学先端科学技術研究センター]] — 著者の所属機関