# AI in Science: Early Insights
> [!abstract] 概要
> 科学的進歩は経済成長と繁栄の主要な原動力である。AI が科学に与える影響については大きな期待と同時に懸念も存在するが、これまで実証データはほとんど存在しなかった。本稿では、1,500 万件の Gemini 利用ログのサンプル、諸分野にわたる 2,600 以上の特化型 AI モデルのインベントリ、および 600 人以上の科学者を対象とした調査という 3 つのデータソースから初期の洞察を提供する。これらのデータを科学タスクの新しい分類体系にマッピングし、科学者がどのように AI を利用しているかを調査した。その結果、4 つの主な知見が明らかになった。第一に、幅広い導入と網羅性が確認された。科学者は他の大半の職業よりも AI を多く利用している。特化型 AI モデルは幅広い専門分野を網羅し、高い引用数を集めている。調査対象となった科学者のほぼ半数が、何らかの形の AI を毎日利用していると回答している。第二に、LLM(Gemini の利用ログで測定)と特化型モデルが補完関係として機能している証拠を示す。LLM は一般的な分析・コーディング・原稿作成に利用される一方、特化型モデルは領域固有の予測・データ生成・分類を提供している。第三に、科学者は AI 利用による大幅な生産性向上を報告している。週あたり平均約 7 時間の節約が報告されており、その時間は主により多くの研究活動へ再投資されている。最後に、AI がすでに科学プロセスを変容させつつあることを示す。科学研究の一部段階が容易になるにつれて、ボトルネックは下流へと移行している。科学者は未検証の仮説のバックログの増加と、出力検証に対する多大な需要を報告している。これらの知見は、AI が科学の生産性を向上させる大きな可能性を秘めていることを示唆している。しかし他セクターと同様に、その最終的な影響は複雑なタスク相互依存性と、新たに出現したボトルネックの解消に向けた投資に左右されることになる。
## 論文情報
- **タイトル**: AI in Science: Early Insights
- **著者**: Mihai Codreanu\*, Alex Imas\*, Juan Mateos-Garcia\*, Joseph Emmens, Evalyne Muiruri, Arthur Turrell, Julian Jacobs, Atoosa Kasirzadeh, Ana Trišović, Yiyuan Chen, Tanya Rodchenko, Catherine Pollard, Scott Strand, Daniel Rock, Zanna Iscenko, Fabien Curto Millet, Neil Thompson, James Manyika(\*co-led this research, contributed equally, alphabetical order)
- **所属**: [[Google]], [[DeepMind|Google DeepMind]], University of Chicago, CUNEF Universidad, [[MIT FutureTech]], University of Oxford, Carnegie Mellon University, University of Pennsylvania
- **発表日**: 2026年9月
- **URL**: https://ai.google/static/documents/AI-in-Science.pdf
- **データ規模**: Google ATLAS 1.0 における Gemini ログ約 1,500 万件、特化型 AI モデル 2,600 件超、研究者サーベイ 600 名超
## 問題設定と背景
科学的発見は長期的成長の鍵であるが、近年「アイデアを見つけるのが難しくなっている(ideas getting harder to find)」という研究生産性の鈍化が指摘されている。AI はこの傾向を打破する「発明方法自体の発明(Invention of a Method of Invention; IMI)」として期待される一方、低品質な論文の氾濫やハルシネーション、理解の錯覚(illusions of understanding)、漸進的な研究への偏りといった懸念も強い。しかしこれまでの議論は公的書誌データ(遅延が大きい)に頼っており、研究現場での日常的・リアルタイムな AI 活用実態に関する実証データは不足していた。
本稿は Google ATLAS 1.0 の大規模ログ、学術文献から収集した特化型 AI モデルのインベントリ、および米英を中心とする研究者 600 名超のサーベイを MIT FutureTech の科学タスク分類体系に統合し、科学における AI の利用実態と影響を初めて体系的に測定した。
## 科学分野における LLM(Gemini)の活用実態
Google ATLAS の Gemini 対話ログにおいて、科学関連職種(SOC 19)の AI 利用率は全米雇用シェア対比で約 2.7 倍に達し、科学者が一般労働者よりも遥かに高い強度で AI を活用していることが確認された。
**Figure 1: Gemini 利用ログにおける科学領域・専門分野のシェア**
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(Figure 1. 左パネル A: 物理科学が約 50% を占め、次いで健康科学(約 23%)、生命科学(約 14%)、社会科学(約 13%)と続く。右パネル B: 上位分野では計算機科学が突出するが、政治科学・社会学、医学、農学・生物科学など多様な領域に広範に浸透している。)
**Figure 2: 科学領域別のマルチモーダル利用率とドメイン専門知識スコア**
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(Figure 2. 一般業務対比での差分。左パネル A: 社会科学や生命科学において画像・図表を入力・出力するマルチモーダル利用が平均より高い。右パネル B: 計算機科学・物理科学・医学において高い専門知識を要するクエリの比率が高い。)
**Figure 3: 世界各国における人口あたりの Gemini 科学クエリ強度**
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(Figure 3. 科学対話強度の世界的地理分布。研究者人口の多い北米・欧州・東アジアで利用密度が高く、研究者シェアが 1% 増えると科学クエリシェアが約 0.9% 増加する強い相関が見られる。)
## 科学タスクの内訳と分野別の偏り
MIT FutureTech のタスク分類体系に照らすと、Gemini の対話の 42.5% が「定量的研究データの分析およびモデリング」(コーディング・統計解析)に集中している。
**Figure 4: Gemini 利用における科学タスク(Level-1)の内訳**
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(Figure 4. 定量的データ分析(42.5%)に続き、研究結果やステークホルダーへの情報伝達・執筆(14.0%)、プロトタイプ・プロセス技術の開発(11.4%)、実験・サンプル処理操作(9.8%)、学生指導・教育(6.4%)と続く。)
各専門分野によって、Gemini で実行されるタスクには顕著な偏りが存在する。
Table 1: 科学領域別の過大代表・過小代表タスク(MIT FutureTech Tier-1 分類)
| 科学領域 | 過大代表タスク(平均対比で高い) | 過小代表タスク(平均対比で低い) |
| :--- | :--- | :--- |
| **計算機科学 (CS)** | 研究アッセイおよびソフトウェアの開発・トラブルシューティング;定量的研究データの分析・モデリング | 実験およびサンプル処理操作の実施;臨床試験の実行および被験者管理 |
| **物理科学(CS除く)** | 製品・プロトタイプおよびプロセス技術の開発;品質・コンプライアンスおよび規制文書の確保 | 研究データおよび参加者情報の収集;臨床試験の実行および被験者管理 |
| **社会科学** | 研究データおよび参加者情報の収集;学生および研究スタッフの指導・教育 | 実験およびサンプル処理操作の実施;製品・プロトタイプおよびプロセス技術の開発 |
| **健康科学** | 臨床試験の実行および被験者管理;品質・コンプライアンスおよび規制文書の確保 | 製品・プロトタイプおよびプロセス技術の開発;研究アッセイおよびソフトウェアの開発・トラブルシューティング |
| **生命科学** | 実験およびサンプル処理操作の実施;研究プロジェクトおよび運用プロセスの管理 | 研究データおよび参加者情報の収集;臨床試験の実行および被験者管理 |
## ドメイン特化型 AI モデルの分析と LLM との分業
生命科学・材料科学・気候予測など、特定ドメインに特化した 2,600 件以上のモデルインベントリを調査した。
**Figure 5: 特化型 AI モデルの分野別・ドメイン別分布**
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(Figure 5. 左パネル A: 物理科学が約 54%、生命科学が約 28%、健康科学が約 14% を占める。右パネル B: 計算機科学、医学、生化学・遺伝学・分子生物学が上位を占める。)
**Figure 6: 各専門分野の特化型モデルが実行する主要アクション動詞**
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(Figure 6. 全体(上部)では「予測(Predict)」が最多で、「生成(Generate)」「分類(Classify)」が続く。分野別でも、医学や生化学では Predict や Classify が主流であり、LLM の主たる対話行動とは対照的である。)
**Figure 7: 特化型モデルのタスク(Level-1)シェア**
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(Figure 7. 特化型モデルも大分類(Level-1)では「定量的データの分析およびモデリング」が 68.4% と大半を占める。)
**Figure 8: 科学タスクにおける LLM と特化型モデルの分布比較(タスク粒度別の乖離)**
![[_attachments/AI-in-Science/fig08-task-distribution-llm-vs-specialized.png]]
(Figure 8. 左側の大分類(Level 1)では両者ともデータ分析が中心で似ているが、粒度を Level 2、Level 3(最右翼)へと細分化するにつれて相関が単調減少し、実質的な重複が消失する。LLM はコードデバッグや文献要約・執筆支援を担い、特化モデルは疾患予後予測や分子シミュレーション・物性推定を担うという明確な分業・補完関係が示される。)
**Figure 9: 分野横断的な引用フロー(Interdisciplinary Citation Flows)**
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(Figure 9. 左が被引用特化モデルの分野、右が引用論文の分野。計算機科学で開発された特化モデルが、生命科学・医学・材料工学などの他分野の研究から大量に引用・活用されている越境フローを示す。)
**Figure 10: 特化型 AI モデルの開発国と被引用国の世界的地理分布**
![[_attachments/AI-in-Science/fig10-geography-specialized-models.png]]
(Figure 10. パネル A: 開発元は米国・中国・英国・EU 等の先進諸国に高度に集中している。パネル B: 中低所得国(LMICs)は開発割合は低いものの被引用割合が高く、オープンな科学モデルのグローバルな波及効果が確認される。)
## 研究者サーベイ:生産性、ボトルネック、研究テーマへの影響
600 名以上の現役研究者を対象としたサーベイにより、日常の活用度と研究プロセスの質的変化を測定した。
**Figure 11: 科学者の AI 利用頻度**
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(Figure 11. 調査対象の 46.6% が「毎日(Intensively)」AI を利用しており、週単位(Weekly)の 30.6% と合わせると 77.2% が定常的に利用している。)
**Figure 12: 研究室のアウトプットに対する実現された影響と今後の期待**
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(Figure 12. 過去 3 年間で 84% 以上の研究者が研究室のアウトプット増加を実感(Moderate 40.1%, Slight 37.5%, Significant 6.8%)しており、今後 3 年間でも 88% 以上が増加を予測している。)
**Figure 13: ワークフローのボトルネック移動・未検証仮説の蓄積・検証コスト(Verification Tax)**
![[_attachments/AI-in-Science/fig13-bottlenecks-backlog-verification.png]]
(Figure 13. パネル A: 43.5% の研究者がボトルネックが「下流(ウェットラボ実験・臨床検証・フィールド収集)」に移行したと回答。パネル B: 40.9% が「未検証の仮説のバックログが増加した」と回答。パネル C: AI で時間を節約した研究者の 89.3% が節約時間の一部を出力検証(Auditing)に充てており、46.1% は節約時間の 25% 以上を検証に費やしている。)
**Figure 14: 科学研究の各種側面に対する AI の影響についての研究者認識**
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(Figure 14. 他分野の知見へのアクセス向上(68.1% 好意的)、取り組む研究課題の野心度向上(67.3%)、研究アジェンダの広がり(63.0%)で強い合意がある一方、研究リスク(最下段)については「より安全・漸進的なプロジェクトに向かう」が 48.8% に対し「より高リスク・高リターンな問いに挑む」は 27.5% にとどまる。)
## 考察と将来展望
1. **LLM と特化型モデルの補完性とオーケストレーション**:
現状は研究者が手動で LLM(コーディング・草稿作成)と特化型モデル(AlphaFold などの予測)を行き来しているが、将来的には LLM が実験計画の立案、特化モデルの呼び出し、結果の解釈を統合する「自律型オーケストレータ」へと発展する道筋が示唆される。
2. **下流ボトルネックの解消の不可欠性**:
仮説生成や計算が加速しても、物理的な実験や臨床検証の能力がスケールしなければ科学全体の進歩は頭打ちになる。ウェットラボの自動化や検証キャパシティへの投資が求められる。
3. **街灯効果(Streetlight Effect)と研究の漸進化への懸念**:
データや評価ベンチマークが整った「安全で確実な問題」ばかりが解かれやすくなり、ブレークスルーを生む高リスクな探究が相対的に敬遠されるリスクがある。科学政策や評価指標において、真に新規な探索を支援する枠組みの重要性が浮き彫りとなった。
## 出典
- Google ATLAS 1.0 (Iscenko et al., 2026)
- MIT FutureTech Scientific Task Taxonomy (Emmens et al., 2026)
- OpenAlex 学術データベース