# ISC26 Recap
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[[Glenn K. Lockwood]](VAST Data所属、元Microsoft)による2026年ISC High Performance Conference(ドイツ・ハンブルク)の参加記録。技術詳細と地政学的分析を横断する長編ブログ記事で、7回目の参加になるという著者の視点から、HPCコミュニティが「AIをどう受け止めるか」という段階を脱し「AIとどう共存するか」という段階に移行したと総括する。(Source: [[@2026__Glenn K. Lockwood Blog__ISC26 Recap]])
## LineShine: 中国製全CPUスパコンのTop500首位
中国の[[LineShine]]スパコンがTop500首位に立ったことが今回のISCで最大の驚きだった。GPUを一切使わず、Armベースの自社設計CPU([[LineShine|LX2]]プロセッサ)のみで構成される同質(homogeneous)アーキテクチャである点が異例。中国はTop500へのシステム提出を2016年以来控えていたが、今回7年ぶりに復帰した。(Source: [[@2026__Glenn K. Lockwood Blog__ISC26 Recap]])
### LX2プロセッサの技術詳細
LX2はデュアルダイ構成で、各ダイがI/Oチップレット・コアクラスタチップレット・HBMコントローラ・DDRコントローラ・800G NICを個別に持つ。1.55 GHz・304コア/ソケットで60.3 TFLOPS FP64を達成し、ARMv9のSME(行列拡張)により1コアあたり128 FLOPS/サイクル(512-bitベクトル相当)を実現する。GPUがスレッド群で協調して行列積を計算するのに対し、SMEは各スレッドに専用の「ZAタイルレジスタ」を持たせるため、小さい行列でも効率が落ちにくい半面、GPUのテンサー/行列コアほどFLOPSあたりのエネルギー効率は高くないと著者は推測する。(Source: [[@2026__Glenn K. Lockwood Blog__ISC26 Recap]])
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(LineShineのLX2 CPUアーキテクチャの概略図。デュアルダイ構成とチップレット群の配置を示す。Yutong Lu氏がTop500セッションで示したスライドに基づく。Source: ISC26 Recap)
メモリ面では、各CPUにHBMとDDRを接続し、専用DMAエンジンでHBMをDDR用の大容量キャッシュとして機能させる。32 GB・4 TB/sのHBMスペックから旧世代のHBM2e(中国メーカーCXMTが2025年に量産開始したとされる規格)と推測される。DDR仕様は意図的に開示されておらず、CPUの製造プロセス(リソグラフィ)・HBM規格・DDR規格の3点が揃って公表されていない点を著者は指摘する。(Source: [[@2026__Glenn K. Lockwood Blog__ISC26 Recap]])
ネットワーク(LingQi)も中国製で、32ポート100Gスイッチベースの4段ツリー構成(L1〜L4、7.67:1のテーパー)により、光学リンクの使用を最小化しつつ1.6 Tbit/sの注入帯域幅(実質は2枚の独立800Gポート)を実現する。
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(LineShineの珍しい4段ツリートポロジー。単一の中間光学層を持つ構成。Source: ISC26 Recap)
### 地政学的意味合い
上海交通大学([[Shanghai Jiao Tong University]])HPCセンター副ディレクターの[[James Lin]]は、中国のTop500復帰を「米中双方にとってwin-win-winだ」と位置づけた。国際的評価の獲得・Top500の信頼性回復(モデリング&シミュレーション用途に限れば)・米国のHPC予算増加圧力、の3点を挙げる。また、Top500掲載歴のある中国の研究機関がことごとくBISエンティティリスト(米国の禁輸対象リスト)に載っているという事実を突きつけ、「Top500がヒットリストと化していた」現実を指摘した。中国のこの復帰は、米国製チップの禁輸措置が中国独自のスーパーコンピューティング・サプライチェーン構築を後押ししてしまったことを示す一方、HPLに使われたソフトウェアスタック(PyTorch・OpenBLAS・OpenMPI・UCXプロバイダ)は米国発オープンソースに依存している逆説も明らかになった。それでも、Top500の運営がACM SIGHPCへ移管される中、その代表国リストに中国は含まれておらず、中国は引き続き「アウトサイダー」のままだと著者は結論づける。(Source: [[@2026__Glenn K. Lockwood Blog__ISC26 Recap]])
## HPCはAIを気にしなくてもいい
今回のISCは、HPCとAIが(一部技術は重なるものの)同じものではないと会議プログラムが認めた最初の年だったと著者は評する。開幕基調講演のMartin Schulzは40分の講演で「AI」という言葉をわずか10回しか使わず(うち9回は最初の3分間に集中)、代わりに量子コンピューティングについて広く語った。2日目のAmanda Randlesのデジタル・ツイン講演も「AI」4回・「機械学習」6回に対し「シミュレーション」16回と、AI中心ではないメッセージを発していた。LineShineがFP64専用でAI向け低精度演算(8-bit)を一切サポートしない点も、「HPCのリーダーシップはAIのリーダーシップと独立に成立しうる」ことの証左とされる。(Source: [[@2026__Glenn K. Lockwood Blog__ISC26 Recap]])
## それでも蔓延する「AIへの申し訳程度の言及」の誤解
一方で、AIセッション自体の言説の質はSC'25と比べて後退していたと著者は指摘し、2つの誤解を挙げる。
### 誤解1: AIはハードウェアが問題を解決するのを待っている
先端メモリアーキテクチャに関するパネルで、あるパネリストは「AI(推論)のワークフローには演算律速フェーズとメモリ帯域幅律速フェーズが明確に分かれている」ことを前提に、メモリ帯域幅問題を解決するハードウェア設計を主張した。しかし著者は、AI業界には巨額の経済的インセンティブがあり、ハードウェアの新設計を待つよりも早くソフトウェア・アルゴリズムでメモリ帯域幅問題を解決してきたと反論する。IntelがHBM搭載CPUを発表(ISC'21)してから顧客への出荷(2023年)まで7四半期を要したのに対し、ChatGPT登場後の同じ7四半期で投機的デコード(Speculative Decoding)・PagedAttention・FlashAttention-2・prefill/decode分離という4つの根本的な推論アルゴリズム進歩が生まれた。Mixture of Expertsや線形アテンション(非アテンション、Mamba等)のような手法が、そもそもメモリ帯域幅への圧力自体を減らしている。ハードウェアは常に今日の課題を解決するために設計されるが、AIのアルゴリズムは今日の課題を明日には解消してしまうペースで進化する、というのが著者の主張である。(Source: [[@2026__Glenn K. Lockwood Blog__ISC26 Recap]])
### 誤解2: 「AI for HPC」はひとつの単一領域だ
著者は「AI for HPC」を「AI for productivity(既存の作業をAIで速くする)」と「AI for science(AIで従来手に負えなかった問題を扱えるようにする)」という直交する2領域に分けるべきだと主張する。今年のISCでは前者(生産性向上)への言及が過剰で、[[LLM4HPC workshop|2nd LLM4HPC workshop]]も終始「LLMで科学コードを生成する」話に終始しており、SC'25で見られた「AI for science」(サロゲートモデル・エージェンティックなデータ探索)の厚みは感じられなかったと総括する。(Source: [[@2026__Glenn K. Lockwood Blog__ISC26 Recap]])
![[_attachments/isc26-recap/fig04-llm-fortran-benchmark.jpeg]]
(LLM4HPC workshopで示されたFortranコーディングベンチマークの結果。フロンティアモデル(Claude Opus・GPT-5)がFortran専用モデルより高精度という意外な結果を示す。Source: ISC26 Recap)
LLM4HPCワークショップでは、FortranコーディングとOpenACC→OpenMP移植のベンチマークで「フロンティアの汎用モデル(Claude Opus・GPT-5)がFortran専用モデルより高精度」という意外な結果が示された。著者はこれを、世界最高水準のFortranコードの多くが国防・国家安全保障関連の非公開・エアギャップ環境にあり訓練データに含まれていないためだと分析する。続く発表では、非公開のHPC特有ソースコードで小規模なfine-tuningを行うことで、オープンモデルの弱点を大幅に改善できる新しい報酬モデリング手法が示された。著者はここから、各HPCセンターが独自の非公開コードでfine-tuningした専用コーディングモデルを持つ未来を展望する。(Source: [[@2026__Glenn K. Lockwood Blog__ISC26 Recap]])
## 主権AI(Sovereign AI)がすべての国(米国を除く)の次の大目標に
今年のISCで最大級のテーマは「主権AIインフラ」だった。決定的な引き金は、ISC開幕1週間前の6月12日に米国政府が外国人による[[Anthropic]]最強モデル(Fable 5・Mythos 5)へのアクセスを禁止したことである。これは「米国政府がどの国もフロンティアAIモデルから完全に遮断できる」ことを実証してしまった出来事であり、著者はこれを「一国をインターネットから遮断するのに等しい」規模の潜在的破壊力を持つと評価する。英国・カナダ・欧州で進む主権AIインフラ投資は、AI開発競争に勝つためというより、米国のフロンティアモデル独占が武器化されるリスクへの防衛策として位置づけ直されつつある。台湾国家高性能計算センターの[[Weicheng Huang]]は、AIブームがHPCセンターの予算にもたらした恩恵を定量的に示した。(Source: [[@2026__Glenn K. Lockwood Blog__ISC26 Recap]])
同時に、この主権AIの潮流はHPCのセキュリティ・プライバシー・ガバナンス整備の近代化を後押ししている。著者はMicrosoft在籍時からHPCセンターにマルチテナンシーの重要性を説いてきたが、今回のISCで初めて「ユーザー提供鍵の管理」について強い意見を持つHPCアーキテクトに出会えたという。ただしこの主権AIの機運の例外が米国自身であり、米国は「Genesis Mission」という壮大な名前の割に資金・構造が不明瞭な取り組み(2億9,300万ドルの研究資金公募に1万件の提案が殺到)にとどまっている。欧州・アジア・コモンウェルスが5億ドル規模のAIインフラを官民連携で急速に整備しているのとは対照的である。(Source: [[@2026__Glenn K. Lockwood Blog__ISC26 Recap]])
## CPUは復権するか?(LineShineとLX2 vs H100)
LineShineの全CPUアーキテクチャは、開幕直後の「異種混合(heterogeneity)は不可避」というプレナリー主張とわずか1時間で矛盾する皮肉な結果となった。著者はLX2とNVIDIA H100を比較する:
| パラメータ | LX2 | H100 |
| --- | --- | --- |
| 64-bit fp行列 | 60.3 TF FP64 | 66.9 TF FP64 |
| 32-bit fp行列 | 120 TF FP32 | 495 TF TF32 |
| 16-bit fp行列 | 240 TF BF16/FP16 | 989 TF BF16/FP16 |
| 8-bit int行列 | 960 TOPS | 1989 TOPS |
| 行列演算ユニット | 304 ZAタイル | 528 テンサーコア |
| HBM | 32 GB, 4 TB/s | 80 GB, 3.4 TB/s |
| 消費電力 | 690 W | 700 W |
| 8-bit fp行列 | 非対応 | 1980 TF |
| スパース性 | 非対応 | 対応 |
LX2はFP64行列性能を確保する代償として低精度(32/16/8-bit)行列演算が大きく劣後しており、低精度演算を活用する方向に進む科学アプリケーションの潮流とは逆行する。著者はLineShineを「CPUの経済的将来性の指標としては不適切」と評する。LX2は非商用の一点ものであり、収益化して後継チップに繋がる見込みが薄いためである。それでも、経済性を度外視できる中国政府だからこそ可能になった「FP64行列拡張付きCPUはGPUと構造的に競合しうるか」という問いは技術的に興味深いとする。(Source: [[@2026__Glenn K. Lockwood Blog__ISC26 Recap]])
## ストレージ: SugonのParaStorがIO500でDAOSを撃破
Sugon([[Sugon]])の新型オールフラッシュ並列ファイルシステム[[ParaStor F9000]]がIO500でArgonneの大規模DAOSシステムを上回り、Lustre([[Lustre]])やDAOSが数年来のロードマップ機能を漸進的に実装するにとどまる中で唯一のサプライズとなった。ParaStorはDAOSの半分未満のサーバ数(442 vs 642)・SSD数(5K vs 10K)ながら2倍超の帯域幅・メタデータ性能を記録し、かつDAOSの非標準ファイル的API(DFS)と異なり本物のPOSIX(相当)ファイルシステムとして達成した点が特筆される。(Source: [[@2026__Glenn K. Lockwood Blog__ISC26 Recap]])
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(展示会場に並んだSugon ParaStor F9000のラック3台。Source: ISC26 Recap)
著者はいくつかの点で実装の実効性に懐疑的である。14+2 Reed-Solomon消去符号が12ドライブサーバ構成にきれいに収まらないこと(サーバ間で消去符号化している可能性が高く、レイテンシとデュアルコントローラHA構成の必要性に矛盾が生じる)、性能下限を保証するQoSポリシーの実装難易度、メタデータ格納方式が非開示である点などである。著者は「空のシステムで速く動かすのは簡単、日々確実に動かし続けるのが難しい」と釘を刺す。(Source: [[@2026__Glenn K. Lockwood Blog__ISC26 Recap]])
また著者は「AIワークロードは大量の小さいI/Oを要求する」という通説に懐疑的で、AI自体に本質的に必要なIOPSはなく、実際にIOPSを要求しているのは「AIエージェントが並列ファイルシステムを壊すほど大量のファイル作成・ネームスペース走査を行う」という、未熟なユーザーの振る舞いを高い並列度で自動化したものにすぎないと指摘する。(Source: [[@2026__Glenn K. Lockwood Blog__ISC26 Recap]])
## 人間ではなくエージェントのために設計されたスパコンという発想
上海交通大学の[[James Lin]]は講演の後半で、SJTUで進む「人間ではなくAIのために設計されたスーパーコンピュータとは何か」という構想を紹介した。今日のAIエージェントはスパコンについて無知で、素人ユーザーと同じ失敗(大量ファイル作成・ネームスペース走査)を繰り返す一方、ドキュメントを読むなど人間にはできないことも行う。著者はこの発想を敷衍し、パラレルファイルシステムやMPI-IOのような「人間の利便性のために設計されたミドルウェア」は、ユーザーが自らデータオブジェクトを索引化できるなら不要になりうる一方、ターミナルやSlurmスクリプトのような命令型インターフェースに今も依存している矛盾を指摘する。著者自身もAdvancing Autonomous Scientific Discovery(A2SD)ワークショップで「Slurmは自律的・エージェンティックなオーケストレーションには不適切なツールだ」と主張しており、この論点が複数の講演者に共有されていたことを確認した。(Source: [[@2026__Glenn K. Lockwood Blog__ISC26 Recap]])
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(James Linが示した、今週最も興味深いスライドだと著者が評したもの。「人間ではなくAIのために設計されたスーパーコンピュータ」という問いを提起する。Source: ISC26 Recap)
## まとめ
著者は、HPCコミュニティがAIとの「均衡点」を見出しつつあると総括する。最初の2つの基調講演が示すように、AIを気にしなくてもHPCの世界に居場所はある。同時に、AIは長年の常識を見直す契機にもなっている。米国・中国を除く各国は、フロンティアモデルへのアクセスが政治的圧力や輸出規制で遮断されるリスクへの緩和策として、主権AIインフラの整備とドメスティックなHPC専門家によるフロンティアモデルの運用・fine-tuning能力構築を進めている。(Source: [[@2026__Glenn K. Lockwood Blog__ISC26 Recap]])
## 関連
- 著者: [[Glenn K. Lockwood]]
- エンティティ: [[LineShine]] / [[Top500]] / [[Sugon]] / [[ParaStor F9000]] / [[Yutong Lu]] / [[James Lin]] / [[Shanghai Jiao Tong University]] / [[Lustre]]
- 概念: [[主権AI]]