# Trade-Offs Under Pressure - Chapter 7: Discussion
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## 要約
第7章は、本研究の目的(インターネットサービス障害イベントへの対応において、エンジニア間で行われた行動・コミュニケーションを通じて「ルール・オブ・サム」を同定すること)が達成されたことを確認したうえで、第5・6章の知見を第2章の文献レビューの理論的枠組み(異常対応モデル・Woods の動的故障管理)へ接続し直す章である。プロセストレーシング手法そのものの有効性を検証し、本研究の範囲の限界を認めたうえで、今後の研究方向として4つの未解決の問いを提示し、最後にプロセストレーシングの可視化データが訓練・教育に持ちうる可能性に触れて締めくくる。
## 主要主張
- **異常対応モデル(Figure 1)の動的な増補**: プロセストレースの構築過程で明らかになった推論・活動のフェーズは、文献レビューで示した異常対応モデル(Figure 1)とよく整合する。しかし本事例の知見は、単なるモデルへの整合を超えて、異常認識・(再)計画・診断という3つの主要フェーズ間の**動的な相互関係**を増補する。活動は Figure 1 から連想されるような時計回り・反時計回りといった単純な方向性には従わず、むしろフェーズ間の相互関係そのものを検証し、一部の関係の重要性を増幅した。
- 増幅の具体例として3点が挙げられる。(1) **セーフィング(safing)**は対応の重要な一部を占めた。同定された協調エピソードの主眼は、劣化の望ましくない影響を軽減し、根本機構の診断のための時間を「稼ぎ」、新規または裏づけとなる診断データを収集することにあり、エンジニアが協働してサイトの機能をより軽度な劣化状態へ引き上げたことは、治療的介入(therapeutic intervention)とみなせる(Woods & Hollnagel, 2006)。(2) **診断探索は異常認識に周期的に追従する**。診断フェーズで外化されたすべての仮説は、それを裏づける(または裏づけない)異常検知探索によって後続された。(3) **「成功の監視」が是正対応の各行動に後続した**。行動を伴う協調エピソードはそれぞれ、行動の成否についての集団的な確認を伴った。サイドバーコンポーネントの完全な無効化の後には、ログ上でエラーが止まったことの複数の確認が続き、サイドバーの再有効化と「more from the blog」モジュールの無効化の後には、グラフやその他の伝聞情報による、エラーなし・劣化なしの再確認が続いた。
- **是正対応の4つの基本様式(Woods, 1995a)への対応づけ**: 協調エピソードは、Woods が(再)計画フェーズ内で挙げる、より深い「是正対応の4つの基本様式」にも沿っていた。
- **結果の緩和(Mitigate consequences)**: 最初の協調エピソードは対応のごく初期に始まった。ProdEng2 は、サイドバーが障害の病理に関与していることが示唆された時点で、その根底にある関係の機構が未解明であったにもかかわらず、サイドバーを無効化する行動を主導した。
- **伝播経路の遮断(Break propagation paths)**: すべての協調エピソードは、障害を生み出しているコード実行経路を、サインイン済みユーザ向けの主機能(アクティビティフィード)から切り離すことに集中していた。
- **発生源の終息(Terminate source)**: 診断が問題のあるブログ記事へ絞り込まれた後、その記事はunpublishされ、実行中のコードから参照できない状態にされた。
- **後始末(Clean-up after-effects)**: 障害発生当日の環境の最終状態は、サイドバーが完全有効化され、ブログ記事はunpublishされ、「more from the blog」モジュールは無効のまま残された状態であった。その後2日間で、ProdEng2 と ProdEng3 は、イベント中に見られたエラーを適切に処理できるよう、APIとサイドバーモジュールの両方に複数の変更を加えた。
- **プロセストレーシング手法自体の検証**: 副次的な(しかしおそらく同様に重要な)知見として、デジタル成果物とそれを効率的に分析するツールという豊富なデータ源に支えられ、プロセストレーシングがこの分野において有望かつ強力なアプローチであることが検証された。異常対応・動的故障管理はこの分野でより大きな注目に値するテーマであり、今後探究すべき道筋は数多く残されており、プロセストレーシングは今後の研究においてアプローチとして強く検討されるべきだと著者は述べる。
## 実践的含意
第7章末尾は、プロセストレーシングの可視化データそのものが持つ応用可能性を、2つの異なる方向として提示する。
- **事後探索(post-hoc exploration)としての可能性**: プロセストレーシングデータの可視化は、研究の当初想定していなかった新たなパターン(あるいは探究の糸口)を投資者(investigator)自身が発見することを可能にし、研究開始時点で保持していた前提や仮説を反証することにも寄与した。この実績を踏まえ、著者はこうした可視化がイベントの事後探索を助けるツール・成果物として活用できる可能性を指摘する。
- **訓練・教育としての可能性**: 同じ可視化は、事後探索の道具にとどまらず、訓練・教育のための新たな教材・方向性を提供する潜在力を持つと著者は述べる。プロセストレースの可視化(第5章のタイムライン図・診断マップ等)は、過去の障害対応で実際に何が起きたかを具体的に示せるため、これから障害対応に携わるエンジニアの学習教材として転用できる可能性を示唆している。
いずれも本章では「可能性(potential)」として述べられるにとどまり、具体的な訓練プログラムやツール実装の設計は本論文の範囲外である。
## 考察・限界
- 著者は、本修士論文の範囲では、調査の過程で見えてきたすべての探究の糸を追いきれなかったことを唯一の心残りとして明言している。研究が進むにつれて、当初の想定以上に魅力的な問いが次々に浮かび上がる現象を、著者自身「thematic vagabonding(テーマの放浪)」と自己記述している。
- これらの未解決の問いを、著者は今後の研究方向として次の4点にまとめている。
1. 自身が持たない専門知識を要する場面で、オペレータが他者への支援・助力を求める判断に至るのはどのようなヒューリスティック(信号)によってか。
2. 同定されたヒューリスティックの大半は診断に関するものだったが、対応行動そのもの(是正行動の選び方)にも固有のルール・オブ・サムはあるか。本事例で見られたグレースフルデグラデーション対応がヒューリスティックの一種と言える可能性はあるが、それを裏づけるには本研究の裏づけは不十分であると著者自身が留保している。
3. ドメインでの経験年数は、異常対応で取る戦略にどう影響するか。Klein & Hoffman (1992) は、初心者と熟練者の間で戦略に決定的な違いはないと示唆しているが、この知見が本環境でも再現されるかは未検証である。
4. 参加者の組織上の立場は異常対応の活動にどう影響するか。すなわち、マネージャは診断の方向性・計画・再計画の判断について、経験年数とは相関しない異なる考え方をするか。
- これらの問いおよびそれ以外の問いが今後の研究で取り上げられ、本研究が何らかの形で役立つことを著者は望むと述べて章を締めくくっている。
## 関連
- [[Trade-Offs Under Pressure]] — 本論文のハブページ
- [[John Allspaw]] — 本論文の著者
- [[診断ヒューリスティック]] — 第7章が Woods(1995a)の是正対応の4様式・訓練/事後探索という2つの応用可能性へ接続する、本論文の中心概念
- [[@2015__MSc__Trade-Offs Under Pressure - Chapter 6 Analysis]] — 本章が理論的枠組みへ接続し直す分析結果を提示する章
- [[@2015__MSc__Trade-Offs Under Pressure - Chapter 2 Literature Review]] — 本章が再訪する異常対応モデル(Figure 1)・Woods の動的故障管理の出典
- [[@2015__MSc__Trade-Offs Under Pressure - Chapter 8 Conclusions]] — 本章に続く結論の章
## 出典
- `.raw/theses/msc-allspaw-2015-tradeoffs-under-pressure/chapters/ch-07.txt`(PDF p63-65)