> [!abstract] 概要 > 本稿は、技術の哲学・歴史学・社会学・経済学における最近の研究(Vincenti 1990; Searle 1995, 2001; Dupre 1993; Houkes 2009; 2006; de Vries 2003; Nye 2006; Rosenberg 1976, 1990; Pavitt 1987, 1999; Meijers 2009)を統合し、技術の6つの定義と2つの病理を探究することを目的とする。技術を理解する異なる方法の間の関係を明確化し、それぞれの相対的な強みと弱みについての予備的な概観を提供することを目指す。 ## 論文情報 - タイトル: What is Technology? Six Definitions and Two Pathologies - 著者: Paul Nightingale(SPRU, University of Sussex) - 媒体: SPRU Working Paper Series, SWPS 2014-19 - 発表: 2014年10月10日(初稿), 掲載号 October 2014 - 出典: SSRN(Social Science Research Network)経由で公開。DOI・コード URL なし。 ## 概要 Paul Nightingale は、技術という概念が学問分野ごとにバラバラに理解されていること(工学者は人工物として、社会学者は社会関係の凝固として、等)を出発点に、その混乱を解きほぐすため、まず技術の4つの経験的特徴(語としての新しさ、意味の変遷、応用科学ではないこと、暗黙知への依存)を提示し、次に理論的な考察(Searle の Speech Act 理論による方向性の議論)を積み重ねて、段階的に抽象度を上げる6つの定義の階層を構築する。最後に、技術のこの暗黙知的性格が生む2つの認識論的な病理を論じ、技術と科学・技術と世界の関係を誤解する典型的なパターンを指摘する。 ## 問題設定 技術についての学術研究は、工学・イノベーション経営学・社会学・歴史学・哲学など複数の学問分野にまたがっているが、それぞれの分野が異なる前提・視点・関心を持つため、相互の対話が乏しく混乱を招いている。本稿は、技術を(1)人工物として、(2)知識として、(3)凝固した社会関係として理解する複数の立場が、実際にはどのような関係にあるのかを、その根底にある前提を明らかにすることで整理する。 ## 提案手法 ### 経験的特徴(4点) - **語としての新しさ**: technology という語は17世紀に出現した。Thomas Blount の *Glossographia* 第2版(1661年)に初めて登場したが、初版には無かった。19世紀にはほとんど使われず、Cornell の "Making of America" アーカイブ(19世紀文書10万件)では1840年以前に34回しか出現せず、うち31回は Bigelow の *The Elements of Technology*(1829)1冊に集中していた。Encyclopaedia Britannica への初出は第11版(1910-11)で、"technical" の代替語としての言及にとどまり、独立した主要項目が立ったのは第15版(1974年、人類が月面着陸した4年後)だった。(Source: 本文 §1) - **意味の変遷**: 当初 technology は「技芸・工芸の分類体系または体系的研究」(-ology of techne)を意味し、Blount は「工芸・技芸・仕事についての論述または記述」と定義した。19世紀にはドイツ語由来の technics(道具・機械・体系・工程の総体)が好まれ、technology は主に技術大学の名称(Massachusetts Institute of Technology, 1861年設立)などで抽象化された用法として広まった。20世紀半ば、Thorstein Veblen ら米国の論者によって technology が technics を置き換え始め、複雑な産業製品・装置・工程・技能・生産networks・輸送・通信とそれを支える知識全体を指す語として定着した。(Source: 本文 §2) - **応用科学ではないこと**: ライト兄弟は空気力学の確立前に飛行しており、蒸気機関は熱力学の確立前に実用化されていた。技術が応用科学だという発想は19世紀末から20世紀初頭に工学者が自分たちの職業的地位を科学の権威に結びつけるために意図的に広めたものである(Kline, 1995; Layton, 1979; 1971)。科学と技術はむしろ独立しつつ相互作用する2つの知識・実践・制度の体系として理解すべきである(de Solla Price, 1965の「2人の踊り手」の比喩)。ラジオ天文学・近代海洋学は技術(電波望遠鏡・軍事ソナー)から生まれた科学の例であり、固体物理学はトランジスタの発明後にその産業応用を説明する必要から発展した。(Source: 本文 §3) - **暗黙知への強い依存**: あらゆる知識は部分的に暗黙的だが、技術知識はとりわけ強い暗黙的要素を持つ(Polanyi, 1966a; 1968)。技術は心に依存する対象であり、その目的は行為者の主観的な意図を反映し、その操作は言語化されない暗黙の知識に依存する(Searle, 1999)。道具の使用は反実仮想的な未来を構想する能力を要し、これは過去の記憶された行動から未来への投影という時間感覚の背景を前提とする。(Source: 本文 §4) ### 理論(Speech Act と方向性の議論) 科学と技術の目的の違いは、哲学における Speech Act 構造の違いに対応する。志向的心的状態(intentional mental state)は充足条件(condition of satisfaction)を持ち、その充足条件は方向性(direction of fit)によって「mind-to-world」(信念のように、心が世界に一致しなければならない)と「world-to-mind」(欲求のように、世界が心に一致するよう変えられなければならない)の2つに分類される(Searle, 1969)。科学は理論・説明を世界に適合させる mind-to-world の営みであり、真偽の対象となる。技術は世界を先に構想されたアイデア・計画・設計に適合させる world-to-mind の営みであり、機能する/しないの対象であって真偽の対象にはならない(Searle, 1998)。この非対称性から、技術の言明は常に未来志向であり(欲求と同じ方向性を持つため)、科学の言明は過去についても語りうるという違いも導かれる。(Source: 本文 "Theory: The Nature of Technology") ![[_attachments/what-is-technology-six-definitions-and-two-pathologies-4rtkhjgqxo/fig01-direction-argument.png]] (科学と技術の因果の向きの違いを図示したもの。科学は既知の出発条件(原因)から Predict によって未知の結果(効果)を導くのに対し、技術は既知の望ましい結果(効果)から Find によって未知の出発条件(原因)を探る。大砲の弾道の例(既知の質量・角度・装薬エネルギーから着弾点を予測できる)と対比される。Source: 本文 "Theory II: The Direction Argument"、PDF埋め込み図。) この「方向性の議論(Direction Argument)」は、動作原理(operational principle)の概念へと展開する。技術的機能は付与的(imposed)であるため、どの出発条件がその機能を生むかを含意しない。技術者は Polanyi(1958, p.328)の言う動作原理──「phenomena x can be generated using y」という形の、不確実な示唆──に基づいて価値含みの選択を行う。Sir George Cayley(1809)が定めた固定翼機の動作原理「空気の抵抗に対して力を加えることで面に一定の重量を支えさせる」がその古典例である。動作原理の反復適用は機能分解(functional decomposition)を通じて、より具体的な下位問題の階層を生成し、その系列的な問題解決タスクをイノベーション過程と呼ぶ。階層の上位(プロジェクト定義・概念設計)での動作原理の選択は社会的選択・価値判断を反映し、下位に行くほど政治性は薄れ既存決定に規定された技術的問題解決になる。(Source: 本文 §7, Vincenti 1990 pp.102-110 に基づく通常形態の議論を含む) ### 暗黙知の能動的性格(Polanyi の再解釈) Nightingale は Polanyi の暗黙知論を、単なる「背景として存在する静的な文脈」ではなく、機能を創造的に推論する能動的・動的過程として再解釈する。Polanyi は化学者であり、原子の配置が最終分子に還元不能な創発的性質を生む現象(金が金色である理由、水銀が液体である理由を量子力学だけからは説明できない)から着想を得た。Polanyi は focal awareness(注意の焦点)と subsidiary awareness(付随的な意識)を区別し、ステレオ写真の例(2枚の別々の写真に付随的に気づくことで、統合された立体像に焦点的に気づく)でこれを説明する。反復的な暴露(indwelling)によって知識が意識的な注意から暗黙的・付随的な気づきへ移行し、そこで初めて対象の一貫した全体像(coherence)を把握できるようになる。この創造的統合(creative integration)は可逆的な推論や演繹とは異なり、規則によって記述できても規則に還元することはできない。技術における対称性の破れ(symmetry breaking)は設計者が理解を積み上げ統合し「類似性の感覚」を反実仮想的な未来設定へ想像的に外挿することで人為的に作り出される。(Source: 本文 §8, Polanyi 1958, 1966a, 1968, 1969 の引用) ## 新規性 既存研究の多くは技術を単一の定義(人工物・知識・応用科学・社会関係の凝固のいずれか)に押し込めようとするが、本稿は複数の定義それぞれが異なる学問的視点(工学者・イノベーション経営学者・社会学者・技術史家・技術ガバナンス研究者・技術変化史家・哲学者)の関心を反映した正当な立場であることを示し、6段階の抽象度の階層として統合する点に新規性がある。特に、Searle の Speech Act 理論(方向性の議論)を用いて科学と技術の違いを厳密に定式化し、そこから技術の暗黙知的性格・機能の付与性・時間的非対称性を演繹的に導く点、および技術理解の失敗を「ガジェット化」と「世界の技術的な見方の自然化」という2つの明確な病理として名指しする点が独自の貢献である。 ## 実験設定 該当なし(本稿は理論・概念整理論文であり、実証実験を伴わない)。 ## 実験結果 該当なし。 ## 考察 ### 6つの定義 1. **Definition 1**: 技術は人工的機能を生む実体である(エンジニアの視点)。 2. **Definition 2**: 技術は、先に構想されたアイデア・計画・設計に世界を一致させるよう変容させる問題解決過程によって生まれる実体である(イノベーション・技術経営の視点)。 3. **Definition 3**: 技術は、人工的機能を生む人工物、技法、およびそれらが機能するために必要な広範な制度的体制(regime)からなる(社会学者の視点)。 4. **Definition 4**: 技術は、機能・知識・人工物・環境が相互に適応し合う分散的共進化過程の産物である(技術史家、Mokyr 1990 に近い長期視点)。 5. **Definition 5**: 技術は、時間とともに変化する技術的問題を認識し、それに対する有効な解決策を構想・定式化・研究・開発・試験・適用・普及・維持するために必要な知識・概念・実験過程・有形無形の人工物・広範な社会技術システムの全体である(技術ガバナンス研究の視点)。 6. **Definition 6**: 技術は、科学と産業生産が収斂する条件が整った後に発展した、人工的機能の開発・生産・使用に関わる人工物・システム・知識・活動を指す(技術変化史家の視点。分業の進展による生産工程の単純化(Adam Smith, Babbage, Marx, Veblen)を経て、機械ベースの産業化からシステムベースの産業化(蒸気機関から鉄道へ)への移行を捉える)。 これらは表1(Table 1)として要約される。 | 技術の考え方 | 代表的な使用者 | 主要な論点 | |---|---|---| | 問題を解く人工物 | エンジニア | 過程を所与とし、問題を解く | | 問題解決過程の産物 | イノベーション経営者 | 文脈を所与とし、過程を改善する | | 人工物・技法・体制 | 社会学者 | 歴史を所与とし、反実仮想的文脈を扱う | | 共進化する人工物等 | 技術史家 | 歴史の「長期的視野」を探る | | 分散的共進化 | 技術ガバナンス研究者 | システム的相互作用 | | S&T収斂後の体系 | 技術変化史家 | 機械とシステムの質的差異 | | 世界の見方 | 哲学者 | 枠組みを世界に押しつける | (Source: 本文 "Discussion and Conclusion", Table 1) ### システムレバレッジとロックイン 科学と技術が相互に適応した後、技術はシステム的なレバレッジ(規模の経済・学習効果・ネットワーク効果・期待の変化による正のフィードバックループ)を獲得し、経路依存的な軌道にロックインされる(Unruh, 2000; David, 1985)。QWERTY配列・VHS方式・軽水炉は、優れた代替技術が存在したにもかかわらず支配的設計になった例として挙げられる。1890年代の米国では内燃機関を用いた車両設計が1900社によって3200種類存在したが、1920年代には支配的設計が確立し、1955年までにフォード・GM・クライスラーの「ビッグスリー」が米国市場の90%、世界市場の80%を占めるに至った(Abernathy and Utterback, 1978; Unruh, 2000)。 ### 2つの病理 - **Definition 7 / 病理1「ガジェットとしての技術」**: 技術の機能的性質を人工物の内在的な物理特性に取り違える誤り。技術が付与された機能・暗黙知・広範な補完的装置や制度への依存を持つという認知的要素を見落とし、技術を自律的な人工物へと縮減する「幻の客観性(phantom objectivity)」を生む。遺伝子組み換え食品論争は、消費者の拒絶が実は便益を見出せなかったことに起因するにもかかわらず、リスクと「非合理な拒絶」という科学的な語彙で枠づけられる例として挙げられる。 - **病理2「世界を見る一つの方法としての技術」**: 技術的知識の暗黙的性格が、道具的な見方をあたかも自然なものとして誤って受け入れさせる病理。世界を変更・再編・改変すべき対象として道具的に見ることが「第二の天性」になると、それが自然だと誤認する。James Scott の *Seeing Like a State* が描く、予測可能性の枠組みを予測不可能な自然に押しつけた結果、計画が現実と一致せず規範的制約が道具的理由で覆される帰結と重ねられる。哲学者の索引データ(Philosopher's Index, 1940-2009)では science の項目46,240件に対し technology はわずか1,250件しかなく、科学哲学の主要ハンドブック2000ページに technology・artefact・engineering・design の項目が一つも無いことが、この病理が哲学において技術を不可視化してきた証左として挙げられる(Meijers, 2009)。 これら2つの病理はいずれも、技術を実際に機能させるために必要な「不可視のインフラ」(Nightingale, 2004)を過小評価させ、ある設定で機能した技術が別の設定でもそのまま機能するという誤った期待(技術移転の容易さの過大評価)を生む。 ## 強み / 弱点・課題 ### 強み - 複数の学問分野に散在する技術理解を、対立する立場としてではなく、異なる抽象度・関心を持つ相補的な視点の階層として統合的に整理している。 - Searle の Speech Act 理論という厳密な哲学的枠組みを用いて、科学と技術の違いを「方向性(direction of fit)」という一つの原理から演繹的に導出している。 - 技術理解の失敗を「ガジェット化」「世界の自然化」という具体的な病理として名指しし、政策論争(遺伝子組み換え食品、気候変動)における技術の誤った捉え方を診断する実践的な含意を持つ。 ### 弱点・課題 - 著者自身、6つの定義を職業(エンジニア・イノベーション経営者・社会学者等)に対応づける命名は説明のための比喩であり、厳密な排他性や完全な重なりを主張するものではないと繰り返し断っている(本文 "Introduction")。この曖昧さは統合の柔軟性である一方、各定義の境界を厳密に検証する経験的手続きは示されていない。 - 病理の議論は具体例(遺伝子組み換え食品、気候変動政策)への適用にとどまり、病理がどのように測定・診断されうるかの操作的な基準は提示されていない。 - 参考文献の多くが著者自身の過去の著作(Nightingale, 1997; 1998; 2000a&b; 2003; 2004; 2009 等)であり、本稿の理論枠組みが著者自身の一貫した研究プログラムの集大成である一方、外部からの独立した検証可能性については明示されない。