# Highlights from the early (and pre-) history of reliability engineering
> [!abstract] 概要
> 信頼性(reliability)は、人や人工物の望ましい属性として長年称賛されてきた一般的な概念である。1816 年に Samuel T. Coleridge が語を造った慎ましい出発から、信頼性は、質的にも量的にも意味をもつ遍在的な属性へと成長し、技術集約的な現代世界のあらゆる側面に浸透している。
> この短報では、信頼性工学の誕生につながった主要な出来事と思想の歴史、およびその後数十年の発展を取り上げる。まず、統計学と大量生産がこの新しい学問が興る条件であり、その到来を加速した触媒は真空管の(低い)信頼性であったと論じる。1957 年の AGREE 報告書が信頼性工学の誕生に果たした基礎的な役割を示し、1950 年代の多数の取り組みが一貫した新しい技術分野へ統合されたことを述べる。続く 2 十年に学問が 2 つの方向へ進化したことを示す。第 1 に専門化の進展である(統計手法の高度化と、部品の故障の物理そのものに焦点を当てる新分野である信頼性物理の登場)。第 2 に、学問の重心が部品中心からシステム水準の属性(システム信頼性、可用性、安全性)へ移ったことである。最後に、信頼性工学の誕生と発展につながった出来事と思想史上の要点を選ぶにあたり、本研究に主観的な要素があることを認め、網羅性は主張しない。
## 論文情報
- 著者: J.H. Saleh、K. Marais(MIT 航空宇宙工学科。[[MIT]])
- 掲載: Reliability Engineering and System Safety 91 (2006) 249-256。2005 年 1 月受理、2005 年 3 月にオンライン公開。DOI 10.1016/j.ress.2005.01.003
- 種別: 8 ページの短報(short communication)。文献 21 件。長編(30 頁超・章構造)ではない。
- 主題: 信頼性工学の前史(1816〜1950 年代)と最初の約 30 年(1950〜70 年代)の思想史
## 概要
信頼性工学が「いつ・なぜ・どう」生まれ、最初の 3 十年でどう発展したかを、思想史の観点から短くたどる歴史解説である。誕生の条件を統計学と大量生産、触媒を真空管の故障とし、1957 年の AGREE 報告書を学問成立の画期に置く。以後、1960 年代の専門分化(統計手法・信頼性物理・構造信頼性)と部品からシステムへの重心移動、1970 年代のシステム安全(確率論的リスク評価)・ソフトウェア信頼性・契約上の誘因設計という 3 局面で整理する。
## 問題設定
信頼性は現代に広く使われる語である。著者らは Table 1 の検索件数で普及ぶりを示す(2004 年 10 月時点)。
| データベース・検索エンジン | 「reliability」を含む件数 |
|---|---|
| Web of Science(科学引用) | 9,512 |
| Library of Congress | 3,253 |
| Google | 12,500,000 |
語の初出は 1816 年の Coleridge による友人ロバート・サウジーへの賛辞である。著者らの目的は、この学問の過去を認識することで現在をよりよく理解し、将来の課題と機会を見通すことにある。網羅的な歴史ではなく、選択に主観が入ることを明記する。
## 提案手法
歴史叙述であり、提案手法はない。叙述の枠組みは次の 3 段である。
- **土台と触媒(〜1950 年代)**: 統計学と大量生産が土台、真空管が触媒である。
- **統合(1950 年代)**: 散在した取り組みが AGREE 報告書で 1 つの技術分野にまとまる。
- **発展(1960〜70 年代)**: 専門分化とシステム水準への移行が並行して進む。
## 新規性
信頼性工学の起源を、統計学・大量生産・真空管という三要素と、1957 年 AGREE 報告書を画期とする統合過程として一続きに示した点にある。1950 年代の 3 つの発展(規定・予測・改善)と、続く 3 十年を 3 段階にまとめた図式を提示する。ただし著者ら自身が、事象の選択には主観があり網羅性は主張しないと述べる。
## 実験設定
該当しない(歴史文献の整理)。根拠は、Coppola (1984)、Knight (1991)、Denson (1998)、Duncan (1974) など、既存の歴史的総説と一次資料の引用である。
## 実験結果
叙述の要点を時代順に整理する。
### 土台: 統計学と大量生産
確率論は 1654 年の Pascal と Fermat の書簡に始まり、Laplace が 1812 年に解析的手法を導入して賭博以外(人口統計、生命保険など)へ適用範囲を広げた。大量生産、つまり標準化された部品から大量に製品をつくることは、Ford の T 型車で有名になったが、それ以前に成立していた。南北戦争中の Springfield 造兵廠は 1863 年に年 30 万挺超の小銃を生産し、その根幹は 1790 年代後半に Eli Whitney が開発した互換部品の「アメリカ式製造システム」である(着想は 18 世紀中頃のフランスの銃工 Honoré le Blanc に帰される)。職人的な品質管理では大量生産の品質要求を満たせず、1920 年代後半に統計的品質管理、1950 年代中頃に信頼性工学が続いた。
### 触媒: 真空管
1906 年に Lee de Forest が発明した三極管(Audion)は電子革命を開始したが、第二次世界大戦の「魔法戦争」を支えると同時に装置故障の主因でもあり、真空管の交換頻度は他の全装置の 5 倍であった。戦後、米国防総省がこの故障を調べる一連の研究を始め、それらが信頼性工学に結実した。
![[wiki/sources/_attachments/2006__Reliability-Engineering-and-System-Safety__Highlights-from-the-Early-and-pre-History-of-Reliability-Engineering/fig01-enablers-and-catalyst.png]]
*Figure 1: 信頼性工学の土台(統計学・大量生産)と触媒(真空管)*
### 先駆者: Shewhart と統計的品質管理
Bell 研究所の Walter Shewhart が 1920 年代中頃から 1930 年代初めに統計手法を製造の品質管理へ初めて適用し、1931 年の著書で統計的品質管理の原則を示した。しかし米国の生産技術者には「偶然の法則は科学的な生産方法に居場所がない」という根深い確信があり、反応は冷淡だった。第二次世界大戦が受容を加速した。脇道として、Shewhart に学んだ Deming の指導も当時の米国では歓迎されず、1950 年に日本へ渡ってその製造業を変えた(1960 年に天皇から叙勲)。
### 1950 年代: 統合と学問の誕生
AGREE(Advisory Group on Reliability of Electronic Equipment)は 1952 年 8 月 21 日に国防総省と米国電子産業が共同で設置した。使命は、より信頼性の高い装置のための措置の勧告、政府・民間機関での信頼性プログラムの導入支援、信頼性教育の普及である。設置から 5 年後の 1957 年 6 月 4 日に報告書が出て、信頼性が規定・配分・実証できるという保証を全軍に与えた。著者らは、Coppola が挙げるこの日付を、歴史学の時代区分の問題として苦笑まじりに扱いつつ、統合の画期という点は認める。
1950 年代初頭に陸海軍は真空管の信頼性向上に資金を出した。海軍は ARINC に稼働中の真空管の故障データ収集・分析とメーカーへのフィードバックを、陸軍通信隊は Cornell 大学に同様の取り組みを、海軍はさらに Vitro 社と Bell 研究所に真空管以外の部品を、それぞれ委託した。ARINC が 1952 年に出した報告書「Terms of Interest in the Study of Reliability」は、信頼性を確率で定義する今日の定義に大きな影響を与えた。当時は故障時間の確率的性質を認めることへの抵抗が大きかった。1954 年には品質管理と信頼性(電子機器)に関する初の会議が開かれ、その論文集は IEEE Transactions on Reliability になった。
この時期の発展は 3 つに整理される。
- **信頼性の規定**: 定量的な信頼性要求が契約に入る。ただし急ぎすぎて非現実的で定義の悪い要求が多く、放棄と信頼性への不信を招いた(Knight の引用)。
- **信頼性の予測**: 装置の製造・試験の前に部品の信頼性を見積もる必要が生じた。1956 年に RCA が TR-1100(Reliability Stress Analysis for Electronic Equipment)を出し、部品の故障率の解析モデルを示した。これが軍規格 MIL-HDBK-217 の直接の前身である(初版 1961 年)。
- **信頼性の改善**: 現場の故障データ収集、故障部品の分析による原因特定、製造者への是正措置のフィードバックからなる信頼性改善プログラム。
![[wiki/sources/_attachments/2006__Reliability-Engineering-and-System-Safety__Highlights-from-the-Early-and-pre-History-of-Reliability-Engineering/fig02-early-timeline.png]]
*Figure 2: 信頼性工学の初期史の年表(1952 年 ARINC 報告書から 1957 年 AGREE 報告書)と、規定・予測・改善への展開*
### 1960 年代: 専門分化
1960 年代の信頼性工学は 2 つの方向へ進んだ。第 1 は専門化である。統計手法の高度化(冗長性モデル、ベイズ統計、マルコフ連鎖)、部品の故障の物理的原因を扱う信頼性物理(reliability physics)、建築物・橋などの構造健全性を扱う構造信頼性(structural reliability)の 3 分岐が現れた。高信頼部品の ER(established reliability)系列と、スクリーニング要求の TX(testing extra)系列という軍用規格も整備された。第 2 は、部品水準の信頼性から、システム信頼性・有効性(effectiveness)・可用性などシステム水準の属性への移行である。ICBM、F-111 などの先進兵器、Mercury・Gemini・Apollo 計画といった複雑系が背景にある。システム有効性は「呼ばれたときに動く確率(可用性)」と「任務期間中動き続ける確率(信頼性)」の積として定義されたが、1970 年代には政治情勢の変化でライフサイクルコストへ重点が移った。
### 1970 年代: システム安全、ソフトウェア、誘因設計
1960 年代末に真空管は電子機器からほぼ姿を消し、トランジスタの普及で信頼性が大きく向上した。この改善のどれほどが信頼性工学の成果でどれほどが新技術の偶然の産物かについて、Knight は前者の成功を評価し、McGuigan は懐疑的であった。著者らはこの論争に立場を取らず、議論があったことだけを記す。1970 年代は LSI の導入で静電気放電などの新しい故障機構が加わった。特徴は次の 3 点である。
- **システム水準の信頼性と安全**: 原子力規制委員会が 1975 年に出した Rasmussen 報告書(WASH-1400)は、原子力に確率論的手法を初めて適用し、イベントツリーなどの確率論的リスク評価(PRA)手法を導入した。批判を受けつつ、複雑な工学システムのリスクと安全を評価する最初の本格的な試みとされる。商用原子力の大型化と社会的関心が PRA の発展を加速した。
- **ソフトウェア信頼性**: ソフトウェアへの依存の高まりで評価・改善の必要が生じ、1975 年の年次信頼性・保守性シンポジウムに専用トラックが設けられた。初期モデルは未検出エラー数の予測などで、ソフトウェア信頼性の定義そのものが曖昧であった。
- **信頼性改善保証(RIW)**: 契約者に信頼性目標の達成度に応じた報奨金を払う組織的な実験。プログラム管理者が生産を重視して信頼性プログラムを真っ先に切り捨てる傾向への対抗策であり、TACAN 航法装置 ARN-118 は保証なしの ARN-111 に比べ MTBF が 2〜3 倍であった。RIW は 1980 年代の兵器システム保証に発展し、1996 年に廃止された。信頼性予測は MIL-HDBK-217 の更新にとどまり進展は乏しく、RCA の物理モデルは複雑すぎて規格に採用されなかった。
![[wiki/sources/_attachments/2006__Reliability-Engineering-and-System-Safety__Highlights-from-the-Early-and-pre-History-of-Reliability-Engineering/fig03-three-phases.png]]
*Figure 3: 信頼性工学の 3 十年 3 段階(1950 年代の誕生、1960 年代の専門分化、1970 年代のシステム水準・ソフトウェア)*
## 考察
著者らは、この総説は歴史書ではなく、網羅性を主張せず、機械部品の信頼性向上などを扱っていないと限定する。また、過去 20 年の発展を体験した人々に、現在の課題と将来への省察を書くよう促す。
## 強み / 弱点・課題
- 強み: 統計学・大量生産・真空管という要因と、AGREE 報告書を画期とする統合を短くまとめ、分野の見取り図になる。1950〜70 年代を 3 段階で整理した図式が明快である。
- 強み: 信頼性向上が信頼性工学の成果か新技術の成果かという当時の論争にも触れ、片方に肩入れしない。
- 弱点: 主に軍・電子機器・米国の視点であり、機械部品や 1980 年代以降は扱わない。著者ら自身が主観的選択を認めている。
- 弱点: 短報であり、各主張は二次的な歴史文献(Coppola、Knight、Denson)への依拠が大きい。
## 関連
- 概念: [[信頼性工学]] / [[ディペンダビリティ]] / [[ソフトウェア信頼性]]
- 人物・組織: [[J.H. Saleh]] / [[K. Marais]] / [[MIT]]
- ソース: [[@1997__Computer__Fault Injection Techniques and Tools]]