# Causation > [!abstract] 概要 > 実務上、因果は重要である。陪審は、たとえば、妊娠した母親が帝王切開による出産を拒んだことが双子の一方の死の原因かどうかを判断しなければならない。政策担当者は、テレビの暴力が実生活の暴力を引き起こすかどうかを判断しなければならない。因果の理論がなければ、どちらの問いも筋道立てて議論できない。 ## 論文情報 - 著者: [[Richard Scheines]]([[Carnegie Mellon University]] 哲学科) - 媒体: 『New Dictionary of the History of Ideas』(Charles Scribner and Sons)の項目。刊行前稿。20 頁 - 対象期間: 1970 年から 2004 年の因果論 - 原本: `.raw/papers/2004__none__Causation.pdf` ## 概要 1970 年から 2004 年の因果論を、分析(Socratic 型)の時代と公理(Euclid 型)の時代に分けて概観する項目である。前半は、反事実、規則性、確率、物理過程、操作可能性の各理論が、因果の非対称性と見せかけの因果を扱えず、還元的な定義に至らなかった経緯を述べる。後半は、パス解析、有向非巡回グラフ(DAG)、ベイジアンネットワークを経て、Spirtes・Glymour・Scheines(SGS)と Pearl が確立した学際的な公理理論を紹介する。 ## 問題設定 - 因果の理論に求める要件は 3 つある。第一に、関係項が何か(対象、個別事象、事象の種類)を明確にすること。第二に、因果の方向性(非対称性)を説明すること。第三に、共通原因による見せかけの因果と真の因果を分けること。 - 関係項の区別は 2 種類ある。個別事象の因果(actual causation、token 因果)は推移的・反対称・反射的でない。因果の一般化(type 因果、変数間の因果)は、通常は推移的だが反対称でも非反射的でもない(囲み 1)。 - 例として、稲妻と雷鳴は共通原因(大気の過熱)の結果であり、稲妻が雷鳴を起こすわけではない。 ## 提案手法 新手法の提案ではなく、理論の系譜の整理である。論文は 1970〜80 年代前半を分析(Socratic)型、1985 年以降を公理(Euclid)型として分ける。この区分は Glymour の引用に基づく。 ### 分析型の理論(1970 年代〜1980 年代前半) - **反事実理論**(Lewis)。可能世界と類似度で反事実を定義し、A と B が起きたとき「A が起きなければ B も起きなかった」を因果とする。過剰決定と先取り(囲み 2)を扱えない。また、橋から飛び降りた George の例で、「川に落ちなかったなら飛び降りなかった」も肯定してしまい、非対称性を失う。麻疹の熱と発疹では見せかけの因果を除けない。Lewis は後戻り推論(backtracking)の禁止と「影響」の分析で応じた。 - **Mackie の規則性理論**。原因を INUS 条件(不十分だが必要な、不必要だが十分な条件集合の一部)とする。梅毒と麻痺性痴呆(paresis)、麻疹の熱と発疹の例で、方向と見せかけの因果を誤る。 - **確率的因果**(Suppes)。時間的に先行し確率的に関連する事象を prima facie な原因とし、先行する Z で条件づけて独立になるものを除く(screening off)。時間を非対称性の説明に使う点と、因果概念が定義に紛れ込む点が批判された。Cartwright の喫煙・運動・心臓病の反例(図 1)は、確率だけでは因果を定義できず、因果的に均質な状況という概念が必要になることを示す。 - **Salmon の物理過程理論**。因果を、2 つの因果過程の交差と保存量の交換として特徴づける。真の過程と擬似過程の区別が難しく、非対称性を時間に頼り、見せかけの因果に弱い。 - **操作可能性理論**。原因を用いて結果を制御でき、その逆はできないという観点から、非対称性と見せかけの因果(タールの染みと肺がん)を扱える。一方、「介入」は因果そのものなので、定義が循環する。人間の行為を特別扱いする案(von Wright、Holland)は、月の重力が潮汐を起こす例のように、人間が操作できない因果を排除してしまう。 ![[wiki/sources/_attachments/2004__none__Causation/fig01-cartwright-counterexample.png]] 図1(Figure 1): Cartwright の反例。喫煙は心臓病を増やす(+)が、運動を増やし(+)、運動は心臓病を減らす(−)。負の効果が強く、喫煙と運動の関連が強ければ、喫煙が心臓病を予防するように見える。 ![[wiki/sources/_attachments/2004__none__Causation/fig02-z-mediates.png]] 図2(Figure 2): 媒介変数 Z が C と E の関係を媒介する。Suppes が C より後の Z を許さない理由は、媒介された真の因果を、Z で条件づけると因果でないように見せてしまうためである。 ### 公理・認識論的転回(1985〜2004 年) - **パス解析**(Wright、1920 年頃)。因果グラフの各矢印の強さを推定する。ただし方程式は対称で、`Y=βX+ε` を逆に解いた `X=αY+δ` は Y が X の原因のように見えてしまう(図3)。 - **非対称性の手がかり**(Papineau 1985、Hausman 1984/1998)。共通原因の 2 つの結果は関連するが、原因で条件づけると独立になる。共通結果の 2 つの原因は独立だが、結果で条件づけると関連する(図4)。誤差項と原因の独立性を仮定すれば、逆方向の式では Y と δ が関連するため、方向を区別できる。Hausman は因果的結合(causal connection)の推移性から非対称性を導く(囲み 3、図7)。 - **統計とコンピュータ科学**。グラフィカルモデル(Dawid、Lauritzen ら)と、Pearl の DAG とベイジアンネットワークが、独立関係をグラフで表す。Pearl と Verma は、同じ独立関係を含意する DAG の同値(区別不能性)を特徴づけた。 - **SGS の理論**。パス解析が Pearl の DAG の特殊例だと認識し、因果と確率的独立性のつながりを公理化した。中心は**因果マルコフ公理**、すなわち「各変数は、直接原因で条件づけると、自分の(直接・間接の)非結果すべてと確率的に独立である」である。もう半分は介入のモデル化で、介入は対象変数だけを直接原因とし、系のどの変数の結果でもない外部変数として加える。介入が対象を完全に決める場合は理想的介入であり、対象に入る矢印を除去する(図5)。 - 上記の見方は Pearl(2000)が発展させ、計算機科学、心理学、経済学、疫学、生物学、統計学、哲学の各分野に広がった。 ![[wiki/sources/_attachments/2004__none__Causation/fig03-path-analytic-model.png]] 図3(Figure 3): X から Y へのパス解析モデル。`Y=βX+ε`、`ε~N(0,σ²)`。 ![[wiki/sources/_attachments/2004__none__Causation/fig04-common-cause-common-effect.png]] 図4(Figure 4): 共通原因と共通結果の非対称性。喫煙はタールの染みと肺がんの共通原因であり、喫煙とアスベストは肺がんの共通結果の 2 つの原因である。 ![[wiki/sources/_attachments/2004__none__Causation/fig05-ideal-interventions.png]] 図5(Figure 5): SGS 理論の理想的介入。(a) 部屋の温度とセーターの因果グラフ、(b) 温度に介入 I1 を加えた系、(c) セーターへの理想的介入 I2 により温度からセーターへの矢印を除去した系。 ![[wiki/sources/_attachments/2004__none__Causation/fig07-causal-connection-asymmetry.png]] 図7(囲み 3)(Figure 7): 因果的結合の推移性の非対称性。X→Y のとき、X と結合する変数は Y とも結合する(A)。Y と結合する変数が X と結合するとは限らない(B)。 ## 新規性 - 個別の新手法ではなく、因果論の歴史を「還元的分析(Socratic)から公理的理論(Euclid)へ」という 1 本の軸で整理した点にある(Glymour の区分の援用)。 - 直接因果を基本概念とし、介入を直接因果から定義し、因果マルコフ公理で確率と結ぶ、非還元的な学際理論という到達点を明示した。 - 反事実の非対称性の問題は、「独立に操作された」反事実に置き換えれば回復できるという Woodward の議論を紹介する。 ## 実験設定 実験は無い。文献の概観であり、例示として思考実験と仮想例(喫煙・運動・心臓病、麻疹、TV の電源、スペースシャトル・コロンビア号事故、映画 Magnolia の事例など)を用いる。 ## 実験結果 実験結果は無い。得られた主張は次のとおりである。 - 還元的な因果の定義は、20 世紀後半の文献の中で健全な形では生き残っていない。 - 学際的理論は、因果マルコフ公理などの仮定の下で、経験的に区別できない因果系のクラスを特徴づけ、隠れた共通原因を含む場合も含めて発見手順を自動化できる。観察された独立と関連だけから、ある変数が別の変数の原因でないこと、2 変数が未測定の共通原因の結果であること、ある変数が確かに原因であることを、場合によっては言える。 - 介入の効果が、データと区別できないモデルのクラスから予測できるか否かを判定するアルゴリズムがある。 ## 考察 - 因果マルコフ公理には異論がある。Cartwright は、共通原因が結果を常には遮蔽しない(screening off しない)と主張する。TV の例では、スイッチの状態を知っても、音と映像は独立にならない(図6)。SGS らは、スイッチより結果に近い共通原因(回路の閉鎖)まで条件づければ遮蔽できると答える。 - 量子力学の EPR・Bell 不等式は、隠れた共通原因では遮蔽できない相関を示し、公理は量子系で成り立たない可能性がある。微視で成り立たない公理が巨視で成り立つ理由は謎だと述べる。 - Woodward(2003)は、介入モデルの妥当性を哲学的に検討する。介入は対象だけの直接原因でなければならず、対象以外も直接動かす「太い手」の操作は無効である。 - 反事実の非対称性は、独立に操作された反事実に直せば回復する。「George が川に落ちないよう独立に操作されていたら」(たとえば落ちる直前に捕まえる)、それでも彼は橋から飛び降りていたことになり、方向が保たれる。 ![[wiki/sources/_attachments/2004__none__Causation/fig06-non-screening-off.png]] 図6(Figure 6): 非遮蔽。スイッチが音と映像の共通原因だが、回路の閉鎖まで条件づけないと音と映像は独立にならない。 ## 強み / 弱点・課題 - 強み: 因果の哲学的論争と、DAG・介入・因果マルコフ公理という現代の因果推論・因果発見の基盤との接続が、1 つの短い項目で分かる。 - 強み: 各理論の失敗を「非対称性」と「見せかけの因果」の 2 基準で統一的に評価する。 - 弱点: 著者自身が「あまりに駆け足」と認める概観であり、各理論の詳細は文献を参照する必要がある。また、SGS の立場(著者自身の理論)に肩入れした書き方であり、対立理論の評価は中立とは限らない。 - 弱点: 忠実性(faithfulness)仮定や、時系列・非線形・因果発見の実用アルゴリズムは扱わない。実システムの診断への適用は本文に無い。