# The Architecture of Complexity > 書籍版(改訂後): [[@1996__MITPress__The Sciences of the Artificial - Chapter 8 The Architecture of Complexity - Hierarchic Systems]] | 著者: [[Herbert A. Simon]] ## 書誌情報 - **著者**: Herbert A. Simon (Professor of Administration, Carnegie Institute of Technology) - **発表媒体**: *Proceedings of the American Philosophical Society*, Vol. 106, No. 6, pp. 467-482 (1962年12月12日発行、口頭発表は1962年4月26日) - **原本**: `[[.raw/papers/ArchitectureOfComplexity.HSimon1962.pdf]]` (テキスト: `.raw/papers/ArchitectureOfComplexity.HSimon1962.txt`) ## 要約 本論文は、Herbert A. Simon が一般システム理論の模索を背景に、自然界・社会・記号空間における「複雑性(complexity)」の普遍的な構造原理を探究した記念碑的論文である。Simon は複雑システムの厳密な形式的定義を与える代わりに、「多数の部分が単純でない形で相互作用する系(全体は部分の総和以上である)」という緩やかな規定から出発し、複雑性の4つの側面を論じる。 第1に、複雑性は極めて高い頻度で**階層構造(hierarchy)**をとる。社会組織・生物・物理・記号の諸体系を問わず、系はサブシステムへと分解される。 第2に、複雑システムが単純な要素から進化する速度は、**安定な中間形態(stable intermediate forms)**の存在に決定的に依存する(時計職人 Hora と Tempus の寓話)。安定な中間形態を持つ階層システムは非階層システムよりも数千倍から数億倍速く形成されるため、自然界に現存する複雑系は必然的に階層的になる。 第3に、階層システムの動態は**準分解可能(nearly decomposable)**である。サブシステム内部の高周波・強結合の動学と、サブシステム間の低周波・弱結合の動学が分離され、短期には各要素が独立に平衡に達し、長期には集約量のみを介して相互作用する。 第4に、複雑性の記述は構造の持つ冗長性(構成要素の共通性・準分解可能性・微分法則による再符号化)と、**状態記述(state description)**と**過程記述(process description)**の相互翻訳を通じて簡約される。この双対的翻訳は、人間の手段目的分析から遺伝的自己再生産(DNA/RNA/タンパク質)にまで貫通する適応システムの基本原理である。 ## 構成と主要論点 ### 1. 階層システム (Hierarchic Systems) - **階層の定義**: 相互に関連するサブシステムから構成され、各サブシステムもまた下位の基本サブシステムに至るまで階層構造をなす系。物理学の素粒子、生物学の細胞・分子、天文学の銀河のように、どこを基本単位とするかは研究目的に応じた実用的な判断である。 - **権限関係からの解放**: 日常用語の「階層」は上司と部下のような権限・従属関係(形式的階層)を含意しがちだが、Simon は従属関係のない相互作用系全般を含む広義の概念として階層を再定義する。 - **広がり(span)**: 系がいくつのサブシステムに分割されるかを示す尺度。ダイヤモンドの結晶や気体、線状高分子のように1つの水準で無数の同一要素が並ぶ系を「平らな階層(flat hierarchy)」と呼ぶ。 - **物理・生物階層と社会階層の比較**: 物理・生物系は空間的な局在性(近接性)として観察されやすいのに対し、社会階層は「誰が誰と相互作用するか」という相互作用の強度マトリクスによって定義される。ただし神経細胞や通信線のように遠隔でも強い相互作用を媒介する系があるため、本質は空間ではなく相互作用強度である。 ### 2. 複雑システムの進化 (The Evolution of Complex Systems) - **時計職人 Hora と Tempus の寓話**: - 1,000個の部品からなる時計を作る2人の職人。Tempus の時計は組み立て途中で電話などで中断されると最初からばらばらに崩壊する。Hora の時計は10個の部品からなる安定な部分組立体(subassembly)を10個集め、さらにそれを10個組み合わせて全体を完成させる階層設計である。 - 中断確率を $p = 0.01$ (1%の確率で部品追加時に電話が入る)とすると、Tempus が1個の時計を無事に完成できる確率は $(1 - 0.01)^{1000} \approx 4.4 \times 10^{-5}$ にすぎず、完成までに要する試行回数と中断による損失時間は Hora の約4,000倍に達する。 - **生物進化への含意**: - 複雑な形態への進化速度は、潜在的な安定中間形態の数と分布に決定的に依存する。各水準の広がりが $s$ の階層であれば、進化に要する時間は要素数 $n$ に対して $\log_s n$ (階層数)に比例する。単細胞生物から多細胞生物への進化時間は、高分子から単細胞生物への進化時間と同程度のオーダーになりうる。 - **適者生存の本質**: これは目的論的機構を仮定せず、純粋なランダム過程から「安定なものの生存(survival of the stable)」として方向づけられる。 - **問題解決における選択性 (Problem Solving as Natural Selection)**: - 定理証明やチェス探索のような人間の問題解決も、迷路の探索(試行錯誤)である。10個のダイヤル(各100通り)を持つ金庫の解錠は総当たりで $100^{10} / 2 = 5 \times 10^{19}$ 回の試行が必要だが、正しい位置で「カチッ」とクリック音が鳴る欠陥金庫であれば、各ダイヤルを独立に確定でき $10 \times 50 = 500$ 回の試行で済む。 - 部分的な進捗を示す手がかり(クリック音)が、生物進化における安定な中間形態と同等の役割を果たし、探索空間を劇的に縮減する。 ### 3. 準分解可能システム (Nearly Decomposable Systems) - **準分解可能性の二大命題**: 1. **短期の独立性**: 各構成サブシステムの短期の挙動は、他のサブシステムの短期の挙動からほぼ独立である。 2. **長期の集約依存性**: 長期においては、任意の構成サブシステムの挙動は、他のサブシステムの挙動に集約的な形でのみ依存する。 - **建物の熱交換モデル**: - 外壁が完全断熱された建物内に多数の部屋があり、部屋の間は良好な断熱壁で仕切られ、各部屋の内部は断熱性の低い仕切りで複数の小部屋(キュービクル)に分かれている。 - 初期に各小部屋の温度が不均一であっても、数時間後には同一部屋内の小部屋間温度差は解消して短期平衡(部屋ごとの平均温度)に達する。部屋間の温度差は数日かけてゆっくり解消し、最終的に建物全体の長期平衡に達する。 - 短期平衡の成立後は、部屋ごとに1つの代表温度計を置くだけで系全体の動態を過不足なく記述できる。 **Figure 1: 仮想的な準分解可能システムの熱拡散係数行列** ![[_attachments/ArchitectureOfComplexity.HSimon1962/fig01-nearly-decomposable-matrix.png]] (Figure 1. 仮想的な準分解可能システム。熱交換の例において、A1〜A3 は第1の部屋の区画、B1・B2 は第2の部屋の区画、C1〜C3 は第3の部屋の区画を表す。主対角線に沿ったブロック内要素(同室内区画間)は 100 と大きく、ブロック外の非対角要素(異部屋区画間)は 1〜2 と極めて小さい。Source: p. 474) - **物理・化学・社会システムへの適用**: - 物理・化学系では、共有結合(強)・イオン結合・水素結合・ファンデルワールス力(弱)と結合エネルギーが桁違いに異なる。高周波・短周期の振動は微小サブシステム(原子核・電子軌道)に属し、低周波・長周期の振動は上位の分子・巨大系に属する。 - 不可逆過程熱力学における「微視的平衡と巨視的非平衡」の仮定や、量子力学の摂動論は、自然系が準分解可能であることにその妥当性を負っている。 - 社会組織においても、同一部署内の頻繁なやりとり(高周波)と部署間の集約的やりとり(低周波)が分離され、経営層ほど長期的スパンで動く。 ### 4. 複雑性の記述 (The Description of Complexity) - **冗長性の活用**: - 複雑システムの記述は必ずしも対象そのものと同じ複雑さを持つ必要はない。自然界の階層システムは高度な冗長性を備えている。 - 冗長性の3類型: 1. **限られたアルファベット**: 多数のタンパク質がわずか20種のアミノ酸から生成されるように、少数の基本構成要素の順列・組み合わせで構成される。 2. **空虚な世界仮説 (empty world hypothesis)**: ほとんどの部分は他のほとんどの部分と弱くしか結びついておらず、非対角相互作用の大部分を無視・無言で済ませられる。 3. **法則による再符号化 (recoding)**: 時系列の全状態を記録する代わりに、状態間の遷移を記述する微分方程式や漸化式で置き換える。 - **状態記述 (State Description) と 過程記述 (Process Description)**: - **状態記述**: 感知される世界(world as sensed)の特徴づけ。静的な構造、設計図、幾何学的定義(「中心から等距離にある点の軌跡」)、化学構造式。 - **過程記述**: 働きかけられる世界(world as acted upon)の特徴づけ。動的な生成規則、レシピ、作図指示(「コンパスを回転させよ」)、微分方程式、化学反応式。 - **手段目的分析 (Means-ends analysis)**: 目標(状態記述)と利用可能な操作(過程記述)を対比し、その差分を解消する一連の操作系列を見つけ出す過程。 - **自己再生産への展開**: DNA は自己および RNA の鋳型(設計図=状態記述)であり、RNA はタンパク質の鋳型となる。そしてタンパク質は触媒として細胞代謝を制御するレシピ(過程記述)として機能する。 ## 後続文献(書籍版)との異同 Simon の代表的著作『システムの科学』(*The Sciences of the Artificial*, 1969年初版、1996年第3版)の第8章「複雑性のアーキテクチャ: 階層システム」(`[[@1996__MITPress__The Sciences of the Artificial - Chapter 8 The Architecture of Complexity - Hierarchic Systems]]`)は、本論文(1962年)をほぼそのまま章として収録・改訂したものである。主な差分は以下の通りである。 1. **章の文脈**: 1962年論文は APS (American Philosophical Society) での独立した学術講演・論考であり、一般システム理論やサイバネティクスへの懐疑的かつ建設的な応答として書かれている。一方、1996年書籍版では直前の第7章「複雑性についての別の見解」においてカオス・セルオートマトン・遺伝的アルゴリズムといった計算論的複雑系科学が概観され、それらと相補的な理論的柱として本章が再配置されている。 2. **多細胞生物の進化論議の補足**: 書籍版では、多細胞生物の進化が単純な外部組立ではなく「細胞分裂と特殊化(specialization)」によって生じた点について、器官の階層化が依然として安定中間形態の論理に従う旨の補足が加えられている。 3. **近分解性と自然選択**: 書籍版では「Biological Evolution Revisited」節が加筆され、遺伝子間のエピスタシス(相互作用)が全面的一様であれば適応度地形の組み合わせ爆発が起きるが、器官ごとの準分解性があれば個別の器官改良が加法的に機能し、探索が現実的な時間で完了するという適応度地形の議論が強調されている。 ## 関連 - 概念: [[階層的複雑性]] / [[準分解可能システム]] / [[状態記述と過程記述]] - エンティティ: [[Herbert A. Simon]] / [[Allen Newell]] - 関連ソース: [[@1996__MITPress__The Sciences of the Artificial - Chapter 8 The Architecture of Complexity - Hierarchic Systems]] ## 出典 - Herbert A. Simon, "The Architecture of Complexity," *Proceedings of the American Philosophical Society*, Vol. 106, No. 6, pp. 467-482, Dec. 12, 1962. Stable URL: `http://links.jstor.org/sici?sici=0003-049X%2819621212%29106%3A6%3C467%3ATAOC%3E2.0.CO%3B2-1`