> [!abstract] 概要(この論文には英語 abstract は無く、代わりに Summary(英)・Sommaire(仏)・Zusammenfassung(独)の 3 言語要約が末尾に付されている。以下は英語 Summary の日本語訳) > 本ノートは、いわゆる「純粋(pure)」制御理論の研究を始めるものである。線形・定常・単入力/単出力プラントに注意を限定し、可制御性(controllability)と可観測性(observability)という新しい概念を導入する。そして、制御理論の通常の諸問題の解が存在するのは、プラントが完全可制御かつ完全可観測である場合であり、かつその場合に限ることを示す。可観測性と可制御性の間の関係は双対性原理(Duality Principle)によって定式化される。この原理は、ウィーナーのフィルタリング・予測問題が、著者による確定的制御系の最適化理論の特殊な場合であることを示すものであり、これは以前にも別のより直接的でない方法によって示されていた。 ## 論文情報 - タイトル: On the General Theory of Control Systems(原題のまま) - 著者: R. E. Kalman(単著) - 媒体: Proceedings of the First International Congress of the International Federation of Automatic Control (IFAC), Moscow, 1960。本 PDF は "Automatic and Remote Control"(Butterworths, London, 1961)pp. 481-492 に再録された版のスキャンで、末尾に J. Bray(英)・L. I. Rozonoer(ソ連)との討論(Discussion)記録を含む。 - 資金謝辞: United States Air Force, Air Force Office of Scientific Research(Contract Number AF49(638)-382)の一部支援を受けたと明記されている。 - 入手元: トロント大学 ECE557f(制御系)講義の配布資料 PDF(`.raw/papers/kalman.pdf`)。テキスト層を持たない JBIG2 圧縮のスキャン画像であり、`pdftotext` によるテキスト抽出はできなかった(空)。本ページの内容はページ画像 12 枚(pp. 481-492)を目視で通読して作成した。 ## 概要 本論文は、Kalman が「純粋制御理論(pure theory of control)」と呼ぶ研究プログラムの出発点となった 1960 年の IFAC 第 1 回大会論文である。線形・定常・単入力単出力(SISO)のプラントに限定したうえで、可制御性・可観測性という 2 つの新概念を厳密に定義し、それぞれに対する必要十分条件(可制御性行列・可観測性行列の階数条件に相当するもの)を証明する。さらに、両概念が「双対性原理」によって形式的に対応することを示し、その帰結として最適レギュレータ問題とウィーナー・コルモゴロフの最適フィルタリング問題が数学的に同一の構造を持つことを導く。可制御性・可観測性・カルマンフィルタの理論的基盤を築いた、制御理論史上の基礎文献の一つである。 ## 問題設定 入力はプラントの状態空間モデル(状態空間 X は n 次元実ベクトル空間、遷移関数 Φ は初期状態と以後の入力に線形に依存する; 式 8-9)であり、連続時間の線形微分方程式(式 10)または離散時間の線形差分方程式(式 11)として表現される。論文はさらに、記述と証明を簡潔にするため次の限定を置く: プラントは定常(F(t), Φ(t_k) 等が定数行列; 式 12)、単入力(m=1; 式 13)、単出力(p=1; 式 14)。所望状態(desired state)は恒等的に 0 とし(式 18)、制御対象は初期状態を平衡点 0 に移す問題として定式化される。この設定のもとで、(i) どのような状態がそもそも原点へ制御可能か(可制御性)、(ii) 出力の観測だけからどのような状態変数が復元可能か(可観測性)、(iii) 二次形式の誤差評価のもとで最適な制御則をどう求めるか(最適レギュレータ問題)、という 3 つの問いに答える。 ## 提案手法 - **記法**: n 次元実ベクトル空間 X とその双対空間 X*(コベクトル空間)を導入し、基底 a₁...aₙ とその双対基底 a*₁...a*ₙ を式 2 の直交関係 `[a*ᵢ, aⱼ] = δᵢⱼ` で定義する。任意の状態は式 3 のように双対基底との内積の和として表せる。この抽象線形代数の記法を用いることで、可制御性・可観測性・双対性の対応が座標系に依存しない形で証明される。 - **可制御性の定義と判定条件**: 状態 x が「可制御」とは、有限区間 [0, t₁] で定義された制御信号 u₁(t) が存在して Φ(t₁; x, 0) = 0(原点への遷移)を達成できることをいう(式 19)。離散時間プラントが完全可制御であるための必要十分条件は、ベクトル列 a, Φ⁻¹a, ..., Φ⁻ⁿ⁺¹a が線形独立であること(式 20)。連続時間の場合は d, Fd, ..., Fⁿ⁻¹d の線形独立性(式 24)。この条件は Jordan 標準形において同一固有値に属する 2 つ以上のブロックが存在しないことと同値である(式 25)。§4 の例(2 つの同一な伝達関数 1/(s+1) を並列にした系)は、出力が状態の和になることで一方の状態成分の情報が失われ、可制御性が成立しない典型例として示される(式 26)。 - **Fundamental Theorem for Linear Control Systems(Theorem I)**: 離散時間・完全可制御プラントにおいて、任意の状態を最小回数(≤n)のサンプリング周期で原点へ移す唯一の制御則は `u₁(kT) = -[e*₁, x(kT)]` である(式 30)。ここで e*₁ は基底 e₁...eₙ(eᵢ = Φ⁻ⁱ⁺¹a)の双対基底の第 1 要素。この制御則は状態フィードバックの形をとり、Figure 1 の閉ループ系(Figure 2 でコントローラ/プラントの構成として図示)として実現される。連続時間プラントでも、サンプリング周期 T を τ/n まで小さくとることで任意の短い時間 τ 以内に原点へ到達できる(式 32)。 **Figure 1: 式 16 が表すプラントの状態空間ブロック線図** ![[_attachments/kalman-general-theory-1960/fig01-plant-block-diagram.png]] (Figure 1. 入力 u₁(kT) が Φa を介して加算器 Σ に入り、T 秒遅延ブロックで次状態 x((k+1)T) から現状態 x(kT) が生成され、b* を介して出力 y₁(kT) が得られる。フィードバック経路 Φ が状態を加算器へ戻す構成。Source: Adapted from Figure 1, p. 483.) **Figure 2: Theorem I の制御則(式 30)を実現する閉ループ系のベクトルブロック線図** ![[_attachments/kalman-general-theory-1960/fig02-controller-feedback.png]] (Figure 2. 左側の Controller ブロック(e*₁)が Feedback signals を受け取って Control signal を生成し、右側の Plant ブロック(Φa, Σ, T seconds delay, Φ)を駆動する。制御則が状態フィードバックの原理に従うことを図示する。Source: Adapted from Figure 2, p. 485.) - **最適レギュレータ問題**: 性能指標を `V(x) = Σ μᵏ ||φ(kT; x, 0)||²_Q`(式 34、Q は正定値行列、μ>0)として定義し、これを任意の初期状態 x について最小化する制御則を求める問題(式 35)を立てる。Bellman の最適性原理(式 38)を用いた後ろ向き再帰(式 39)により、値関数が二次形式 `||x||²_P(N)` で与えられることを示し、行列列 P(0), P(1), ... のノルム(式 40)が非減少かつ有界であることから収束を証明する(§ General Existence and Uniqueness Theorem、式 36 の証明)。 - **可観測性の定義と判定条件**: 双対空間 X* の元(コベクトル)z* が「可観測」とは、出力測定 y₁(t) = [b*, φ(t; x, 0)] の有限区間の観測から状態 x での z* の正確な値 [z*, x] が一意に決定できることをいう(式 46)。離散時間プラントが完全可観測であるための必要十分条件は (Φ*)⁻¹b*, ..., (Φ*)⁻ⁿb* の線形独立性(式 47)。この判定は §4 の可制御性条件と構造的に同型であり(可制御性の Φ、a に対応するのが可観測性の Φ*、b*)、これが後続の双対性原理の伏線になっている。 - **Fundamental Theorem for Linear Observation Systems(Theorem III)**: 離散時間・完全可観測プラントにおいて、任意の状態 x(t) におけるすべてのコベクトル z* の正確な値を最小回数(≤n)の測定で決定する最速オブザーバスキームは `x̄((k+1)T) = Φ{x̄(kT) - b.[b*, x̄(kT)]}`(式 51)で与えられる。このスキームは Figure 3 のように、プラントの動特性をそのまま複製した「予測器(Predictor)」ループとして実装され、スカラー誤差信号 `[b*, x̃(kT)] = [b*, x(kT)] - [b*, x̄(kT)]`(式 52)がフィードバックに用いられる。これは 1 サンプリング周期以内に計算可能であるため物理的に実現可能である。 **Figure 3: 最速オブザーバスキーム(Theorem III、式 51)の Plant/Predictor ブロック線図** ![[_attachments/kalman-general-theory-1960/fig03-observer-plant-predictor.png]] (Figure 3. 左半分の Plant は実系(x(kT), Φ, b*, y₁(kT))、右半分の Predictor は状態推定 x̄(kT) を生成する複製系(Φb, -b*, Φ)。中央の加算器 Σ でスカラー誤差信号 [b*, x(kT)]-[b*, x̄(kT)] を計算し、Predictor 側にフィードバックする。Source: Adapted from Figure 3, p. 488.) - **双対性原理(Principle of Duality)**: 線形制御則を持つフィードバック系のクラスを考えるとき、X* 上に定義される双対プラントは、(i) Φ をその双対 Φ* に置き換え、(ii) 入力制約と出力制約を入れ替え、(iii) 時間の向きを反転させる、という 3 操作によって得られる(式 61、Figure 4)。この帰結として「プラントが完全可制御であることと、その双対プラントが完全可観測であることは同値」(式 62)が成り立つ。双対性原理を最適レギュレータ問題の双対プラントに適用すると、最適レギュレータ問題の解がウィーナー・コルモゴロフのフィルタリング問題の解と一致することが示される(式 72: 「X* における最適レギュレータ問題は X におけるウィーナーフィルタリング問題である」)。 **Figure 4: Principle of Duality(式 61)における Plant と Dual plant の対応** ![[_attachments/kalman-general-theory-1960/fig04-plant-dual-plant.png]] (Figure 4. 左の Plant(入力 u₁→Φ→出力 y₁、時間は順方向)に対し、右の Dual plant は入出力を入れ替え(入力 y₁→Φ*→出力 u₁)、時間の向きも反転させたもの(time が逆向きの矢印)として定義される。Source: Adapted from Figure 4, p. 489.) ## 新規性 論文の Introduction は、Shannon の情報理論(1948)を制御理論における「純粋理論(pure theory)」の先例として位置づけ、本論文がその制御理論版を初めて構築する試みであると明言する。従来の工学的な制御系設計は「応用理論(applied theory)」にとどまり、伝達関数のブロック線図操作(signal-flow graph 等)ではプラントの内部での極零相殺(pole-zero cancellation)が隠蔽されてしまう問題があると指摘する(§4、式 27 周辺)。可制御性・可観測性という抽象的だが構成的(constructive)な概念を導入することで、こうした相殺の有無を式 20・47 の線形独立性条件として明示的に判定できるようにした点が新規性である。また、当時すでに知られていた「dead-beat 応答」(Bergen and Ragazzini, 1954 の議論に端を発する)や、Pontryagin の独立した類似条件(§4 末尾の脚注的言及、式 24 の直後)を、可制御性という統一的な定義のもとに再構成し、直感的な正当化(式 19 の定義そのもの)を与えた点も新規性として述べられている。双対性原理そのものは、著者が別稿(参考文献 7、Kalman 1960, J. Basic Engng)でウィーナー・コルモゴロフのフィルタリング・予測問題を研究する過程で発見したと明記される(§7 (B))。 ## 実験設定 本論文は理論論文であり、計算機実験やデータセットを用いた評価は行っていない。§4 末尾に、可制御性が定義どおり成立しない反例(2 つの同一な一次遅れ系を並列に接続した系、式 26)と、離散化(サンプリング)によって可制御性が失われる 2 つの解析的な数値例(式 (a) `G(s)=b²s/(s²+2as+b²)`、式 (b) `G(s)=3/[(s²+1)(s²+4)]` を T=2π/3 でサンプリングした場合に Z 変換がゼロになる例)が示される。いずれも解析計算による具体例であり、実測データやシミュレーションは伴わない。 ## 実験結果 - 式 (b) の例では、サンプリング周期 T=2π/3 のとき `Z[G(s)] = 3√2 z / [4(z² - √2 z + 1)]` となり(本文中の式)、さらに T=2π のときには `Z[G(s)] = 0` となることが示され、この特定のサンプリング周期では系がもはや完全可制御でないことが具体的に確認される。 - この帰結として、連続時間で完全可制御なプラントがサンプリング後も完全可制御であり続けるための必要十分条件が式 28 として定式化される: プラント F の任意の固有値対 λᵢ(F), λⱼ(F) について、実部が等しい(Re λᵢ = Re λⱼ)ならば `Im[λᵢ(F) - λⱼ(F)] ≠ 2rπ/T`(r は正の整数)が成り立つこと。 ## 考察 論文末尾の Generalizations and Open Problems では、本論文の枠組みが単入力/単出力・線形・定常という強い制約のもとでのみ厳密に定式化されていることを認め、多入力/多出力系への拡張(§ Theorem IV、式 74 の一般化)、非線形系・非定常系への拡張、そして「情報(information)」概念の制御理論版としての定量化(可制御性・可観測性を抽象的な性質ではなく数値量として扱えないか、という問い)を今後の課題として挙げる。付録の Discussion では、J. Bray が実プラント(状態次元 40-100 程度)での実験計画の困難さを指摘し、L. I. Rozonoer が非線形系への一般化がまだ存在しないことを批判的に述べている。これに対し Kalman は返信で、双対性の概念は正準共役(canonical conjugation)の意味でより一般の(非線形を含む)系にも拡張しうる可能性を認めつつ、本論文はあくまで「一般制御理論」の完成形ではなく、可制御性・可観測性という概念がその後の非線形系研究(Pontryagin 等)でも重要な役割を果たし始めていると応答している。 ## 強み / 弱点・課題 - **強み**: 可制御性・可観測性という、その後の現代制御理論の中核となる 2 概念を、抽象線形代数の言葉で厳密に定義し、判定可能な必要十分条件(式 20, 47)まで示した点。双対性原理により、一見無関係に見えた最適レギュレータ問題とウィーナーフィルタリング問題を単一の枠組みに統合した点(式 72)。証明が具体的な構成的アルゴリズム(式 30 の制御則、式 51 のオブザーバ)を伴っており、実装可能性を意識している点。 - **弱点・課題**: 著者自身が認めるとおり、単入力/単出力・線形・定常という限定が強く、一般の多入力多出力系や非線形系への拡張は示されていない(Theorem IV の一般化は式 44 の性能指標拡張にとどまる)。討論者(Rozonoer)が指摘するように、非線形系の体系的な扱いは本論文の範囲外である。また、最適制御則(式 45)が必ずしも閉ループ系の安定性を保証しないという Bergen and Ragazzini の指摘を継承した限界も本文中で言及されている(pp. 486-487、式 45 直後)。