# Tor
## 概要
Tor(The Onion Router)は、インターネット上の一般利用者に高い匿名性・プライバシーを提供するオーバーレイネットワークである。『The Real Internet Architecture』第3章は、TLS埋め込みHTTPが payload を暗号化してもパケット/セッションヘッダ(特にクライアント・サーバのIP名)は配送のために平文のまま残るという限界を指摘したうえで、Torをwebとインターネットの間にレイヤリングすることでこの問題を解くと説明する。(Source: [[@2024__PrincetonUP__The Real Internet Architecture - Chapter 3 Composing Networks and Services]] §3.4.2)
## 仕組み(第3章が説明する範囲)
- Torリンクは、インターネット上にランダムに散らばる一連のプロキシ間のセッションによって実装される。パケットはWebクライアントからサーバへ届くまでにTorネットワーク内の複数のプロキシを経由し、外部の観測者はクライアントからサーバまでのパケットを追跡できない(送信元と宛先の両方が一致するパケットが経路上に存在しない)。
- Webサーバは、自身が受信しているパケットの直接の送信元(Tor出口ノード)は分かるが、真の発信元(クライアント)は分からない。
- Torのリンクは多数のTorセッションに共有され、各Torセッションは異なる送受信者を持つ複数のWebセッションを実装しうる。インターネット層ではTCPに埋め込まれたTLSがもう一段の暗号化を提供し、Torクライアント・プロキシ間の相互認証にも使われる。
- 第3章はTorの詳細(各Torプロキシが最近傍以外のセッション経路を知らないようにする設計)には深入りせず、より完全な説明は他文献([98])に譲るとしている。
- 図3.15(Torネットワークがインターネット上にレイヤリングされ、メンバーが両レイヤーで同じ名前を持つ様子)における相互運用プロキシが形成する複合セッションは「レベルをまたぐ(changes levels)」ものであり、第1章で簡単に紹介され第4章で詳述される**サブダクション(subduction)**の直截な一例だと位置づけられる。(Source: ch.3 §3.4.2)
## 起源・脆弱性・ガバナンス(*Security Engineering* 第20章)
Torは1998年に米海軍研究所(US Naval Research Laboratory)で始まったプロジェクトで、メッセージがタマネギの層のように入れ子になることから「Onion Routing」と呼ばれた。着想はDavid Chaumが1981年に考案したミックス(mix、暗号化メッセージを受け取り復号して中の宛先へ転送する匿名リメーラ)にあり、1990年代の実験から「複数のミックスが必要」「トラフィックの種類に応じた設計が必要」「規模が要る」という3つの教訓が得られた。米海軍は2003年にTorを一般公開した。匿名でいられるのは群衆の中にいるときだけであり、米情報機関だけの利用に限定していたら利用者自体が標的になってしまうためである。現在はTor Project(2006年設立の非営利団体)が保守しており、著者が引くBen Collierのエスノグラフィー研究によれば、Tor Projectは「Torを構造とみなしエンジニアリングで政治問題を解決できると信じる技術者集団」「反人種主義などの政治的価値にコミットする活動家集団」「政治的には中立でインフラ提供('プライバシー・アズ・ア・サービス')とみなすリレー運営者集団」という重なり合う3つの集団から成る。(Source: [[@2020__Wiley__Security Engineering 3e - Chapter 20 Advanced Cryptographic Engineering]] ch.20 §20.4)
主な脆弱性は、Torが世に出る6年前の1998年の論文で既に文書化されていた。(1) 悪意ある出口ノードが暗号化されていない出口トラフィックを傍受できる(2007年に5つの出口ノードを設置し大使館の職員のウェブメールのログイン情報を収集・公開した事例)。(2) ウェブページ側のトラッキング手法(2008年のTor Browser導入で一定程度対策)。(3) 低遅延・高帯域なシステム固有のトラフィック解析への脆弱性(2014年にはNSAとみられる主体がリレーを送り込みプロトコルヘッダを改変してトラフィック相関を容易にしていたことが発覚)。(4) IPアドレスによるブロック(中国等が実施、対抗策としてボランティアがTorブリッジを提供)。法執行機関はSilk Road(ドラッグ売買の闇市場、運営者Ross Ulbrichtは運用上のセキュリティの不備で逮捕)のようなTorオニオンサービスを繰り返し摘発してきた。(Source: [[@2020__Wiley__Security Engineering 3e - Chapter 20 Advanced Cryptographic Engineering]] ch.20 §20.4)
## 運用セキュリティの実務における位置づけ(Security Engineering 3e 第25章)
第25章は、Torを個人が国家権力から身を守るための実践的な選択肢の一つとして扱う。投資銀行アナリストの「Elizabeth」の事例では、Torは適切に使えばかなり良い匿名性を提供でき、彼女にとってのリスクは発覚しても金銭的損失にとどまるため、Torの使い方と照会内容への注意さえ払えば十分だとされる。一方、人権活動家「Dai」や難民支援者「Hristo」のように国家権力から常時監視され失敗のコストが生命に関わる利用者にとっては、Skype・Tails・PGPと並ぶ標準的なツールの一つに過ぎず、Tor単体では対応できない脅威(住居への物理侵入、盗聴器、内部の裏切り者)が残ると指摘される。(Source: [[@2020__Wiley__Security Engineering 3e - Chapter 25 New Directions?]] ch.25 §25.4.3, §25.4.4)
## 関連
- 概念: [[レイヤリング]] / [[オーバーレイネットワーク]] / [[ブロックチェーン]](Silk RoadでのBitcoin利用) / [[運用セキュリティ(OPSEC)とトレードクラフト]]
- ソース: [[@2024__PrincetonUP__The Real Internet Architecture - Chapter 3 Composing Networks and Services]](§3.4.2) / [[@2020__Wiley__Security Engineering 3e - Chapter 20 Advanced Cryptographic Engineering]](§20.4) / [[@2020__Wiley__Security Engineering 3e - Chapter 25 New Directions?]](§25.4.3-§25.4.4)
- 実体: [[The Real Internet Architecture]]
## 出典
- Pamela Zave, Jennifer Rexford, *The Real Internet Architecture*, Princeton University Press, 2024, Chapter 3, §3.4.2.
- Ross Anderson, *Security Engineering: A Guide to Building Dependable Distributed Systems*, 3rd Edition, John Wiley & Sons, 2020, Chapter 20, §20.4.
- Ross Anderson, *Security Engineering: A Guide to Building Dependable Distributed Systems*, 3rd Edition, John Wiley & Sons, 2020, Chapter 25, §25.4.3-§25.4.4.