# Ben Treynor Sloss ## 概要 [[Google]] の VP Engineering であり、Site Reliability Engineering(SRE)というディシプリンの創設者である。「SRE」という用語を造語し、ソフトウェアエンジニアリングの手法を運用に適用するアプローチを体系化した。 ## 主要な貢献 ### SRE の定義と創設 「SRE とは、ソフトウェアエンジニアに運用機能の設計を任せたときに生まれるものである(what happens when you ask a software engineer to design an operations function)」という定義を与えた。この定義は [[SRE Book]] の第 1 章(Introduction)で示され、SRE ディシプリン全体の基盤となっている。 ### 信頼性の位置づけ 「信頼性はあらゆるプロダクトの最も基本的な特性である(reliability is the most fundamental feature of any product)」と述べ、信頼性をプロダクトのフィーチャの一つではなく、すべてのフィーチャの前提条件として位置づけた。ユーザがアクセスできないシステムは、どれほど優れた機能を持っていても無価値である。 ### エラーバジェットの概念 100% の信頼性を目標とすべきではないという認識のもと、エラーバジェット(error budget)の概念を導入した。許容されるダウンタイムの範囲内で開発速度と信頼性のバランスを取る仕組みであり、SRE と開発チームの協働を構造化する鍵となった。 → [[サービスレベル目標]] ## SRE 組織の構築 Treynor Sloss のもとで Google SRE は数百人規模から 1,000 人超のエンジニアリング組織に成長した。SRE エンジニアの採用基準としてソフトウェアエンジニアリング能力を重視し、「運用チーム」ではなく「エンジニアリング組織」としての SRE のアイデンティティを確立した。 ## SREcon14 講演「Keys to SRE」(2014) 2014 年 SREcon14 で「Keys to SRE」と題し、SRE の運営原則を「13 のキー」として初めて体系的に公開した。「これまでどこにも書き下ろしたことがない」と述べた上で、Google 入社 2003 年以来 7 名から 1300 名超へ成長させた SRE 組織の実践原則を整理した。SRE Book(2016 年)より 2 年早い原著者による最初の公開整理であり、エラーバジェット・運用 50% キャップ・移植可能性・無責非難のポストモーテム・Wheel of Misfortune など後の SRE 語彙の原点となる講演だ。 主要な追加知見: - **「SRE とは何か」の定義を初めて口頭で公開**: 「ソフトウェアエンジニアに運用を設計させるとどうなるか」という定義が 2014 年に初めて公開の場で述べられた。 - **エラーバジェットの「ローンチオンブラック」運用ルール**: 「SLA 遵守中なら自由にローンチ、違反中は全凍結」という明示的な実施規則を提示した。主観的判断を排除し、エラーバジェットが共有インセンティブとして機能する仕組みを説明した。 - **飽き性エンジニアの自動化インセンティブ**: 「SRE には飽きやすいコーダーを採用することが重要」と明示。繰り返し作業に飽きるエンジニアが自動化するインセンティブを内包するため、SRE 組織が機能する。 - **Kahneman の「What you see is all there is」**: 開発チームに 5% のオンコールを担わせる理由として、認知バイアス(自分が見える範囲だけが全てと思い込む傾向)を克服するためと説明した。 - **移植可能性(Portability)**: SRE が開発チームとの協力関係が崩れた場合に「解散→他チームへ異動」できる移植可能性が抑止力として機能する。年に 1〜2 回実際に行使される。 → [[@2014__SREcon14__Keys to SRE]] ## SREcon14基調講演の受け止められ方(David N. Blank-Edelmanの回想) SREconの共同創設者でもある[[David N. Blank-Edelman]]は、著書『SREをはじめよう』第1章で、2014年5月31日のSREcon14基調講演「Keys to SRE」を自身が初めてSREを本当に理解し始めた個人的な転機として振り返る。講演中に示された1枚のスライド(SREを成立させる要素の一覧)は、講演から9年経った時点でも項目の多くが有効であり続け、SREを始めたい人にとって今なお有用なリストだと評される。一方でどの項目がGoogleのコンテキストに依存しているように見えるかも印象的だとし、講演後にかなりのニュアンスが書籍群として積み重ねられてきたと位置づける (Source: [[@2024__OReillyJapan__SREをはじめよう - Chapter 1 はじめに]])。 ## 「Greatest Hits and Misses」四半期エンジニアリングレポート [[wiki/entities/Anatomy of an Incident|Anatomy of an Incident]] 第 5 章は、Treynor Sloss が四半期ごとに "Google's Greatest Hits and Misses" と題するエンジニアリングレポートを社内に配信し、過ちから学べるエンパワーメント文化を育んでいると紹介する。過ちを学習機会として扱う組織的なブレームレス文化の実装例として、心理的安全性の議論(→ [[心理的安全性]])の中で引用されている(Source: [[@2022__OReilly__Anatomy of an Incident - Chapter 5 Postmortems and Beyond]])。 ## COVID-19 パンデミック下の発言(2020 年 3 月) [[wiki/entities/Anatomy of an Incident|Anatomy of an Incident]] 第 1 章の巻頭エピグラフは、Treynor Sloss が 2020 年 3 月 3 日(COVID-19 パンデミック初期)に発した言葉を引用する: 「これから数週間は個人としてもプロフェッショナルとしてもストレスが多く、時には事態の進展に遅れまいと競争になるだろう。しかし我々は 10 年以上crises に備えてきており、準備はできている」。この発言は、長年の準備(preparedness)への投資が予測不能な危機への対応力を生むという同書全体の主張の起点として引用されている(Source: [[@2022__OReilly__Anatomy of an Incident - Chapter 1 Introduction]])。 ## 関連 - [[SRE Book]]: Treynor Sloss の思想を体系化した書籍 - [[@2016__OReilly__SRE Book - Chapter 34 Conclusion]]: SRE 組織の成長と今後の展望 - [[@2016__OReilly__SRE Book - Part III Practices]]: SRE 実践体系の全体像 - [[Google]]: 所属組織 - [[wiki/entities/Anatomy of an Incident|Anatomy of an Incident]]: 2020 年 COVID-19 対応時の発言を巻頭エピグラフに引用、第 5 章で「Greatest Hits and Misses」レポートを引用 - [[心理的安全性]]: 「Greatest Hits and Misses」がブレームレス文化の実装例として引用される概念ページ ## 出典 - Ben Treynor Sloss, "Keys to SRE," SREcon14, 2014 - Ben Treynor Sloss, "Introduction," in *Site Reliability Engineering*, O'Reilly, 2016 - Ben Treynor Sloss, epigraph quote (2020-03-03), in [[@2022__OReilly__Anatomy of an Incident - Chapter 1 Introduction]] - [[@2022__OReilly__Anatomy of an Incident - Chapter 5 Postmortems and Beyond]] — 「Google's Greatest Hits and Misses」四半期レポートの言及