# Westrumの組織文化類型 ## 定義 Westrumの組織文化類型とは、米国の社会学者Ron Westrumが1988年に提唱した、組織文化を3つに分類するモデルである。Westrumはシステムの安全性に関わる人的要因の研究者で、航空や保健医療などきわめて複雑で高リスクなテクノロジー領域における事故という文脈で調査研究を重ねてきた。3類型は次のとおり: **不健全な(権力志向の)組織**(著しい恐怖・脅威を特徴とし、政治的駆け引きのため情報を隠蔽・歪曲することが多い)、**官僚的な(ルール志向の)組織**(部署の庇護を旨とし、自分たちのルールの遵守を杓子定規に主張する)、**創造的な(パフォーマンス志向の)組織**(使命や任務に焦点を絞り、目標達成と優れたパフォーマンスを最優先する)。Westrumはさらに、組織における情報の流れの良し悪しをこの類型で予測できることを見抜き、良質な情報が備える3特徴(受け手の疑問への解答・適切なタイミング・受け手が有効に使えるやり方での提示)を示した(Source: [[@2018__Impress__LeanとDevOpsの科学 - Chapter 3 組織文化のモデル化と測定、改善の方法]] §3.1)。 ## 測定手法(Westrumコンティニュアム) Westrumは、線分を複数に分割した評価スケール「Westrumコンティニュアム」も提唱しており、これはリッカート尺度(1〜7点、質問への賛否度を測る計量心理学の手法)による評価質問に最適とされる。『LeanとDevOpsの科学』の著者らはこのコンティニュアムを下敷きに、「情報を積極的に収集する」「失敗など、良くないニュースを知らせても罰せられない」など平易・直接的な言い回しの質問群を作成し、複数の回答を集めて弁別的妥当性・収束的妥当性・信頼性という3つの観点から統計的に検証した。測定手法自体の詳細(潜在的構成概念、リッカート尺度の理論)は[[@2018__Impress__LeanとDevOpsの科学 - Chapter 13 計量心理学入門]]が扱う範囲であり、本ページでは深掘りしない(Source: [[@2018__Impress__LeanとDevOpsの科学 - Chapter 3 組織文化のモデル化と測定、改善の方法]] §3.2)。 ## 予測されるアウトカム 創造的な組織文化は3つのメカニズムで情報の流れを促進するとされる: (1) 構成員間の協働態勢が整い階層間でも確固たる信頼関係が築かれる、(2) 使命・任務への集中により個人や部署の問題が脇へ置かれる、(3) 創造性が「フラットな競技場」を生み階層・階級への意識が薄まる。『LeanとDevOpsの科学』の著者らはこの類型を測定した結果、「組織文化によりソフトウェアデリバリのパフォーマンスと組織のパフォーマンスを予測できる」「優れた組織文化は職務満足度を向上させる」という2つの仮説がいずれも真であることを立証した。Westrumモデルは元々、航空・保健医療のような安全面の成果を予測するために開発されたが、これを技術系組織に応用してソフトウェアデリバリ・組織パフォーマンスの予測に用いた点が同書の独自の貢献である(Source: [[@2018__Impress__LeanとDevOpsの科学 - Chapter 3 組織文化のモデル化と測定、改善の方法]] §3.1, §3.3, §3.4)。 ## 横断的知見 - **『Anatomy of an Incident』が引用する「DevOps Culture: Westrum Organizational Culture」という構成概念は、この章(Accelerate 3章)が確立した研究そのものを指す**: 既存の[[心理的安全性]]概念は、『Anatomy of an Incident』第5章が「生成的(generative)組織は病理的(pathological)・官僚的(bureaucratic)組織よりトップパフォーマーになりやすく、心理的安全性がソフトウェア配信パフォーマンスを予測する(DevOps Culture: Westrum Organizational Culture)」と述べることを記録していた。この「DevOps Culture: Westrum Organizational Culture」という名称の構成概念は、まさに本ページが集約する『LeanとDevOpsの科学』3章の研究成果(Westrum の3類型をリッカート尺度で測定し、ソフトウェアデリバリのパフォーマンスと組織のパフォーマンスへの予測効果を統計的に立証した研究)を指すとみて矛盾がない。SRE分野の書籍が引用する「確立済みの研究」が、DevOpsの実証研究書である本書に遡れることを、2ソースを並べると確認できる。(Source: [[@2018__Impress__LeanとDevOpsの科学 - Chapter 3 組織文化のモデル化と測定、改善の方法]] §3.3, §3.4, [[@2022__OReilly__Anatomy of an Incident - Chapter 5 Postmortems and Beyond]]) - **本章のオリエンテーション修飾語(権力志向/ルール志向/パフォーマンス志向)は、既存の[[心理的安全性]]概念が記録する『信頼性の高い機械学習』13章の原論文由来の呼称(権力指向・ルール指向・成果指向)とほぼ同一の記述構造を持つ**: [[心理的安全性]]概念は、『信頼性の高い機械学習』13章がRon Westrumの原論文("A Typology of Organizational Cultures", *BMJ Quality and Safety* 13, 2004)から「権力指向・ルール指向・成果指向」という呼称を引用する一方、『Anatomy of an Incident』は普及版ラベル「生成的(generative)/病理的(pathological)/官僚的(bureaucratic)」を使うと記録し、両者の対応関係(例: 権力指向≒病理的)は「未検証の解釈にとどまる」と未解決の問いに残していた。本章(Accelerate 3章、日本語版インプレス訳)は「不健全な(権力志向の)組織」「官僚的な(ルール志向の)組織」「創造的な(パフォーマンス志向の)組織」という表記を使っており、修飾語の型(権力志向・ルール志向・パフォーマンス志向〈≒成果指向〉)が『信頼性の高い機械学習』13章の記述とほぼ一致する。これは、独立した2つの日本語訳書が、Westrumの原論文が用いるオリエンテーション修飾語の系列を共有して訳出していることを示す傍証になる。ただし、この訳語の型どうしの一致から「普及版ラベル(生成的/病理的/官僚的)の英語原語がpathological/generative等である」という対応関係そのものを確定させることはできず、その点は未解決の問いに残す。(Source: [[@2018__Impress__LeanとDevOpsの科学 - Chapter 3 組織文化のモデル化と測定、改善の方法]] §3.1, [[心理的安全性]]) - **第13章がWestrumの7項目の妥当性・信頼性検定手続きを具体的に示し、第3章が要約にとどめた「測定手法自体の詳細」を埋める**: 本ページは既に「測定手法自体の詳細(潜在的構成概念、リッカート尺度の理論)は[[@2018__Impress__LeanとDevOpsの科学 - Chapter 13 計量心理学入門]]が扱う範囲」と明記し先送りしていた。第13章はこの約束どおり、Westrumが推奨する組織文化の7項目(「情報は積極的に探し求められる」等)が弁別的妥当性・収束的妥当性・信頼性(内部一貫性)の検定をすべてパスし「統計的に妥当で信頼性がある」ことを確認したこと、および7項目が組織ではなくチームについて尋ねる設計になっている理由(下位組織の文化差、チーム単位のほうが正確に回答できるため)を具体的に記す。新設した[[潜在的構成概念の測定]]概念ページがこの検定手続き自体の集約を担う。(Source: [[@2018__Impress__LeanとDevOpsの科学 - Chapter 3 組織文化のモデル化と測定、改善の方法]] §3.2, [[@2018__Impress__LeanとDevOpsの科学 - Chapter 13 計量心理学入門]] §13.1, §13.3) - **第3章の[Westrum 2014]と第13章の[Ron Westrum 2004]は食い違いではなく、本書が Westrum の別々の論文を引き分けている**: 本書巻末の参考文献には Westrum の論文が 2 本あり、[Westrum 2004] は "A Typology of Organisational Cultures", *Quality and Safety in Health Care* 13, no. suppl 2 (2004): ii22-ii27(3 類型を提唱した論文)、[Westrum 2014] は "The Study of Information Flow: A Personal Journey", *Safety Science* 67 (2014): 58-63 である。第3章は組織文化の 3 類型を導入する文脈で [Westrum 2014] を 3 回引き、第13章は類型論そのものの出典として [Ron Westrum 2004] を引く。**したがって類型論の一次文献は 2004 年論文であり、2014 年論文は情報の流れに関する後年の総括である。** (Source: [[@2018__Impress__LeanとDevOpsの科学 - Chapter 3 組織文化のモデル化と測定、改善の方法]] §3.1, [[@2018__Impress__LeanとDevOpsの科学 - Chapter 13 計量心理学入門]] §13.1, 同書巻末参考文献) - **第11章の変革型リーダーシップは、本ページが第13章に委ねてきた「測定手法の詳細」の検証構造を、組織文化とは別の測定対象(リーダーシップ)で反復する**: 本ページは、Westrumコンティニュアムに基づく質問群の妥当性検証(弁別的妥当性・収束的妥当性・信頼性)の詳細を「第13章が扱う範囲」として繰り返し先送りしてきた。第11章(変革型リーダーシップ)も同様に、変革型リーダーシップの評価項目(表11.1)が適切な測定手法であることの分析根拠を「潜在的構成概念に関する考察については第13章を参照、用いた統計的手法については付録Cを参照」と脚注で明示的に委ねている。組織文化とリーダーシップという異なる測定対象について、著者らが同一の計量心理学的検証プロセス(第13章・付録C)を繰り返し適用しており、両概念とも「ハイパフォーマー/ローパフォーマー間の統計的有意差」という同型の実証パターンで語られる点も一致する。詳細は新設した[[変革型リーダーシップ]]を参照。(Source: [[@2018__Impress__LeanとDevOpsの科学 - Chapter 3 組織文化のモデル化と測定、改善の方法]] §3.2, [[@2018__Impress__LeanとDevOpsの科学 - Chapter 11 変革型リーダーシップとマネジメントの役割]] §11.1 p.142) - **第7章の図7.2は、リーンマネジメントのプラクティスが「Westrumが推奨する組織文化」を促進する効果を持つと主張し、本ページが集約する第3章の測定結果を、リーン管理という別の実践プラクティスの効果として再利用する**: 本ページは第3章がWestrumの3類型をリッカート尺度で測定し、「組織文化によりソフトウェアデリバリのパフォーマンスと組織のパフォーマンスを予測できる」ことを立証したと記録してきた。第7章(ソフトウェア管理のプラクティス)は、WIP制限・可視化・負担の軽い変更承認プロセスから成るリーンマネジメントのプラクティスの効果を図示する際、「Westrumが推奨する組織文化の促進」を燃え尽き症候群の軽減・デリバリパフォーマンス向上と並ぶ3つの効果の1つに挙げ、第3章のWestrumモデルを明示的に参照する。ただし第7章は、リーンマネジメントの実践がなぜ・どのように創造的な組織文化を促進するのかという媒介メカニズムまでは説明しておらず、両章を突き合わせても「WIP制限や可視化が組織文化を変える具体的経路」は本書の記述からは特定できない。(Source: [[@2018__Impress__LeanとDevOpsの科学 - Chapter 7 ソフトウェア管理のプラクティス]] ch.7 図7.2, [[@2018__Impress__LeanとDevOpsの科学 - Chapter 3 組織文化のモデル化と測定、改善の方法]] §3.3, §3.4) - **第8章の図8.2は、第7章の図7.2と同じ「Westrumが推奨する組織文化の促進」という表現を、リーンマネジメントとは異なるプラクティス群(リーン製品開発)の効果として反復する**: 本ページは第7章の図7.2が、WIP制限・可視化・負担の軽い変更承認プロセスから成るリーンマネジメントの効果の1つとして本ページの測定結果(創造的な組織文化)を参照することを記録してきた。[[リーン製品開発]] concept が集約する第8章は、作業の細分化・作業フローの可視化・顧客フィードバックの収集と実装・チームによる実験という全く異なる4ケイパビリティの効果として、図8.2で同一の「Westrumが推奨する組織文化の促進」という表現を使う。第7章・第8章のいずれも、なぜ扱うプラクティスが組織文化を変えるのかという媒介メカニズムには踏み込んでおらず、本ページ既出の未解決の問い(「WIP制限や可視化が組織文化を変える具体的経路」)は、対象がリーン製品開発に変わっても未解決のまま反復される。(Source: [[@2018__Impress__LeanとDevOpsの科学 - Chapter 7 ソフトウェア管理のプラクティス]] ch.7 図7.2, [[@2018__Impress__LeanとDevOpsの科学 - Chapter 8 製品開発のプラクティス]] ch.8 §8.3, 図8.2) ## 未解決の問い - 『Anatomy of an Incident』が使う普及版ラベル(生成的/病理的/官僚的)と、本章が使う日本語訳(創造的/不健全/官僚的)・『信頼性の高い機械学習』13章が使う訳語(成果指向/権力指向/ルール指向)との英語原語レベルでの対応関係は、いずれのソースの日本語訳文だけからは確定できない。Westrum の原論文("A Typology of Organisational Cultures", *Quality and Safety in Health Care* 13, no. suppl 2, 2004)の原文にあたって確認する必要がある(誌名と巻号は本書巻末参考文献で確定した)。 - 本章が引用する2016年調査の内訳(31%不健全・48%官僚的・21%創造的)は、[[組織の信頼性マインドセット]]が扱うGoogleの5段階フェーズモデル(Absent〜Visionary)とどう対応するか。両モデルとも組織を段階的・類型的に分類するが、本章では対応関係に言及がない。 - Westrumコンティニュアムに基づくリッカート尺度の質問群(図3.1)は、[[心理的安全性]]概念が集約する『SREの探求』27章の安全性診断5項目と、どの程度重なる/補完する診断軸を持つか。両者を突き合わせる価値があるか要検討。 - 本章は「官僚的な態勢は必ずしも悪くない」とMark Schwartzの見解を引用するが、SRE分野の文献(『信頼性の高い機械学習』13章など)が「ルール指向の官僚的な文化のみが構造的な問題を生む」と論じる立場とどう整合するかは、本章の記述だけでは検証できない。 - 第11章は「本調査研究では変革型リーダーシップと組織文化に関する測定を同時には行わなかった」と明言する。Westrumの組織文化類型と変革型リーダーシップが独立の予測因子か、相互に影響しあう関係(例: 変革型リーダーが創造的な組織文化を醸成する)かは、本書のいずれの章の記述からも特定できない。 - 第7章は「リーンマネジメントのプラクティスがWestrumの推奨する創造的な組織文化を促進する」と主張するが、この因果の媒介メカニズムは説明しない。WIP制限・可視化・負担の軽い変更承認プロセスが具体的にどう組織文化の変化を引き起こすのかは、本書のいずれの章からも特定できず、[[リーンマネジメント]] concept 側の未解決の問いとしても記録されている。 ## 関連 - [[SRE文化]] — 同じくWestrumの文化論を引用する隣接concept(「文化とは組織の対応パターン」という別著作由来の定義を扱う) - [[心理的安全性]] — 「DevOps Culture: Westrum Organizational Culture」という構成概念の引用元、および原論文の呼称・普及版ラベルの対応関係を記録する隣接concept - [[組織の信頼性マインドセット]] — 組織を段階的に分類する別のフェーズモデル - [[変革型リーダーシップ]] — 同一書籍内で同じ測定手法の検証構造(第13章・付録C)を共有する姉妹concept - [[リーンマネジメント]] — 第7章の図7.2が本ページの測定結果を「創造的な組織文化の促進」効果として引用する隣接concept - [[リーン製品開発]] — 第8章の図8.2が同じ表現を異なるプラクティス群の効果として反復する隣接concept - 関連章: [[@2018__Impress__LeanとDevOpsの科学 - Chapter 3 組織文化のモデル化と測定、改善の方法]] — 本conceptの主要出典 - 関連章: [[@2018__Impress__LeanとDevOpsの科学 - Chapter 11 変革型リーダーシップとマネジメントの役割]] — 測定手法の検証構造を共有する姉妹章 - 関連章: [[@2018__Impress__LeanとDevOpsの科学 - Chapter 7 ソフトウェア管理のプラクティス]] — リーンマネジメントの効果として本ページのWestrumモデルを参照する章 - 関連章: [[@2018__Impress__LeanとDevOpsの科学 - Chapter 8 製品開発のプラクティス]] — リーン製品開発の効果として本ページのWestrumモデルを参照する章 - 書籍: [[LeanとDevOpsの科学[Accelerate]]] ## 出典 - [[@2018__Impress__LeanとDevOpsの科学 - Chapter 3 組織文化のモデル化と測定、改善の方法]](Nicole Forsgren, Jez Humble, Gene Kim 著, 武舎広幸・武舎るみ 訳, 『LeanとDevOpsの科学[Accelerate]』, インプレス, 2018, 第3章) - [[@2018__Impress__LeanとDevOpsの科学 - Chapter 11 変革型リーダーシップとマネジメントの役割]](同書, 第11章) - [[@2018__Impress__LeanとDevOpsの科学 - Chapter 7 ソフトウェア管理のプラクティス]](同書, 第7章、図7.2) - [[@2018__Impress__LeanとDevOpsの科学 - Chapter 8 製品開発のプラクティス]](同書, 第8章、図8.2)