# SREと社会運動
## 定義
SRE と社会運動とは、計測・リスク軽減・危機対応・フォローアップ管理といった SRE が専門職としての実践を通じて磨いてきたスキルと、社会を変えようとする運動(社会運動・政治的組織化・企業内でのアドボカシー)を成功させるために必要なスキルとの間に見られる方法論的な類似性、およびその類似性に基づいて SRE のスキルを社会正義・衡平性(equity)の追求へ転用する実践を指す。『SREの探求』32 章の著者 Emily Gorcenski と Liz Fong-Jones は、政治組織のワークフローをソフトウェアエンジニアリングのワークフローと同じレンズで検討できるとし、両者はいずれも「行動前・行動・行動後」というフェーズに分解できると論じる。この対応関係は、2008 年の抗議行動で確立された「セントポール原則」の 4 原則を SRE のインシデント管理原則(責任・計画範囲の相互尊重による障害結果の分離、非難のない振り返りと心理的安全性)に写像する形で具体化される(Source: [[@2021__OReillyJapan__SREの探求 - Chapter 32 運用と社会運動が交わるところ]] §32.1, §32.1.2.1, §32.1.2.2)。著者らはさらに、SRE のスキルは技術業界の内部でも、マイクロアグレッションを取り除く技術文書の改訂や SLI をあらゆるユーザーの経験を計測できるものへ拡張することから、プロダクト設計における信頼できるアドバイザーとしてのアドボカシーまで、企業内の衡平性を求める運動に応用できると論じる(Source: [[@2021__OReillyJapan__SREの探求 - Chapter 32 運用と社会運動が交わるところ]] §32.2.1, §32.3)。
## 横断的知見
- **32 章が明示的に参照する 27 章の心理的安全性は、セントポール原則の第 3・第 4 原則の SRE 側の写像先として位置づけられている**: 32 章は「私たちも同様に、心理的安全性(27 章を参照)の確保、チーム間における信頼関係の確立、混沌とした状況をコントロールする方法の一貫した計画を確実に行う必要があります」と述べたうえで、セントポール原則の第 3 項(論争・批判を運動内部にとどめる)・第 4 項(州によるあらゆる抑圧への反対)を、インシデントの渦中・事後に非難を伴わないやり取りにアプローチする SRE の姿勢と類似する原則として位置づける。27 章はオンコールストレス・中断への耐性・不確実性管理など運用チーム固有の構造的要因から心理的安全性の欠如を説明するのに対し、32 章は活動家の対人関係の葛藤管理という全く異なる領域から出発しながら、「適切な準備によって役割が明確になれば各当事者が自身の責任に集中でき混沌の悪化を避けられる」という同型の結論に到達する。両者を並べると、心理的安全性を支える「役割の明確化による混沌時の集中」という機制が、運用チームという特定の職能に固有の現象ではなく、危機対応を伴う協働一般に現れるパターンであることが見える。(Source: [[@2021__OReillyJapan__SREの探求 - Chapter 32 運用と社会運動が交わるところ]] §32.1.2.2, [[@2021__OReillyJapan__SREの探求 - Chapter 27 SREにおける心理的安全性]])
## 未解決の問い
- 32 章はセントポール原則をSREのインシデント管理原則に写像するが、この写像がどこまで厳密に成立するか(例えば原則 3・4 が想定する「州による抑圧」に相当する SRE 側の脅威は何か)は、32 章自身では踏み込んで検討されていない。
- 「危機とは単に時間と注意力の不足である」という 32 章の定義は、複雑システム障害論やレジリエンスエンジニアリングにおける危機・インシデントの定義とどう整合するか、他ソースとの突き合わせが必要。
- 32 章は企業内での衡平性主張の実務的な考慮事項(観察・感情と問題解決の分離・エスカレーション先の特定・意思決定者の文脈理解)を提示するが、これらは 32 章と同じ『SREの探求』第 IV 部の他章(27 章・28 章・29 章・30 章)が扱う組織的責任の議論とどう接続するか、まだ横断的に検討されていない。
- 「非難のない振り返りを社会運動コミュニティが学べる領域」だとする 32 章の主張は、[[心理的安全性]] や [[メンタルヘルスとインクルーシビティ]] が積み上げてきた非難のない文化に関する知見と照らして、活動家コミュニティ固有の制約(信頼の破壊が致命的でありうる高リスク環境)がどう修正を要求するか未検討。
## 関連
- [[心理的安全性]] — 32 章がセントポール原則第 3・第 4 原則の SRE 側の写像先として明示的に参照する概念
- [[メンタルヘルスとインクルーシビティ]] — 29 章が確立した「インクルージョンの欠如は個人の思いやりでなく組織的・構造的責任の問題である」という視点と、32 章の「企業内の衡平性は個人ではなく仕組み・エスカレーション経路の問題である」という視点は、責任の所在を個人から構造へ移すという方向性を共有する
- [[人的要因]] — 危機下でのトリアージ・許容(forgiveness)・信頼構築という 32 章のテーマは、ストレス下の人間の振る舞いを分析する人的要因の視点と隣接する
- [[SRE文化]] — 非難のない振り返り・チーム間の信頼構築という SRE 文化の要素が、32 章では社会運動側から見た「学べる領域」として位置づけ直される
- 関連章: [[@2021__OReillyJapan__SREの探求 - Chapter 27 SREにおける心理的安全性]] / [[@2021__OReillyJapan__SREの探求 - Chapter 29 燃え尽きを超えて]] / [[@2021__OReillyJapan__SREの探求 - Chapter 32 運用と社会運動が交わるところ]]
- [[Emily Gorcenski]] / [[Liz Fong-Jones]] — 32 章の著者
## 出典
- [[@2021__OReillyJapan__SREの探求 - Chapter 32 運用と社会運動が交わるところ]] — Emily Gorcenski、Liz Fong-Jones, David N. Blank-Edelman(編)『SREの探求』, オライリー・ジャパン, 2021, 32章.
- [[@2021__OReillyJapan__SREの探求 - Chapter 27 SREにおける心理的安全性]] — John Looney, 同書, 2021, 27章(§27 心理的安全性の構造的要因)