# Just Culture Just Culture(公正文化)は、組織が安全性(safety)と説明責任(accountability)のバランスを取ろうとする取り組みである。失敗の調査を、関与者を処罰することで安全性を高めようとする「非難文化(blame culture)」ではなく、失敗のメカニズムの状況的側面と、失敗に近接した個人の意思決定プロセスに焦点を当てる形で行うことで、組織は処罰による是正よりも安全になれるという立場に立つ。[[Sidney Dekker]] の著書 *Just Culture* が本概念の主著として知られ、[[John Allspaw]] は [[Etsy]] での実践として本概念を [[ポストモーテム]] の運用原則に組み込んだ(Source: [[@2012__EtsyCodeAsCraft__Blameless PostMortems and a Just Culture]])。 Just Culture は「関与者の免責」を意味しない。エンジニアは処罰から守られる代わりに、失敗への寄与について詳細な説明を行う責任と、組織を安全にする再発防止に貢献する責任を負う。処罰の恐れを取り除くことで初めて、失敗のメカニズム理解に必要な詳細情報(何を見て・何を期待し・何を前提にしていたか)を引き出せるという因果関係が、Just Culture の中心的な論理である。 ## 横断的知見 - **Just Culture は「Bad Apple Theory」への対抗概念として導入された**: [[Sidney Dekker]] が名付けた「Bad Apple Theory(悪いリンゴ理論)」——不注意な個人を排除すればヒューマンエラーがなくなるという伝統的見方——を明示的に退ける形で、Etsy はブレームレスなポストモーテムと Just Culture を導入した。ヒューマンエラーを個人の特性でなく状況・システムの産物として扱う視点の転換が、Just Culture 概念の実務的な入口になっている(Source: [[@2012__EtsyCodeAsCraft__Blameless PostMortems and a Just Culture]])。 - **非難への依存は自己強化的な悪循環を生む**: 「処罰 → 現場と管理層の信頼低下 → 現場の沈黙(保身的エンジニアリング) → 管理層の実態認識の劣化 → エラー増加・潜在的条件の見落とし → 再び処罰」という 7 段階のサイクルが、非難文化の負のフィードバックループとして提示されている。Just Culture はこのループを断ち切るための処方箋として位置づけられる(Source: [[@2012__EtsyCodeAsCraft__Blameless PostMortems and a Just Culture]])。 - **「ブレームレス」から「ブレーム・アウェア」への語の精緻化は、Just Culture の同じ緊張関係(免責でなく責任の移し替え)を6年かけて再定式化したものである**: [[@2018__SREcon18 Americas__Architecting a Technical Post Mortem]] で [[Will Gallego]] は「ブレームレス」という語が「責任の否定」と誤解されやすいと指摘し、代わりに「ブレーム・アウェア(非難認識)」——バイアスや非難感情の存在を認めつつそれを指差しの形で表出させない——を提唱した。これは 2012 年の Allspaw の記事が既に抱えていた「ブレームレスは免責ではない」という釈明の必要性を、より明確な代替語で解決しようとした試みとして読める。両者とも「関与者への説明責任は残る」という Just Culture の核を共有する。 - **同じ [[John Allspaw]] が共同編集した書籍の中に、Just Culture 以前の、より条件付きの失敗許容論がすでに存在した**: 『ウェブオペレーション』(Allspaw・Robbins 編, 2010)1章でセオ・スクロッシュナグルは、初〜中級エンジニアの失敗は責任範囲を制限した環境で許容し、失敗が大きいほど学べる教訓も大きいと述べる一方、「失敗は二度は許されない」「失敗から何も学ばないのは許されない」「失敗を繰り返すことに対しては、絶対に許さないという文化を広めるべきだ」とも述べ、学習を目的とした個人への一定の説明責任を明示的に残す。2年後、同じ Allspaw が Etsy で明文化する Just Culture([[@2012__EtsyCodeAsCraft__Blameless PostMortems and a Just Culture]])は、失敗の原因を「個人の不注意」ではなく状況・システムの産物として捉える立場を明確に採り、Bad Apple Theory を名指しで退ける。両者を並べると、Allspaw が編者として世に出した2010年の失敗論(個人の責任は残しつつ被害範囲を制限する)から、2012年の自身の実践知(個人でなくシステムに帰属させる)への視座の移動が見える。ただし1章の主張とAllspaw自身の当時の見解が同一だったかは本文からは分からず、あくまで同一書籍内の並存として扱うべきである。(Source: [[@2011__OReillyJapan__ウェブオペレーション - Chapter 1 ウェブオペレーション:キャリア]] §1.2.3.1, [[@2012__EtsyCodeAsCraft__Blameless PostMortems and a Just Culture]]) ## 未解決の問い - Dekker の著書 *Just Culture*(原著)がこの用語をどう定式化しているか、本 wiki には未取り込みの一次資料が残る。書籍を直接 ingest すれば、Etsy の実務的解釈との異同(特に「懲戒に値する違反」との線引き)をより精緻に検証できる。 - 「ジャストカルチャー」を明示的な運用ポリシー(誰がどの逸脱を懲戒対象と判断するかの基準)として具体化した実務事例が本 wiki にまだない。[[ポストモーテム]] concept の「ローカル合理性」「修復的正義」の知見と接続して、境界線の引き方を扱う後続ソースの ingest が望ましい。 - 『ウェブオペレーション』1章の「失敗を繰り返すことは絶対に許さない」という個人への説明責任の要求は、Just Culture の枠組み(システム要因への焦点化、個人の免責ではなく責任の移し替え)とどこまで整合するか、それとも Bad Apple Theory 的な個人帰属の残滓なのか。両概念を明示的に架橋する記述はまだ vault 内に無い。 ## 関連 - [[ポストモーテム]] — Just Culture を運用原則の一つとして組み込む実践の中核概念 - [[Sidney Dekker]] — *Just Culture* 著者。Bad Apple Theory の命名者 - [[John Allspaw]] — Etsy での Just Culture 実践を最初に文書化した人物。『ウェブオペレーション』の共同編者でもある - [[Etsy]] — Just Culture を組織的に実践した企業 - [[Erik Hollnagel]] — 「事故は賭けに負けたから起きるのではない」という引用の出典 - [[@2011__OReillyJapan__ウェブオペレーション - Chapter 1 ウェブオペレーション:キャリア]] — Just Culture 以前の、より条件付きの失敗許容論 ## 出典 - [[@2012__EtsyCodeAsCraft__Blameless PostMortems and a Just Culture]] — John Allspaw, Etsy Code as Craft, 2012-05-22. - セオ・スクロッシュナグル, 「ウェブオペレーション:キャリア」, John Allspaw・Jesse Robbins 編, 角 征典 訳, 『ウェブオペレーション ―サイト運用管理の実践テクニック』, オライリー・ジャパン, 2011, 1章 §1.2.3.1.