# HOP ## 定義 HOP(Human and Organizational Performance、人間と組織のパフォーマンス)とは、組織構造と機能的なプロセスを改善し、安全性のようなビジネスに不可欠な特性を最適化するためのアプローチである。製造業・公共事業・化学・石油やガス・医療といった物理的な現場の安全マネジメントに起源を持つため、しばしば規範的な「プロセス」であると誤解されるが、実際には5つの基本原則——(1) 誤りは正常である、(2) 非難しても何も直らない、(3) コンテキストが行動を左右する、(4) 学習と改善が不可欠である、(5) 意図的な対応が重要である——に基づく柔軟性と、それを活用するための創意工夫の余地を備える。カオスエンジニアリングと HOP はいずれも安全科学における「new view」(old view と対照をなす、事故や人間的な要素に対する理解を根底から変えた緩やかな指針)に端を発しており、HOP はより安全なシステムを構築する目的で「new view」のモデルを事故の分析や組織の変化に適用したものである。(Source: [[@2022__OReillyJapan__カオスエンジニアリング - Chapter 18 HOPとカオスエンジニアリングの出会い]] §18.1) HOP の5原則は、ヒューマンパフォーマンステクノロジ(Human Performance Technology, HPT)という研究分野——Lean や Six Sigma のようなプロセス管理・改善手法、ナレッジ管理やトレーニングを含む——から取り入れられ、一般的な業界で実践的に利用できる形にまとめられたものである。HPT は通常製造業に対するもので、ソフトウェアに対しては一般的に適用されないが、ソフトウェアの世界における XP・アジャイル・DevOps はこれに類するものとして位置づけられる。(Source: [[@2022__OReillyJapan__カオスエンジニアリング - Chapter 18 HOPとカオスエンジニアリングの出会い]] §18.2, 原注†2) ## 横断的知見 - **HOP が依拠する「new view」は、ソフトウェア領域で既に確立している Dekker の old view / new view と同一の理論的起点を持つ**: 『カオスエンジニアリング』10章(Andy Fleener)は Dekker(2014, "Employees: A Problem to Control or Solution to Harness?")から、人々を「制御すべき問題」とみなす old view と「活用すべき解決策」とみなす new view の対比を引用し、これを組織内の権限委譲設計へ敷衍している(→ [[レジリエンスエンジニアリング]])。18章(Bob Edwards)は同じ「new view」を、製造業という全く異なる現場から安全マネジメントの理論的基盤として引用し、その初出を Dekker の2002年の論文("Reconstructing Human Contributions to Accidents," *Journal of Safety Research* 33)に求める。ソフトウェア組織論(10章)と物理的な製造現場の安全マネジメント(18章)という異なる領域の実践者が、独立に同一の「new view」という理論的起点へ収束していることが、2つの章を突き合わせて初めて見える。(Source: [[@2022__OReillyJapan__カオスエンジニアリング - Chapter 18 HOPとカオスエンジニアリングの出会い]] §18.1 原注†1, [[@2022__OReillyJapan__カオスエンジニアリング - Chapter 10 人間的なカオス]] §10.2) - **HOP の原則2「非難しても何も直らない」は、SRE コミュニティが独立に到達したブレームレス文化と同型の主張を、製造業という別系統の起源から裏づける**: [[心理的安全性]] が集約する Anatomy of an Incident の「人間がインシデントの原因になることは決してない」という宣言や、『SREの探求』23章の「寄与要因」論はいずれもソフトウェア運用の文脈から独立に「非難は分析を止める」という結論に達している(→ [[心理的安全性]])。18章は同じ結論に、物理的な安全マネジメントという全く別の系譜——非難は重要な会話や必要な情報を闇に葬り、人は責任を感じているからこそ話す気を失う——から到達しており、非難を排する姿勢が特定の業界(ソフトウェア運用)に固有の流行でなく、安全が問われるあらゆる現場で独立に発見される普遍的な知見であることを示唆する。(Source: [[@2022__OReillyJapan__カオスエンジニアリング - Chapter 18 HOPとカオスエンジニアリングの出会い]] §18.2.2) ## 未解決の問い - HOP の5原則(誤りは正常である・非難しても何も直らない・コンテキストが行動を左右する・学習と改善が不可欠である・意図的な対応が重要である)は、[[レジリエンスエンジニアリング]] が集約する Woods のレジリエンシー4分類や Adaptive Capacity の定義とどう対応するか。18章は両者を明示的に接続しておらず、対応関係は未検証である。 - 18章はカオスエンジニアリングをアクションアイテムの有効性・持続可能性の検証手段として位置づけるが、実際に HOP の現場(製造業・公共事業・化学・医療等)でカオスエンジニアリングの手法が導入された実例や定量的な効果測定は本章では示されていない。 - HOP の「コンテキストが行動を左右する」という原則は、[[機能配分]] が批判する「タスクを独立に分解・配分できる」という前提とどう関係するか。18章は機能配分やHollnagel・Bainbridgeの議論には触れておらず、両概念の接続は未検証である。 - HPT(Human Performance Technology)は通常ソフトウェアに一般的に適用されないと18章の原注は述べるが、HOP それ自体がソフトウェア領域(SRE・カオスエンジニアリング)へ輸入される際、どの原則がそのまま持ち込め、どの原則が現場ごとに読み替えを要するかは明らかでない。 ## 関連 - 概念: [[カオスエンジニアリング]] / [[レジリエンスエンジニアリング]] / [[心理的安全性]] - 実体: [[Bob Edwards]] — 18章の著者、HOP 実践者 / [[Sidney Dekker]] — 「new view」の初出論文(2002)の著者 - 章: [[@2022__OReillyJapan__カオスエンジニアリング - Chapter 18 HOPとカオスエンジニアリングの出会い]] — 本概念の唯一の出典章 - 関連章: [[@2022__OReillyJapan__カオスエンジニアリング - Chapter 10 人間的なカオス]] — 同じ「new view」をソフトウェア組織論の文脈で引用 ## 出典 - [[@2022__OReillyJapan__カオスエンジニアリング - Chapter 18 HOPとカオスエンジニアリングの出会い]] — Bob Edwards, 「HOP とカオスエンジニアリングの出会い」, Casey Rosenthal・Nora Jones 編『カオスエンジニアリング ― 回復力のあるシステムの実践』, オライリー・ジャパン, 2022, 18章.