# GNSS測位の脆弱性 ## 定義 GNSS(GPSに加え欧州Galileo・ロシア・中国の測位衛星群を含む総称)は、4基以上の衛星から受信した時刻信号を用いて位置と時刻を解くが、実運用ではいくつもの要因で精度が劣化する。第一に、可視衛星が近接してクラスタ化していると精度が希釈される(dilution of precision)。第二に、消費者向け機器の平均精度は約10mだが、電離層の状態を較正する augmentation(拡張)技術を使う航空機用途では2m程度まで向上できる。第三に、多くの消費者機器は「スナップ・トゥ・フィット」ソフトウェアで受信位置を最寄りの道路に自動補正するため、実際の位置とずれることがある。第四に、建物からの反射波が直接波と干渉するマルチパスが誤差を生む。最後に、GPSジャミング(信号を単純に妨害するbarrage jamming)や、より高度な**ミーコニング(meaconing)**——別の場所で受信した信号を再送信し、受信機に「別の場所にいる」と誤認させる手法——による意図的な妨害がある。GNSS妨害は従来国家機関の専有物だったが、安価なソフトウェア無線の普及で拡散しつつある(Source: [[@2020__Wiley__Security Engineering 3e - Chapter 14 Monitoring and Metering]] ch.14 §14.4)。 ## 横断的知見 - 現時点では第14章(GPS外出禁止タグの文脈)と第23章(電子戦の文脈)という同一書籍内の2章の突き合わせにとどまる。第14章は民生・司法(GPSタグの精度検証訴訟)の視点から、第23章は軍事・国家安全保障の視点から同じ脆弱性群(妨害・ミーコニング)を扱っており、対処技術としての干渉計測GPS(S-GPS、著者の元ポスドクが創業したFocal Point Positioning社が開発)への言及が両章で独立に登場する——第14章は外出禁止タグの精度向上技術として、第23章は軍事的なスプーフィング検知技術として同一企業・同一技術に触れており、単一の民生発の技術が軍民両分野で参照される事例になっている。(Source: [[@2020__Wiley__Security Engineering 3e - Chapter 14 Monitoring and Metering]], [[@2020__Wiley__Security Engineering 3e - Chapter 23 Electronic and Information Warfare]]) - 第23章はGNSSという語自体が米国のGPSだけでなくロシア・中国・欧州の測位衛星群を含む総称であることを明示し、GPSジャミング機がコモディティ化した経緯(2007年に700ドル、現在は100ドル未満)と、ミーコニングが要人警護車列での防御技術としても使われる(暗殺者によるミサイル誘導対策)という、第14章のGPS外出禁止タグの文脈にはなかった「防御側の積極利用」という角度を追加する。(Source: [[@2020__Wiley__Security Engineering 3e - Chapter 23 Electronic and Information Warfare]] ch.23 §23.3.4) ## 未解決の問い - ミーコニングによるアリバイ工作(「実際は外出していたのに自宅にいたと見せかける」)は、本書の脅威モデルの言葉で言えばどのレベルの敵対者(opponent)を想定すべきか。第14章はこの攻撃の実行可能性を示すのみで、実際に発生した事例までは報告していない。第23章は要人警護車列でのミーコニングの防御的利用は報告するが、これも実際の暗殺未遂事例としては報告されていない。 - 著者のポスドクが起業したFocal Point Positioningの干渉計測手法(1m精度、マルチパス・ジャミング検知)は、外出禁止タグのような低コスト大量展開システムに実装可能なコストで導入できるのか。第14章・第23章とも技術の存在のみ述べ、コストや採用事例には触れていない。 - 希釈度(dilution of precision)がオンライン公開のツールで事前に見積もれるとされるが、これを利用したリアルタイムの品質保証(測位精度が閾値を下回ったら別の証拠と併用する等)は司法手続きでどの程度制度化されているか。 - 第23章が報告するロシアによるノルウェー国境沿いの組織的GPS妨害は、第14章の民生用途(外出禁止タグ・道路課金)の脅威モデルとは全く異なる国家間の電子戦の文脈にある。同じ技術的脆弱性(GNSS妨害)に対して、民生分野と軍事分野で防御の優先順位・投資規模がどう異なるのかは両章を跨いでも明確化されていない。 ## 関連 - source: [[@2020__Wiley__Security Engineering 3e - Chapter 14 Monitoring and Metering]] — 本conceptの初出ソース(GPS外出禁止タグの精度検証訴訟) / [[@2020__Wiley__Security Engineering 3e - Chapter 23 Electronic and Information Warfare]] — 軍事・国家安全保障の視点からGPS妨害・ミーコニング・干渉計測GPSを積み増したソース - 概念: [[情報戦]](GNSS妨害と同様、電子戦の技法が民生・国家安全保障の双方に波及する構造を持つ) ## 出典 - Ross Anderson, *Security Engineering: A Guide to Building Dependable Distributed Systems*, 3rd Edition, John Wiley & Sons, 2020, Chapter 14 (§14.4). - Ross Anderson, *Security Engineering: A Guide to Building Dependable Distributed Systems*, 3rd Edition, John Wiley & Sons, 2020, Chapter 23 (§23.3.4).