# 電子透かしと著作権マーキング
## 定義
著作権マーキング(copyright marking)は、コンテンツ(音声・映像・画像・印刷物)に、除去困難な形で著作権情報や利用者固有の識別子を埋め込む技術の総称である。可視だが目立たない形(TV局のロゴ、学術論文PDFの所属機関表示)と、不可視の電子透かし(watermark)・指紋(fingerprint、隠された連番)に大別される。ステガノグラフィ(steganography)は情報ハイディングの姉妹分野で、メッセージの存在自体を隠す点が目的として異なる。概念モデルはGus Simmonsの「囚人の問題」──収監されたAliceとBobが看守Willieの検閲を受けながら脱獄計画を秘匿通信で共有する──に基づき、メカニズム自体は看守に知られている前提で秘密鍵にのみ安全性を依存する(暗号学と同じ設計原則)。埋め込み手法は、単純な最下位ビット改変(統計的に検出・除去されやすく脆弱)から、秘密鍵で選んだ位置への埋め込み(中国起源、16世紀イタリアのCardan grilleに再発明された技法の現代版)、直接拡散スペクトラム(電子戦から借用)と知覚フィルタリングの組み合わせまで多様である。頑健性はROC(receiver operating characteristic、誤検出率と検出漏れ率のトレードオフ)で評価され、実運用では低い誤検出率(自分の子どもの誕生日ビデオを「複製禁止」と誤検知しない)が特に重要になる。(Source: [[@2020__Wiley__Security Engineering 3e - Chapter 24 Copyright and DRM]] ch.24 §24.4, §24.4.1, §24.4.2)
## 横断的知見
- 現時点では本章(Security Engineering 3e 第24章)が唯一のソースであり、横断的な突き合わせはまだ行えていない。電子透かしはメディアフォレンジック・画像認証・deepfake検知など隣接領域にも波及する概念であるため、今後別ソース(電子透かし単体を扱う論文、フォレンジック関連の書籍章)からの積み増しを想定する。
## 未解決の問い
- 著作権マーキングは1990年代後半に急速に発展し、Information Hiding Workshopで毎年提案され翌年には破られるというサイクルを繰り返した(Jessica Fridrichらのグループが最も多く攻撃した)。この「提案→解読」の高速なサイクルは、本書がDRM全般について描く「導入→解読→訴訟」というパターンと同型に見えるが、両者の速度・力学の違い(マーキングは学術会議というオープンな場で公然と競われた点)が実際の技術発展にどう影響したかは本章だけでは追いきれない。
- Stirmark(著者の学生が開発した、印刷・再スキャンを模した幾何学的歪みを与えるツール)は当時のほぼ全てのマーキング方式を無効化し標準ベンチマークになったが、この「頑健性評価そのものを目的にした攻撃ツール」というパターンが暗号一般の評価文化(Kerckhoffsの原則の実践)にどこまで一般化できるかは未検証。
- 電子透かしが2000年代半ばに衰退した決定打は攻撃ではなくストリーミングにおけるレイテンシ問題(サーバサイド電子透かしが遅延を生む)だったと本章は述べる。技術が「破られたから廃れる」のではなく「実運用の非機能要件(レイテンシ)に敗れて廃れる」というこのパターンは、他のセキュリティ機構の普及・衰退にも一般化できる観察か、本書の他章での検証が必要。
- Patchwork方式(鍵が選ぶ2つの画素集合の一方を明るく、他方を暗くする)が差分電力解析(differential power analysis)と類似の構造を持つと本章は指摘するが、この類似性を[[サイドチャネル攻撃]]の観点から体系的に扱った記述は本章にはなく、第19章(Side Channels)を読む必要がある。
## 関連
- ソース: [[@2020__Wiley__Security Engineering 3e - Chapter 24 Copyright and DRM]](§24.4〜§24.4.3)
- 概念: [[DRM(デジタル著作権管理)]](著作権保護技術としての隣接分野、複製そのものの防止 対 複製の追跡という役割分担)
- 実体: [[Digimarc]](著作権マーキングの代表的な商用スタートアップ)
## 出典
- Ross Anderson, *Security Engineering: A Guide to Building Dependable Distributed Systems*, 3rd Edition, John Wiley & Sons, 2020, Chapter 24, §24.4-§24.4.3.