# 通常設計と急進的設計 Navigation: [[index]] | [[overview]] ## 定義 **normal design(通常設計)**と**radical design(急進的設計)**は、Walter Vincenti が Edward Constant の *The Origins of the Turbojet Revolution* における normal technology(通常技術)概念を設計の領域に拡張して導入した対概念である。Constant は normal technology を「技術共同体が通常行っていること」、すなわち「受け入れられた伝統の改良、または新しく/より厳しい条件下でのその適用」と定義した。normal design という語自体は Constant のものではなく Vincenti による拡張である(Source: [[@1990__JohnsHopkins__What Engineers Know and How They Know It - Chapter 1 Introduction - Engineering As Knowledge]], p.8)。 **通常設計**に従事する設計者は、設計の出発点で装置がどう動作するか(動作原理)、その通常形態(normal configuration)はどのようなものか、そしてその線に沿って適切に設計すれば目的を達成できる見込みが高いことを、あらかじめ知っている。例としてターボジェット以前の航空機エンジン設計が挙げられる。当時の設計者は、エンジンがガソリン燃料の4ストローク内燃ピストン機関であるべきこと、高出力エンジンの気筒配置(空冷なら放射状、液冷なら直列)、タペット弁かスリーブ弁かといった細部までも当然の前提として扱えた。設計上の課題は、この限られた枠の中での改良(重量減・燃費改善・出力向上)に絞られる(Source: ch.1, p.8)。 **急進的設計**では、装置がどう配置されるべきか、あるいはそもそもどう動作するのかさえほとんど分かっていない。設計者はそのような装置を見たことがなく、成功する見込みも持てない。課題は「さらなる開発を正当化するに足る程度に機能するもの」を設計することである。Constant が描いたターボジェット革命の当事者たちがこの典型例とされる(Source: ch.1, p.8-9)。 両者は截然と分けられるものではなく、新規性の程度によって中間的な水準も存在する。ただしこの区別は分析の基盤として十分に実質的だと Vincenti は述べる。また、通常設計は「日常的で演繹的で本質的に静的」なものではない。技術全体と同様に創造的・構成的であり、設計者がより野心的な目標を追い続けるにつれて時間とともに変化する。ただしその変化は本質的なものではなく漸進的であり、通常設計は革命的というより進化的な性質を持つ(Source: ch.1, p.8-9)。通常設計は目立たないが、Boeing・General Motors・Bechtel のような大規模設計部門の日常業務の大半を占め、通常設計に必要な知識は急進的設計に必要な知識に比べて限定的で扱いやすい(Source: ch.1, p.9)。 **design hierarchy(設計の階層)**は、通常/急進の軸とは独立な、もう一つの設計の構造化軸である。航空機のような複雑システムを典型例として、設計は上から次の5レベルに分かれる(Source: ch.1, p.9)。 1. **project definition(プロジェクト定義)**: 通常は曖昧な軍事的・商業的要件を、レベル2のための具体的な技術的問題へ翻訳する。 2. **overall design(全体設計)**: プロジェクト定義を満たすための航空機全体の配置・比率のレイアウト。 3. **major-component design(主要構成要素設計)**: 主翼設計、胴体設計、降着装置設計、電気系統設計等への分割。 4. **工学分野別の細分化**: レベル3の各領域を必要な工学分野に応じてさらに分割(例: 空力的翼設計、構造的翼設計、機械的翼設計)。 5. **さらに具体的な問題への細分化**: レベル4の各カテゴリを高度に特定的な問題へ分割(例: 空力的翼設計を平面形・翼型断面・高揚力装置の問題へ)。 上位レベルの問題は概念的で相対的に不定形であり、工学の外部の人々や歴史学者はこのレベルに注目しがちである。下位レベルでは、工学的労力の大半がそこに費やされ、問題は概ね明確に定義され、活動は高度に構造化されている。設計階層のどの位置で通常設計か急進的設計かは別問題であり、通常設計はどのレベルにも(そして概ねすべてのレベルに)行き渡りうる一方、急進的設計もどのレベルでも生じうる(Source: ch.1, p.9)。本書の事例研究は主にこの下位レベルの活動を扱う(Source: ch.1, p.9, p.12)。 設計の階層の上位レベルほど、経済的・軍事的・社会的・個人的・環境的な文脈的要因(John Staudenmaier のいう人工物の「アンビエンス」)が直接的に強く作用する。下位レベルでは文脈の影響は相対的に弱く間接的であり、知識は主に設計そのものの内的必要から導かれる。航空機の主翼形状のような下位レベルの問題は、機体の規模・性能が一度指定されれば純粋に技術的な問題になる(Source: ch.1, p.11-12)。 ## 横断的知見 - 第3章(飛行品質仕様の確立)は、設計階層の最上位レベル**project definition(プロジェクト定義)**の具体例を提供する。United Airlines が Douglas に発注した DC-4E の性能要件を、社長 William Patterson の曖昧な商業目標(「特定の収益源への依存を減らしたい」)から具体的な技術仕様へ翻訳した過程を、著者自身が「設計階層でいう『project definition』の過程だった」と明示的に位置づけている。飛行品質仕様(Edward Warner が追加した節)も同じレベルで追加された(Source: [[@1990__JohnsHopkins__What Engineers Know and How They Know It - Chapter 1 Introduction - Engineering As Knowledge]], [[@1990__JohnsHopkins__What Engineers Know and How They Know It - Chapter 3 Establishment of Design Requirements - Flying-Quality Specifications for American Aircraft, 1918-1943]], p.99)。 - 第1章は「文脈的要因(アンビエンス)は上位レベルほど強く作用し、下位レベルでは間接的」という一般則を述べるが、第3章の飛行品質仕様はこの一般則の例外を提供する。パイロットの必要という文脈的要因(Staudenmaier の「design-ambient tension」の一種)が、操縦翼面の詳細設計という設計階層の下位レベルに直接作用する点で「比較的珍しい状況」だと著者自身が注記している(Source: ch.3, p.53)。第1章の一般則は、第3章のような人間が操作する装置の設計では成り立たない場合があることを示す。 - 第8章([[変異選択モデル]])は、フランスの初期飛行機設計者(Ferber・Blériot ら、1901〜1908年)の直接試行を、動作原理そのものが定まっていない探索的な変異-選択過程の例として描く。設計対象がまだ通常形態を持たず、選択は飛行という直接試行でしか行えなかったこの状況は、本 concept が定義する**急進的設計**に近い状況証拠を、変異-選択という異なる語彙から与える。著者自身はこの事例を「通常設計の事例ではない」と明言しつつモデル説明のために用いており、通常形態確立後の変異-選択過程(「1910年代以降の航空機設計の大半はこの種類」)との対比を明確にしている。この対比は、通常設計/急進的設計という区分が「変異の範囲がどれだけ制約されているか」という変異-選択モデルの語彙で言い換え可能であることを示唆する——急進的設計では変異の範囲が広く盲目性が高い一方、通常設計では通常形態という既知の枠組みが変異の範囲を狭め、変異の盲目性を相対的に下げる。(Source: [[@1990__JohnsHopkins__What Engineers Know and How They Know It - Chapter 1 Introduction - Engineering As Knowledge]], [[@1990__JohnsHopkins__What Engineers Know and How They Know It - Chapter 8 A Variation-Selection Model for the Growth of Engineering Knowledge]], p.243-245) ## 未解決の問い - 通常設計と急進的設計の「中間水準」は、実際の歴史的事例ではどのように現れるか(著者は截然と分けられないと述べるのみで、具体例は本章にない)。 - 設計階層の各レベルにおける通常設計/急進的設計の組み合わせは、第2〜6章の事例研究でそれぞれどう現れるか。 - 設計階層の上位レベルにおける文脈的要因(アンビエンス)と設計知識の相互作用は、本書ではどこまで扱われるか(著者は「本書は主に内的知識を扱う」と留保している)。 ## 関連 - 概念: [[工学設計知識]] — 本 concept が絞り込む「設計」全般の親概念。 - 概念: [[設計要件の確立]] — project definition レベルでの要件確立を扱う第3章の事例。 - 実体: [[Edward Constant]] / [[John Staudenmaier]] / [[Walter Vincenti]] / [[Edward P. Warner]] - 概念: [[変異選択モデル]] — 第8章が与える、通常/急進の区分を変異の範囲の広狭として言い換えうる視点。 - ソース: [[@1990__JohnsHopkins__What Engineers Know and How They Know It - Chapter 1 Introduction - Engineering As Knowledge]] / [[@1990__JohnsHopkins__What Engineers Know and How They Know It - Chapter 3 Establishment of Design Requirements - Flying-Quality Specifications for American Aircraft, 1918-1943]] / [[@1990__JohnsHopkins__What Engineers Know and How They Know It - Chapter 8 A Variation-Selection Model for the Growth of Engineering Knowledge]] ## 出典 - Walter G. Vincenti, *What Engineers Know and How They Know It*, The Johns Hopkins University Press, 1990, Chapter 1, pp. 8-9, 11-12. - Walter G. Vincenti, *What Engineers Know and How They Know It*, The Johns Hopkins University Press, 1990, Chapter 3, p. 53, 99. - Walter G. Vincenti, *What Engineers Know and How They Know It*, The Johns Hopkins University Press, 1990, Chapter 8, pp. 243-245.