# 計算機と神経系のアナロジー ## 定義 計算機と神経系のアナロジーとは、計算機の基本構造要素(リレー)と神経系の基本構造要素(ニューロン)が、いずれも二状態の切り替え素子として振る舞う点に根拠を置く、両者の構造的な対応関係の主張である。ウィーナーは『サイバネティクス』第5章で、計算機の理想像を論理機械であると同時に算術機械でもあるものと定義し、その構造を「各段のリレーの位置が前段のリレーの位置によって決まる、リレーの束」として描写する。ここに、通常の生理的作用のもとではほぼ悉無律(all-or-none principle)に従うニューロン——静止しているか、刺激の性質によらずほぼ一定の系列をたどって発火するか——を重ね、ニューロンを発火と静止の二状態を持つリレーとみなす。数を記録するコストを最小化する情報理論的な議論(記録コストが目盛りの分割数 N に対して最小になるのは N が最大、すなわち各尺度が二等分される二進表現のとき)によって二進法の優位性がまず示され、その二分法(dichotomy、あるクラスに属するか属さないかの選択)が算術(二進の加算・乗算)とブール代数(否定・論理和・論理積)の双方の基盤であることが示される。この二分法という同じ原理が、計算機のリレーと神経系のニューロンという異なる基質に共通して現れる、というのがアナロジーの骨格である。(Source: [[@1961__MITPress__Cybernetics - Chapter 5 Computing Machines and the Nervous System]] ch.5 pp.116-121) ## 横断的知見 - **アナロジーの成立方向が、48年隔てた2つのソースで逆になっている**。ウィーナー(1948)は物理的機構(リレーの二状態、シナプスの重みと幾何学的配置、抑制性シナプスの存在)からボトムアップに論理的性質(悉無律、二分法)を導こうとする。対して [[情報処理システムとしての人間]] が扱う Simon(1996)は、記号処理システムとしての人間を、記憶パラメータと基本情報過程という粗い記述だけで捉え、「計算機の hardware と脳の hardware の違いが人間的思考の模擬を妨げてこなかった」という理由づけによって、神経生理学的な機構の詳細を意図的に括弧に入れる。Simon はこれを情報処理的説明と生理学的説明の「二層関係」として明示的に定式化し、両者は適応の限界という界面でのみ接続すると位置づける(→ [[情報処理システムとしての人間]] 「生理学との二層関係」節)。ウィーナーが第5章でまさに埋めようとしている境界——リレーという物理的性質から論理的・情報処理的性質を導く境界——を、Simon は逆方向から意図的に保持したままにしている。同じ「計算機と神経系(あるいは記号処理系)」というテーマに対して、下から積み上げる説明と上から括弧に入れる説明という対照的な戦略が取られている。(Source: [[@1961__MITPress__Cybernetics - Chapter 5 Computing Machines and the Nervous System]] ch.5 pp.118-121, [[情報処理システムとしての人間]] 引用元 [[@1996__MITPress__The Sciences of the Artificial - Chapter 3 The Psychology of Thinking - Embedding Artifice in Nature]] p.83) - **「系の振る舞いの直列性」という結論に、両者は異なる経路で到達している**。ウィーナーは、計算機のリレーの束が「中央のクロックで段階を刻むか、先行すべきリレーがすべて動作を終えるまで待つか」のいずれかで動作すると述べ、これは本質的に依存関係が逐次的に解決される直列的な処理連鎖である。Simon(1996)は、感覚器の並列性を認めつつも、刺激が認識されたあとは短期記憶の小さな容量がボトルネックとなって記号水準の処理を直列に強制するという経験的証拠を挙げ、直列性を行動データから帰納的に主張する。ウィーナーの直列性はリレーの結線構造という設計上の帰結として演繹的に導かれるのに対し、Simon の直列性は観察された行動の制約から経験的に導かれており、両者の直列性の根拠の水準(構造 vs 行動)が異なる点は、2つのソースを並べて初めて見える対比である。(Source: [[@1961__MITPress__Cybernetics - Chapter 5 Computing Machines and the Nervous System]] ch.5 pp.118-119, [[情報処理システムとしての人間]] 引用元 [[@1996__MITPress__The Sciences of the Artificial - Chapter 3 The Psychology of Thinking - Embedding Artifice in Nature]] p.81-82) ## 未解決の問い - ウィーナーはシナプスの「重み」や幾何学的関係、抑制性シナプスの存在によって、実際の閾値決定は単純な発火シナプス数の計数より複雑だと注記している(ch.5 pp.120-121)。この複雑さが、Simon(1996)の言う「行動の複雑さは主として環境の複雑さの反映であり内部機構は粗い記述で足りる」という主張(→ [[情報処理システムとしての人間]])とどう整合するのか、あるいはウィーナーのボトムアップな精緻化がその主張と緊張関係にあるのかは、本 wiki 内のソースだけでは判定できない。 - ウィーナーは「脳は計算機全体の類比ではなく一回の走行の類比にすぎない」という指摘が精神病理学・精神医学に深い意味を持つと述べるが(ch.5 p.121)、その内容は本章では展開されない。第7章(Cybernetics and Psychopathology)がこれをどう扱うかは未確認。 - 情動的色調(affective tone)の仮説的フィードバック機構(Fig. 7)は、ウィーナー自身が「条件反射が実際にこの機構どおりに働くとは主張しない」と明示的に留保している(ch.5 pp.128-129)。この機構が計算機と神経系のアナロジーの枠内でどこまで一般化可能な主張なのか、単なる示唆にとどまるのかは、本章の記述だけでは確定できない。 ## 関連 - 章: [[@1961__MITPress__Cybernetics - Chapter 5 Computing Machines and the Nervous System]] - 概念: [[情報処理システムとしての人間]] / [[フィードバックループ]] - 実体: [[ノーバート・ウィーナー]] / [[Vannevar Bush]] - 書籍: [[Cybernetics]] ## 出典 - Norbert Wiener, *Cybernetics: or Control and Communication in the Animal and the Machine*, 2nd ed., The MIT Press, 1961, Chapter 5, pp. 116-132.