# 計算による科学的発見 ## 定義 計算による科学的発見とは、科学的発見の過程を情報処理システムの働きとして定式化し、計算機プログラムとして実装して検証する研究様式である。Simon はこれを学習の延長線上に置く。他人に既に知られていることの学習と、世界にとって新しいことの学習のあいだに鋭い線引きはない。何が新奇かは、問題解決者の心に既にある知識と、知識を加えるにあたって環境から受ける助けに依存する。したがって学習体系に用いられるのとよく似た過程で、新しい知識を発見する体系を構成できると期待してよい。(Source: [[@1996__MITPress__The Sciences of the Artificial - Chapter 4 Remembering and Learning - Memory as Environment for Thought]] "Discovery Processes" p.105) ## 目標のない問題解決 発見は目標が比較的曖昧な、構造の悪い(ill-structured)問題解決課題の類に属する。金を発見するのに金を探している必要すらなく、金の代わりに銀や銅が出てくればそれも歓迎される。何かが発見されたことの検証は、**確実には予測できなかった何か新しいものが現れ、かつそれが何らかの価値や興味を持つこと**である。(Source: ch.4 "Problem Solving without a Goal" p.106) ## 系譜 ### 文字系列補完(1963) 初期の発見プログラムは文字系列補完の課題を行った。"A B M C D M E F M" のような系列に続く文字を求める課題で、系列の中にパターンを探す。3 文字ごとに M が来ること、各 3 つ組の第 1 文字が直前の 3 つ組の第 2 文字のアルファベット順の次であることなどを見出し、そのパターンを外挿する。この系列外挿器が 1980〜90 年代の科学法則発見プログラムの先触れとなった。中心の着想は、仮説生成器でデータ中のパターンを探索し、検出されたパターンの兆候で探索の継続を導くという、「他ならぬ」ヒューリスティック探索である。(Source: ch.4 p.106) ### AM もう 1 つの初期の発見プログラム AM(D. B. Lenat)の課題は、興味深い新概念とそれについての興味深い予想を発見することだった。何が興味深いかの基準、最良優先探索に基づく探索ヒューリスティックの集合、ある課題領域(たとえば初等集合論)の初歩的知識を備え、素数の概念のような、それ自身にとって新しい興味深い概念を発見する相当な能力を示した。ただし発見の基礎については論争があり、新概念は AM が書かれた LISP 言語に既に暗に含まれていたと主張する批判者もいた。Simon はこの退けの見方を共有しないと明記している。(Source: ch.4 p.106) ### BACON [[BACON]] は数値データの塊の中に不変量を発見する。詳細は entity ページに譲るが、要点は、その基本構成に目新しいものがほとんどないことと、それにもかかわらず古典物理の法則を見つけるのに**大規模な探索を要さない**ことである。不変量を見つけるのに元の変数の関数を十数個より多く検査する必要があることは稀である。(Source: ch.4 "Rediscovering Classic Physics" p.107) ### その後の発見プログラム AM と BACON の後には、科学的発見の多くの側面を照らす多数の発見プログラムが続いた。それらは新概念を発見できるだけでなく、実験の系列を計画し、複雑な化学反応の反応経路を措定し、質量分析のデータを解釈する規則を帰納し、直接観測できない変数を収容できるよう体系の状態空間を拡張することもできる。研究の一部は科学の道具に人工知能を加えるものとして構想され、DENDRAL や MECHEM のプログラムは化学の学術誌に化学への寄与として掲載された発見を生んでいる。研究の多くは、人間の発見過程の理解を深めることを狙っており、BACON のシミュレーションは物理学・化学の歴史上の発見事例と比較され、被験者を使った並行実験も行われている。(Source: ch.4 p.107-108) ## Simon 自身が置いた検定 AM と BACON およびその後継は、発見の過程が人間の認知に新しい種類の複雑さを持ち込まないと信じる理由をいくらか与える。しかし Simon は自ら合格基準を示す。この論証は、これらの体系のどれかが**自分にとってだけでなく世界にとっても新奇な、興味ある何かを発見したとき**により説得的になるだろう。そして 1996 年時点で「その検定はまだ通過されていない」と書いている。(Source: ch.4 p.108) ## 横断的知見 - 「探索を導く信号をデータ自身から取る」という発見プログラムの中心機構は、第 3 章の暗号算術における選択的探索と同じ形をしている。ただし枝を絞る根拠が異なる。暗号算術では問題の構造から導かれる**論理的矛盾**が枝を確定的に切るのに対し、BACON 型の発見では変数対の**単調性という経験的な兆候**が次に試す関数を選ぶ。第 4 章が発見を「他ならぬヒューリスティック探索」と呼ぶのは、この形式的な同型性を指している。(Source: [[@1996__MITPress__The Sciences of the Artificial - Chapter 3 The Psychology of Thinking - Embedding Artifice in Nature]] p.56-58, [[@1996__MITPress__The Sciences of the Artificial - Chapter 4 Remembering and Learning - Memory as Environment for Thought]] p.106-107) - Simon が置いた合格基準(体系自身にでなく世界にとって新奇な発見)は、30 年後の [[エージェント型科学探索]] が正面から取りにいっている的である。ただし両者の設計思想は逆向きに見える。BACON の要点は**探索がほとんど要らない**こと(不変量を見つけるのに十数個の関数の検査で足りる)であり、テンプレート自由の AI Scientist の要点は**テスト時計算量を増やすほど成果が上がる**ことである。単純な機構で発見が説明できるという Simon の主張と、探索資源のスケーリングが発見を駆動するという現代の主張は、発見の複雑さの所在について異なる見立てを置いている。(Source: [[@1996__MITPress__The Sciences of the Artificial - Chapter 4 Remembering and Learning - Memory as Environment for Thought]] p.107-108, [[@2026__Nature__Towards end-to-end automation of AI research]]) - 発見と表現の関係について、第 4 章は 2 段構えの主張を置く。データ中の不変量の発見(BACON)は既存の問題空間の中で完結し、新しい複雑さを持ち込まない。しかし新しい**表現**の発見(Newton の微分積分、切り取られたチェッカーボード)は別の課題であり、理論がまだない。すなわち Simon の「発見は単純だ」という結論は、表現が与えられている限りでの主張である。(Source: [[@1996__MITPress__The Sciences of the Artificial - Chapter 4 Remembering and Learning - Memory as Environment for Thought]] p.107-109, [[問題の理解と表現]]) ## 未解決の問い - Simon の検定(体系にとってでなく世界にとって新奇な発見)は、その後どの体系が、どの意味で通過したと言えるのか。DENDRAL や MECHEM の学術誌掲載は Simon 自身が別枠で挙げており、検定の合格とは書いていない。両者の線引きはどこにあるか。 - AM への批判(新概念は LISP に暗に含まれていた)を Simon は退けるが、その理由を本章では述べていない。発見された概念が「体系に既に暗に含まれていた」かどうかを判定する基準は立てられるか。 - BACON が探索をほとんど要さないのは、与えられるデータが既に整理された変数対だからではないか。表現の選択を発見過程に含めた場合、探索量の見積もりはどう変わるか。 ## 関連 - 章: [[@1996__MITPress__The Sciences of the Artificial - Chapter 4 Remembering and Learning - Memory as Environment for Thought]] - 概念: [[問題の理解と表現]] / [[ヒューリスティック探索]] / [[エージェント型科学探索]] / [[情報処理システムとしての人間]] - 実体: [[BACON]] / [[Herbert A. Simon]] - 書籍: [[The Sciences of the Artificial]] ## 出典 - Herbert A. Simon, *The Sciences of the Artificial*, third edition, The MIT Press, 1996, Chapter 4, pp. 85-110. - P. Langley, H. A. Simon, G. L. Bradshaw and J. M. Zytkow, *Scientific Discovery: Computational Explorations of the Creative Process*, The MIT Press, 1987.(第 4 章が発見プログラム群の詳細として参照する文献)