# 自律コンピューティング
## 定義
自律コンピューティング(autonomic computing)は、システム管理者が高レベルの目標(ポリシー)だけを与え、システム自身がその目標に従って自らを構成・最適化・修復・防御する計算機システムの設計思想である。IBM のシニア・バイスプレジデント Paul Horn が 2001 年 3 月の基調講演で導入した語で、心拍数や体温を意識的な脳の負担なく統制する自律神経系(autonomic nervous system)からの生物学的アナロジーに由来する。[[Jeffrey O. Kephart]] と [[David M. Chess]] は [[@2003__Computer__The Vision of Autonomic Computing]] において、これを自己構成(self-configuration)・自己最適化(self-optimization)・自己修復(self-healing)・自己防御(self-protection)の 4 側面として体系化し、自律要素(autonomic element)= 管理対象要素(managed element)+ 自律マネージャ(autonomic manager)というアーキテクチャで実現する枠組みを提示した。自律マネージャの内部構造は [[MAPE-Kループ]](Monitor-Analyze-Plan-Execute over shared Knowledge)と呼ばれる。(Source: [[@2003__Computer__The Vision of Autonomic Computing]])
## 横断的知見
- **自律コンピューティングは「4 つの自己管理側面が最終的に単一アーキテクチャの創発的性質へ融合する」という統合の賭けの上に立っている**: Kephart と Chess は、初期の自律システムでは自己構成・自己最適化・自己修復・自己防御を異なる製品チームが個別に扱うだろうが、これらは最終的に自己維持(self-maintenance)というより一般的な概念へと融合すると予測した。この統合の賭けが成立するか(それとも各側面が別々のアーキテクチャに留まるか)は、当時未検証のまま将来へ委ねられていた。(Source: [[@2003__Computer__The Vision of Autonomic Computing]])
- **人間の役割を「直接管理」から「高レベル目標の指定」へ移す提案は、自動化のアイロニーが警告する構造そのものを 20 年前倒しで採用している**: 本稿は「最初は自動化機能が情報の収集・集約のみを行い人間の意思決定を支援し、次に助言者として振る舞い、最終的に人間はより頻度の低い高レベルの意思決定のみを行うようになる」という進化の道筋を提案する。これは [[自動化のアイロニー]] が 1983 年の Bainbridge の時点で既に警告していた「自動化はタスクを除去するのではなく変容させ、人間に残る役割(高レベル判断・異常時対応)は自動化前の役割より困難になりうる」という構造と同型である。自律コンピューティングのビジョン論文は、この構造的懸念(監視のアイロニー・技能劣化のアイロニー)には言及せず、進化のロードマップとしてのみ論じている点が対照的である。(Source: [[@2003__Computer__The Vision of Autonomic Computing]], [[@1983__Automatica__Ironies of Automation]])
- **自律要素をエージェント、自律システムをマルチエージェントシステムと捉える視点は、後の自己適応システム(self-adaptive systems)研究における MAPE-K の標準化の直接の起点になった**: 本稿の Figure 2(自律マネージャ = Monitor/Analyze/Plan/Execute + 共有 Knowledge)は、以後の自己適応システム文献で「MAPE-K ループ」として定型化して参照される図式の初出である。(Source: [[@2003__Computer__The Vision of Autonomic Computing]])
## 未解決の問い
- 本稿が予測した「自己構成・自己最適化・自己修復・自己防御が単一アーキテクチャの創発的性質へ融合する」という統合は、現代の Kubernetes/AIOps/SRE の実践においてどの程度実現しているか、あるいは依然として個別のツール・チームに分断されたままか。
- 本稿が提案する「人間はより高レベルで頻度の低い意思決定のみを行うようになる」という自律性の段階的移譲は、[[自動化のアイロニー]] が指摘する監視のアイロニー・技能劣化のアイロニーとどう両立しうるか。[[SRE AI Autonomy Levels]] のような段階的権限委譲の枠組みは、この移譲を安全に設計する具体的な回答になりうるか。
- 高レベルポリシーの改ざんによる「自律性を逆手に取る攻撃」への対策として著者らが要請した新しいセキュリティのサブ分野は、その後どのような形で発展したか([[エージェント運用安全性]] との関係は)。
- マルチエージェント環境での学習・最適化理論の収束保証の欠如(本稿執筆時点で「ほとんど主要な定理がない」とされた領域)は、その後の強化学習・マルチエージェント強化学習研究でどこまで埋まったか。
## 関連
- 概念: [[MAPE-Kループ]] / [[セルフヒーリング]] / [[プロアクティブ障害管理]] / [[自動化のアイロニー]]
- エンティティ: [[Jeffrey O. Kephart]] / [[David M. Chess]] / [[IBM T.J. Watson Research Center]]
- ソース: [[@2003__Computer__The Vision of Autonomic Computing]]
- 関連 MOC: [[SRE - MOC]] / [[System Engineering - MOC]]