# 線形注意
## 定義
線形注意(Linear Attention)は、通常の Transformer における $\exp(\langle c_i, q \rangle)$ という指数カーネルを、有限次元の特徴マップ $\phi$ で近似できるカーネル関数に置き換えることで、アテンション計算を系列長に対して線形時間に削減する手法の総称である。有限次元特徴マップ $\phi$ を用いると $k(c, q) \approx \langle \phi(c), \phi(q) \rangle$ と表せ、アテンション出力が固定次元ベクトル状態の RNN として正確に実装できる。Katharopoulos+ (ICML 2020) が代表例として知られる。(Source: [[joisino-トランスフォーマーはRNN-2024]])
## 横断的知見
- Transformer のアテンション機構はカーネル法として統一的に記述でき、カーネルの選択によって通常の Transformer(無限次元・$O(n^2)$)から線形注意モデル(有限次元・$O(n)$)まで連続的なスペクトルをなす。(Source: [[joisino-トランスフォーマーはRNN-2024]])
- どのカーネルを選ぶと精度と効率が両立できるかは現在でも活発に研究されているトピックとされる。ランダム特徴量(Performer)、ナイストローム近似、データ適応型圧縮など複数のアプローチが存在する。(Source: [[joisino-トランスフォーマーはRNN-2024]])
- **ハイブリッドでの線形注意は「理論上無制限の受容野」を持つが長コンテキスト検索の主体ではない**: Lightning Attention・Mamba-2・Gated DeltaNet のいずれも再帰状態として原理上無制限の受容野を持つにもかかわらず、ハイブリッドモデルの長コンテキスト能力はフルアテンション層が主に担う。受容野制約実験で効率的注意(再帰型含む)を $H \approx 2048$ に制限しても $\log(\text{LongPPL})$ への影響は軽微だが、フルアテンションを同様に制限すると大幅に劣化する。(Source: [[@2026__arXiv__Rethinking the Role of Efficient Attention in Hybrid Architectures]])
- **MiniMax-M2 の撤退と Kimi Linear の反論**: MiniMax-M2 は Lightning Attention を廃止してフルアテンションに回帰。「推論・マルチターンで精度低下」が理由。Kimi Linear はチャネルワイズゲーティング(KDA)で同問題に対処したと主張。ただし大規模未検証。(Source: [[The-Big-LLM-Architecture-Comparison|The Big LLM Architecture Comparison]])
- **実装解説は Linear Attention の弱点を Speculative Decoding との相性という別角度から指摘する**: LLM高速化の勉強会資料は、Linear Attention が KV の代わりに前の hidden_state を使う都合上、採択トークン数に応じて途中までの状態を破棄する Speculative Decoding 的手法に弱いと述べる。これは MiniMax-M2 が挙げる「推論・マルチターンでの精度低下」とは異なる系統の弱点であり、Linear Attention の実用上の制約が精度面と実装面(他の高速化手法との組み合わせ)の双方に及ぶことを示す。(Source: [[The-Big-LLM-Architecture-Comparison|The Big LLM Architecture Comparison]], [[@2026__SpeakerDeck__LLM高速化(勉強会)]])
- **2022年の教科書はすでに「ヘッド数を次元数に一致させ要素ごとの演算に還元する」という、2020年のLinear Attention論文(Katharopoulos+)とは独立した経路でO(N)アテンションを説明していた**: 本ページの定義はKatharopoulos+ (ICML 2020)による指数カーネルの有限次元特徴マップ近似という経路でLinear Attentionを導入するが、[[@2022__Gihyo__ディープラーニングを支える技術 - Chapter 4 ディープラーニングの発展]] §4.4はAttention Free Transformer(AFT)を「ヘッド数を次元数と一緒にし、各ヘッドが1次元しか対応しないようにすることで、計算を要素ごとの演算にできるようにし、キーと値間の計算を先にすることで計算量を線形に抑える」と説明する。カーネル近似(Katharopoulos+)とヘッド構造の再設計(AFT)は数学的な出発点が異なるが、いずれも「クエリ・キーの内積を系列長N回ではなくO(1)の演算に置き換える」という同じ帰結に至る。これは線形注意という設計目標に対し、カーネル法とアーキテクチャ設計という異なる経路が収束することを示す一例である。同書はさらにLambda Network(入力全体で計算した特徴ベクトルを全体に適用し位置依存処理を限定する)を、AFTとも異なる第3の経路として並置する。(Source: [[joisino-トランスフォーマーはRNN-2024]], [[@2022__Gihyo__ディープラーニングを支える技術 - Chapter 4 ディープラーニングの発展]] §4.4)
- **LLM推論効率化サーベイ(Zhou+ 2024)は本ページの定義(有限次元特徴マップ$\phi$によるsoftmaxカーネル近似)を「カーネルベースアテンション」というカテゴリ名で追認し、Linear Transformer[Katharopoulos+ 2020]を$\phi(x)=\mathrm{elu}(x)+1$という具体的なカーネル関数の最初の提案として位置づける**: 本ページはjoisinoの解説記事に基づきLinear Attentionを「有限次元特徴マップによるカーネル近似」と定義してきたが、Zhou+ 2024はこれと独立に同じ数式的枠組み($\mathrm{Softmax}(QK^T)V \approx \phi(Q)(\phi(K)^T V)$、計算量$O(nd^2)$)でLinear Transformerを紹介し、Performers・RFAを「ランダム特徴射影による近似」、PolySketchFormerを「多項式関数とスケッチングによる近似」として横に並べる。これは本ページが既に述べる「どのカーネルを選ぶと精度と効率が両立できるかは活発な研究トピック」という観察を、具体的な手法カタログ(Linear Transformer/Performers/RFA/PolySketchFormer)で裏付ける。(Source: [[joisino-トランスフォーマーはRNN-2024]], [[@2024__arXiv__A Survey on Efficient Inference for Large Language Models - Chapter 5.0 Model-level Optimization - Efficient Structure Design]])
- **Zhou+ 2024は低ランクアテンション(Linformer・LRT・FLuRKA・Luna・Set Transformer)をカーネルベースアテンションと並ぶ別カテゴリとして明確に区別する**: 低ランクアテンションはK・Vの「トークン次元($n$)」を固定長$k$へ圧縮する($O(nkd)$)のに対し、カーネルベースアテンションはsoftmax演算自体をカーネル近似で置き換える($O(nd^2)$)。両者は「$O(n)$への削減」という到達点を共有しながら、圧縮対象(系列長 vs. 演算そのもの)が異なる。本ページはこれまでLinear Attentionを状態空間モデル([[状態空間モデル]])と同じ有限次元カーネル近似の系列として位置づけてきたが、低ランクアテンションはこの系列の外側にある近接手法であり、Linear Attentionの定義を「カーネル近似」に限定する根拠を補強する。(Source: [[@2024__arXiv__A Survey on Efficient Inference for Large Language Models - Chapter 5.0 Model-level Optimization - Efficient Structure Design]])
## 未解決の問い
- 線形注意モデルは通常の Transformer と比べてどの程度の性能劣化をどのタスクで示すか。テキスト・動画・音声でのトレードオフはどう異なるか。
- 推論時に RNN モードで動かすことで得られる計算量・メモリの削減は、実装上どの程度の難易度か(既存の FlashAttention 等との比較)。
- 再帰型混合器が「理論上無制限の受容野」を持つにもかかわらずフルアテンションよりも長距離検索能力が低いのはなぜか。SWA(有限ウィンドウ)と再帰型が同等の長コンテキスト性能収束を示す理由はフルアテンション層の共有で説明されるが、再帰状態自体はなぜ長距離検索に貢献しないのか。(Source: [[@2026__arXiv__Rethinking the Role of Efficient Attention in Hybrid Architectures]])
- カーネルベースアテンション(Linear Transformer・Performers・RFA・PolySketchFormer)と低ランクアテンション(Linformer等)は理論上の計算量削減の到達点($O(n)$台)が近いが、実タスクでの精度劣化・実装難易度はどちらが有利か。両者を同一条件で比較した文献はまだ確認できていない。(Source: [[@2024__arXiv__A Survey on Efficient Inference for Large Language Models - Chapter 5.0 Model-level Optimization - Efficient Structure Design]])
## 関連
- [[Transformer]] — 線形注意で近似される元のアーキテクチャ
- [[RNN]] — 線形注意モデルが RNN として等価実装できる先
- [[カーネル法]] — 線形注意を統一的に記述するフレームワーク
- [[状態空間モデル]] — 線形注意の一種として位置づけられる Mamba などが属するクラス
- [[joisino-トランスフォーマーはRNN-2024]] — Katharopoulos+ ICML 2020 への言及を含む
- [[注意機構]] / [[スパース注意]] — 全対計算のトレードオフを共有する近傍概念
- [[@2022__Gihyo__ディープラーニングを支える技術 - Chapter 4 ディープラーニングの発展]] — AFT・Lambda Networkという独立経路でのO(N)化
- [[@2024__arXiv__A Survey on Efficient Inference for Large Language Models - Chapter 5.0 Model-level Optimization - Efficient Structure Design]] — カーネルベースアテンションの手法カタログ、低ランクアテンションとの対比
## 出典
- [[joisino-トランスフォーマーはRNN-2024]](§「有限次元へ」)
- [[The-Big-LLM-Architecture-Comparison|The Big LLM Architecture Comparison]] (§14 線形アテンション再台頭、Kimi Linear、MiniMax-M2 の撤退)
- 岡野原大輔, 『ディープラーニングを支える技術』, 技術評論社, 2022, 第4章, §4.4.
- [[@2024__arXiv__A Survey on Efficient Inference for Large Language Models - Chapter 5.0 Model-level Optimization - Efficient Structure Design]](§5.1.2 Low-Complexity Attention: カーネルベース(Linear Transformer/Performers/RFA/PolySketchFormer) vs 低ランク(Linformer等)の分類)
## 2025 年の線形注意再台頭と産業動向
2020 年代前半の線形注意の試みはモデル精度の劣化により普及しなかった。しかし 2025 年後半に再台頭の動きが見られた:
**採用モデル(2025 年後半〜)**:
- **MiniMax-M1**(2025-06): Lightning Attention を採用した 456B MoE モデル。
- **Qwen3-Next**(2025-09): [[Gated DeltaNet]] + Gated Attention の 3:1 ハイブリッドでネイティブ 262k コンテキストを実現。
- **DeepSeek V3.2**(2025-12): 疎なアテンション変種(DSA)を採用。
- **Kimi Linear**(2025-10): Kimi Delta Attention(KDA) + MLA の 3:1 ハイブリッド。
**撤退モデル**:
- **MiniMax-M2**(2025 後半): M1 で採用した Lightning Attention を廃止しフルアテンションに回帰。理由: 「線形アテンションは通常プロンプトでは問題ないが、推論・マルチターンタスクで精度が低下する。」
**Kimi Linear の反論**: チャネルワイズゲーティング(KDA)でこの精度問題に対処したと主張。Gated DeltaNet-H1 と同等の生成速度・高いベンチマーク性能を示した。ただし Kimi Linear は 48B(Kimi K2 の 1/20)で大規模モデルへの適用は未検証。
**横断的知見**: MiniMax-M2 の「線形アテンション → フルアテンション回帰」は線形アテンションの精度問題が特定設定に限定されない可能性を示唆。Kimi Linear がこの問題を解決できるかは今後の大規模検証が必要。(Source: [[The-Big-LLM-Architecture-Comparison|The Big LLM Architecture Comparison]])