# 社会計画
## 定義
社会計画(social planning)とは、社会全体とその環境を、作り直すべき系として扱う設計である。ユートピアを書物に記した者(プラトン、トマス・モア、マルクス)も、革命によって計画を実現しようとした者も、この規模の設計を試みてきた。大規模な設計の多くは政治的・経済的な仕組みを中心に据えたが、古代エジプトからテネシー川流域、インダス、そして今日のナイルに至る河川開発計画のように物理的環境に焦点を当てたものもある。(Source: [[@1996__MITPress__The Sciences of the Artificial - Chapter 6 Social Planning - Designing the Evolving Artifact]] ch.6 p.139)
サイモンはこの規模の設計を、その困難の一覧、言い換えれば計画の要件の一覧として提示する。すなわち問題の表現、データの不備への対処、依頼者(client)が誰かという問い、計画者の時間と注意の限界、そして目標の曖昧さと対立の五つである。(Source: ch.6 p.141)
社会規模の設計が成功するには、設計目標を定めるにあたっての慎み(modesty)と抑制(restraint)、および現実世界の状況を設計過程のために大胆に単純化して表現することが求められる。月への航海と合衆国憲法という二つの成功例は、どちらも限定合理性の勝利であり、限定された目標に照らして評価されたことが(十分条件ではないが)必要条件だった。憲法の起草者たちは秩序ある社会における自由の保存というきわめて限定された目標を受け入れ、新しい制度が新しい人間を生むとは前提せず、彼らが知るとおりの男女の心理的特性を設計の制約として受け入れた。(Source: ch.6 pp.139-141)
> [!note] 本章は 1980 年の H. Rowan Gaither 講義に由来し(第 3 版で加筆)、エネルギーと環境、都市再開発、規制をめぐる当時の争点を素材に取る。以下の記述は 1980 年から 1990 年代半ばの時点でサイモンが行った議論の要約であり、現在の知見による補正は加えていない。
## 五つの障害、あるいは計画の要件
- **問題の表現**: 計画をどう概念化するかが機関の組織の仕方を含意し、異なる組織は必然的に異なる計画の実施へ導く。マーシャル・プランを実施した ECA には少なくとも六つの相互に矛盾する構想が提示され、どれも議会の立法に根拠を持っていた。必要だったのは「正しい」概念化というより、参加者全員が理解でき、麻痺ではなく行動を促す概念化だった。(Source: ch.6 pp.141-143)
- **限界資源の同定**: 表現を選ぶ際には律速要因を正しく同定せねばならない。国務省の通信輻輳では印字能力が限界要因と見なされたが、真のボトルネックは情報を使う人間の意思決定者の時間と注意だった。詳細は [[注意の希少性]] を参照。(Source: ch.6 pp.143-144)
- **数値によらない表現**: 自動車排出基準を厳密な費用便益分析として定式化すると計算の途方もなさが露わになるが、その概念枠は米国科学アカデミーの専門家小委員会を編成する表現として優れて機能した。最適化が問題外でも、枠組みは法外でも弁護不能でもない満足化の決定を可能にした。要点は数値ではなく、機能的な推論を許す表現の構造である。(Source: ch.6 pp.144-146)
- **データと予測**: 設計のためのデータ問題の核心は予測ではなく、代替的な将来のシナリオを構成し、理論とデータの誤りに対する感度を分析することである。ローマクラブの報告書は特定の破局の日付を出した点で予測しすぎであり、単一の時間経路を強調した点で予測が足りなかった。計画には事象の時間尺度(年・十年・世代・世紀のどれか)が分かれば足りる。(Source: ch.6 pp.147-148)
- **恒常性とフィードバック**: 進化が鍛え人が形づくった適応系のうち、予測を将来への主たる対処手段とするものはごくわずかである。在庫、捕食者の組織に蓄えられたエネルギー、発電設備の余力はいずれも短期変動への感度を下げる恒常性機構であり、フィードバックは予測なしに長期の変動を追う。予測を用いた能動的なフィードフォワード制御は、応答が注意深く設計されない限り系を減衰しない振動に投げ込みうる。(Source: ch.6 p.149)
- **依頼者は誰か**: 小規模な設計では専門職の役割定義に依頼者が組み込まれており、依頼者の目標を超えた帰結を計算に入れずに済む。この定義は限定合理性ときわめて相性が良い。しかし知識と技術の増大が専門職に広い効果を生む力と遠隔の帰結の自覚をもたらすと、役割は問い直される。依頼者を社会全体と同一視する解は、利害対立と判断の不確実性があるとき、社会的目標の定義を専門職に委ねる結果になる。(Source: ch.6 pp.150-153)
- **ゲームとしての計画**: 計画の対象となる社会の成員は受動的な道具ではなく、自らの目標のために系を使おうとする設計者でもある。経済安定化政策では企業と消費者の適応的応答が政策を相殺しうる。経済学以外では、計画への「ゲーム」的応答を体系的に織り込むことがなお稀である。(Source: ch.6 pp.153-154)
## 社会設計における組織
組織(企業・政府機関・自発的結社)を形づくることは社会の最も重要な設計課題の一つである。人間が孤立した単子(monad)であれば組織の設計を気にかける必要はないが、リバタリアンの修辞に反して我々は単子ではなく、誕生から死まで目標に到達する能力も生存そのものも社会の他者との相互作用に結びついている。組織が課す規則は自由を制限するが、同じ組織が個人の努力では想像すら及ばない目標と自由を得る機会を与える。(Source: ch.6 pp.154-155)
サイモンは、政府組織を含む組織の評判が今日きわめて悪く、「政治家」「官僚」が罵倒語として使われることを指摘し、現在のアメリカの信条にはリバタリアニズムとして語られる無政府主義が少なからず含まれると述べる。組織は他の複雑システムと多くの性質を共有する複雑な系であり、その典型が階層構造である。組織の設計は社会設計のカリキュラムで緊急の注意を要する主題である。(Source: ch.6 pp.155-156)
## 社会設計のカリキュラム
第 5 章の 7 項目のカリキュラムのうち、項目 7 の設計問題の表現は、問題表現の枠組みとしての組織を構成する技能、限界要因を軸に表現を組み立てる技能、数値によらない問題を表現する技能を含むよう拡張される。さらに六つの新項目が加わる。(Source: ch.6 pp.166-167)
1. 限定合理性 — 環境の複雑さが適応系の計算能力を圧倒的に上回る状況における合理性の意味
2. 計画のためのデータ — 予測手法、制御における予測とフィードバックの使用
3. 依頼者の同定 — 専門職と依頼者の関係、依頼者としての社会、ゲームの参加者としての依頼者
4. 社会設計における組織 — 社会設計は主として組織で働く人々によって行われ、かつ社会組織を作り変えること自体が設計の重要な目標である
5. 時間と空間の地平 — 時間の割引、進歩の定義、注意の管理
6. 最終目標なき設計 — 将来の柔軟性のための設計、目標としての設計活動、進化する系の設計
項目 2 と 3 に中心的な制御理論とゲーム理論を除けば、これらに関わる設計の道具は第 5 章のものより一般に形式化されていない。それでも社会設計の過程に決定的すぎて、カリキュラムから除くことは許されないとサイモンは述べる。(Source: ch.6 p.167)
## 横断的知見
- **同じ「近視眼性」が、第 2 章では最適化の主張を退ける否定的根拠として、第 6 章では計画が引き受けるべき性格として使われる**。第 2 章は、ダーウィン的進化が完全に近視眼的で局所最大に留まりうるため、経済システムが進化しているという事実からそれが最適解に達しつつあるとは結論できないと論じた。第 6 章は同じ近視眼性を社会計画そのものに帰し、少し先を見て現在より少し良い将来を生もうとし、そうすることで過程が繰り返される新しい状況を作る、と肯定的に描く。第 2 章では欠陥の指摘だったものが、第 6 章では計画の作法になる。(Source: [[@1996__MITPress__The Sciences of the Artificial - Chapter 2 Economic Rationality - Adaptive Artifice]] ch.2 pp.46-47, [[@1996__MITPress__The Sciences of the Artificial - Chapter 6 Social Planning - Designing the Evolving Artifact]] ch.6 p.165)
- **フィードフォワードの不安定性という同一の命題が、第 2 章では市場の記述として、第 6 章では計画の処方として現れる**。第 2 章は、各主体が他者の行動と期待を先読みしようとするとき市場でのフィードフォワードがとりわけ不安定化しやすく、その典型が投機バブルだと述べた。第 6 章は同じ現象を制御理論の一般命題として述べ、さらに一歩進んで「予測の質が高くない限り予測を全く省いてフィードバックだけに頼るほうが有利なことがある」という設計上の指針を導く。記述から処方への移行がここでも起きている。(Source: [[@1996__MITPress__The Sciences of the Artificial - Chapter 2 Economic Rationality - Adaptive Artifice]] ch.2 pp.35-36, [[@1996__MITPress__The Sciences of the Artificial - Chapter 6 Social Planning - Designing the Evolving Artifact]] ch.6 p.149)
- **第 2 章が経済分析の偏りとして指摘した「組織の軽視」を、第 6 章は設計課題の側から反復する**。第 2 章はアメリカ経済でも人間の経済活動のおよそ 8 割が組織の内部環境で起きており「組織と市場の経済」と呼ぶべきだと論じた。第 6 章は同じ論点を、組織の設計が社会設計のカリキュラムで緊急の注意を要するという規範的主張に変える。両章とも、組織を軽んじる修辞(前者は市場中心の経済理論、後者はリバタリアニズム)を名指しで退けている点で一貫する。(Source: [[@1996__MITPress__The Sciences of the Artificial - Chapter 2 Economic Rationality - Adaptive Artifice]] ch.2 pp.31-32, [[@1996__MITPress__The Sciences of the Artificial - Chapter 6 Social Planning - Designing the Evolving Artifact]] ch.6 pp.154-156)
- **第 5 章のカリキュラムの形式性と、第 6 章の追加項目の非形式性の落差をサイモン自身が認めている**。第 5 章の 7 項目は、線形計画法・制御理論・動的計画法・ヒューリスティック探索といった形式的道具に支えられていた。第 6 章が加える 6 項目については、制御理論とゲーム理論を除いて「一般に形式化されていない」と明言される。設計の科学の形式的な中核は中規模でよく構造化された課題に限られており、社会規模へ拡張すると道具立てが薄くなる、という自己評価が両章の対比から読める。(Source: [[@1996__MITPress__The Sciences of the Artificial - Chapter 5 The Science of Design - Creating the Artificial]] ch.5 p.134, [[@1996__MITPress__The Sciences of the Artificial - Chapter 6 Social Planning - Designing the Evolving Artifact]] ch.6 p.167)
- **第 2 章の願望水準の理論が、第 6 章では「進歩」を測れない理由として使われる**。第 2 章は、達成が願望水準を上回れば満足、下回れば不満となり、探索が続くと願望水準が徐々に下がると論じた。第 6 章はこれを引いて、幸福の平均的増大という基準では進歩が可能かどうか疑わしいと述べる。願望水準が達成に追随して動く以上、幸福を尺度に取れば進歩は定義上測れなくなる。基本的必要の充足という第一の基準でのみ進歩が言えるという結論は、この機構の直接の帰結である。(Source: [[@1996__MITPress__The Sciences of the Artificial - Chapter 2 Economic Rationality - Adaptive Artifice]] ch.2 pp.29-30, [[@1996__MITPress__The Sciences of the Artificial - Chapter 6 Social Planning - Designing the Evolving Artifact]] ch.6 p.160)
## 未解決の問い
- 計画部門を当面の圧力から隔離する度合いには、吸収されて計画機能を失う危険と、遮断されすぎて実務組織に影響できなくなる危険のあいだの均衡がある。サイモン自身が「この困難を一挙に取り除く単純で自動的な方法はない」と認め、組織の指導層による反復的な注意に委ねている。均衡点を与える原理はあるか。(Source: ch.6 p.162)
- 計画への「ゲーム」的応答を体系的に織り込む方法は、経済学以外の社会計画にほとんど存在しないとされる。都市交通施設が引き起こす人口再配置のような効果は半世紀前から知られながら設計に取り込まれてこなかった。何がその取り込みを妨げているのか。(Source: ch.6 pp.153-154)
- 依頼者を社会全体と同一視することが専門職への社会的統制の放棄になるなら、社会の諸制度が設計目標の再定義をどう専門職と分かち持てばよいのか。本章は分かち持つ必要を述べるにとどまり、機構を与えていない。(Source: ch.6 p.153)
- 都市計画では物理的構造の設計と社会システムの設計の境界がほぼ完全に消えるが、建築の知識基盤にはそれを担う資格を与えるものがほとんどない、とサイモンは述べる。その空白を埋めるのはどの専門職か。(Source: ch.6 pp.151-152)
- 「弁護可能性(defensibility)」が、この種の複雑さを持つ問題で一般に満たしうる最も厳しい基準だとされる。弁護可能性を満たすかどうかを判定する手続きは何か。
## 関連
- 概念: [[最終目標なき設計]] / [[注意の希少性]] / [[設計の科学]] / [[限定合理性]] / [[満足化]] / [[市場と組織]] / [[問題の理解と表現]] / [[トレードオフ意思決定]]
- 章: [[@1996__MITPress__The Sciences of the Artificial - Chapter 6 Social Planning - Designing the Evolving Artifact]] / [[@1996__MITPress__The Sciences of the Artificial - Chapter 5 The Science of Design - Creating the Artificial]] / [[@1996__MITPress__The Sciences of the Artificial - Chapter 2 Economic Rationality - Adaptive Artifice]]
- 実体: [[Herbert A. Simon]] / [[The Sciences of the Artificial]]
## 出典
- Herbert A. Simon, *The Sciences of the Artificial*, third edition, The MIT Press, 1996, Chapter 6 "Social Planning: Designing the Evolving Artifact", pp. 139-167.
- Herbert A. Simon, 同書 Chapter 2 "Economic Rationality: Adaptive Artifice", pp. 25-50.
- Herbert A. Simon, 同書 Chapter 5 "The Science of Design: Creating the Artificial", pp. 111-138.