生体が外界の一部のみを取り込み、残りを遮断(減算)すること。[[縮約]]が高次元データを低次元に「縮める」のに対し、減算は外界から「切り捨てる」ことで自己の環世界を構成する。
[[岡ノ谷 一夫]](2021)の定義では、減算は**系統発生的**であり生命科学的。Meillassoux の「能動的な生成」に対応する。
## 概念の系譜
- **Meillassoux の思弁的唯物論**: 近現代哲学の相関主義(=認知科学における[[縮約]])を批判し、思弁的唯物論を展開。生体が実際に行うのは縮約でも[[網羅]]でもなく、外界の一部を取り込みその他は取り込まない「選別」=減算である
- **Uexküll の環世界 (Umwelt)**: 各生物が知覚する環境は種固有の感覚系によって絞り込まれている。ダニにとって赤外線が主要手がかりであり、他の刺激は減算される。ヒトの聴覚も 100 Hz 以下と 20 kHz 以上を遮断
- **進化における減算**: 生殖隔離・地理的隔離などの遮断が種分化を進める(Sobel et al., 2010)。減算はランダムに始まり適応度に反映されることで系統発生を可能にする
## 問題点
- 減算の基準をどのように設定するか: 系統発生的に働く場合は環境と主体の相互作用の問題となるが、認知科学は進化の時間軸ではなく人間の意思決定の時間軸で構成されなければならない
- 減算は個体ではなく世代レベルで働くため、Braitenberg・Brooks のロボットのようにアーキテクチャ更新(世代交代)を必要とする
![[_attachments/jcss-2021-okanoya/fig01-subtraction-diagram.png]]
(図1. 減算の概念図。円は有機体、欠けている部分は感覚運動系。外界は縮約されず、減算されて有機体に影響する。Source: Okanoya 2021, Figure 1.)
## [[縮約]]・[[網羅]]との関係
→ [[縮約]] を参照(比較表を収録)。
岡ノ谷(2021)の結論: 縮約と減算の二律背反は解消できない。認知科学は「網羅されたデータを縮約した提示(愚劣な生成)」と「最適な減算(能動的な生成)」の**並行処理**にならざるを得ない。
## 横断的知見
- [[岡ノ谷 一夫]](2021): 減算が作る物語は**個別性**があり生命的。縮約が作る物語は典型的で普遍的だが、減算の物語こそが生命の躍動を持つ
- 自然の豊饒さを保ちながらそれに「光を当て反射を観測する」ことが減算的な科学。運命を受け入れた上での生命の在り方
- Alter3 ロボットの創造性: 模倣(受動性)と記憶更新(能動性)のバランスの揺らぎ。これは減算的な個別性の生成に類比される
## 未解決の問い
- 人工知能の注意機構や選択的マスキングは減算と見なせるか。それとも縮約か
- 減算的な「意思決定時間軸」での認知科学モデルはどのように構築するか
- SRE や AIOps の文脈でのアラートフィルタリング・ノイズ除去は、縮約か減算かどちらの概念に近いか