# 極配置設計 ## 定義 極配置設計(pole placement design)とは、フィードバック制御系の設計を「望ましい閉ループ極を持つ系を構築する問題」として捉える設計手法である。手順は、(1) SASO特性(安定性・精度・整定時間・オーバーシュート)の要求から目標とする閉ループ極を定め、(2) 閉ループ伝達関数を設計パラメータ(比例制御ではKP)の関数として構成し、(3) その伝達関数から得られる極を目標極に等置してパラメータの値を逆算する、という3段階からなる。閉ループ極が設計パラメータに応じてどう動くかを可視化する道具が根軌跡(root locus)であり、根軌跡は極配置設計の中心的な図式表現として使われる。KPを0から∞まで動かしたときの閉ループ極の軌跡は、KP→0の極限で開ループ極に、KP→∞の極限で開ループ零点(有限零点が不足する場合は無限遠の零点)に収束する。(Source: [[@2004__Wiley__Feedback Control of Computing Systems - Chapter 8 Proportional Control]] §8.3.2, §8.5) 比例制御のように設計パラメータが1つ(KP)しかない場合、望ましい複数のSASO特性を同時に満たす解が存在するとは限らない。この場合の代替アプローチとして、定常偏差ess・整定時間ks・最大オーバーシュートMPをそれぞれ設計パラメータの関数としてプロットし、各要求を満たすパラメータ値の範囲を求めて共通部分を取り、その範囲内で残る自由度を使って追加の目標(例: MPの最小化)を満たすパラメータを選ぶ、というトレードオフ手順がある。(Source: [[@2004__Wiley__Feedback Control of Computing Systems - Chapter 8 Proportional Control]] §8.5) 比例制御(SISO・1パラメータ)における極配置設計の具体例として、IBM Lotus Domino Server(測定遅延2単位)を対象に安定性・ess<0.1・ks<10・MP<0.1の4目標を課したケースがある。安定性の条件は−1.21<KP<3.0、整定時間の条件は−0.51<KP<2.3、オーバーシュートの条件はKP<1.1と求まる一方、定常偏差の条件はKP>10.9を要求し安定性の上限(KP<3.0)と両立しないため、4目標すべてを満たすKPは存在しない。結果として定常偏差の要求を緩和し、残り3目標を満たす−0.51<KP<1.1の範囲からKPを選ぶことになる。この事例は、単一パラメータの比例制御では極配置設計が要求仕様全体を満たせないことがあり、要求の緩和か制御則自体の拡張(積分項の追加など)が必要になることを示す。(Source: [[@2004__Wiley__Feedback Control of Computing Systems - Chapter 8 Proportional Control]] §8.5, Example 8.3) ### 状態空間・MIMOへの拡張 SISO系の極配置設計(第8・9章)は根軌跡という1パラメータ(比例制御ならKP)の軌跡を可視化する手法に支えられているが、状態空間表現での極配置は根軌跡に依存しない。状態フィードバック制御則 $u(k)=-Kx(k)$ の下で閉ループ系は $x(k+1)=(A-BK)x(k)$ となり、閉ループ極は行列 $A-BK$ の固有値として現れる。極配置設計の手順は、望ましい特性多項式($k_s^*$・$M_P^*$から逆算した目標極から構成)と、$\det[zI-(A-BK)]$ を展開して得られるゲイン $K$ を含む特性多項式の、同次の係数を等置してn個(状態数)の連立方程式を解く、というものである。ゲイン行列 $K$ の次元が常に状態数 $n$ に一致するため、第9章のPI/PID設計のように対象システムを低次に近似する必要がなく、高次系を直接扱える。(Source: [[@2004__Wiley__Feedback Control of Computing Systems - Chapter 10 State-Space Feedback Control]] §10.2.1, §10.3.1) 状態空間表現に固有の保証として、系が可制御であれば閉ループ極を任意の位置に配置できる。これはSISO系の根軌跡設計にはない性質で、根軌跡による極配置は開ループ極・零点の位置によって到達可能な極の範囲が制限される(第8章のIBM Lotus Domino Serverの例で、単一パラメータKPでは安定性・整定時間・オーバーシュート・定常偏差の4目標を同時に満たすKPが存在しなかったのは、この制限の一例と解釈できる)。状態空間の極配置設計(Table 10.2)はこの可制御性を暗黙の前提として組み立てられており、可制御性行列がほぼ特異(ill-conditioned)な系での実務上の困難には触れていない。(Source: [[@2004__Wiley__Feedback Control of Computing Systems - Chapter 10 State-Space Feedback Control]] §10.3.1) **LQRは極配置とは異なる設計思想である。** 極配置設計は望ましい閉ループ極を設計者が明示的に指定するのに対し、LQR(線形二次レギュレータ)は望ましい極を指定せず、重み行列 $Q$(状態誤差のコスト)と $R$(制御努力のコスト)で評価関数 $J=\frac{1}{2}\sum_{k=0}^{\infty}(x^\top(k)Qx(k)+u^\top(k)Ru(k))$ を与え、その最小化によってゲイン行列を求める(Table 10.3の反復アルゴリズム、またはMATLABの`dlqr`)。得られる閉ループ極は最適化の結果として決まるものであり、設計者は $Q$・$R$ の調整を通じて間接的に応答特性をコントロールする。第10章のApache HTTP Server拡張例(§10.5.1)では、極配置設計(MATLABの`place`)がCPUの整定時間・最大オーバーシュートの仕様を満たせなかったのに対し、LQR設計は $R$ 行列で`KeepAlive`の制御努力コストを高く設定することでCPU・MEM双方の追従性能を実測で改善した。著者らは、LQRの $R$ 行列を通じた制御努力の調整が、極配置設計では難しいトレードオフの調整を容易にすると述べている。(Source: [[@2004__Wiley__Feedback Control of Computing Systems - Chapter 10 State-Space Feedback Control]] §10.3.2, §10.5.1) ## 横断的知見 - 設計パラメータが1個(比例制御のKP)から複数(PI制御のKP・KI、PID制御のKP・KI・KD)に増えると、極配置設計そのものの手順は第8章と同型のまま拡張できる——目標極を定め、閉ループ特性多項式の係数を目標多項式の係数に等置してパラメータを逆算する、という骨格は変わらない。変わるのは自由度で、対象システムが一次系の場合、PI制御は2パラメータで閉ループ2極(対象1極+積分器1極)のすべてを、PID制御は3パラメータで閉ループ3極(対象1極+積分器1極+微分器1極)のすべてを、比例制御が抱えていた「SASO特性を同時に満たすKPが存在しない」という制約なしに配置できる。すなわち積分項・微分項の追加は、第8章で比例制御が直面した単一パラメータのトレードオフを、パラメータ数を増やすことで解消する方向に働く。(Source: [[@2004__Wiley__Feedback Control of Computing Systems - Chapter 8 Proportional Control]] §8.5, [[@2004__Wiley__Feedback Control of Computing Systems - Chapter 9 PID Controllers]] §9.2.2, §9.4) - ただし自由度の増加は無条件の改善ではない。対象システムの次数が上がると閉ループ極の総数がパラメータ数を上回り、任意配置ができなくなる——PID制御(3パラメータ)は一次系なら全極を配置できるが、二次系以上では配置できる極の数が閉ループ極の総数に満たない。第8章の比例制御(1パラメータ・一次系)ではこの問題は最初から顕在化しないが、第9章のPI・PID制御では「パラメータ数を対象システムの次数に対してどう増やすか」という新たな設計上の制約として現れる。これは第8章の「1パラメータでSASO要求を同時に満たせない」トレードオフとは性質が異なる、パラメータを増やしたことで初めて生じる新しい難しさである。(Source: [[@2004__Wiley__Feedback Control of Computing Systems - Chapter 9 PID Controllers]] §9.2.2, §9.4) - 根軌跡による設計も同様の再定式化を要する。第8章の根軌跡は1パラメータ(KP)の軌跡をそのまま描けたが、第9章のPI制御は2パラメータ(KP・KI)を持つため、そのままでは根軌跡が定義できない。本書はこれを「零点位置 KP/(KP+KI)」と「全体ゲイン KP+KI」という2つの独立した設計軸に変換し、零点位置を固定した上で全体ゲインについて1パラメータの根軌跡を描く、という手順で対処する。これはパラメータ数の増加を可視化可能な形に落とし込む工夫であり、第8章の1パラメータ根軌跡をそのまま拡張したものではない。(Source: [[@2004__Wiley__Feedback Control of Computing Systems - Chapter 9 PID Controllers]] §9.2.3) - 第9章が示した「パラメータ数を系の次数に対してどう増やすか」という制約(SISOのPID制御は3パラメータしか持たず、二次系以上では全極を配置できない)は、第10章の状態空間表現では構造的に解消される。状態空間の極配置設計はゲイン行列 $K$ の次元が常に状態数 $n$ に一致するように定義されるため、「パラメータ数が系の次数に足りない」という問題がそもそも生じない。すなわち第9章がSISO設計の枠内で徐々に踏み込んだ「パラメータ数を増やす」という方向性は、第10章では状態空間表現を採用すること自体によって一段階で解決される、質的に異なる設計枠組みへの移行である。ただしこの解消は代償を伴う——第10章のExample 10.9が示すように、大きな整定時間要求(短いks*)は大きなフィードバックゲインを要求し、これはSISO設計と同じく limit cycle のリスクを増やす。パラメータ数の制約は消えても、ゲインの大きさに関するトレードオフ自体は状態空間表現でも残る。(Source: [[@2004__Wiley__Feedback Control of Computing Systems - Chapter 9 PID Controllers]] §9.2.2, §9.4, [[@2004__Wiley__Feedback Control of Computing Systems - Chapter 10 State-Space Feedback Control]] §10.3.1) - 第8章のIBM Lotus Domino Serverの例(比例制御、単一パラメータKPでは4目標中3目標しか同時に満たせない)と、第10章のApache HTTP Serverの例(MIMO状態フィードバック、極配置設計ではCPU追従に失敗しLQR設計で解決)は、いずれも「設計パラメータの自由度が要求仕様に対して不足する」という同型の問題を異なる形で示す。第8章は自由度そのものが1個しかないことが原因だが、第10章のケースは状態空間の極配置(4つの閉ループ極を4状態のゲインで配置)という十分な自由度を持ちながら、望ましい極の選び方(非支配極の位置)が実測性能を左右したことが原因である。極配置設計自体を反復的に洗練する代わりに評価関数ベースのLQRへ切り替えたのは、後者のような「自由度はあるが最適な極の選び方が自明でない」状況に対する解法の違いを示す。(Source: [[@2004__Wiley__Feedback Control of Computing Systems - Chapter 8 Proportional Control]] §8.5, Example 8.3, [[@2004__Wiley__Feedback Control of Computing Systems - Chapter 10 State-Space Feedback Control]] §10.5.1) ## 未解決の問い - 根軌跡は1パラメータ(KP)の変化に対する極の軌跡を可視化する手法であり、第9章はPI制御の2パラメータをKP/(KP+KI)とKP+KIに再定式化して1パラメータ化する回避策を示したが、PID制御の3パラメータ(KP・KI・KD)に対して同様の可視化手法が拡張できるかは第9章の範囲では示されていない。状態空間の極配置設計(第10章)は根軌跡に頼らず係数比較で直接ゲインを求めるため、この問いはSISOのPID設計に固有の課題として残る。 - 第10章のLQR設計は反復アルゴリズム(Table 10.3)またはMATLABの`dlqr`で解かれ、$Q$・$R$を人手で調整しながら望ましい応答が得られるまで繰り返す(Step 4「Choose new Q and R and repeat」)。この$Q$・$R$の調整指針(どのような応答特性の不満がどちらの行列のどの要素を動かすべきかを示唆するか)は、第10章の tandem queue の実験例(§10.5.2、$R$がオーバーシュートを、$q_{3,3}$が振動を左右する)以上には一般化されていない。他の実例でも同様の指針が成り立つかは未検証である。 - 極配置設計とLQR設計はいずれも状態空間モデル(第7章)の可制御性を暗黙の前提とするが、可制御性行列がほぼ特異(ill-conditioned)な系(第7章のIBM Lotus Domino Serverの例)に対して、極配置設計・LQR設計のどちらがより頑健かは、第7章・第10章のいずれでも実証的に検証されていない。 ## 関連 - ソース: [[@2004__Wiley__Feedback Control of Computing Systems - Chapter 8 Proportional Control]] / [[@2004__Wiley__Feedback Control of Computing Systems - Chapter 9 PID Controllers]] / [[@2004__Wiley__Feedback Control of Computing Systems - Chapter 10 State-Space Feedback Control]] - 書籍: [[Feedback Control of Computing Systems]] - 実体: [[IBM Lotus Domino Server]] / [[Apache HTTP Server]] / [[MATLAB]] - 概念: [[SASO特性]] / [[計算機システムのフィードバック制御]] / [[PID制御]] / [[状態空間モデル]] ## 出典 - Hellerstein, Diao, Parekh, Tilbury, *Feedback Control of Computing Systems*, IEEE Press / John Wiley & Sons, 2004, Chapter 8, §8.3.2, §8.5; Chapter 9, §9.2.2, §9.2.3, §9.4; Chapter 10, §10.2.1, §10.3.1, §10.3.2, §10.5.1, §10.5.2.