# 最終目標なき設計
## 定義
最終目標なき設計(designing without final goals)とは、設計の目標が設計過程の途中で変化し続けることを前提とし、目標の機能を「新しい目標を生む活動を動機づけること」に置く設計観である。目標なき計画は語義矛盾に見える。合理性の概念そのものが思考と行動の向かう目標を含意するように思われ、明確な基準なしにどう設計を評価し、どう設計過程を導くのかという問いが立つからである。(Source: [[@1996__MITPress__The Sciences of the Artificial - Chapter 6 Social Planning - Designing the Evolving Artifact]] ch.6 p.162)
サイモンの答えは二段構えである。第一に、「面白さ」や新奇さというきわめて一般的なヒューリスティックだけに導かれる探索は完全に実現可能な活動であり、科学的発見の機構を与えるこの種の探索が社会設計の過程の最も適した模型にもなりうる。第二に、新しい経験にさらされることは選択の基準をほぼ確実に変え、大半の人間は意図してそうした経験を求める。音楽の新しい好みを得るには多くの音楽を聴き、絵画なら絵を見、ワインなら良いワインを飲むのが良い処方だとされるとおりである。(Source: ch.6 pp.162-163)
## 目標が設計を生み、設計が目標を生む
- 約 50 年前にピッツバーグで始まった再開発計画の主目標は中心部いわゆるゴールデントライアングルの再建だった。その美的な質をめぐる建築家の評価は概ね的外れであり、最初の一歩の主たる帰結は、この場所に魅力的で機能的な中心市街を作りうると実証したことにある。実証に続く多くの建設活動が市の相貌と住民の態度を変えた。(Source: ch.6 pp.162-163)
- 後の段階が最初の設計と整合していたか、当初の設計が実現されたかを問うことも的外れである。実施の各段階が新しい状況を作り、その新しい状況が新たな設計活動の出発点を与えたからである。(Source: ch.6 p.163)
- 長期にわたって実施され、実施の途上で修正され続ける複雑な設計は、油彩画を描くことと多くを共有する。カンバスに置かれた新しい絵具の一点ごとに何らかの模様が生まれ、それが画家に新しい着想の源を与え続ける。現在の目標が新しい絵具の適用を導き、徐々に変わる模様が新しい目標を示唆する、画家とカンバスの循環的な相互作用である。(Source: ch.6 p.163)
## 出発点としての「最終」目標
最終目標という観念は、将来を予見し決定する我々の限られた能力と両立しない。行動の実際の結果は、次に続く段階の初期条件を定めることである。「最終」目標と呼ばれるものは、実は我々が後継者に残す初期条件を選ぶ基準にほかならない。(Source: ch.6 "The Starting Point" p.163)
- 望ましい条件の第一は、将来の意思決定者にできるだけ多くの代替案を残し、彼らが取り消せない不可逆な関与を避けることである。核エネルギーの配備の決定の多くを難しくしているのは、それらにまとわりつく不可逆性の気配である。(Source: ch.6 p.163)
- 第二は、次の世代の意思決定者により良い知識の体系とより大きな経験の能力を残すことである。狙いは代替案をより良く評価させることだけでなく、世界をより多く豊かに経験させることにある。(Source: ch.6 pp.163-164)
- Becker と Stigler は、効用を十分に抽象的な形で定義すれば固定した目標の観念を捨てずに済むと論じた。彼らの図式では 1 時間の音楽鑑賞から得られる効用は音楽を享受する能力とともに増し、その能力は事前の聴取という投資で増やせる一種の資本である。サイモンはこの言い方をやや無味乾燥だとしつつ、人間が享受と生の味わいの可変な能力を持つと考えるなら、その将来の享受の能力へ投資することは社会的決定の合理的な目標だと述べる。(Source: ch.6 p.164)
- 将来の柔軟性はより一般的な形でも現れる。貯蓄においては柔軟性が投資対象の重要な属性に数えられ、確実に起こるが予測できない事象に対して投資の価値を保険する。それは用途を移し替えられる構造物と、すぐには時代遅れにならないほど基礎的な知識へ投資を偏らせる(べきである)。(Source: ch.6 p.158)
## 価値ある活動としての設計
設計から新しい目標が生まれるという観念に近いのが、計画の目標の一つが設計活動それ自体でありうるという考えである。可能性を思い描き練り上げる行為それ自体が快く価値ある経験であり、設計は一種の心の中のウィンドウショッピングである。買わなくても楽しみは得られる。(Source: ch.6 "Designing as Valued Activity" p.164)
現代の科学と技術に向けられる非難の一つに、やり方を知ってしまえばやらずにはいられない、というものがある。反例は考えられるにせよ、この主張にはいくらかの真理があるとサイモンは認める。しかし、科学と設計への我々の主たる関心が、世界に何をなしうるかではなく世界について何を教えるかにある将来も構想しうる。設計は科学と同じく、行動のためであると同時に理解のための道具である。(Source: ch.6 p.164)
## 進化する系の設計
固定した目標なき社会計画は生物進化の過程と多くを共有する。社会計画も進化に劣らず近視眼的で、少し先を見て現在より少し良い(より「適応的な」)将来を生もうとし、そうすることで過程が繰り返される新しい状況を作る。進化論には、この近視眼的な山登りから長期の発展方向を取り出す定理はなく、進化生物学者はそうした方向や「進歩」の観念の導入をきわめて警戒する。適応的なものとは、定義上、生き残り増えるものである。(Source: ch.6 "Social Planning and Evolution" p.165)
- 長期の方向があるかどうかと、その方向が進歩と見なされるべきかは別の問いである。サイモンは前者を肯定し後者を否定しうると断ったうえで、進化史の読み取りからは多様性と複雑性へ向かう長期の傾向が推測できると述べる。原子は百種余り、無機分子は数千種、有機分子は数十万種、生物種は数百万にのぼり、人類は数千の言語を作り、現代工業社会の専門職種は数万を数える。(Source: ch.6 p.165)
- より複雑なものはより単純なものへの組み合わせ的な戯れから生じるため、構築に使える建築ブロックの集まりが大きく豊かなほど、生成されうる構造は精緻になる。多様性への傾向があるなら、進化は固定した環境ニッチの集合をめぐる勝ち抜き戦の連続としては理解できず、ニッチそのものの増殖をもたらす。新しい鳥や哺乳類の一つ一つが、一種以上の新しいノミにニッチを与える。(Source: ch.6 pp.165-166)
- Vannevar Bush は科学を「終わりなきフロンティア」と呼んだ。世界の多様性に限りがないため、科学も設計の過程も人間社会の進化も終わりなきものでありうる。本質的な課題は問題をすべて解くことではなく、将来のための選択肢を開いたまま保ち、新しい多様性と新しいニッチを作ってそれを少し広げることである。(Source: ch.6 pp.166-167)
## 横断的知見
- **第 5 章が末尾で示唆にとどめた「探索そのものに価値を認める」見方を、第 6 章が独立の主題として展開する**。第 5 章は、都市や経済ほど複雑な系では仮想の効用関数を最適化する目標を放棄せねばならず、スタイルの違いは望ましい変異と考えるべきかもしれない、満足な制約の範囲内での多様性はそれ自体望ましい目的でありうる、と述べて第 6 章へ送っていた。第 6 章はこれを「設計活動それ自体が計画の目標でありうる」という節に育て、さらに社会の本質的課題を「新しい多様性と新しいニッチを作ること」に置く結論にまで押し進める。(Source: [[@1996__MITPress__The Sciences of the Artificial - Chapter 5 The Science of Design - Creating the Artificial]] ch.5 p.130, [[@1996__MITPress__The Sciences of the Artificial - Chapter 6 Social Planning - Designing the Evolving Artifact]] ch.6 pp.164, 166-167)
- **第 4 章の「目標なき問題解決」が、第 6 章では社会設計の模型として転用される**。第 4 章は発見を、目標が比較的定義されていない構造化不良の問題解決の一種として扱い、AM が何を面白いと判定するかの基準と最良優先の探索ヒューリスティックを持って素数のような概念を発見したことを報告した。第 6 章はこの議論を明示的に引き、「面白さ」や新奇さの一般的ヒューリスティックだけに導かれる探索が完全に実現可能である以上、同じ種類の探索が社会設計の過程の模型になりうると論じる。計算機上の発見プログラムの設計が、社会規模の計画論の根拠として使われている。(Source: [[@1996__MITPress__The Sciences of the Artificial - Chapter 4 Remembering and Learning - Memory as Environment for Thought]] ch.4 pp.105-106, [[@1996__MITPress__The Sciences of the Artificial - Chapter 6 Social Planning - Designing the Evolving Artifact]] ch.6 p.162)
- **第 2 章のメートル法の例が、第 6 章の「不可逆な関与を避けよ」という指針の経済学的な裏づけを与える**。第 2 章は、白紙から始め両方を知る社会なら確実にメートル法を選ぶだろうが、将来の便益をある利子率で割り引くなら、いったん採用された体系から乗り換えることが経済的に引き合わない場合がありうると述べ、これを局所最大に留まる進化の実例に挙げた。第 6 章は同じ構造を将来世代への責務として裏返し、後継者に残す初期条件の第一の望ましい条件を「取り消せない不可逆な関与を避けること」に置く。局所最大への固着という記述的観察が、世代間の設計指針に変換されている。(Source: [[@1996__MITPress__The Sciences of the Artificial - Chapter 2 Economic Rationality - Adaptive Artifice]] ch.2 pp.46-47, [[@1996__MITPress__The Sciences of the Artificial - Chapter 6 Social Planning - Designing the Evolving Artifact]] ch.6 p.163)
- **同じ「生成器と検定」の図式が、第 2 章では進化の機構、第 5 章では設計過程の機構、第 6 章では両者の同一視の根拠として使われる**。第 2 章は突然変異と交叉を生成器、自然選択を検定として最も単純な進化の図式を描き、第 5 章は同じ枠を設計者の手続きに当てた。第 6 章は最終目標なき社会計画を「進化に劣らず近視眼的な山登り」と呼び、両者を並置する。第 5 章では分解の選択が設計者の裁量下にありスタイルを生むとされていたのに対し、第 6 章では計画者の裁量そのものが近視眼性に閉じ込められる。設計と進化の同一視が進むほど、設計者の主体性は縮む方向に描かれる。(Source: [[@1996__MITPress__The Sciences of the Artificial - Chapter 2 Economic Rationality - Adaptive Artifice]] ch.2 pp.45-46, [[@1996__MITPress__The Sciences of the Artificial - Chapter 5 The Science of Design - Creating the Artificial]] ch.5 pp.128-130, [[@1996__MITPress__The Sciences of the Artificial - Chapter 6 Social Planning - Designing the Evolving Artifact]] ch.6 p.165)
## 未解決の問い
- 目標が探索の途上で変わることを許すなら、設計の良し悪しはどう判定されるのか。本章は「弁護可能性」を複雑な問題で一般に満たしうる最も厳しい基準として挙げるが、目標が動く場合の評価手続きは与えていない。(Source: ch.6 p.146, p.162)
- 「将来の意思決定者にできるだけ多くの代替案を残す」という条件は、可逆性をどう測るかを前提にする。核エネルギーの配備が持つ「不可逆性の気配」を定量的に扱う方法は示されていない。(Source: ch.6 p.163)
- Becker と Stigler の抽象的効用による定式化と、サイモンの目標なき設計は実質的に同じことを言っているのか、それとも異なる主張なのか。サイモン自身は「合理的な行動が目標なしに成り立つという観念を、より不可解でなくするかもしれない」と述べるにとどまる。(Source: ch.6 p.164)
- 進化に長期の方向があるかという問いと、その方向を進歩と呼べるかという問いをサイモンは切り離し、前者にのみ多様性と複雑性への傾向という推測を与える。この推測は第 7・8 章でさらに展開されるとされており、そこでどこまで根拠づけられるか。(Source: ch.6 p.165)
## 関連
- 概念: [[社会計画]] / [[設計の科学]] / [[限定合理性]] / [[満足化]] / [[注意の希少性]] / [[階層的複雑性]]
- 章: [[@1996__MITPress__The Sciences of the Artificial - Chapter 6 Social Planning - Designing the Evolving Artifact]] / [[@1996__MITPress__The Sciences of the Artificial - Chapter 5 The Science of Design - Creating the Artificial]] / [[@1996__MITPress__The Sciences of the Artificial - Chapter 4 Remembering and Learning - Memory as Environment for Thought]] / [[@1996__MITPress__The Sciences of the Artificial - Chapter 2 Economic Rationality - Adaptive Artifice]]
- 実体: [[Herbert A. Simon]] / [[The Sciences of the Artificial]]
## 出典
- Herbert A. Simon, *The Sciences of the Artificial*, third edition, The MIT Press, 1996, Chapter 6 "Social Planning: Designing the Evolving Artifact", pp. 139-167.
- Herbert A. Simon, 同書 Chapter 2 "Economic Rationality: Adaptive Artifice", pp. 25-50.
- Herbert A. Simon, 同書 Chapter 4 "Remembering and Learning: Memory as Environment for Thought", pp. 85-110.
- Herbert A. Simon, 同書 Chapter 5 "The Science of Design: Creating the Artificial", pp. 111-138.