# 故障の物理
## 定義
故障の物理(physics of failure)とは、故障を故障率($\lambda$)のような統計量としてのみ扱うのではなく、材料が応力・温度・環境要因のもとで実際にどのような物理過程を経て破断・劣化するかという機構(メカニズム)として理解する立場である。[[@2012__Wiley__Practical Reliability Engineering - Chapter 8 Reliability of Mechanical Components and Systems|第8章]]は、機械部品の故障を(1) 過大応力による破断、(2) 強度の経時劣化という2つの原因に整理したうえで、疲労・クリープ・摩耗・腐食・振動衝撃・温度影響という個別の物理メカニズムを、それぞれ何が起きているかという観点から順に説明する構成をとる(Source: [[@2012__Wiley__Practical Reliability Engineering - Chapter 8 Reliability of Mechanical Components and Systems]] §8.1)。
## 機械分野における故障メカニズム(第8章)
- **疲労(fatigue)**: 疲労限度を超える繰返し応力により微小き裂が形成・進展する累積損傷過程。S-N曲線($N=A\sigma^{-b}$)で経験的に特徴づけられ、変動応力下の寿命はPalmgren-Miner則($\sum_i n_i/N_i=1$)で推定する。金属では応力サイクル速度の影響を受けにくいが、プラスチックは局所発熱により高サイクル速度で寿命が短縮する(Source: §8.3)。
- **クリープ(creep)**: 融点(絶対温度)の約50%を超える高温下で、連続または周期的な引張応力にさらされた部品に生じる漸進的な塑性変形。ガスタービンのタービンディスク・ブレードや、はんだ接合部の熱サイクルで問題になる(Source: §8.4)。
- **摩耗(wear)**: 相対運動する表面間で材料が失われる過程。凝着摩耗・フレッティング・アブレシブ摩耗・流体侵食(キャビテーションを含む)・腐食摩耗という複数の機構があり、複数が同時に働くこともある。理解・制御する学問領域はトライボロジー(tribology)と呼ばれる(Source: §8.5.1)。
- **腐食(corrosion)**: 主機構は酸化。ガルバニック腐食(異種金属接触)、電解腐食(誘起電流)、応力腐食(引張応力との結合)という副次機構があり、他の摩耗機構が保護皮膜を除去することで腐食が加速される相互作用もある(Source: §8.6)。
- **振動・衝撃(vibration and shock)**: 共振周波数またはその高調波で変位が最大化し、疲労破断・摩耗・締結部の緩みを引き起こす。衝撃荷重は高強度・高周波数・短時間の振動入力の一種と位置づけられる(Source: §8.7)。
- **温度影響(temperature effects)**: 高温は軟化・融解・炭化・粘度低下を招き、化学反応速度をアレニウス則($R=K\exp[-E_A/kT]$)で加速する。異なる熱膨張係数(TCE)を持つ部材の接合は熱サイクルによるせん断応力を生み、これが疲労機構と結合してはんだ接合部の断続故障などを招く(Source: §8.8)。
## 電子分野における故障メカニズム(第9章)
[[@2012__Wiley__Practical Reliability Engineering - Chapter 9 Electronic Systems Reliability|第9章]]は、電子部品も機械部品と同じ疲労・クリープ・摩耗・腐食を負うとしたうえで、電流・電圧・電力という電気的応力に固有の故障メカニズムを積み増す(Source: §9.2)。
- **電流・電圧・電力ストレス**: 電流は導体温度を上昇させ溶断やパラメータドリフトを招く。電圧はESD(静電放電)・EOS(電気的過剰ストレス)・アーキング・コロナ放電を引き起こす。電力は $W=I^2R$ による発熱を通じてこれらと相互作用し、電流・電圧・熱ストレスは強く結合している(Source: §9.2.1)。
- **IC固有の故障モード**: ラッチアップ(CMOSでの電源-グランド間低抵抗経路形成、恒久故障)、エレクトロマイグレーション(EM。金属結晶レベルでの導体材料の移動。Black則 $t_{EM}=A(W)J^{-N}\exp[E_A/kT]$ で定量化)、時間依存誘電体破壊(TDDB。容量誘電体を貫通するウィスカ成長)、スロートラッピング(Si-SiO2境界での電荷トラップ)、ホットキャリア(SiO2への電子/正孔注入)、ソフトエラー(宇宙線・アルファ粒子によるメモリセルの誤スイッチング)が挙げられる。これらは機械部品には存在しない、半導体の微細構造に固有のメカニズムであり、素子の微細化とともに深刻化する傾向を持つ(Source: §9.3.1.5)。
- **はんだ接合部の疲労・クリープ**: 電子部品でも第8章と同じ疲労・クリープが解説されるが、鉛フリー化(RoHS対応)により、錫ウィスカ(結晶フィラメント成長)・Kirkendallボイド(Sn-Cu界面の熱時効による空孔生成)という、錫鉛はんだにはなかった故障モードが新たに加わる(Source: §9.3.3.1, §9.3.3.2)。
## 横断的知見
- **第5章の荷重-強度干渉モデルは荷重・強度を静的な分布として扱うが、第8章の故障の物理メカニズムはその強度分布が時間とともにどう劣化するかを具体化する**。第5章は「本章では時間や繰返し荷重に伴う強度低下を考慮していない」と明示し、強度劣化を伴う信頼性・寿命解析は第8章・第14章に委ねている。第8章の疲労(§8.3、図8.6の母集団S-N線図)は、まさにこの強度劣化を「繰返し応力により強度分布の平均が低下し分散が増大する」という具体的な機構として与えており、両章を合わせて読むことで、第5章の抽象的な干渉枠組み($R=P(S>L)$)が、機械分野では疲労・クリープ・腐食という物理過程によって強度分布側が時間とともに移動・拡散していく現象として具体化されることがわかる。(Source: [[@2012__Wiley__Practical Reliability Engineering - Chapter 5 Load–Strength Interference]] §5.5, [[@2012__Wiley__Practical Reliability Engineering - Chapter 8 Reliability of Mechanical Components and Systems]] §8.3)
- **機械分野と電子分野は、温度が故障を加速するという前提の妥当性について正反対の立場を取る**。第8章はアレニウス則($R=K\exp[-E_A/kT]$)を機械部品(プラスチック・ゴム等)の温度劣化を説明する一般則として提示し、疑義を挟まない(§8.8)。一方第9章は、アレニウス則が電子部品の信頼性予測(MIL-HDBK-217等)の基礎として使われてきたにもかかわらず、現代の電子部品の多くの故障メカニズムは実際には温度上昇で加速されないと明示し、「冷やすほど良い」という通説を誤りだと述べる(図9.2、§9.2.1.3)。同じ物理法則(アレニウス則)が、機械分野では劣化機構の説明として妥当性を保つ一方、電子分野では品質管理の高度化によって前提が崩れているという対比は、故障の物理が分野ごとの実証データに照らして検証されるべきものであり、法則の機械的な流用は危険であることを示している。(Source: [[@2012__Wiley__Practical Reliability Engineering - Chapter 8 Reliability of Mechanical Components and Systems]] §8.8, [[@2012__Wiley__Practical Reliability Engineering - Chapter 9 Electronic Systems Reliability]] §9.2.1.3)
- **はんだ接合部の疲労・クリープは、機械分野と電子分野の故障メカニズムが重なる数少ない具体例である**。第8章は疲労・クリープを金属一般の機構として説明し、はんだ接合部を一例として挙げるにとどまるが(§8.3, §8.4)、第9章ははんだ接合部の疲労・クリープを電子システム不信頼性の主要因として詳細に扱い、さらに鉛フリー化(RoHS)が錫ウィスカ・Kirkendallボイドという新たな故障モードを追加したことを示す。両章を合わせると、はんだ接合部は「機械的な故障の物理」と「電子部品固有の故障の物理」の境界に位置する部品であることがわかる。(Source: [[@2012__Wiley__Practical Reliability Engineering - Chapter 8 Reliability of Mechanical Components and Systems]] §8.3, §8.4, [[@2012__Wiley__Practical Reliability Engineering - Chapter 9 Electronic Systems Reliability]] §9.3.3.1, §9.3.3.2)
## 未解決の問い
- 疲労・クリープ・腐食・振動衝撃・温度影響という個別メカニズムが同時に作用する複合劣化(例: 振動+熱サイクル、腐食+疲労)を、荷重-強度干渉の枠組みでどう定量的に統合するかは第8章では示されない。
- 故障の物理に基づく寿命予測(FEA+材料特性データによる疲労解析等)と、統計的な信頼性成長・実証(第14章)はどう接続されるか。
- 第9章が指摘する「電子部品の故障は温度で加速されないことが多い」という知見は、第6章の信頼性予測(MIL-HDBK-217批判)とも重なるが、両概念をどう接続して整理するかは今後の課題。
## 関連
- ソース: [[@2012__Wiley__Practical Reliability Engineering - Chapter 8 Reliability of Mechanical Components and Systems]] / [[@2012__Wiley__Practical Reliability Engineering - Chapter 9 Electronic Systems Reliability]]
- 概念: [[荷重-強度干渉]] / [[信頼性工学]] / [[Design for Reliability]] / [[電子部品の信頼性]] / [[信頼性予測]]
- 実体: [[Patrick D. T. O'Connor]] / [[Andre Kleyner]] / [[wiki/entities/Practical Reliability Engineering|Practical Reliability Engineering]]
## 出典
- [[@2012__Wiley__Practical Reliability Engineering - Chapter 8 Reliability of Mechanical Components and Systems]](§8.1-§8.8)
- [[@2012__Wiley__Practical Reliability Engineering - Chapter 9 Electronic Systems Reliability]](§9.2-§9.3)