# 技術的規則 ## 定義 技術的規則(technological rule)とは、状況の型 A(与えられた価値 V に照らして不満足)を状況の型 B(V を体現)へ変換する十分かつ具体的な手段を名指す命題である。技術的規則が満たすべき条件は技術的可能性(technological possibility)の意味での有効性、すなわち規則が実際に成功裏に機能することであり、規則が真であることではない。規則は自然法則(laws)と異なり、真でも偽でもありえない——正当化されるのは真理によってではなく効力(efficacy)によってである。この点で工学を科学として見る水準は、経験科学が法則の真偽を争う水準とは異なる正当化の論理を持つ(Source: [[@1998__PhilTech__On Structural Differences between Science and Engineering]] §8)。 ## know-how と know-why - 技術的規則が「真理ではなく効率(efficiency)を目指す」という定式化は、Richard Rorty (1980) や Stephen Toulmin (1990) の「科学の内部に真理は存在せず、期待できる最良のものは仮説の効率性にすぎない」という立場と接続しうる。この接続を推し進めると、科学と工学のあいだの方法論的差異そのものが消失するという帰結に至る。 - Max-Planck-Gesellschaft の Starnberg 研究所のグループ(Böhme, van den Daele, and Krohn, 1974)は、この帰結を「Finalisierungsthese」として定式化した——あらゆる科学(技術を含む)は、複雑すぎる現実と高すぎる研究費用のもとで因果的説明(know-why)を放棄し、「A は B をもたらす」という純粋な効率的知識(know-how、例:「アスピリンは頭痛を和らげる」)へ収斂していく、という説である。 - Poser はこの説を、AIDS・パーキンソン病・癌という当時(1998 年)進行中だった医学的難問を反証事例として退ける。これらの疾患には know-why 抜きの効率的な治療手段(know-how)が見出されておらず、正反対のことが起きた——細胞化学の普遍法則を探求する基礎研究(すなわち真理への探究)なしには規則(A→B)を得られなかった。ゆえに工学の規則もまた、基礎科学研究による根拠づけを必要とする(Source: [[@1998__PhilTech__On Structural Differences between Science and Engineering]] §9)。 ## 技術的解釈学(technological hermeneutics) Poser は、根拠づけられた効率性だけでは工学の営みを捉え損なうとして、技術的解釈学という独自の概念を導入する。これは 3 つの水準で作動する解釈の作業である。 1. **行為の水準**: 状況 A を「必要」、状況 B を「満足」と解釈することは、規範ないし価値を尺度とする解釈と、単独では記述しきれない単称の状況を解釈するための解釈学的規則を前提する。 2. **工学=科学の水準**: 状況の型・規則・目的としての出力状況のあいだの目的論的な連関を避けられない。因果の王国(規則の背後)と目的の王国(目的の背後)がここで出会う。 3. **局所条件の水準**: 科学が宇宙全体を対象に最も一般的な法則を追求するのに対し、技術は局所条件とその変容に集中する。河川を堰き止める際の地質条件のように絶対的に一回限りの状況を解釈する作業は、共通の構築規則の適用ではなく、歴史学のような人文学の解釈作業に近い。 (Source: [[@1998__PhilTech__On Structural Differences between Science and Engineering]] §10) ## 横断的知見 - **Poser(1998)と [[Walter Vincenti]](SWEBOK 第3章が引く議論、同じく 1998 年)は、互いを引用せず独立に、同じ年に同じ論敵——工学は応用科学(applied science)にすぎないという Bunge 的テーゼ——を退けている。** Vincenti は工学設計知識を fundamental design concepts・criteria and specifications・theoretical tools・quantitative data・practical considerations・design instrumentalities の 6 要素、それを生む活動を 7 分類(うち science からの直接移転はわずか 1 つ)に整理する記述的・分類学的な道具立てで反論した。Poser は規則(rules)の真理値の欠如、know-how/know-why の非対称、技術的解釈学という規範的・認識論的な道具立てで反論した。手法は対照的だが、「工学の知識体系は underlying science の知識体系とは別個のものである」という結論は一致する(Source: [[@1998__PhilTech__On Structural Differences between Science and Engineering]] §5, [[@1998__IEEECS__SWEBOK Straw Man - Chapter 3 Context and Relationships]])。 - **[[人工物の科学]](Herbert A. Simon, 1996)と本概念は、「科学=記述(is)、工学=規範(ought)」という直感を共有しながら、その根拠づけの道具立てがまったく異なる。** Simon は人工物を「自然法則からの自由の欠如」と「人間の目標への適応」という二重性格で存在論的に特徴づけ、命令論理(imperative logic)は可能世界の集合を扱う記述論理へ還元できると論じた(工学の規範性を論理の水準で処理する)。Poser は人工物という存在論的カテゴリそのものを疑わしいとして退け(クローン羊・遺伝子改変生物の例)、規則が真理値を持たないという認識論的な切り口から出発する。両者は独立に「工学は科学の劣化版でも単純な応用でもない」という同じ結論に至るが、Simon は論理学的還元、Poser は認識論的正当化の非対称性という異なる経路を通る(Source: [[@1998__PhilTech__On Structural Differences between Science and Engineering]] §3, §8)。 ## 未解決の問い - 規則の「真でも偽でもない」という主張と、規則が基礎科学研究によって「根拠づけられねばならない」という Poser 自身の主張(§9)の関係が、本論文内では十分に架橋されていない。根拠づけられた規則がなお真理値を持たないとは、具体的にどのような認識論的地位を意味するのか。 - 技術的解釈学の概念装置は Gadamer 系の解釈学理論への示唆にとどまり体系的に展開されていない(Poser 自身が§10で「詳述する余地がない」と明言している)。この接続を実際に展開した後続文献はあるか。 - ソフトウェア・アルゴリズムのような「コードとしての規則」は、Poser の技術的規則の枠組みにどう位置づけられるか。1998 年の論文はこの論点をほぼ扱っておらず、デジタル技術特有の規則性(コンパイル可能性・形式検証可能性など)との接続は未検証。 - Vincenti の 6 要素・7 分類による記述的アプローチと、Poser の規則/know-how-know-why による規範的アプローチは、単に同じ結論への異なる経路なのか、それとも統合可能な補完関係にあるのか。[[人工物の科学]]の満足化・命令論理の還元とあわせて、3 者の関係を整理する後続の ingest が必要。 ## 関連 - 概念: [[人工物の科学]] / [[設計の科学]] - source: [[@1998__PhilTech__On Structural Differences between Science and Engineering]] / [[@1998__IEEECS__SWEBOK Straw Man - Chapter 3 Context and Relationships]] - 実体: [[Hans Poser]] / [[Walter Vincenti]] ## 出典 - Hans Poser, "On Structural Differences between Science and Engineering," *Society for Philosophy and Technology Quarterly Electronic Journal*, Vol. 4, No. 2, Winter 1998, pp. 81-93.