# 情報戦
## 定義
情報戦(information warfare)とは、Dorothy Denningの1999年の定義によれば「情報媒体を標的にする、または利用することで敵対者に対する優位を得るための作戦」を指す。この定義は意図的に広く、ハッキングだけでなく電子戦・シギント・衛星画像偵察といった既存の諜報収集技術全般、さらにプロパガンダまでを包含する。同時代のEdward Waltzは「情報優位(information superiority)」を「敵対者の同等の能力を利用または否定しながら、情報の収集・処理・伝播を絶え間なく行う能力」と定義し、軍事ドクトリンとしての体系化を試みた。概念そのものは1990年代半ば(湾岸戦争1の運用経験を受けて)に登場し、ペンタゴン内での呼称は「情報戦」(1998年)→「情報作戦」(2006年)→「サイバースペース作戦」(2013年)と変遷してきた。(Source: [[@2020__Wiley__Security Engineering 3e - Chapter 23 Electronic and Information Warfare]] ch.23 §23.8, §23.8.4)
情報戦の実践は、電子戦(electronic warfare)の妨害・欺瞞・デコイの技法から強い影響を受けている。具体的には、フェイクニュースによる標的読者の飽和は妨害(jamming)に、MH17撃墜後に複数の陰謀論を並行して流布した手口は大量のデコイ(チャフ)散布に、政治家がブランドの一部を奪う「トライアンギュレーション」(例: ボリス・ジョンソンがBrexit国民投票でNHSを自陣の訴求点に転用したこと)はIFF欺瞞に、対立候補のウェブサイト遮断や資金源の遮断は対レーダーミサイル(ARM)による硬殺(hard kill)に、それぞれ技法として対応づけられる。(Source: [[@2020__Wiley__Security Engineering 3e - Chapter 23 Electronic and Information Warfare]] ch.23 §23.8.3)
## 横断的知見
- (本conceptは現時点では[[@2020__Wiley__Security Engineering 3e - Chapter 23 Electronic and Information Warfare]]単独からの立ち上げである。本章は[[@2020__Wiley__Security Engineering 3e - Chapter 26 Surveillance or Privacy?]]で監視・アラブの春・Five Eyesの詳細を扱うと予告しており、同章がingestされ次第、国家による情報戦と大量監視の関係についてここへ積み増す。また[[敵対者の類型論]](第2章)が示す国家主体=スパイ類型の一般論を、本章は電子戦・情報戦という具体的な作戦領域でロシア・中国・北朝鮮の戦略的差異として肉付けする——この対応は同一書籍内の章同士の突き合わせにとどまるため、他ソースからの確証が得られ次第、独立した横断的知見として記載する。)
## 未解決の問い
- 情報戦の定義(Denning 1999)は「情報媒体を標的・利用する作戦」というほぼ無制約な広さを持つが、この広さゆえに通常の諜報活動・外交的プロパガンダと情報戦を区別する基準は本章では明確化されていない。定義の広さが分析概念としての有用性をどこまで損なうか。
- 本章は「アトリビューションはもはや困難ではない」という趣旨をペンタゴンの認識変化として挙げるが(§23.8.4)、これは[[敵対者の類型論]]が未解決の問いとして残した「アトリビューションの困難さは敵対者類型でどう変わるか」という問いと関係する。電子戦・情報戦の文脈でのアトリビューションが他分野より容易/困難である理由は本章単独では説明されない。
- 電子戦から情報戦への技法の読み替え(妨害↔フェイクニュース、デコイ↔陰謀論、IFF欺瞞↔トライアンギュレーション、ARM↔資金源遮断)は本章が提示する類推にとどまり、対抗策(電子防護に相当する「情報防護」)の側の系統的な対応表は本章では示されていない。ファクトチェック・プラットフォームモデレーションはこの対応表のどこに位置するか。
- 中国は「他国への攻撃より自国の情報遮断(グレートファイアウォール)を優先する防御的姿勢」と本章は評するが、これは[[敵対者の類型論]]の4類型(スパイ・犯罪者・geeks・スワンプ)のどの軸で説明されるべきか、あるいは国家主体の中でも新たな下位分類が必要か。
## 関連
- 章: [[@2020__Wiley__Security Engineering 3e - Chapter 23 Electronic and Information Warfare]](§23.8全体、Denning/Waltzの定義と2016年米大統領選・Brexit介入の事例)
- 概念: [[敵対者の類型論]](国家主体=スパイ類型の一般論との対応) / [[サービス妨害攻撃とネットワークプロトコルの悪用]](BGPハイジャックという情報戦のインフラ攻撃手段)
- 実体: [[Dorothy Denning]] / [[Edward Snowden]] / [[NSA]] / [[GCHQ]]
## 出典
- Ross Anderson, *Security Engineering: A Guide to Building Dependable Distributed Systems*, 3rd Edition, John Wiley & Sons, 2020, Chapter 23, §23.8.