# 情報カスケード
## 定義
情報カスケード(information cascade、herding とも呼ばれる)は、人々が逐次的に意思決定し、後で決める人が前の人の私的情報そのものではなく行動だけを観察できる状況で、自分自身の私的情報よりも前の人々の行動から推測される情報を優先することによって生じる同調現象である。用語と概念は Banerjee、および Bikhchandani・Hirshleifer・Welch の研究に由来する(ch.16 §16.1)。
Easley と Kleinberg の単純モデルでは、世界の状態(良い/悪い、G/B)・受容/拒否の利得・各人が受け取る私的信号(高信号 H・低信号 L、精度 `q > 1/2`)の 3 要素から成る逐次意思決定を扱う。ベイズ則により、信号列中の高信号数 `a` と低信号数 `b` について `a > b` なら状態が良いという事後確率が事前確率より高まり、`a < b` なら逆、`a = b` なら変わらないという多数決則が導かれる。これを逐次意思決定へ適用すると、受容数と拒否数の差が 1 以下である限り各人は自分の私的信号に従うが、差が 2 以上になった時点で以後全員がその多数派に従う「カスケード」が始まる。人数が無限大に近づくと、3 人連続で同一信号を得る確率が 1 に収束するため、カスケードが発生する確率もほぼ確実に 1 に収束する(ch.16 §16.5–§16.6)。
このモデルが示すカスケードの性質は 3 つある: (i) 誤りうる(先頭の 2 人がたまたま逆の信号を得れば、誤った多数派に全員が追随する)、(ii) ごくわずかな情報(先頭のわずか数人分の私的信号)だけに基づいて成立しうる、(iii) 脆弱であり、私的信号 2 件分や公開信号 1 件分程度のわずかに優れた情報によって長く続いたカスケードでも覆されうる(ch.16 §16.7)。
情報カスケードは、他者と同じ選択をすること自体が利得を直接高める direct-benefit effect(直接便益効果、例: ネットワーク効果を持つ製品の普及)とは区別される現象である(ch.16 §16.1)。
## 未解決の問い
- 本章のモデルは各人が「それ以前の全員の行動」を観察できると仮定するが、直前の 1 人の行動しか観察できない、あるいは行動の一部しか観察できないより現実的なネットワーク構造のもとでも、カスケードは同様に(ほぼ確実に)発生するか。本章末の演習は問いを立てるに留め、章本文では解いていない(ch.16 §16.8)。
- 後続の章(第 17 章「Network Effects」)で扱われる direct-benefit effect による同調は、本章の情報カスケードとしばしば同時に働くと述べられるが(ch.16 §16.1)、両者が同時に存在する場合にカスケードの発生条件・脆弱性がどう変化するかは本章では未定式化である。
## 未編纂の観察
- 第16章の情報カスケードは逐次的な個人の意思決定(私的信号のベイズ推論)から生じる同調現象でありネットワーク構造は関与しないが、第19章の閾値カスケードは明示的なネットワーク構造の上で近傍割合(閾値 q=b/(a+b))に基づいて広がる direct-benefit effect ベースのモデルであり、両者は発生機序が異なる([[@2010__CambridgeUP__Networks, Crowds, and Markets - Chapter 16 Information Cascades]] ch.16 §16.1、[[@2010__CambridgeUP__Networks, Crowds, and Markets - Chapter 19 Cascading Behavior in Networks]] ch.19 §19.1-§19.2)。
- 第19章はクラスタ(密度 1-q を超える近傍集合)が閾値カスケードの伝播を阻む唯一の障害であることを定理として示す(ch.19 §19.3)。第16章の単純カスケードモデルにはネットワーク構造もクラスタに相当する概念も存在せず、対応する障害の概念自体を持たない。この差はネットワーク構造を明示するかどうかに由来する。
- 第19章 §19.4 は、弱い紐帯(ローカルブリッジ)が新奇性の認知を伝える一方、閾値を要する行動の採用には強い紐帯・密なコミュニティが必要だと論じる。第16章の逐次カスケードモデルは認知と採用を区別しないため、両モデルを重ねると「認知の拡散(情報カスケード的)と実際の採用(閾値カスケード的)は別問題である」という統合的な見方が示唆されるが、本書はこの統合を明示的に定式化していない。
## 関連
- [[@2010__CambridgeUP__Networks, Crowds, and Markets - Chapter 16 Information Cascades]]
- [[Networks, Crowds, and Markets]]
- ソース: [[@2010__CambridgeUP__Networks, Crowds, and Markets - Chapter 19 Cascading Behavior in Networks]]
## 出典
- David Easley, Jon Kleinberg, *Networks, Crowds, and Markets*, Cambridge University Press, 2010, Chapter 16.