# 寿命データ解析 ## 定義 寿命データ解析(life data analysis)とは、時間・走行距離・サイクル数などの故障までの尺度(life data)を収集し、それに最も適合する統計分布とそのパラメータを推定して、信頼度・故障率・平均寿命などの製品特性を導出する一連の手続きを指す。[[ワイブル分布]]がこの分布当てはめの主軸として使われることが多いが、本concept はデータそのものの性質(完全データか打ち切りデータか)と、それをプロット可能な形に変換する手続き(ランキング、信頼限界)を扱う。分布そのものの定義・当てはめ手順・分布選択の工学的判断は [[ワイブル分布]] concept に譲る(Source: [[@2012__Wiley__Practical Reliability Engineering - Chapter 3 Life Data Analysis and Probability Plotting]] §3.1)。 ### データの分類:完全データと打ち切りデータ 寿命データはまず、サンプル全ユニットの故障時刻が既知の**完全データ(complete data)**と、一部ユニットの正確な故障時刻が不明な**打ち切りデータ(censored data)**に分けられる。打ち切りデータはさらに3種に分類される。 1. **右側打ち切り(right censored、サスペンドデータ)**: 試験終了時点で故障していないユニット。故障時刻はデータ点より右側(未来)にあるとしかわからない。最も一般的な打ち切りの形態。 2. **区間打ち切り(interval censored)**: 定期点検の間隔でしか監視していないため、故障がある区間内で起きたことしかわからない(点検データ、inspection dataとも呼ばれる)。 3. **左側打ち切り(left censored)**: 最初の点検時点で既に故障していた場合。区間打ち切りの特殊形(区間の開始が0)にあたる。 完全データと右側打ち切りデータは作図による手法で解析できることが多いが、左側・区間打ち切りデータの解析にはより高度なソフトウェアによる手法を要する(Source: [[@2012__Wiley__Practical Reliability Engineering - Chapter 3 Life Data Analysis and Probability Plotting]] §3.2)。 ### ランキング手法:メジアンランクとその近似 確率プロットは、故障時刻を昇順に並べ、各故障点に累積確率(ランク)を対応づけることで成り立つ。素朴なランク推定量$i/N$は小サンプルで統計的に偏るため、実務では平均ランク$i/(N+1)$(対称分布向け)よりも、メジアンランク(median rank、50%信頼度での累積確率)が広く使われる。メジアンランクは累積二項分布を解いて求まり、手計算・作図ではBenardの近似式$r_j=(j-0.3)/(N+0.4)$が広く使われる。 打ち切りデータのランキングはより複雑になる。サスペンドされたアイテムはプロット点にはならないが、残る故障点のランクに影響を与えるため、調整済み平均順位番号を逐次計算してからメジアンランクを求める必要がある。この調整済みランク法は、故障の起きた「位置」しか考慮せず打ち切りが起きた正確な時刻を反映しないという欠点があり、打ち切りが多く不均一な場合はMaximum Likelihood法(ランクに依存しない)が推奨される(Source: [[@2012__Wiley__Practical Reliability Engineering - Chapter 3 Life Data Analysis and Probability Plotting]] §3.3)。 ### 信頼限界 信頼限界(信頼区間)は、限られたサンプルサイズに起因する不確実性を定量化する。両側信頼限界は母集団の一定割合が含まれる区間を、片側信頼限界は目標値がある値より大きい/小さいことを示す。ワイブルデータの信頼区間は、メジアンランク(50%信頼度)の代わりに5%・95%ランクをプロットすることで得られ、小サンプルほど区間が広くなる。 個々のパラメータの信頼限界には、Fisher行列法(最も広く使われる)、尤度比法(データ点が少ない場合により保守的)、ベータ二項法(ノンパラメトリック)、モンテカルロ法、ベイズ法がある。また信頼限界は、時刻に対する信頼限界(Type 1、例: B<sub>10</sub>寿命の推定)と信頼度に対する信頼限界(Type 2、例: 特定時刻での信頼度の推定)を区別する必要があり、同じFisher行列法でも両者は異なる結果を与える(Source: [[@2012__Wiley__Practical Reliability Engineering - Chapter 3 Life Data Analysis and Probability Plotting]] §3.6)。 ## 横断的知見 - ch.3 §3.6.1のExample 3.1(5台のみ故障)では、100時間時点の不信頼度F(100h)の90%信頼区間が1.02%〜45.07%という極めて広い区間になる。これは[[工学的ばらつき]] concept(Source: [[@2012__Wiley__Practical Reliability Engineering - Chapter 2 Reliability Mathematics]] §2.11)が一般論として述べる「統計的信頼度(statistical confidence)は工学的信頼(engineering confidence)と同一ではなく、常に工学的知識に照らして解釈しなければならない」という警告を、寿命データ解析という具体的な文脈で数値として裏づける例になっている(Source: [[@2012__Wiley__Practical Reliability Engineering - Chapter 2 Reliability Mathematics]] §2.11, [[@2012__Wiley__Practical Reliability Engineering - Chapter 3 Life Data Analysis and Probability Plotting]] §3.6.1)。 - 用語上の注意: [[工学的ばらつき]] concept は「打ち切り(curtailment)」を、加工寸法のように物理的な上限・下限によって正規分布の裾が切り落とされる現象として使う(Source: [[@2012__Wiley__Practical Reliability Engineering - Chapter 2 Reliability Mathematics]] §2.8.1)。一方、本concept の「打ち切りデータ(censored data)」は、観測が不完全なために故障時刻が特定できないデータを指し、両者は日本語では同じ「打ち切り」という訳語を共有するが指している現象は異なる(前者は母集団分布の形状に関する性質、後者はサンプルの観測方法に関する性質)。訳語の衝突により混同しやすいため、参照時は原語(curtailment / censored data)を併記して区別する必要がある(Source: [[@2012__Wiley__Practical Reliability Engineering - Chapter 2 Reliability Mathematics]] §2.8.1, [[@2012__Wiley__Practical Reliability Engineering - Chapter 3 Life Data Analysis and Probability Plotting]] §3.2)。 - **第3章の確率プロットは、対象が完全データ・打ち切りデータであることを前提に故障時刻をランク付けするが、第13章§13.8.1は、その前提(データがIID、すなわち独立同分布)が成り立たない場合にランク付けを行うと誤った結論を導く実例を示す**: Example 2.19の部品交換データを、時系列を無視してランク順に並べ第3章の手法でワイブル確率紙にプロットすると見かけ上の指数分布(一定ハザード率)が得られるが、同じデータを発生順(時系列順)にプロットすると明確な増加傾向が現れる。第3章はデータの完全性・打ち切りの有無は扱うが、IID性の検証(トレンドの有無)には踏み込んでおらず、これは修理可能系のデータに寿命データ解析を適用する際の前提条件として第13章が補う形になっている(Source: [[@2012__Wiley__Practical Reliability Engineering - Chapter 3 Life Data Analysis and Probability Plotting]] §3.2, [[@2012__Wiley__Practical Reliability Engineering - Chapter 13 Analysing Reliability Data]] §13.8.1)。 - **第13章§13.11.2は、第3章が定義する打ち切りデータの枠組みに、フィールド・保証データという現実の観測形式を接続する変換手順を示す**: 保証データは通常、出荷台数と月次返品数という集計形式(MIS形式)で記録され、個々のユニットの打ち切り状態はそのままでは分からない。これを暦月ベースの「Nevada(Layer cake)」形式に変換すると、観測終了時点で故障していない出荷済みユニットが右側打ち切り(サスペンション)、返品されたユニットが故障として扱えるようになり、第3章の寿命データ解析手法をそのまま適用できる状態になる。第3章が抽象的なデータ分類として定義した「完全データ/打ち切りデータ」の区別が、第13章では現実の生産・出荷・返品という業務データから機械的に導出できる具体的な変換手順として与えられている(Source: [[@2012__Wiley__Practical Reliability Engineering - Chapter 3 Life Data Analysis and Probability Plotting]] §3.2, [[@2012__Wiley__Practical Reliability Engineering - Chapter 13 Analysing Reliability Data]] §13.11.2, 表13.5, 表13.6)。 - **『Handbook of Software Reliability Engineering』付録B §B.4.1.2 が与える正規分布・カイ二乗分布に基づく平均・分散の信頼区間の一般公式(式B.60-B.64)は、本ページが列挙する信頼限界の5手法(Fisher行列法・尤度比法・ベータ二項法・モンテカルロ法・ベイズ法)のうち、最も基礎的な「教科書的」出発点にあたる**: 付録Bは標本平均 $\bar X$ が正規分布に近似的に従うという中心極限定理を根拠に、大標本での信頼区間(式B.60)、小標本での t 分布・カイ二乗分布による信頼区間(式B.61-B.64)を導出するが、これはいずれもデータが正規分布または指数分布に従うという単純な仮定のもとでの一般手法である。一方、Practical Reliability Engineering 第3章が挙げるFisher行列法は、ワイブル分布のような形状・尺度2パラメータモデルへの最尤推定の漸近正規性を利用した拡張であり、付録Bの単純な信頼区間公式をより複雑な分布族・打ち切りデータへ一般化したものと位置づけられる。両ソースは「信頼区間の広さは標本サイズに強く依存する」という結論を共有する点でも一致する(付録Bの二項比率信頼区間の標本サイズ決定式B.67と、本ページが引用するExample 3.1の極端に広い信頼区間は、同じ「小標本ゆえの不確実性」を異なる角度から示す)。(Source: [[@1996__McGrawHill__Handbook of Software Reliability Engineering - Appendix B Review of Reliability Theory, Analytical Techniques, and Basic Statistics]] §B.4.1.2, [[@2012__Wiley__Practical Reliability Engineering - Chapter 3 Life Data Analysis and Probability Plotting]] §3.6) ## 未解決の問い - 個々のパラメータ信頼限界の5手法(Fisher行列・尤度比・ベータ二項・モンテカルロ・ベイズ)の定量的な使い分け基準は本章では概要レベルにとどまり、具体的な計算過程はFisher行列法(手計算可能な近似)以外はソフトウェア任せになっている。第13章§13.7・§13.11.3(加速試験・保証データへの適用)でも同様にソフトウェア任せであることを確認したが、詳細な数式・使い分け基準は本書内では依然として示されていない。 - 調整済みランク法とMLEの打ち切りデータへの適用結果がどの程度定量的に異なるかは、本章では定性的な注意(「シリアスな欠点がある」)に留まり、数値比較は示されていない。 - 完全データ・右側打ち切り以外(区間・左側打ち切り)を「作図による方法では扱いにくい」とする根拠は、本章ではソフトウェアの必要性としてしか述べられておらず、手作業がなぜ困難かの数学的理由までは踏み込まれていない。 - 第13章§13.8.1が示すIID性の検証(トレンドの有無)は、centroid test(第2章§2.15.1)に依拠するとされるが、寿命データ解析のワークフローのどの段階でこの検証を行うべきか(ランキング・プロットの前か後か)は本書のいずれの章でも明示されていない。 ## 関連 - ソース: [[@2012__Wiley__Practical Reliability Engineering - Chapter 3 Life Data Analysis and Probability Plotting]] / [[@2012__Wiley__Practical Reliability Engineering - Chapter 13 Analysing Reliability Data]] / [[@1996__McGrawHill__Handbook of Software Reliability Engineering - Appendix B Review of Reliability Theory, Analytical Techniques, and Basic Statistics]] - 実体: [[Patrick D. T. O'Connor]] / [[Andre Kleyner]] - 関連概念: [[ワイブル分布]](本concept が扱うデータに当てはめる代表的な分布) / [[工学的ばらつき]](統計的信頼度と工学的信頼の区別という一般論の具体例) / [[保証データ解析]](本concept の打ち切りデータ枠組みをフィールドデータへ接続する具体例) / [[修理可能系の信頼性解析]](IID性が崩れる場合の解析手法) ## 出典 - P. D. T. O'Connor and A. Kleyner, *Practical Reliability Engineering*, 5th ed., Wiley, 2012, Chapter 3, §3.2, §3.3, §3.6; Chapter 13, §13.8.1, §13.11.2. - Michael R. Lyu (ed.), "Review of Reliability Theory, Analytical Techniques, and Basic Statistics", *Handbook of Software Reliability Engineering*, IEEE Computer Society Press / McGraw-Hill, 1996, Appendix B, §B.4.1.2.