# 多重検定 ## 定義 多重検定(multiple testing)とは、$M$個の仮説$H_{0j}$($j=1,\dots,M$)を同時に検定するとき、単一検定の枠組みをそのまま繰り返すと偽陽性が蓄積してしまう問題、およびそれに対処する統計的枠組みの総称である。各検定を有意水準$\alpha$で個別に判定すると、$M$個の遺伝子から$M\alpha$個程度の偽陽性が「たまたま」生じてしまう(例: $M=12{,}625$、$\alpha=0.05$なら期待631個)。これに対応する主要な基準は2つある。 - **家族的過誤率(family-wise error rate, FWER)**: 少なくとも1つの偽陽性が生じる確率$\Pr(V\ge1)$。Bonferroni法は各検定を$p_j<\alpha/M$で棄却することでFWER $\le\alpha$を保証するが、$M$が大きいと過度に保守的になる。 - **偽発見率(false discovery rate, FDR)**: 有意と判定された$R$個のうち偽陽性$V$が占める割合の期待値$\mathrm{FDR}=E(V/R)$。Benjamini and Hochberg (1995)は、順序付けたp値$p_{(1)}\le\cdots\le p_{(M)}$に対し$L=\max\{j: p_{(j)}<\alpha j/M\}$を求め$p_{(L)}$以下を棄却するBH法を提案し、独立性のもとで$\mathrm{FDR}\le(M_0/M)\alpha\le\alpha$($M_0$は真の帰無仮説数)を示した。BH法は、順列検定のt統計量から直接FDRを見積もるplug-in推定と数学的に同値である。差の方向が非対称な場合は、45度線から$\Delta$だけ離れた帯の外側を有意とするsignificance analysis of microarrays(SAM)法が上側・下側で異なる閾値を与える。(Source: [[@2009__Springer__The Elements of Statistical Learning - Chapter 18 High-Dimensional Problems - p >> N]] §18.7, §18.7.1, §18.7.2) FDRには混合モデル$t_j\mid Z_j\sim(1-Z_j)F_0+Z_jF_1$を仮定するベイズ的解釈があり、positive FDR(pFDR)は棄却域$\Gamma$に落ちた条件のもとで帰無仮説が真である事後確率$\Pr(Z_j=0\mid t_j\in\Gamma)$に一致する。個々の検定統計量ごとのq値・local FDRもこの枠組みから定義される。(Source: [[@2009__Springer__The Elements of Statistical Learning - Chapter 18 High-Dimensional Problems - p >> N]] §18.7.3) ## 横断的知見 - (2026-08-14時点で単一ソース([[@2009__Springer__The Elements of Statistical Learning - Chapter 18 High-Dimensional Problems - p >> N]])からの取り込みであるため、複数ソース間の突き合わせによる横断的知見はまだ無い。以下は同ソース内で示された、多重検定と本chapter前半の予測モデリングとの関係であり、今後別ソースとの突き合わせで横断的知見へ昇格させる候補として保持する) - 本chapterは前半(§18.1–§18.6)を予測(分類・回帰)、後半(§18.7)を個々の特徴量の有意性評価(多重検定)に充てており、同じ$p\gg N$設定でも問い自体が異なることを明示する: 予測は「どの線形結合が目的変数をよく予測するか」を問うのに対し、多重検定は「どの特徴量が単独で目的変数と関連するか」を問う。実際、多重検定は予測モデルを経由せず生のt統計量とp値だけで完結する(§18.7冒頭)。 - Bonferroni法(FWER制御)がBH法(FDR制御)より保守的になる度合いは、chapter前半で見た「$p$が大きいほど強い正則化が必要になる」(図18.1)という現象と対をなす。すなわち特徴量数$M$(=$p$)が大きくなるほど、単一の偽陽性さえ許さないFWER基準は現実的でなくなり、偽陽性の「割合」を許容するFDR基準へ移行する必要が生じる、という点で両者は「$p$が大きいときは基準そのものを緩めて構造化する」という共通のモチーフを共有する。 ## 未解決の問い - Bonferroni法・BH法はいずれも検定統計量間の独立性、あるいは弱い正の依存性を仮定する場合が多い。ゲノミクスデータで典型的な強い相関構造(遺伝子は経路として協調して働く)のもとでBH法のFDR保証がどこまで崩れるかは、本章の範囲では立ち入っていない。 - pFDR・q値・local FDRのベイズ的解釈(§18.7.3)は、事前確率$\pi_0$(帰無仮説が真である割合)の推定精度に依存する。$\pi_0$の推定方法自体の妥当性・頑健性は本章では詳述されない。 - [[統計的有意性]]が扱う単一検定でのp値閾値の選び方(P<0.05かP<0.005か)と、本ページのFDR制御によるp値閾値の選び方は、いずれも「どこまでの偽陽性を許容するか」という同種の問いに答えているが、両者を横断して比較した記述は本chapterにも[[統計的有意性]]の初出ソースにもない。多重検定の文脈で単一検定の閾値議論がどう接続するかは未整理。 - 本ページのFDR制御と[[逐次検定]]が扱うanytime-valid inference(逐次的なpeeking下での型Iエラー制御)は、いずれも「繰り返し検定を行う場面での誤検知率制御」という共通テーマを持つが、前者は「多数の特徴量を1回ずつ検定する」場面、後者は「1つの仮説を時間軸で繰り返し検定する」場面という異なる軸の多重性を扱っており、両者を統一的に扱う枠組みが存在するかは未調査。 ## 関連 - ソース: [[@2009__Springer__The Elements of Statistical Learning - Chapter 18 High-Dimensional Problems - p >> N]] - 概念: [[次元の呪い]](同じ「特徴量数が多い」設定を異なる角度から扱う) / [[縮小推定]](FWER→FDRの緩和とp≫Nでの正則化強化は「基準を$p$に応じて調整する」という点で並行する) - 別文脈だが未接続(要注意): [[統計的有意性]](単一検定でのp値閾値。本ページの多重検定・FDRとは異なる問い) / [[逐次検定]](時間軸方向の繰り返し検定。本ページの特徴量方向の多重性とは異なる軸) ## 出典 - Hastie, T., Tibshirani, R., Friedman, J., *The Elements of Statistical Learning*, 2nd Edition, Springer, 2009, Chapter 18, §18.7.