# 問題の理解と表現
## 定義
問題の理解(understanding)とは、自然言語で与えられた問題文から、問題解決器が扱える構成要素、すなわち記号構造・構造間の差異を検出するテスト・構造を変える演算子・記号化された目標とその達成判定を取り出すことである。取り出された結果が問題の表現(representation)であり、解の探索が行われる問題空間(problem space)をなす。問題を解く努力は、必ず問題を理解する努力に先立たれる。(Source: [[@1996__MITPress__The Sciences of the Artificial - Chapter 4 Remembering and Learning - Memory as Environment for Thought]] p.94-95, p.108)
Simon はこれを Tea Ceremony(ヒマラヤの茶の儀式)の課題で示す。この問題はヒマラヤの宿とは実際には何の関係もない。その下にあるのは、2 種類の対象(参加者と作業)、対象間の関係(各作業がある参加者に割り当てられる)、作業の順序づけ(高貴さによる)、演算子(作業をある参加者から別の参加者へ移すこと)からなる抽象的な問題である。理解とは、自然言語のテキストからこれらの実体を取り出すことにほかならない。(Source: ch.4 p.94-95)
## 理解の 2 つの様式 — 無から作るか、既知と照合するか
Simon は 2 つのプログラムを対置し、理解に 2 つの様式があることを示す。
- [[UNDERSTAND]] は、問題文を解析したうえで、対象と対象集合、性質と関係、状態を記述する述語と手を記述する述語、目標状態を見出し、状態の表現形式と合法手を作る手続きを生成する。リスト構造があらゆる種類の記号情報を表現する一般的能力を持つため、原理的には、理解に現実世界の知識を要しないパズル的問題のほぼどんな種類についても表現を構成できる。そうした問題はどれも対象・その関係・関係の変化として記述できるからである。(Source: ch.4 "A Program that Understands" p.95-96)
- Gordon Novak のプログラム ISAAC は、梃子・質量・斜面などの対象を記述し、それらに結びつく情報の種類を示すスキーマ(schema)を記憶に蓄えているため、静力学の問題を理解できる。梯子は梃子として認識され、梃子スキーマの複製が作られ、長さ・重量・重心・支点と力の位置といった空所(slot)が埋められる。個々のスキーマを合成した問題スキーマを組み立て、それを導きとして釣り合いの方程式を構成し解く。(Source: ch.4 "Understanding Physics" p.96-97)
両者の差は明確である。UNDERSTAND は問題の指示だけを頼りに表現と演算子を**無から**作らねばならないのに対し、ISAAC は問題文中の事物と記憶中のスキーマ・物理法則との**対応を発見**しなければならない。より高度な理解体系は両方の能力を兼ね備え、一方の成分が新しい領域に出会ったときスキーマの集合として状態表現を生成し、他方の成分が既に蓄えた表現を用いて新しい問題を解釈するだろう。(Source: ch.4 p.97-98)
意味の豊かな領域の問題を Tea Ceremony から区別するのは、現実世界への言及があることではなく、**既に知られているはずの事柄への言及があること**である。梯子の静力学の問題を解き始めるには、摩擦係数とは何か、梯子が支点と力を持つ梃子と見なせること、人が質量や支点に抽象化できることを知らねばならない。(Source: ch.4 p.96)
## 表現の変更 — 思考の理論に残された欠落
- 日常や職業上の問題の大半では、既に蓄えて以前使った表現を記憶から取り出すだけで済む。新しい状況に少し合わせることはあっても、それは通常かなり単純な作業である。(Source: ch.4 "Finding New Problem Representations" p.108)
- ときに、多少の引き伸ばしと成形をしても以前に出会ったどの問題空間にも当てはまりそうにない状況に出会う。そのときは新しい自然法則を見つけるのと同じくらい手強い発見の課題に直面する。Newton が万有引力の法則を発見できたのは、それ以前に微分積分という新しい表現を見つけていたからであり、同じ法則を探していた Wren や Hooke はそれを持たなかった。(Source: ch.4 p.108)
- 「切り取られたチェッカーボード」(Mutilated Checkerboard)の洞察問題では、被験者は与えられた盤とドミノの問題空間で何時間も働く。行き詰まってから表現を変えることを考え始めるが、人は表現の「空間」も、可能な表現の生成器すら備えて生まれてはこない。成功する少数の被験者はある時点で、うまくいかなかった被覆の試みで覆われずに残る升目が常に同じ色であることに気づく。そこから各ドミノがちょうど各色 1 升ずつを覆うことに気づき、ドミノは両色の升目が同数の盤しか覆えないという着想が速やかに続く。(Source: ch.4 p.108-109)
- 成功の鍵は**注意の焦点(focus of attention)**である。状況のうち問題に関連する特定の特徴に焦点を合わせ、次にそれらの特徴を含み無関係なものを省いた問題空間を組み立てることである。この 1 つの着想は表現の変更の理論には遠く及ばないが、そうした理論の構築への第一歩である。新しい表現を発見する過程は、思考の理論に残された大きな欠落の環であり、認知心理学と人工知能の主要な研究領域である。(Source: ch.4 p.109)
## 横断的知見
- 第 3 章は、記憶された視覚像が写真の複写ではなくリスト構造として組織された記号構造だと論じたが、その記号構造の具体形は示さなかった。第 4 章はそれを埋める。UNDERSTAND が作る状態記述と ISAAC の要素スキーマ・問題スキーマは、第 3 章で心的な像として提案された記号構造の好例である。実際 Novak は ISAAC の一部として、構成した問題スキーマから問題状況の(単純ではあるが)実際の図をブラウン管に描く補助プログラムを書いている。心的な像の理論が、理解プログラムの副産物として経験的な足場を得た形になる。(Source: [[@1996__MITPress__The Sciences of the Artificial - Chapter 3 The Psychology of Thinking - Embedding Artifice in Nature]] p.70-74, [[@1996__MITPress__The Sciences of the Artificial - Chapter 4 Remembering and Learning - Memory as Environment for Thought]] p.98)
- 第 3 章は「表現できるものだけが思考できる」と言うのと同じくらい「思考できるものだけが表現できる」と言うのも正しい、と Whorf 仮説に注釈を加えた。第 4 章の切り取られたチェッカーボードの観察はこれに実験的な内容を与える。被験者は表現を変えれば解けると分かっていてもなお変えられない。すなわち表現の可用性は語彙の問題ではなく、注意の焦点をどこに置くかという処理上の問題である。(Source: [[@1996__MITPress__The Sciences of the Artificial - Chapter 3 The Psychology of Thinking - Embedding Artifice in Nature]] p.80, [[@1996__MITPress__The Sciences of the Artificial - Chapter 4 Remembering and Learning - Memory as Environment for Thought]] p.108-109)
- 記号構造を現実世界の場面に対応づける能力を、Simon は第 3 章では Siklossy の体系による語彙・統語の獲得として、第 4 章では ISAAC のスキーマ照合として扱う。どちらも [[記号接地問題]] が原理的障壁として立てる問題を、世界(あるいは既存の知識)に開いた窓を持つ体系にとっての学習課題ないし照合課題に読み替えている点で一貫している。(Source: [[@1996__MITPress__The Sciences of the Artificial - Chapter 3 The Psychology of Thinking - Embedding Artifice in Nature]] p.78-79, [[@1996__MITPress__The Sciences of the Artificial - Chapter 4 Remembering and Learning - Memory as Environment for Thought]] p.96-97)
- **第 4 章が個人の頭の中の構造として扱った表現を、第 6 章は人と機関に分散した構造として扱う**。第 4 章の表現は、問題文から取り出された記号構造・テスト・演算子・目標であり、担い手は個人(あるいはプログラム)である。第 6 章は社会設計における表現に新しい次元が加わるとし、機関の組織そのものが共通の問題表現として働くと論じる。マーシャル・プランを実施した ECA では六つの相互に矛盾する構想が提示され、必要だったのは「正しい」概念化というより、参加者全員が理解でき、麻痺ではなく行動を促す概念化だった。表現の良し悪しの基準が、解を透けて見せるかどうかから、多数の担い手の協調を成り立たせるかどうかへ移っている。(Source: [[@1996__MITPress__The Sciences of the Artificial - Chapter 4 Remembering and Learning - Memory as Environment for Thought]] ch.4 pp.94-95, [[@1996__MITPress__The Sciences of the Artificial - Chapter 6 Social Planning - Designing the Evolving Artifact]] ch.6 pp.141-143)
- **表現の失敗が、第 4 章では解けないこととして、第 6 章では問題を悪化させる設計として現れる**。第 4 章では、表現を変えられない被験者は切り取られたチェッカーボードを解けないままにとどまる。第 6 章の国務省の例では、限界資源を印字能力と誤って同定した表現が、行印刷機への置き換えという設計を導き、真のボトルネックである意思決定者の注意をかえって圧迫しかねなかった。表現の誤りが単なる不成功ではなく能動的な害になりうる点が、社会規模の設計で新たに立つ。詳細は [[注意の希少性]] を参照。(Source: [[@1996__MITPress__The Sciences of the Artificial - Chapter 4 Remembering and Learning - Memory as Environment for Thought]] ch.4 pp.108-109, [[@1996__MITPress__The Sciences of the Artificial - Chapter 6 Social Planning - Designing the Evolving Artifact]] ch.6 pp.143-144)
- **数値を欠く表現の有用性を、第 6 章が第 4 章の枠組みに付け加える**。第 4 章の表現は演算子と目標判定を備えた計算可能な構造だった。第 6 章の自動車排出基準の例では、費用便益分析の概念枠は文字どおりには適用不能で、各委員会は桁の意味でしか信じられる推定に到達できなかった。それでも枠組みは知見を相互に関係づけ、法外でも弁護不能でもない満足化の決定を可能にした。要点は数値ではなく、機能的な推論を許す表現の構造だとされる。(Source: [[@1996__MITPress__The Sciences of the Artificial - Chapter 4 Remembering and Learning - Memory as Environment for Thought]] ch.4 pp.95-98, [[@1996__MITPress__The Sciences of the Artificial - Chapter 6 Social Planning - Designing the Evolving Artifact]] ch.6 pp.144-146)
## 未解決の問い
- Simon 自身が「表現の変更の過程は思考の理論に残された大きな欠落の環である」と明言している。注意の焦点という 1 つの着想の先に、表現変更の理論はその後どこまで進んだのか。
- UNDERSTAND 型(無から表現を作る)と ISAAC 型(既存スキーマと照合する)を統合した体系を Simon は構想として述べるにとどまる。両者の統合はどのような機構を要するか。
- 物語や新聞記事の理解のように、理解できたかどうかの検定そのものが曖昧な課題(Simon は「理解は種々の程度と深さで達成されうる」と書く)を、問題解決型の理解の枠組みでどう扱うか。(Source: ch.4 p.98)
- 第 5 章の設計の科学は、意味的に豊かな領域における表現の選択をどう扱うか。第 4 章は建築を「意味的に豊かな課題領域における設計の原型」と呼び、外部の記憶構造(スケッチ・平面図)が次のサブゴールを示唆する循環に触れて第 5 章に送っている。(Source: ch.4 p.92)
## 関連
- 章: [[@1996__MITPress__The Sciences of the Artificial - Chapter 4 Remembering and Learning - Memory as Environment for Thought]] / [[@1996__MITPress__The Sciences of the Artificial - Chapter 3 The Psychology of Thinking - Embedding Artifice in Nature]] / [[@1996__MITPress__The Sciences of the Artificial - Chapter 6 Social Planning - Designing the Evolving Artifact]]
- 概念: [[情報処理システムとしての人間]] / [[ヒューリスティック探索]] / [[計算による科学的発見]] / [[記号接地問題]] / [[社会計画]] / [[注意の希少性]]
- 実体: [[UNDERSTAND]] / [[BACON]] / [[Herbert A. Simon]]
- 書籍: [[The Sciences of the Artificial]]
## 出典
- Herbert A. Simon, *The Sciences of the Artificial*, third edition, The MIT Press, 1996, Chapter 4, pp. 85-110.
- Herbert A. Simon, 同書 Chapter 6 "Social Planning: Designing the Evolving Artifact", pp. 139-167.