# 内部環境と外部環境
## 定義
人工物は、それ自身の実質と組織である**内部環境(inner environment)**と、それが動作する周囲である**外部環境(outer environment)**とが出会う点、すなわち今日の言葉でいう**インタフェース(interface)**として捉えられる。内部環境が外部環境に適合していれば(あるいはその逆でも)、人工物は意図した目的を果たす。この見方は、目的の達成ないし目標への適応が「目的(目標)・人工物の性格・人工物が動作する環境」という三項の関係を含むことに由来する。時計を目的の面から見れば「時計は時刻を告げるもの」だが、時計自体に注目すれば歯車の配置とばねや重りの力の作用として記述され、さらに使われる環境との関係でも考えられる。自然科学は、この三項のうち人工物自身の構造と、それが動作する環境という二項を通じて人工物に関わる。(Source: [[@1996__MITPress__The Sciences of the Artificial - Chapter 1 Understanding the Natural and Artificial Worlds]] "The Environment as Mold" pp.5-6)
## 適用範囲
- この見方は人間が作ったものでないものにも等しく当てはまる。適応していると見なせるすべてのもの、とりわけ有機的進化の力によって進化した生命システムに当てはまる。飛行機の理論は内部環境(たとえば動力装置)、外部環境(高度による大気の性格)、両者の関係(気体中を動く翼)を自然科学から説明するが、鳥の理論もまったく同じ仕方で分割できる。(Source: ch.1 "The Artifact as Interface" pp.6-7)
- 飛行機や鳥は、目的や適応にまったく注意を払わず、内部環境と外部環境のインタフェースに言及せずに、自然科学の方法で分析することもできる。したがって内部と外部の分割は分析に必須ではないが、少なくともきわめて便利である。(Source: ch.1 pp.6-7)
## 分割がもたらす二つの利点
- **外部環境の側からの利点**: システムの目標と外部環境の知識から、内部環境について最小限の仮定だけでふるまいを予測できる。北極の動物の毛が白いことは、外部環境の理解を主として要求する説明(機能ないし目的による説明)で予測でき、生物学的な細部を知る必要はほとんどない。ただしこれを説明に変えるには自然選択ないし同等の機構の観念を加えねばならない。進化生物学における自然選択に相当するのが、人間行動の科学における合理性である。事業組織について利潤最大化システムであることしか知らなくても、売上税が課されたときの価格変更を、内部環境をなす意思決定装置の詳細な仮定なしに予測できる。直ちに導かれる系として、同一ないし類似の外部環境で同一ないし類似の目標を達成する内部環境がまったく異なりうる——飛行機と鳥、イルカとマグロ、重り駆動の時計と電池駆動の時計、電気リレーとトランジスタ。(Source: ch.1 "Functional Explanation" pp.7-8)
- **内部環境の側からの利点**: あるシステムが特定の目標や適応を達成するかは、外部環境の少数の特性だけに依存し、その詳細にはまったく依存しないことが非常に多い。生物学者はこの性質をホメオスタシスと呼ぶ。設計者は何らかの仕方で内部システムを環境から絶縁し、外部環境を特徴づけるパラメータの広い範囲の変動とは独立に、内部システムと目標のあいだの不変な関係を維持する。船舶用クロノメータは船の動揺に対し、文字盤の針と実時刻の不変な関係を保つという否定的な意味でのみ反応する。外部環境からの準独立性は、受動的な絶縁、反応的な負のフィードバック(最も頻繁に論じられる形態)、予測的な適応、あるいはこれらの組み合わせによって保たれる。(Source: ch.1 "Functional Explanation" p.8)
## 適応の限界(内部システムが「透けて見える」)
課題環境の形をそのままとる変幻自在な内部システムを常に指定できるなら、設計は願望と同義になってしまう。「ダイヤモンドを引っかく手段」は設計目標を定義するが、通常の自然法則に従う実現可能な内部システムを少なくとも一つ発見するまで設計は達成されていない。設計目標を近似的にしか満たせない場合、内部システムの性質が「透けて見える」。すなわちシステムのふるまいは課題環境に部分的にしか応答せず、残りは内部システムの制約的性質に応答する。穏やかな環境では対象が何を求められたかしか分からないが、過酷な環境では内部構造、とりわけ性能を制限している側面が分かる。橋は通常の使用条件では車両が移動できる滑らかな水平面としてふるまうにすぎず、過積載されて初めて材料の物理的性質が分かる。(Source: ch.1 "Limits of Adaptation" pp.12-13)
## 横断的知見
- **分割線をどこに引くかは分析の便宜で決まり、対象の物理的境界には固定されない**。第 1 章は飛行機と鳥、時計といった対象そのものの境界で内外を分けて論じるが、第 2 章は企業を扱う際に、線を企業の境界ではなく**企業家の皮膚**に引くと明示する。工場は外部の技術に属し、脳(必要なら計算機の助けを借りる)が内部にあたる。同じ枠組みでも、何を「適応する主体」と見るかによって同一の対象が内部にも外部にも配置されうる。(Source: [[@1996__MITPress__The Sciences of the Artificial - Chapter 1 Understanding the Natural and Artificial Worlds]] ch.1 pp.5-8, [[@1996__MITPress__The Sciences of the Artificial - Chapter 2 Economic Rationality - Adaptive Artifice]] ch.2 p.25 脚注 1)
- **「内部環境に最小限の仮定しか置かずに予測できる」という第 1 章の利点は、外部環境が複雑になるほど失われる**。第 1 章は事業組織を、利潤最大化システムであることだけから価格反応を予測できる例として挙げた。第 2 章はまさにその例を出発点に取り、現実性を一段ずつ増していくと問題が実体的合理性から手続き的合理性へ移り、内部環境の詳細すなわち知識と計算の限界を無視できなくなる過程を示す。第 1 章の利点の成立条件を内側から測り直した章として読める。(Source: [[@1996__MITPress__The Sciences of the Artificial - Chapter 1 Understanding the Natural and Artificial Worlds]] ch.1 p.8, [[@1996__MITPress__The Sciences of the Artificial - Chapter 2 Economic Rationality - Adaptive Artifice]] ch.2 pp.25-27)
- **外部環境が「他の適応する主体」であるとき、枠組みは特有の困難を抱える**。第 1 章の例(高度による大気の性格、船の動揺)では外部環境は主体の予測に反応しない。第 2 章の市場では外部環境が他の経済主体の振る舞いで定義されるため、各主体が互いの期待を先読みしようとすると無限後退が生じ、合理性そのものが定義不能になる。この後退を実際に止めているのは、内部環境の側の計算能力の限界である。(Source: [[@1996__MITPress__The Sciences of the Artificial - Chapter 1 Understanding the Natural and Artificial Worlds]] ch.1 pp.6-8, [[@1996__MITPress__The Sciences of the Artificial - Chapter 2 Economic Rationality - Adaptive Artifice]] ch.2 pp.25, 37-38)
- **第 5 章で、この三項の枠組みは設計問題の論理項へそのまま写像される**。最適化手法の論理では、内部環境が行動の代替案の集合すなわち指令変数(command variables、「手段」)で、外部環境がパラメータの集合(「法則」)で表され、適応の目標が効用関数と制約(「目的」)で定義される。サイモンは献立問題(the diet problem)を示す図6 の直後に「制約が内部環境を、パラメータが外部環境を特徴づける」と明記する。第 1 章が対象の記述の枠組みとして導入した内外の区別が、ここでは解くべき問題の変数の区分になっている。(Source: [[@1996__MITPress__The Sciences of the Artificial - Chapter 1 Understanding the Natural and Artificial Worlds]] ch.1 pp.5-8, [[@1996__MITPress__The Sciences of the Artificial - Chapter 5 The Science of Design - Creating the Artificial]] ch.5 pp.116-117)
- **この写像は、内外を分ける線が「何を動かせるか」で引き直されていることを含意する**。第 1 章では線は対象の物理的境界(飛行機、鳥、時計)に、第 2 章では適応する主体の皮膚に引かれた。第 5 章の定式化では、設計者が値を選べる変数が内部環境の側に、選べず与件として受け取る変数が外部環境の側に落ちる。同じ枠組みが、記述の便宜(第 1・2 章)から設計者の裁量の有無(第 5 章)へと分割基準を移していることになる。(Source: [[@1996__MITPress__The Sciences of the Artificial - Chapter 2 Economic Rationality - Adaptive Artifice]] ch.2 p.25 脚注 1, [[@1996__MITPress__The Sciences of the Artificial - Chapter 5 The Science of Design - Creating the Artificial]] ch.5 pp.116-118)
- **人工物の特異な性質が内外の薄いインタフェースの上にあるという第 1 章の主張は、第 5 章では設計の科学が成り立つ根拠として再利用される**。第 5 章は「人工の科学は解消して消えてしまう危険に常にさらされている」という懸念を引き受けたうえで、人工の世界がまさにこのインタフェースに中心を置き、内部環境を外部環境へ適応させて目標を達成することにかかわる以上、その適応がどうもたらされるかの研究、すなわち設計の過程こそが固有の研究対象になると論じる。第 1 章の枠組みが、専門職の学校が教えるべき主題を画定する論拠へ転用されている。(Source: [[@1996__MITPress__The Sciences of the Artificial - Chapter 1 Understanding the Natural and Artificial Worlds]] ch.1 pp.6-7, [[@1996__MITPress__The Sciences of the Artificial - Chapter 5 The Science of Design - Creating the Artificial]] ch.5 p.113)
- **内部環境を階層的に入れ子にする見方は、第 5 章で設計の技法として使われる**。第 5 章は第 1 章の階層に関する議論を受け、システム全体の内部環境がその機能の記述で(機構の詳細な指定なしに)定義できるのと同様に、各下位系の内部環境もその下位系の機能の記述で定義できると述べ、そこから複雑な構造を半独立の成分へ分解する技法を導く。内外の区別が一段の分割から再帰的な分割へ拡張されている。(Source: [[@1996__MITPress__The Sciences of the Artificial - Chapter 1 Understanding the Natural and Artificial Worlds]] ch.1 pp.6-8, [[@1996__MITPress__The Sciences of the Artificial - Chapter 5 The Science of Design - Creating the Artificial]] ch.5 p.128)
## 未解決の問い
- 内部環境と外部環境の分離可能性は、どこまで一般化できるか。第 1 章は脚注で、この分離可能性は人工的か自然的かを問わずすべての大規模で複雑なシステムに程度の差はあれ期待でき、一般化された形では「自然はすべて『水準』に組織される」という議論になると述べ、第 8 章「The Architecture of Complexity」に詳細を委ねている。
- 設計問題として定式化するとき、内部環境と外部環境の線をどこに引くかを決める一般的な原理はあるか。第 5 章は指令変数と固定パラメータの区分を与えるが、ある変数を指令変数とみなせるかどうかの判定基準は示していない。(Source: [[@1996__MITPress__The Sciences of the Artificial - Chapter 5 The Science of Design - Creating the Artificial]] ch.5 pp.116-118)
- 「合理的に設計されたシステムはこの状況下でどうふるまうか」と問うだけでふるまいを予測できるという想定は、第 2 章の経済的合理性の理想化と、第 3・4 章の内部環境(思考過程)の研究のあいだでどう調停されるか。第 1 章はこの調停を予告するだけである。
## 関連
- 概念: [[人工物の科学]]
- 概念: [[限定合理性]] / [[設計の科学]]
- 章: [[@1996__MITPress__The Sciences of the Artificial - Chapter 1 Understanding the Natural and Artificial Worlds]] / [[@1996__MITPress__The Sciences of the Artificial - Chapter 2 Economic Rationality - Adaptive Artifice]] / [[@1996__MITPress__The Sciences of the Artificial - Chapter 5 The Science of Design - Creating the Artificial]]
- 実体: [[Herbert A. Simon]] / [[The Sciences of the Artificial]]
## 出典
- Herbert A. Simon, *The Sciences of the Artificial*, third edition, The MIT Press, 1996, Chapter 1 "Understanding the Natural and the Artificial Worlds", pp. 1-24.
- Herbert A. Simon, 同書 Chapter 2 "Economic Rationality: Adaptive Artifice", pp. 25-50.
- Herbert A. Simon, 同書 Chapter 5 "The Science of Design: Creating the Artificial", pp. 111-138.