# 修理可能系の信頼性解析
## 定義
修理可能系の信頼性解析とは、部品を交換・修理しながら稼働し続けるシステム(修理可能系、repairable system)の故障データを、初回故障までの時間分布ではなく**故障発生率(ROCOF、rate of occurrence of failures)**を中心に扱う一連の解析手法を指す。修理不能品(部品交換で使い切りにされる部品、生存確率が問題になるミサイル・宇宙機等)では初回故障までの時間分布(第3章の寿命データ解析)が重要だが、日常的な信頼性経験の大半を占める修理可能系では、系を構成する各部品位置("socket")に次々と部品が入れ替わるため、初回故障の分布よりも時間経過に対する故障発生率のほうが意味を持つ(Source: [[@2012__Wiley__Practical Reliability Engineering - Chapter 13 Analysing Reliability Data]] §13.8.1)。
## ランク付けの罠: IID性を確認せずに寿命データ解析を適用する危険
第3章の確率プロット手法は、データが独立同分布(IID)であることを暗黙に前提とする。修理可能系の故障間隔データは、時系列的な傾向(トレンド)を持つことが多く、これを無視して大きさ順にランク付けしてプロットすると、見かけ上妥当な分布に当てはまってしまい、誤った結論を導く。Example 2.19(第2章§2.15.1)のデータをランク順に並べてワイブル紙にプロットすると見かけ上の指数分布(一定ハザード率)が得られるが、同じデータを発生順(時系列順)にプロットすると明確な増加傾向が現れる。データが時系列順に並べ替えられランキングされた時点で、トレンド情報はすべて失われる。適切な手法はランク付けではなく、時系列(トレンド)解析である(Source: [[@2012__Wiley__Practical Reliability Engineering - Chapter 13 Analysing Reliability Data]] §13.8.1)。
## Socketモデルと多重socket系
修理可能系は、故障のたびに部品が交換される複数の"socket"(部品位置)の集合とみなせる。各socketは独立に減少型・一定型・増加型の故障傾向を持ちうる(第2章のcentroid test、トレンド統計量$U$で判定。$U$が負なら「happy」socket=故障間隔が延びる、正なら「sad」socket=故障間隔が縮む)。系全体の合成故障率は、多くの部品が少なくとも一度交換された後には個々のsocketの傾向によらず定数値に収束する傾向があるが、この収束が起こる時間スケールは通常システムの期待寿命をはるかに超える。これが、定数故障率(CFR)の仮定が広く使われてきた主な理由の一つであり、また部品のハザード率とシステムの故障率が混同されてきた理由でもある(Source: [[@2012__Wiley__Practical Reliability Engineering - Chapter 13 Analysing Reliability Data]] §13.8.2)。
部品の故障時刻がIID指数分布に従う(系列系、第6章)場合、系はCFRを持ち、その値は各部品の平均故障間隔の逆数の総和になる($\lambda_s=\sum 1/\bar{x}_i$)。しかし、Ascher and Feingold (1984) は、この仮定を疑うべき理由を14項目挙げている。主な論点は、(1) 重要な故障モードの多くは時間とともに故障確率が増加する摩耗故障であること、(2) ある部品の故障・修理が他部品に損傷を与え独立性を崩すこと、(3) 修理はしばしば系を「新品同様」に戻さない(部分的な修復にとどまる)こと、(4) 交換部品が元の部品と同じ母集団から抽出されているとは限らないこと、(5) オーバーホール直後に故障率が上昇する傾向があること、(6) 報告される故障データには人的バイアスがかかりやすいこと、などである(Source: [[@2012__Wiley__Practical Reliability Engineering - Chapter 13 Analysing Reliability Data]] §13.8.2)。
バスエンジンの逐次故障データ(Ascher and Feingold, 1984より; Example 13.5)は、1回目から5回目の故障までの平均走行距離が94,000マイルから33,000マイルへと単調に減少することを示し、「修理は新品同様の状態に系を戻さない」ことを実証する。5回の修理を経てもなお定常状態には達していない(Source: [[@2012__Wiley__Practical Reliability Engineering - Chapter 13 Analysing Reliability Data]] §13.8.2, Example 13.5)。
## CUSUMチャート
CUSUM(cumulative sum)チャートは、測定値そのものではなく目標値からの累積偏差をプロットするグラフ手法である。通常のランチャート(測定値をサンプル番号に対してプロット)よりも傾きの変化を鋭敏に検出でき、トレンドの変化点を視覚的に把握しやすい。品質管理・信頼性のトレンド監視に広く使われ、目標値が改善された場合はCUSUMを新しい目標値で再スタートできる(Source: [[@2012__Wiley__Practical Reliability Engineering - Chapter 13 Analysing Reliability Data]] §13.9)。
## 探索的データ解析(EDA)と比例ハザードモデル(PHM)
探索的データ解析(EDA)は、故障の時系列データとオーバーホール間隔・季節変化・使用パターンなどの説明変数との関連をグラフで探る手法である。オーバーホール直後に故障がクラスタリングする現象が観測されれば、オーバーホール作業の品質自体が信頼性を損なっている可能性を示唆する。比例ハザードモデル(PHM)はEDAの数学的拡張で、ベースラインハザード率 $\lambda_0(t)$ に共変量 $Z_1,\dots,Z_k$ の乗法的効果を掛け合わせて故障率をモデル化する($\lambda(t;Z_1,\dots,Z_k)=\lambda_0(t)\exp(\beta_1 Z_1+\cdots+\beta_k Z_k)$)。標準回帰分析・分散分析が仮定する加法的効果とは異なり乗法的効果を仮定する点が特徴で、修理可能・修理不能いずれの故障データにも適用できるが、パラメータ推定には反復計算を要する専門ソフトウェアが必要である(Source: [[@2012__Wiley__Practical Reliability Engineering - Chapter 13 Analysing Reliability Data]] §13.10, 式13.15)。
## 更新理論によるROCOFの解析的導出(知識モデルと行動モデル)
[[@1996__McGrawHill__Handbook of Software Reliability Engineering - Chapter 2 Software Reliability and System Reliability]] §2.4.3 は、ROCOF(rate of occurrence of failures)$h(t)$ を更新理論(renewal theory)の非定常過程への一般化として解析的に導出する。修理後もシステムが新品同様に戻らない一般のケースでは、$n$番目の故障の生起時刻の分布 $\phi_n(t)$ は各版(version)の故障時間分布の畳み込み(convolution)として表され(式2.12)、$H(t)=E[N(t)]=\sum_n \Phi_n(t)$、$h(t)=dH(t)/dt=\sum_n\phi_n(t)$(式2.13)という一般式が得られる。この一般式は、更新理論の分野で「更新関数(renewal function)」「更新密度(renewal density)」と呼ばれる量に対応する非定常過程版であり、故障時間分布が版によらず同一なら古典的な更新過程(定常過程)に一致する。
この一般式から著者らは「知識モデル(knowledge model)」と「行動モデル(action model)」という2分類を導入する。知識モデルは更新理論から厳密に導かれるが、複雑すぎて実務の予測には使えない。文献上の信頼性成長モデル(Jelinski-Moranda、Musa-Okumoto、Goel-Okumoto NHPP等)はすべて行動モデルであり、制約の強い仮定(故障率の決定論的な関係、非斉次ポアソン過程としての定式化等)のもとで実務向けに単純化されている。この分類基準に沿って、行動モデルはさらに(1)連続する故障率間の関係に着目する「故障率モデル」と、(2)故障過程そのもの(通常NHPP)に着目する「故障強度モデル」に分けられる(Source: [[@1996__McGrawHill__Handbook of Software Reliability Engineering - Chapter 2 Software Reliability and System Reliability]] §2.4.3)。
## 横断的知見
- **本概念が集約する第13章のROCOF解析は主に経験的・統計的(トレンド統計量$U$、centroid test)であるのに対し、Laprie&Kanounは同じROCOFを更新理論から解析的に導出し、「なぜ経験的なトレンド解析が必要になるか」を理論側から裏付ける**: [[@2012__Wiley__Practical Reliability Engineering - Chapter 13 Analysing Reliability Data]] §13.8 はROCOFを経験的なデータ解析の対象として扱い、IID性の検証やトレンド統計量による判定を主眼とする。[[@1996__McGrawHill__Handbook of Software Reliability Engineering - Chapter 2 Software Reliability and System Reliability]] §2.4.3 は同じROCOFを更新理論の解析的枠組みから導出し(式2.12-2.13)、その厳密な一般式(知識モデル)が複雑すぎて実務予測には使えないことを明示的に示す。この知識モデルの複雑性こそが、第13章が採る経験的アプローチ(データから傾向を読み取り、簡略化された行動モデルへ落とし込む)が必要とされる理論的な理由であり、両者は「なぜ理論的に厳密なROCOFモデルではなく経験的なトレンド解析が実務で使われるのか」という問いに対して、独立に補い合う回答を与えている。(Source: [[@2012__Wiley__Practical Reliability Engineering - Chapter 13 Analysing Reliability Data]] §13.8, [[@1996__McGrawHill__Handbook of Software Reliability Engineering - Chapter 2 Software Reliability and System Reliability]] §2.4.3)
- **Ascher and Feingoldの「修理は系を新品同様に戻さない」という知見と、Laprie&Kanounの「安定信頼性/信頼性成長/信頼性低下」という3分類は、同じ現象を異なる粒度で記述する**: [[@2012__Wiley__Practical Reliability Engineering - Chapter 13 Analysing Reliability Data]] §13.8.2 が引くバスエンジンの逐次故障データ(Example 13.5)は、5回の修理を経ても定常状態に達しないことを実証的に示す。[[@1996__McGrawHill__Handbook of Software Reliability Engineering - Chapter 2 Software Reliability and System Reliability]] §2.4.1 は、この「修理後の系の状態が変化し続ける」現象を、restoration の性質に応じた3分類(stable reliability: 修理後に版が変化しない/reliability growth: 設計障害が除去され改善する/reliability decrease: 新たな障害の混入等で悪化する)として理論的に整理する。Ascher&Feingoldの14の実証的な理由(部品の非独立性、不完全な修理、オーバーホール直後の故障率上昇等)は、Laprie&Kanounの分類でいえば「信頼性成長」と「信頼性低下」が同一システムの寿命内で交互に起こりうることの実務的な裏付けになっている。(Source: [[@2012__Wiley__Practical Reliability Engineering - Chapter 13 Analysing Reliability Data]] §13.8.2, [[@1996__McGrawHill__Handbook of Software Reliability Engineering - Chapter 2 Software Reliability and System Reliability]] §2.4.1)
- **第1章がハザード率とROCOFを「同じ形の曲線だが縦軸の意味が異なる」概念として区別するにとどめたのに対し、第13章§13.8はこの区別を解析手法のレベルで具体化する**: [[バスタブ曲線]] concept が指摘する「修理不能品のハザード率バスタブ曲線と修理可能品のROCOFバスタブ曲線の関係は本書内では数式的に接続されない」という未解決点について、第13章はこれを数式で接続するのではなく、**解析手法を完全に切り替えるべきだ**という立場を取ることが分かる。すなわち修理可能系のデータに寿命データ解析(第3章、ランク付け・確率プロット)を適用することは、IID性を暗黙に仮定する誤りであり、正しくは時系列解析・ROCOF・トレンド統計量($U$)を使うべきとされる。第1章の「縦軸が違う」という定性的な区別は、第13章では「使うべき解析手法が違う」という実務的な帰結にまで展開されている(Source: [[@2012__Wiley__Practical Reliability Engineering - Chapter 1 Introduction to Reliability Engineering]] §1.6, §1.7, [[@2012__Wiley__Practical Reliability Engineering - Chapter 13 Analysing Reliability Data]] §13.8.1)。
- **寿命データ解析(第3章)が確率プロットの前提とするIID性は、修理可能系のデータでは自明に成り立たない**: 第3章はデータの完全性・打ち切りの有無を扱う枠組みを与えるが、データが時間的に独立同分布であることまでは検証しない。第13章§13.8.1のExample 2.19の実例は、この前提の検証を怠ると同じデータから正反対の結論(一定ハザード率 対 増加するROCOF)が得られることを具体的に示す。両章は独立した検証対象を扱っており、寿命データ解析を適用する前にIID性の確認(centroid test等)を行うべきという手続き上の順序が、第13章によって遡及的に要請される(Source: [[@2012__Wiley__Practical Reliability Engineering - Chapter 3 Life Data Analysis and Probability Plotting]] §3.2, [[@2012__Wiley__Practical Reliability Engineering - Chapter 13 Analysing Reliability Data]] §13.8.1)。
## 未解決の問い
- Ascher and Feingoldの14の理由のうち、定量的な影響度(どの理由がCFR仮定からの乖離に最も寄与するか)は本章では順序づけられていない。
- CUSUMチャートの目標値再設定のタイミング・サンプルサイズ・軸のスケーリングは「状況次第」とされ、具体的な意思決定基準は示されていない(BS 5703への参照のみ)。
- 比例ハザードモデル(PHM)のパラメータ推定に必要な反復計算の具体的な手法(最尤推定の詳細)は、Kalbfleisch and Prentice (2002) への参照に留まり、本書内では展開されていない。
- socket間の故障率が定数に収束する「通常システムの期待寿命をはるかに超える時間スケール」が具体的にどの程度か(部品数・故障率のオーダーとの関係)は本章に定量的な目安がない。
- Laprie&Kanounの知識モデル(式2.12-2.13)は $X_{j,i}$(故障間隔)の版内での確率的独立性を仮定して導出されるが、第13章§13.8.2のAscher&Feingoldの指摘(修理・故障の相互依存、共有部品の劣化等)はこの独立性の仮定を経験的に疑わしいとする。独立性を仮定しない一般化された更新理論(半マルコフ過程等)でROCOFを解析的に導出することは可能か、また実務でそれを行う価値はあるか。
## 関連
- ソース: [[@2012__Wiley__Practical Reliability Engineering - Chapter 13 Analysing Reliability Data]] / [[@1996__McGrawHill__Handbook of Software Reliability Engineering - Chapter 2 Software Reliability and System Reliability]]
- 実体: [[Patrick D. T. O'Connor]] / [[Andre Kleyner]] / [[wiki/entities/Practical Reliability Engineering|Practical Reliability Engineering]] / [[Jean-Claude Laprie]] / [[Karama Kanoun]] / [[wiki/entities/Handbook of Software Reliability Engineering|Handbook of Software Reliability Engineering]]
- 関連概念: [[バスタブ曲線]](ハザード率とROCOFの区別の起点) / [[寿命データ解析]](修理不能品向けの解析手法との対比) / [[保証データ解析]](保証データを修理可能系として解析する際の理論的背景) / [[障害傾向分析]](ソフトウェア運用領域での類似する時系列トレンド分析) / [[ディペンダビリティ]]
## 出典
- P. D. T. O'Connor and A. Kleyner, *Practical Reliability Engineering*, 5th ed., Wiley, 2012, Chapter 13, §13.8, §13.9, §13.10.
- Jean-Claude Laprie and Karama Kanoun, "Software Reliability and System Reliability", in *Handbook of Software Reliability Engineering*, IEEE CS Press / McGraw-Hill, 1996, Chapter 2, §2.4.1, §2.4.3.