# 保守性 ## 定義 保守性(maintainability)とは、システムの修理やその他の保守作業がどれだけ容易に実施できるかを表す性質である。保守されるシステムは是正保全(corrective maintenance, CM)と予防保全(preventive maintenance, PM)の対象になる。是正保全はシステムを故障状態から動作・利用可能状態へ戻すすべての行動を指し、その量は信頼性によって決まる。是正保全行動は通常計画できず、故障が起きたときに対応せざるを得ない(ただし修理を延期できる場合もある)。保守性は可用性に直接影響する。修理と定期予防保全のいずれもシステムを利用可能状態から除外するため、信頼性と保守性は互いに影響し合いながら、両者がともに可用性とコストを規定する(Source: [[@2012__Wiley__Practical Reliability Engineering - Chapter 16 Maintainability, Maintenance and Availability]] §16.1)。 ## 是正保全時間の分解とMTTR 是正保全は平均修理時間(mean time to repair, MTTR)で定量化される。ただし修理時間は単一の作業ではなく、通常次の3群に分けられる。 1. 準備時間: 担当者を見つける、移動する、工具・試験機材を用意するなど。 2. 実作業時間(active maintenance time): 実際の作業。修理チャートの検討や、修理完了の検証も含む。 3. 遅延(兵站)時間: 部品交換の待ち時間など、作業開始後に生じる待機。 実作業時間には、修理後の文書作成(航空機のように、機体を利用可能にする前に完了させる必要がある場合)の時間も含みうる。設計者が影響を与えられるのは実作業時間(文書作成を除く)だけであるため、是正保全は平均実作業修理時間(mean active repair time, MART)または平均実作業是正保全時間(mean active corrective maintenance time, MACMT)としても規定される(Source: [[@2012__Wiley__Practical Reliability Engineering - Chapter 16 Maintainability, Maintenance and Availability]] §16.1)。 ## 保守時間分布 保守時間は対数正規分布に従う傾向がある。これはデータ分析によって示されているほか、経験・直感とも整合する。すなわち、作業やその集合には迅速に終わる場合もあるが、通常より大幅に速く終わることは相対的にまれである一方、問題が発生して通常より大幅に時間がかかることは相対的に起こりやすい。この非対称性が修理時間分布を右に歪ませる。ジョブごとのばらつきに加えて、経験レベルの異なる技術者が同時に作業する場合などは学習に由来するばらつきも重なる。ただし平均時間・分散はいずれも経験・訓練の蓄積とともに減少する(Source: [[@2012__Wiley__Practical Reliability Engineering - Chapter 16 Maintainability, Maintenance and Availability]] §16.3)。対数正規分布そのものの性質は第2章で扱われる。 ## 「不具合再現せず」(No Fault Found) 電子システムで報告される故障の相当な割合は、後の試験で確認されない。これは「不具合再現せず」(No Fault Found, NFF)、再試験OK(re-test OK, RTOK)などと呼ばれ、No Trouble Found(NTF)、Customer Complaint Not Verified(CCNV)という呼び方もある。原因には間欠故障、公差の影響でシステムや環境によって挙動が変わること、コネクタの不具合(ユニット交換時にコネクタが乱されることで実際にはコネクタ側が原因だったのに解消したように見える)、組込み試験(BIT)による誤検知、誤診断・誤修理により症状が再発すること、現場試験と修理拠点の試験基準の不整合、ヒューマンエラー、診断のあいまいさから複数ユニットを同時交換することなどがある。この割合はしばしば50%を超え、80%に達することもあり、保証・予備品・サポート・試験設備のコストを押し上げる。設計段階での現場試験の考慮や診断・修理運用の効果的な管理によって最小化でき、修理品へのストレススクリーニングも誤診断・誤修理由来の故障割合を減らしうる(Source: [[@2012__Wiley__Practical Reliability Engineering - Chapter 16 Maintainability, Maintenance and Availability]] §16.7.3)。 ## 組込み試験(BIT) 複雑な電子システム(試験機器、アビオニクス、通信網、プロセス制御系など)にはしばしば組込み試験(built-in test, BIT)機能が組み込まれる。BITは機能試験を実施する追加のハードウェア・ソフトウェアであり、操作者が起動する場合もあれば、連続的または一定間隔で自律的に監視する場合もある。BITはシステムの可用性やユーザーの信頼を高めるのに有効である一方、複雑さとコストを不可避的に増やし、それ自体が故障確率を高めうる。追加のセンサが必要になる場合もあるが、マイクロプロセッサ制御系ではBITの多くをソフトウェアで実装できる。BITは自身の構成要素(センサ・接続など)の故障により、実際には故障していないシステムを誤って故障状態と表示することもあり、見かけ上の信頼性を悪化させうる。したがってBITは単純に保ち、他の手段では容易に監視できない必須機能の監視に限定すべきである。BIT性能は仕様化されることもあり(例:「故障の90%をBITが検出・正しく診断できること」)、FMECAはBIT要求に照らして設計を検証する際に有用である(Source: [[@2012__Wiley__Practical Reliability Engineering - Chapter 16 Maintainability, Maintenance and Availability]] §16.7.5)。 ## ソフトウェアの位置づけ ソフトウェアはハードウェアのようには故障しないため「保守」という概念自体が本来は成立しない。プログラムを変更する必要が生じた場合(システム要求の変化、ソフトウェア障害の修正など)、それは修理ではなく再設計であり、使用中の全コピーに変更が反映される限り、それらは変更後も同一に動作し続ける(Source: [[@2012__Wiley__Practical Reliability Engineering - Chapter 16 Maintainability, Maintenance and Availability]] §16.7.4)。 ## 保守性の予測と実証 保守性予測は、計画・非計画の保守によって生じる保全作業量を見積もる作業である。標準的な手法はUS MIL-HDBK-472であり、MTTRを予測する4つの方法を含む。最も頻用される方法IIは、個々の故障モードの予想修理時間trと故障率λの積を合計し、故障率λの合計で割ることでMTTRを求める(MTTR=Σ(λtr)/Σλ)。同じアプローチをλを予防保全行動の発生頻度に置き換えて予防保全時間の予測にも用いる。MIL-HDBK-472はアクセスのしやすさや要求される技量水準といった設計上の考慮事項に基づき個々の作業時間を予測する手法や、解析の計算・文書化手順、複雑なシステムで全保全活動を検討することが非現実的な場合にサンプリングに基づいて保全タスクを選定する手順(方法III)も定める(Source: [[@2012__Wiley__Practical Reliability Engineering - Chapter 16 Maintainability, Maintenance and Availability]] §16.9)。 保守性実証の標準的手法はMIL-HDBK-470であり、MIL-HDBK-472の方法IIIと同じ技法を用いるが、個々の作業時間を設計から見積もるのではなく実測する点が異なる。実証する作業時間の選定は合意によるか、保全活動リストからのランダム選定による(Source: [[@2012__Wiley__Practical Reliability Engineering - Chapter 16 Maintainability, Maintenance and Availability]] §16.10)。 ## 保守性のための設計 保全対象システムは、保全タスクを容易に実施でき、診断・修理・計画保全に要求される技量水準が高すぎないように設計されるべきである。アクセス・取り扱いのしやすさ、特殊工具でなく標準工具・標準機材の使用、微妙な調整や校正の必要性の排除といった特徴が望ましい。実務上可能な限り、計画保全そのものの必要性を排除すべきである。設計者は保全担当者の技量そのものは制御できないが、システム固有の保守性には直接影響できる。設計ルールやチェックリストは、関連システムの経験に基づき、保守性のための設計と設計レビューチームの指針となるべきである。 保守性のための設計は生産のしやすさのための設計と密接に関連する。組み立て・試験がしやすい製品は保全もしやすいことが多い。電子回路の可試験性のための設計(第9章)は診断の容易さ・正確さを大きく左右するため特に重要である。互換性(interchangeability)、すなわち交換部品・組立品を交換後に調整・再校正が不要になるよう設計すること、そのためにインタフェース公差を規定して交換ユニットの互換性を確保することも、修理可能システムの保守しやすさの重要な側面である(Source: [[@2012__Wiley__Practical Reliability Engineering - Chapter 16 Maintainability, Maintenance and Availability]] §16.11)。 統合ロジスティクスサポート(integrated logistic support, ILS)は軍で developed された、設計と支援・保全計画のすべての側面を統合し、運用効果・可用性・配備と支援の総コストを最適化する枠組みである。ILSと兵站支援解析(logistic support analysis, LSA)は信頼性・保守性のデータと予測、コスト・重量・特殊工具・試験機材・訓練要求などのデータを入力とする。ILS/LSAの出力は入力の精度に強く依存し、特に信頼性予測(第6章)は大きな不確実性を伴いうるため、この不確実性を十分に踏まえた分析・意思決定が必要である(Source: [[@2012__Wiley__Practical Reliability Engineering - Chapter 16 Maintainability, Maintenance and Availability]] §16.12)。 ## 横断的知見 - **FMECAは信頼性設計だけでなく保守性設計・保全計画にも共通する入力である**: [[FMECA]] は第7章では設計信頼性解析手法として、致命度数の算出や診断ルーチン・BIT要求の設計への活用が記述される。第16章はこれと独立に、FMECAが保全計画の「必須の入力」であること、および組込み試験(BIT)要求に照らした設計検証にFMECAが有用であることを述べており、両章を突き合わせると、FMECAは「設計段階で故障モードを洗い出す解析」であると同時に「その洗い出し結果を保全計画・診断設計・BIT設計という下流の意思決定へ橋渡しする共通基盤」として機能していることがわかる。第7章はFMECAの実施手順・視点そのものに焦点を当てるのに対し、第16章はFMECAの出力を保全方針の決定にどう使うかという利用側に焦点を当てており、相補的である(Source: [[FMECA]], [[@2012__Wiley__Practical Reliability Engineering - Chapter 16 Maintainability, Maintenance and Availability]] §16.5, §16.7.5)。 ## 未解決の問い - BITはシステムの可用性を高めうる一方、それ自体の複雑さが信頼性を下げうるというトレードオフが述べられるが、この最適点(どこまでBITを追加すべきか)を定量的に決める手順は本章では示されていない。 - NFF(不具合再現せず)の割合が50〜80%に達しうるという記述は電子システムを念頭に置いているが、機械系・ソフトウェア系でのNFFに相当する現象(誤診断・過剰交換)がどの程度起こりうるかは本章では扱われていない。 - MIL-HDBK-472のMTTR予測式(Σ(λtr)/Σλ)は個々の故障モードの故障率λと修理時間trの独立性を暗黙に仮定しているように読めるが、複数の故障モードが同時に発生する場合の扱いは本章では示されていない。 ## 関連 - 概念: [[可用性]] / [[予防保守]] / [[FMECA]] / [[故障の木解析]] - 実体: [[Patrick D. T. O'Connor]] / [[Andre Kleyner]] - ソース: [[@2012__Wiley__Practical Reliability Engineering - Chapter 16 Maintainability, Maintenance and Availability]] - 書籍: [[wiki/entities/Practical Reliability Engineering|Practical Reliability Engineering]] ## 出典 - P. D. T. O'Connor and A. Kleyner, *Practical Reliability Engineering*, 5th ed., Wiley, 2012, Chapter 16 §16.1, §16.3, §16.7.3-§16.7.5, §16.9-§16.12.