# 予防保守
## 定義
予防保全(preventive maintenance, PM)とは、故障の発生を未然に防ぐことでシステムを稼働・利用可能状態に保つ保全行動である。清掃・潤滑などのサービシングや、亀裂検知・校正などの、初期段階の故障(incipient failure)を発見し是正するための点検を含む。予防保全は信頼性に直接影響し、計画可能であり、実施したいタイミングで実施できる点で、故障発生後に対応せざるを得ない是正保全(corrective maintenance)と対照的である。予防保全は、規定された保全タスクを実施するのに要する時間と、その実施頻度によって測定される(Source: [[@2012__Wiley__Practical Reliability Engineering - Chapter 16 Maintainability, Maintenance and Availability]] §16.1)。
## 予防保全の有効性を規定するハザード率の傾向
予防保全の有効性と経済性は、対象部品の時間対故障分布と、システムの故障率傾向を考慮することで最大化できる。この関係は理論的に次のように整理される。
- 部品が**減少するハザード率**を持つ場合、いかなる交換も故障確率を増加させる。
- ハザード率が**一定**の場合、交換は故障確率に何の違いも生まない。
- 部品が**増加するハザード率**を持つ場合、任意の時点での計画交換は理論上システムの信頼性を改善する。
- さらに部品が無故障寿命(3パラメータワイブル分布の位置パラメータγに相当する、有限の期間)を持ち、それが交換間隔mより長い場合、その時間内に交換すれば故障確率を理論上ゼロにできる。
ただしこれらは理論的考察にすぎない。交換行為自体が新たな不具合を持ち込まないこと、時間対故障分布が正確に定義されていることを前提としており、この前提は無条件に置いてはならない(第2章・第6章参照)。それでも、予防保全戦略を立てる際に対象部品の時間対故障分布を考慮することは明らかに重要である(Source: [[@2012__Wiley__Practical Reliability Engineering - Chapter 16 Maintainability, Maintenance and Availability]] §16.4)。
交換行動そのものが信頼性に与える影響も併せて考慮する必要がある。例えば高圧油圧ホースが無故障寿命ののち増加ハザード率を示す(ホース漏れの観点で)というデータがあれば、無故障寿命の80%程度で交換する方針が妥当でありうる。しかし交換行為が継手からの漏れ確率を増加させるなら、故障時交換の方が経済的な場合もある。故障の影響(システムへの影響、停止・修理のコスト)も併せて考慮する必要があり、白熱灯・蛍光灯ユニットの交換戦略のように、オフィスや街灯のような大規模設置では期待故障割合に達する前に一括で計画交換する方が安く、家庭では故障時交換のみとするのが妥当、という具合にコストの観点から最適化されるべきである(Source: [[@2012__Wiley__Practical Reliability Engineering - Chapter 16 Maintainability, Maintenance and Availability]] §16.4)。
## 予防交換の最適化に必要な情報とRCM
予防交換を最適化するには、部品ごとに次を把握する必要がある。
1. 主要故障モードの時間対故障分布パラメータ
2. 全故障モードの影響
3. 故障のコスト
4. 計画交換のコスト
5. 保全行動が信頼性に与えそうな影響
さらに予兆検知(incipient failureの検出、点検や非破壊試験など)が可能な部品では、次も必要になる。
6. 欠陥が故障に至るまでの進行速度
7. 点検・試験のコスト
このうち2(全故障モードの影響)から、**FMECAは保全計画への必須の入力**である。信頼性の側面を考慮したこの体系的な保全計画アプローチは信頼性中心保守(reliability centred maintenance, RCM)と呼ばれる。RCMは航空機・工場設備などで広く適用されており、Moubray(1999)、Bloom(2005)などの文献があり、RCM専用ソフトウェアも存在する(Source: [[@2012__Wiley__Practical Reliability Engineering - Chapter 16 Maintainability, Maintenance and Availability]] §16.4)。
## Example 16.2: 交換間隔のコスト最適化
ロボット組立ラインの可撓ケーブルの時間対故障分布がワイブル分布(β=1.7, η=300h, γ=150h)に従う場合の例が示される。稼働中の故障によるライン停止・ケーブル交換のコストは$5,000、計画保全時の交換コストは$500。ラインは年間5,000時間稼働し、計画保全は毎週(100時間ごと)実施されるとする。1週間隔・2週間隔での年間期待コストを計算すると、100h間隔(週次、50回交換、期待故障0回)で$25,000、200h間隔(隔週、25回交換、期待故障1.2回)で$18,304、400h間隔(4週、12回交換、期待故障6.5回)で$38,735となり、隔週交換が最も経済的という結果になる。これは若干の故障リスクを取る方針であり、より詳細な保全方針(直前に故障交換されたケーブルは次の計画保全で交換しない、等)を考慮するにはモンテカルロシミュレーション(第4章)による、より完全な解析が必要になるとされる(Source: [[@2012__Wiley__Practical Reliability Engineering - Chapter 16 Maintainability, Maintenance and Availability]] §16.4、Example 16.2)。
## 実務上の含意: 電子系と機械系の非対称性
時間対故障パターンが、対象部品にとって最適な保全方針を大きく左右する。大半の電子部品は摩耗しないため、定期試験・定期交換は信頼性を改善せず、むしろ(実際または見かけ上の)故障を誘発しやすい。電子機器はパラメータのドリフトなどにより仕様外動作がユーザーに気づかれずに起こりうる場合を除き、定期試験・校正の対象とすべきではない。組込み試験(built-in test)や自動校正は定期試験の必要性を減らす、または不要にする。これに対し、摩耗・腐食・疲労を受ける機械系設備は予防保全の対象として検討すべきである(Source: [[@2012__Wiley__Practical Reliability Engineering - Chapter 16 Maintainability, Maintenance and Availability]] §16.4.1)。
この非対称性は監視技術にも表れる。機械系の監視手法には非破壊試験(NDT、疲労亀裂検出)、軸受・歯車・エンジン等の温度・振動モニタ、潤滑・油圧系の摩耗検出のための油分析がある。電子部品・組立品は腐食などの環境から保護されている限り経年劣化しにくく、摩耗・疲労もほとんど生じないため、顕著な摩耗期を持たないことが多く、校正を除けば定期試験はほとんど適切でない(Source: [[@2012__Wiley__Practical Reliability Engineering - Chapter 16 Maintainability, Maintenance and Availability]] §16.7.1, §16.7.2)。
## FMECA・FTAと保全計画
FMECAは効果的な保全計画・保守性解析の重要な前提条件である。故障モードの影響(コスト・安全上の含意・検出可能性)は計画保全要求を決める際に考慮しなければならない。FMECAは、故障症状の原因をFMECAの結果から遡って追跡できるため、診断手順やチェックリストの準備にも有用な入力になる。故障の木解析(FTA)が実施済みであれば、同様の目的に使うことができる(Source: [[@2012__Wiley__Practical Reliability Engineering - Chapter 16 Maintainability, Maintenance and Availability]] §16.5)。
## 保全スケジュールの基準選び
保全活動の間隔を決める際は、対象の利用状況を最もよく反映する基準を選ぶ必要がある。典型的な基準は対象によって異なる。
- 道路・鉄道車両: 走行距離
- 航空機: 飛行時間、離着陸回数
- 電子機器: 稼働時間、オンオフ回数
- 工場設備・通信網・鉄道インフラなどの固定系: 暦時間
最も適切な基準は、劣化要因(摩耗・疲労・パラメータ変化など)の利用状況を最もよく反映し、かつ実際に計測されているものである。例えば自動車の走行距離は劣化の大部分と関連するため計測される。一方、測定器の校正スケジュールは、稼働時間の自動または手動記録が維持されていない限り稼働時間ベースでは意味がなく、通常は暦ベースで設定される(Source: [[@2012__Wiley__Practical Reliability Engineering - Chapter 16 Maintainability, Maintenance and Availability]] §16.6)。
## 校正
校正(calibration)は、物理パラメータを測定する機器を標準源と比較する定期的な点検・試験である。マイクロメータ・ゲージ・分銅・トルクレンチのような基本測定工具や、流量・電位・電流・抵抗・周波数などを測定する変換器・計測器に適用される。校正には単純な比較(重量、時刻など)から、より複雑な試験(無線周波数、エンジントルクなど)までが含まれる。校正の要否は主に用途と、通常使用中に不正確さが顕在化するかどうかに依存する。製造で使用する計測器は正しい測定を保証するために校正すべきであり、食品・医薬品の生産・包装、小売、安全上重要な工程などでは法的要求になっていることが多い(Source: [[@2012__Wiley__Practical Reliability Engineering - Chapter 16 Maintainability, Maintenance and Availability]] §16.8)。
## 横断的知見
- **バスタブ曲線のハザード率パターンが、予防保全の有効・無効を理論的に決定する判断基準として使われる**: [[バスタブ曲線]]は第1章の知見として、修理不能品のハザード率が減少・一定・増加のいずれかのパターンを取ることを示す(§1.6)。第16章はこの3パターンをそのまま予防保全の意思決定に接続し、減少ハザード率の部品への計画交換は故障確率を増加させ、一定ハザード率では効果がなく、増加ハザード率でのみ理論上の改善効果を持つ、と述べる。バスタブ曲線が「電子部品の多くは減少ハザード率(初期不良期)を示し、機械部品の摩耗故障は増加ハザード率を示す」という含意を持つことと、第16章が「電子部品には定期交換が無意味で、摩耗を受ける機械部品には予防保全が有効」と述べることは整合しており、両章を合わせて読むと、バスタブ曲線という故障パターンの分類が、実務における予防保全の適用可否を判定する具体的な基準として機能していることがわかる(Source: [[@2012__Wiley__Practical Reliability Engineering - Chapter 1 Introduction to Reliability Engineering]] §1.6, [[@2012__Wiley__Practical Reliability Engineering - Chapter 16 Maintainability, Maintenance and Availability]] §16.4, §16.4.1)。
## 未解決の問い
- 「有限の無故障寿命を持つ部品は交換間隔内に交換すれば故障確率を理論上ゼロにできる」という主張(§16.4、図16.2)は、無故障寿命(ワイブル位置パラメータγ)の推定誤差がある場合にどの程度頑健か、本章では扱われていない。
- Example 16.2のコスト最適化は交換間隔内に故障が高々1回しか起きないことを仮定しているが、この仮定が崩れる高頻度故障の場合にモンテカルロシミュレーション(第4章)でどう扱うかの具体例は本章にない。
- RCMの手法自体(Moubray 1999、Bloom 2005)の詳細な適用手順は本章では要約されておらず、参考文献に委ねられている。
## 関連
- 概念: [[保守性]] / [[可用性]] / [[バスタブ曲線]] / [[FMECA]] / [[故障の木解析]]
- 実体: [[Patrick D. T. O'Connor]] / [[Andre Kleyner]]
- ソース: [[@2012__Wiley__Practical Reliability Engineering - Chapter 16 Maintainability, Maintenance and Availability]]
- 書籍: [[wiki/entities/Practical Reliability Engineering|Practical Reliability Engineering]]
## 出典
- P. D. T. O'Connor and A. Kleyner, *Practical Reliability Engineering*, 5th ed., Wiley, 2012, Chapter 16 §16.4-§16.8.