# ワイブル分布
## 定義
ワイブル分布(Weibull distribution)は、信頼性工学でもっとも広く使われる寿命分布である。時間$t$を変数とする確率密度関数(pdf)は
$f(t) = \frac{\beta}{\eta}\left(\frac{t}{\eta}\right)^{\beta-1}\exp\left[-\left(\frac{t}{\eta}\right)^{\beta}\right] \quad (t \ge 0)$
で与えられ、対応する信頼度関数は
$R(t) = \exp\left[-\left(\frac{t}{\eta}\right)^{\beta}\right]$
ハザード関数は
$h(t) = \frac{\beta}{\eta^{\beta}}t^{\beta-1}$
である。$\beta$は形状パラメータ(shape parameter)、$\eta$は尺度パラメータ(scale parameter)、あるいは特性寿命(characteristic life)と呼ばれる。$\eta$は式の$t=\eta$を代入すると$R(\eta)=\exp(-1)\approx0.368$、すなわち母集団の63.2%が故障している時点の寿命に一致する。故障が$t=0$から始まらず有限時間$\gamma$を経てから始まる場合は、位置パラメータ(location parameter、あるいは最小寿命)$\gamma$を加えた3パラメータ版
$R(t) = \exp\left[-\left(\frac{t-\gamma}{\eta}\right)^{\beta}\right]$
を用いる(Source: [[@2012__Wiley__Practical Reliability Engineering - Chapter 2 Reliability Mathematics]] §2.6.6)。
### 形状パラメータβの意味とハザード率
ワイブル分布の最大の特徴は、形状パラメータ$\beta$を変えるだけで減少・一定・増加のハザード率をすべて連続的に表現できる点にある。
- $\beta<1$: ハザード率が時間とともに減少する(初期故障・早期故障に対応)。
- $\beta=1$: ハザード率が一定になり、指数分布の信頼度関数$R(t)=\exp(-\lambda t)$(尺度パラメータ$\eta=1/\lambda=$平均寿命)に一致する。すなわち**指数分布はワイブル分布の$\beta=1$の特殊ケース**である。
- $\beta>1$: ハザード率が時間とともに増加する(摩耗故障・経年劣化に対応)。
- $\beta\approx3.5$: 分布形状が正規分布に近似する。
このように、バスタブ曲線の初期故障期・偶発故障期・摩耗故障期のいずれの区間も、ワイブル分布の$\beta$を調整するだけで単一の数式族の中で表現できることが、信頼性工学でワイブル分布が多用される主な理由である(Source: [[@2012__Wiley__Practical Reliability Engineering - Chapter 2 Reliability Mathematics]] §2.6.6)。
### 極値分布としての位置づけ
ワイブル分布は数学的には、境界を持つ分布の左裾(最小値側)に関する極値分布のType III(Extreme Value Type III for minimum values)に一致する。経験的に導出された分布であるが、材料強度分布の記述に用いることの妥当性は極値理論によって裏付けられている。多数の部品が直列に接続され、システムのハザード率が$t=0$から減少していく(すなわち下側に境界を持つ)場合、システムの寿命分布のモデルとしてType III(ワイブル)が適した近似になる(Source: [[@2012__Wiley__Practical Reliability Engineering - Chapter 2 Reliability Mathematics]] §2.6.7.3, §2.6.7.4)。
### 確率プロットによる推定と打ち切りデータの扱い
ワイブル分布のパラメータ$\beta$、$\eta$は、実際の寿命データに対して確率プロットで図的に推定する。$F(t)=1-\exp[-(t/\eta)^\beta]$を二重対数変換すると$\ln\ln[1/(1-F(t))]=\beta(\ln t)-\beta\ln\eta$という$Y=\beta X+C$の線形形式になり、メジアンランク(median rank、故障順位に対応する累積確率の50%信頼度推定値)をY軸、故障時刻をX軸としてワイブル確率用紙にプロットすれば、直線の傾きから$\beta$、63.2%不信頼度に対応する時刻から$\eta$を読み取れる。計算機による解析では、Rank Regression(最小二乗法によるX方向またはY方向の距離最小化)とMaximum Likelihood Estimation(MLE、尤度関数の最大化)の2手法が使われ、完全データ・小サンプルではRank Regression、重い/不均一な打ち切りではMLEが有利とされる。母集団の一部が故障に至っていない打ち切りデータ(censored data。右側・区間・左側の3種、詳細は [[寿命データ解析]] を参照)は、故障点のランクを調整することでプロットに組み込める(Source: [[@2012__Wiley__Practical Reliability Engineering - Chapter 3 Life Data Analysis and Probability Plotting]] §3.3, §3.4.1, §3.4.2, §3.5)。
$\beta$の推定値には信頼限界を計算できる(Fisher行列法、尤度比法、ベータ二項法、モンテカルロ法、ベイズ法)。小サンプルでは推定される$\beta$の信頼区間が広くなる点に注意が必要である(Source: [[@2012__Wiley__Practical Reliability Engineering - Chapter 3 Life Data Analysis and Probability Plotting]] §3.6.2)。
故障が$t=0$からでなく有限の最小寿命$\gamma$を経て始まる場合は3パラメータ版を用いるが、ワイブル確率用紙上では直線にならず、手作業ではデータ点を対数軸上でシフトして整列させる操作を要する。3パラメータを選ぶ判断は、データ点数10以上という目安と、故障メカニズムに基づく最小寿命の存在の物理的な正当化を要し、数学的な当てはまりの良さ(適合度)だけを理由にしてはならない(Source: [[@2012__Wiley__Practical Reliability Engineering - Chapter 3 Life Data Analysis and Probability Plotting]] §3.4.3)。
### βの物理的解釈と「工学が数学に優先する」という批判
第2章はβとハザード率の対応(減少・一定・増加)を数学的に定義するが、第3章はこれを実務での診断ヒューリスティックへと具体化する。β<1は初期故障(製造欠陥・未成熟な製品)、β≈1は偶発故障(複数の故障モードの混在、または外部要因による故障を示唆)、β>1は摩耗故障を示す。既知の故障モードには経験的なβの目安があり、はんだ疲労はβ=2.0〜4.0、金属疲労は3.0〜6.0、ボールベアリング故障はβ≈2.0、ゴムVベルトはβ≈2.5、腐食-侵食は3.0〜4.0とされる(Abernethy 2003)。ただしβ>6は加速的な摩耗を示し要注意、β>10は極めて稀であり、打ち切りデータの偏りや少数の故障データ、ステップ式過大ストレス試験の影響を疑うべき水準とされる。すなわち高いβ値は必ずしも物理的な摩耗故障の強い証拠ではなく、データの取得方法自体が生み出す統計的アーティファクトでありうる(Source: [[@2012__Wiley__Practical Reliability Engineering - Chapter 3 Life Data Analysis and Probability Plotting]] §3.4.4, §3.7.3)。
この上で第3章§3.7は、統計的な適合度(ゴウドネス・オブ・フィット)だけで分布を選んではならず、故障モードの物理・製品の成熟度(バスタブ曲線上の位置)・サンプルサイズを合わせて工学的に判断すべきだという「工学が数学に優先する(engineering trumps mathematics)」原則を章全体の結論として掲げる。適合度ランキング(ソフトウェアが自動出力する)は意思決定プロセスの出発点に過ぎず終点ではない、という立場である(Source: [[@2012__Wiley__Practical Reliability Engineering - Chapter 3 Life Data Analysis and Probability Plotting]] §3.7.1, §3.7.3)。
### 加速試験・保証データ解析でのβの診断的な使われ方
第2・3章がβ・ηを単一データセットから推定する手続きを扱うのに対し、第13章はβの値そのものではなく**複数のβを比較する**という別の使い方を示す。加速試験データ解析(§13.7)では、異なるストレス水準(例: 60℃・80℃・100℃)ごとに独立にワイブル分布を当てはめ、得られたワイブル勾配βが水準間でほぼ一定であることを、故障メカニズムが同一であることの簡便な確認手段として使う。Example 13.4では3水準のβがほぼ等しいことをもって故障メカニズムの一貫性を確認したうえで、各水準の尺度パラメータηをアレニウスモデルで温度の関数として結び、実使用温度への外挿を行う。これは第3章がβを「単一データセットの故障モードを診断するための値」として使うのに対し、第13章はβを「複数データセットが同一の故障モードを共有しているかを検証するための値」として使う、異なる角度の応用である(Source: [[@2012__Wiley__Practical Reliability Engineering - Chapter 3 Life Data Analysis and Probability Plotting]] §3.4.4, [[@2012__Wiley__Practical Reliability Engineering - Chapter 13 Analysing Reliability Data]] §13.7, Example 13.4)。
保証データ解析(§13.11)では、ワイブル分布を個々のユニットの故障時刻ではなく、MIS(Month in Service)形式で集計された**月次の累積故障率(%)**に当てはめる(Example 13.6: β=1.11、η=297.9か月)。第3章の確率プロットが個体ごとの故障時刻のランク付けを前提とするのに対し、この当てはめは観測期間が数か月と短く母集団が月ごとに減少していく粗い集計データに対するものであり、著者自身が「暫定的な予測に過ぎない」と留保を付けている(Source: [[@2012__Wiley__Practical Reliability Engineering - Chapter 13 Analysing Reliability Data]] §13.11.3, Example 13.6)。**保証データの性質そのものの詳細は [[保証データ解析]] を参照**。
## 横断的知見
- **第13章は、第3章の個体別打ち切りデータへのワイブル当てはめとは異なる2つの集計的な使い方を示す**: (1) 加速試験データ解析(§13.7)では、β推定値そのものより「複数ストレス水準間でβが一定か」という比較に価値があり、故障メカニズムの一貫性を確認する診断ツールとして使われる。(2) 保証データ解析(§13.11.3)では、個体ごとの打ち切りデータではなく月次集計の累積故障率にワイブルを当てはめており、第3章§3.2が定義する完全データ・打ち切りデータの区別を前提としない、より粗い応用である。いずれも第3章が確立した「確率プロットで$\beta$、$\eta$を推定する」という枠組みを再利用しつつ、入力データの粒度と推定値の使い道を変えている(Source: [[@2012__Wiley__Practical Reliability Engineering - Chapter 3 Life Data Analysis and Probability Plotting]] §3.2, §3.4.4, [[@2012__Wiley__Practical Reliability Engineering - Chapter 13 Analysing Reliability Data]] §13.7, §13.11.3)。
- 第2章§2.6.6はβとハザード率の対応を数学的な性質として定義するにとどまるが、第3章§3.4.4・§3.7.3はこれを実務での診断ヒューリスティック(β<1/≈1/>1の解釈、β>6・β>10の要注意閾値、故障モードごとの経験的β値)へと具体化し、さらに§3.7.3で「適合度だけで分布を選ぶな、工学的知識と合わせて判断せよ」という規範的な結論に発展させる。これは第2章§2.11・§2.17が一般論として述べる「統計的信頼度は工学的信頼と同一ではなく、常に工学的知識に照らして解釈しなければならない」という本書全体の立場が、ワイブル分布の当てはめという具体的な手順のレベルで再確認されたものである(Source: [[@2012__Wiley__Practical Reliability Engineering - Chapter 2 Reliability Mathematics]] §2.11, §2.17, [[@2012__Wiley__Practical Reliability Engineering - Chapter 3 Life Data Analysis and Probability Plotting]] §3.7.3)。
- 第2章は3パラメータワイブル(位置パラメータγ)を式として提示するのみだったが、第3章§3.4.3はγの推定に踏み込み、γが正なら時刻γまでの信頼度は常に100%、負なら潜伏故障(使用開始前の故障)や製造・梱包・出荷工程の問題を示唆すると解釈を与える。ただし3パラメータの採用条件(データ点数10以上、故障メカニズムによる正当化)は工学的判断に依存し、両章とも定量的な統計的基準までは示していない(Source: [[@2012__Wiley__Practical Reliability Engineering - Chapter 2 Reliability Mathematics]] §2.6.6, [[@2012__Wiley__Practical Reliability Engineering - Chapter 3 Life Data Analysis and Probability Plotting]] §3.4.3)。
- 第2・3章がワイブル分布のパラメータ$\beta$、$\eta$を実データから**推定する**方向(確率プロット、Rank Regression、MLE)を扱うのに対し、第4章§4.4.1は逆方向、すなわち既知の$\beta$、$\eta$から**標本を生成する**方向を扱う。逆変換抽出法により2パラメータワイブルは `=(η(-LN(RAND()))^(1/β))`、3パラメータ版は位置パラメータγを加えた `=(η(-LN(RAND()))^(1/β))+γ` というExcel式で乱数生成できる。第4章Example 4.2ではこの式を使って$\beta=2.5$、$\eta=11300\,\mathrm{N}$のワイブル分布に従う力$F$を1000〜10000回サンプリングし、応力$S=F/(AB)$のモンテカルロシミュレーションの入力としている。推定(第2・3章)と生成(第4章)は同じ分布族の表と裏の操作であり、本書ではこの2つの方向が別々の章で扱われている(Source: [[@2012__Wiley__Practical Reliability Engineering - Chapter 3 Life Data Analysis and Probability Plotting]] §3.3-§3.6, [[@2012__Wiley__Practical Reliability Engineering - Chapter 4 Monte Carlo Simulation]] §4.4.1, §4.5)。
## 未解決の問い
- ワイブル分布とガンマ分布(いずれも指数分布を特殊ケースとして含む柔軟な寿命分布)の使い分けの実務的基準は、第2章・第3章のいずれの記述からも明確でない(第3章はガンマ分布の確率プロットに触れていない)。
- 経験的なβの目安(はんだ疲労2.0〜4.0等)がどのような物理メカニズムから導かれるかは、第3章では出典(Abernethy 2003)への参照に留まり、本書内では機構の説明までは踏み込まれていない。
- 個々のパラメータ信頼限界の5手法(Fisher行列・尤度比・ベータ二項・モンテカルロ・ベイズ)のうち、Fisher行列法以外の具体的な計算過程は本書第3章では概要レベルに留まる。第13章 §13.7・§13.11.3 で加速試験・保証データへの適用を確認したが、いずれも「specially designed software」(ALTA、Weibull++等)に委ねるとのみ述べ、5手法の計算過程には踏み込んでいない。この点は本書内では依然として未詳細のままである(Source: [[@2012__Wiley__Practical Reliability Engineering - Chapter 13 Analysing Reliability Data]] §13.7, §13.11.3)。
## 関連
- ソース: [[@2012__Wiley__Practical Reliability Engineering - Chapter 2 Reliability Mathematics]] / [[@2012__Wiley__Practical Reliability Engineering - Chapter 3 Life Data Analysis and Probability Plotting]] / [[@2012__Wiley__Practical Reliability Engineering - Chapter 4 Monte Carlo Simulation]] / [[@2012__Wiley__Practical Reliability Engineering - Chapter 13 Analysing Reliability Data]]
- 実体: [[Patrick D. T. O'Connor]] / [[Andre Kleyner]]
- 関連概念: [[工学的ばらつき]](ワイブル分布が対象とする「工学的な寿命のばらつき」の一般論) / [[寿命データ解析]](打ち切りデータの分類・ランキング・信頼限界の計算) / [[モンテカルロシミュレーション]](ワイブル分布からの標本生成) / [[加速試験]](β比較による故障メカニズム診断) / [[保証データ解析]](集計データへのワイブル当てはめ)
## 出典
- P. D. T. O'Connor and A. Kleyner, *Practical Reliability Engineering*, 5th ed., Wiley, 2012, Chapter 2, §2.6.6, §2.6.7; Chapter 3, §3.3, §3.4, §3.6, §3.7; Chapter 4, §4.4.1, §4.5; Chapter 13, §13.7, §13.11.3.