# レジリエンス
## 定義
レジリエンス(resilience)とは、系(system)が状態変数・駆動変数・パラメータの変化(撹乱)を吸収しながら、構成要素間の関係性を維持し持続する能力を指す。[[C. S. Holling]] が [[@1973__AnnRevEcolSyst__Resilience and Stability of Ecological Systems]] で提示した定義では、レジリエンスは「系の性質」であり、持続あるいは絶滅の確率がその結果として現れる。これは、平衡状態への回帰の速さと確実性を測る「安定性(stability)」とは独立した性質であり、両者を混同してはならないと Holling は論じる。ある系は大きく変動しながら(低い安定性)高いレジリエンスを持つことも、逆に変動が小さく(高い安定性)レジリエンスが低いこともある。
この定義はさらに「アトラクターの領域(domain of attraction)」という概念と対になる。現実の生態系は単一の大域平衡ではなく複数のアトラクター領域を持ちうり、系がある領域の境界を越えると、別の配置へ不可逆に移行する。レジリエンスは、この境界までの距離(アトラクター領域の広さ・深さ)として概念的に測定できる(Source: [[@1973__AnnRevEcolSyst__Resilience and Stability of Ecological Systems]])。
## 横断的知見
- **工学的な「レジリエンス設計」は、Holling の生態学的定義が持つ「安定性との区別」を暗黙のうちに再発明している**: Holling は、平衡への回帰の速さ・確実性を測る「安定性」と、撹乱を吸収し関係性を維持する能力である「レジリエンス」は独立の性質であり、高い安定性が低いレジリエンスと共存しうると論じる(既出)。*Building Secure and Reliable Systems* 第8章は、システム設計の文脈でこれと対をなす区別を導入する——「レジリエンス」を障害の発生を**遅らせる・耐える**設計品質と位置づけ、障害が起きた**後**にどう直すかという「復旧(recovery)」を明確に別の設計品質として切り分ける(第9章に委ねる)。生態学の「レジリエンス vs 安定性」と工学の「レジリエンス vs 復旧」は語彙も測定対象も異なるが、いずれも「撹乱・障害の最中にどう持ちこたえるか」を「撹乱・障害の後にどう戻るか」から独立した性質として扱う点で構造的に対応する。(Source: [[@1973__AnnRevEcolSyst__Resilience and Stability of Ecological Systems]], [[@2020__OReilly__Building Secure and Reliable Systems - Chapter 8 Design for Resilience]])
- **「アトラクター領域の境界」と「制御されたブレークポイント」は、撹乱の限界点を扱う設計思想として対応するが、前者は発見される境界、後者は設計される境界という違いがある**: Holling のアトラクター領域は、系がその境界を越えると不可逆に別の配置へ移行する、いわば系に内在する(観察・推定される)限界点である。BSRS 第8章の「グレースフルデグラデーション」は、過負荷時にシステムが無秩序に崩壊する前に、どの機能をどの順で犠牲にするかをあらかじめ人間が設計した「制御されたブレークポイント」として限界点を扱う。生態系のレジリエンスは境界の位置を事後的に発見・推定する対象であるのに対し、工学的なレジリエンスは境界の位置とそこでの振る舞いを事前に設計できる対象として扱われる——これは、生物進化が長い時間をかけて到達したレジリエンスの仕組みを、工学は設計段階で意図的に前倒しできるという非対称性を示唆する。(Source: [[@1973__AnnRevEcolSyst__Resilience and Stability of Ecological Systems]], [[@2020__OReilly__Building Secure and Reliable Systems - Chapter 8 Design for Resilience]] ch.8 §Controlling Degradation)
## 未解決の問い
- レジリエンスと安定性の定量的な測定手法(Holling が提案するポテンシャル場の積分アプローチ)は、その後の研究でどこまで実装・検証されているか。
- 生態学のレジリエンス概念は、その後どのようにレジリエンス工学(resilience engineering)・組織論・分散システムの障害耐性論など他分野に輸入され、どこで定義が変質したか。
- 「複数のアトラクター領域」という考え方は、分散システムの「複数の安定状態(bistability・カスケード障害)」論とどの程度対応するか。
- 工学的なレジリエンス設計(BSRS 第8章の障害ドメイン・影響範囲制御・グレースフルデグラデーション)は、生態学的な「アトラクター領域の広さ」に相当する量を明示的に測定・最大化しようとしているのか、それとも境界に近づかないことだけを目指し、境界自体の位置や形状は問わないのか。第8章単体からはこの対応の有無を判断できない。
## 関連
- ソース: [[@1973__AnnRevEcolSyst__Resilience and Stability of Ecological Systems]] / [[@2020__OReilly__Building Secure and Reliable Systems - Chapter 8 Design for Resilience]]
- 概念: [[多層防御]] / [[影響範囲の制御]] / [[過負荷制御]] / [[レジリエンスエンジニアリング]]
- 関連人物: [[C. S. Holling]]
- 関連機関: [[University of British Columbia]]
## 出典
- [[@1973__AnnRevEcolSyst__Resilience and Stability of Ecological Systems]]
- Heather Adkins et al. (eds.), *Building Secure and Reliable Systems*, O'Reilly Media, 2020, Chapter 8.