# マタギドライヴ
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## 定義
マタギドライヴとは、[[計算機自然]]が世界を標準化・最適化・中心化する力を持つことを認めたうえで、その辺縁に身を置き、計算不能なものや土地に根差した身体知とともに生きるための脱人間知性的な文明論である。(Source: [[@2026__note__計算機自然からマタギドライヴへ - 自然の再審と脱人間知性的文明論の10年]])
## 論点
- 「マタギ」は中心からの残存ではなく、標準化された論理と異なる原理で自立する辺縁の比喩として使われる。
- 計算機自然を拒否するのではなく、その恵みを狩猟採集的に享受しつつ、中心の最適化から距離を置く態度として描かれる。
- テクノ民藝、デジタル発酵、主体なき美の美学と接続し、手仕事・土地・身体・計算を同じ場で考える。
- 生成AIを道具ではなく森のような環境とみなし、プロンプト、引用、拒否、毒の検出、過剰採取の回避、発酵と腐敗の区別、返礼を含む AI リテラシーとして再定義される。
## 横断的知見
- 前回ソースでは辺縁で計算不能なものと生きる文明論として立ち上がり、今回ソースでは生成AIの森を歩く生態学的リテラシーとして具体化される。[[Homo Convivium]] は、その森で採れたものを共に味わい判断する人間像として、マタギドライヴに共同体的な受け皿を与える。(Source: [[@2026__note__計算機自然からマタギドライヴへ - 自然の再審と脱人間知性的文明論の10年]], [[@2026__note__デジタルネイチャーの十年 - 計算的物質化から発酵する共在へ]])
## 未解決の問い
- 「辺縁」が比喩やブランディングにとどまらず、実際の制度・制作・生活様式として機能する条件は何か。
- マタギや先住民知を参照する際、知識の搾取やロマン化を避ける設計はどうあるべきか。
- 計算機自然の中心インフラに依存しながら辺縁性を保つことは可能か。
## 関連
- [[計算機自然]]
- [[批判的デジタルネイチャー]]
- [[主体なき美の美学]]
- [[落合陽一]]
- [[Homo Convivium]]
- [[デジタル発酵]]
## 出典
- [[@2026__note__計算機自然からマタギドライヴへ - 自然の再審と脱人間知性的文明論の10年]]
- [[@2026__note__デジタルネイチャーの十年 - 計算的物質化から発酵する共在へ]]