# ホメオスタシス ## 定義 ホメオスタシス(homeostasis)とは、体温・血液の浸透圧や水素イオン濃度・老廃物の血中濃度・白血球や化学的防御機構の水準・心拍数と血圧・性周期・カルシウム代謝など、高等動物が生命を維持するために極めて狭い許容範囲内に保たなければならない生理学的変量を、一群のフィードバック機構によって安定させる働きの総称である。体温の0.5度の変動が病気の徴候となり、5度の恒常的な変動が生命と両立しがたいことに象徴されるように、生命が維持できる条件はきわめて狭い。ウィーナーは、身体の内部経済がサーモスタット・水素イオン濃度自動制御・ガバナーといった一大化学プラントに匹敵する装置一式を含んでいるとみなし、これらを集合的にホメオスタティック機構(homeostatic mechanism)と呼んだ。(Source: [[@1961__MITPress__Cybernetics - Chapter 4 Feedback and Oscillation]] pp.114-115) ホメオスタシスのフィードバックは、随意フィードバック・姿勢フィードバックとは一般的な性質が異なり、より遅い。生理学的ホメオスタシスの変化で数分の一秒のうちに重大・恒久的な損傷を生じるものはほとんどない。これに対応して、ホメオスタシスに割り当てられる神経線維(交感神経系・副交感神経系)はしばしば無髄であり、随意・姿勢活動を担う有髄線維より伝達速度が著しく遅い。ホメオスタシスの典型的な効果器である平滑筋・腺も、随意・姿勢活動の典型的な効果器である横紋筋に比べて動作が遅い。ホメオスタシスのメッセージの多くは、心筋線維どうしの直接の吻合(anastomosis)や、ホルモン・血中の二酸化炭素含有量のような化学的伝達物質といった、非神経性の経路によって運ばれる。(Source: [[@1961__MITPress__Cybernetics - Chapter 4 Feedback and Oscillation]] pp.114-115) ## 横断的知見 - **ホメオスタシスが「偏差の事後的な修正」であるという性格づけは、原典(ウィーナー)自身には明示されていない。アロスタシス側のソースがこの対比を持ち込んでいる**。[[アロスタシス]]の定義は Theriault ら(Neuron誌、二次資料)を引き、ホメオスタシスを「偏差への事後的な修正」、アロスタシスを「将来の変化を予測した先回りの調整」として対比する。しかしウィーナー自身の原典(第4章)は、ホメオスタシスを速度・遅延・効果器の種類(平滑筋・腺、無髄神経)によって随意・姿勢フィードバックと区別するのみで、「事後的か予測的か」という時間方向の区別には触れていない。ホメオスタシスを予測的制御と対置する枠組みは、20世紀末以降の神経科学(Theriaultらの議論)が原典の用語を引き継ぎつつ独自に導入した区分と読むべきで、ウィーナーの原義に遡って裏づけられるものではない。(Source: [[@1961__MITPress__Cybernetics - Chapter 4 Feedback and Oscillation]] pp.114-115, [[アロスタシス]]) - **Simon(『人工物の科学』)の「内部環境の準独立性」という抽象化は、ウィーナーの具体的なホメオスタシス機構の記述を、内部環境が外部環境の変動に対して不変な関係を保つための3方式の1つ(反応的な負のフィードバック)へと一般化したものである**。[[内部環境と外部環境]]は、システムが目標を達成できるかどうかが外部環境の詳細に依存しない性質を「生物学者はこの性質をホメオスタシスと呼ぶ」と述べ、この準独立性が受動的な絶縁・反応的な負のフィードバック・予測的な適応のいずれか(または組み合わせ)によって保たれるとする。ウィーナーが具体的に列挙する体温調節・浸透圧調節などの生理学的機構は、この3分類のうち「反応的な負のフィードバック」に相当する具体例であり、Simon の抽象化された定義はウィーナーの記述から個別の生理学的中身を捨象し、設計論一般に転用できる形にしたものと位置づけられる。(Source: [[@1961__MITPress__Cybernetics - Chapter 4 Feedback and Oscillation]] pp.114-115, [[内部環境と外部環境]] ch.1 "Functional Explanation" p.8) - **ウィーナー自身が第8章で、本章(第4章)の生理学的ホメオスタシスを社会へ拡張して適用している**。第4章はホメオスタシスを体温・浸透圧などの生理学的変量を安定させる装置一式として定義するにとどめるが、第8章では同じ語を「団体政治(body politic)」に転用し、自由市場が個人の利己性を介して社会を安定させるという通念を「単純すぎる理論」として退け、大規模共同体では通信手段の統制ゆえにホメオスタシスがほぼ失われると論じる(→ [[社会のホメオスタシス]])。同一著者の同一書籍内での転用であり、生理学的ホメオスタシスが遅い・非神経性の経路によるという第4章の具体的な機構的特徴づけは、第8章の社会的ホメオスタシスには持ち越されていない(第8章は機構でなく、通信の到達範囲・ゲーム理論的な安定性という別の語彙で論じる)。比喩としての射程がどこまで機構的な対応を伴うかは、原典自身では明示されない。(Source: [[@1961__MITPress__Cybernetics - Chapter 4 Feedback and Oscillation]] pp.114-115, [[@1961__MITPress__Cybernetics - Chapter 8 Information, Language, and Society]] pp.158-162) ## 未解決の問い - ウィーナー自身はホメオスタシスの理論を本章では詳論せず、Cannon の *The Wisdom of the Body*(1932)と Henderson の *The Fitness of the Environment*(1913)へ読者を委ねている。この2つの参照先を本 wiki は未収録であり、ホメオスタシスの生理学的な詳細機構(具体的にどの器官がどう働くか)は現時点で裏づけられていない。 - ホメオスタシスとアロスタシスの「事後的/予測的」という区別は、ウィーナー自身が第4章で論じる情報的フィードバック(informative feedback、負荷特性を高周波の探査信号で先回りに測定し補償器を調整する方式)とどう関係するか。情報的フィードバックは「事後の偏差修正」ではなく「特性の先読み調整」に近く、アロスタシス的な予測性とホメオスタシスの反応性の中間に位置する可能性があるが、この対応づけを試みた先行ソースは本 wiki にはまだない。 - Simon の「準独立性」の3分類(受動的絶縁・反応的負のフィードバック・予測的適応)のうち、ウィーナーのホメオスタシス機構がどこまで「予測的適応」の要素を含みうるかは、原典第4章の範囲では判断できない。 ## 関連 - 概念: [[アロスタシス]](予測的制御としての対比概念) / [[内部環境と外部環境]](準独立性としての抽象化) / [[フィードバックループ]] / [[サイバネティクス]] / [[社会のホメオスタシス]](第8章での社会への拡張) - 実体: [[ノーバート・ウィーナー]] - ソース: [[@1961__MITPress__Cybernetics - Chapter 4 Feedback and Oscillation]] / [[@1961__MITPress__Cybernetics - Chapter 8 Information, Language, and Society]] - 書籍: [[Cybernetics]] ## 出典 - Norbert Wiener, *Cybernetics: or Control and Communication in the Animal and the Machine*, 2nd ed., The MIT Press, 1961, Chapter IV "Feedback and Oscillation"(印字 pp.114-115)。 - Norbert Wiener, 同書 Chapter VIII "Information, Language, and Society"(印字 pp.158-162)。