# ブラックボックスとホワイトボックス ## 定義 ウィーナーの用語によれば、**ブラックボックス(black box)**とは、四端子網(2入力・2出力端子)のような装置で、入力電位の現在と過去に対して一定の操作を行うが、その操作がどのように行われているかという構造に関する情報を必ずしも持たない装置である。**ホワイトボックス(white box)**は同種の装置だが、あらかじめ定めた入出力関係を実現するための明確な構造計画に基づいて、入力電位と出力電位の関係を組み込んで作られたものを指す。ウィーナー自身、この2語は「便利だが厳密には定まっていない比喩的な表現」だと断ったうえでこの定義を与えている。(Source: [[@1961__MITPress__Cybernetics - Preface to the Second Edition]] 第2版序文 p.xi) この語彙のもとでウィーナーが示す非線形系の同定手続きは、未解析の非線形系(ブラックボックス)を、既知構造のホワイトボックス群の線形結合として模倣することにある。ブラックボックスとホワイトボックスの双方に同一のランダムノイズ(電気回路ではショット効果に由来する)を入力し、両者の出力の積の時間平均を取ることで、その展開におけるホワイトボックスの係数が得られる。この平均はもともとランダムノイズのアンサンブル全体にわたる平均だが、確率0の場合を除きエルゴード定理によって時間平均に置き換えられる。係数は一つずつ確定してもよいし、適切なフィードバック装置によって各ホワイトボックスを自動調整させ、多重ホワイトボックス全体を無人でブラックボックスの操作的等価物へ自己形成させることもできる。(Source: [[@1961__MITPress__Cybernetics - Preface to the Second Edition]] 第2版序文 pp.x-xi; [[@1961__MITPress__Cybernetics - Chapter 9 On Learning and Self-Reproducing Machines]] ch.9 pp.178-180) 同種の手法は、ウィーナー自身の『Nonlinear Problems in Random Theory』(1958、非線形系の出力をエルミート多項式に近い直交関数の級数として展開する)のほか、Amar Bose(IRE Transactions on Information Theory, 1959)とDennis Gabor(Imperial College就任講演, 1959)によっても、別の方法で示されている。いずれも黒箱・白箱への適切な入力の選択とその比較、そして多くの場合は乗算装置を用いる点で共通する。Gaborの手法もウィーナーと同じく平均二乗誤差の基準に依存するが、より一般的な形を取り、経験から得た時系列に適用可能だとウィーナーは述べる。(Source: [[@1961__MITPress__Cybernetics - Preface to the Second Edition]] 第2版序文 pp.xi-xii, p.xiv) ## 横断的知見 - ウィーナーのブラックボックス/ホワイトボックス同定と、[[システム同定]](`Feedback Control of Computing Systems` 第2章)が扱う ARX モデルの最小二乗回帰は、どちらも「対象系の内部構造を仮定せず、入出力の観測データから系を模倣するモデルを構築する」という同じ目的を、時代も手段も異なる形で実現している。前者はランダムノイズを共通入力として与え出力の積の時間平均(相関)から直交関数の係数を求める手続きであり、後者は制御入力と測定出力の系列に対する回帰によって差分方程式の係数を求める手続きである。両者とも最終的な当てはまりの基準として平均二乗誤差(mean square error)に帰着する点で共通し、システム同定という営みが「対象を模す既知の関数系(あるいはモデル構造)を用意し、観測データとの誤差を最小化して係数を決める」という一般的な形に収束することを示唆する。(Source: [[@1961__MITPress__Cybernetics - Preface to the Second Edition]], [[@2004__Wiley__Feedback Control of Computing Systems - Chapter 2 Model Construction]]) - 序文(1961)は第9章(同年執筆の補章)で詳述される内容を先取りして要約する形になっており、序文のほうが脚注による黒箱・白箱の明示的な語義定義、装置構成(乗算器・積分器)の記述、GaborやBoseとの比較を持つのに対し、第9章本文はこの手続きを学習機械・自己複製機械という文脈でより簡潔に紹介する。同一書籍内でも、序文は方法論の技術的核心を、第9章は応用文脈を担うという役割分担が見える。(Source: [[@1961__MITPress__Cybernetics - Preface to the Second Edition]], [[@1961__MITPress__Cybernetics - Chapter 9 On Learning and Self-Reproducing Machines]]) ## 未解決の問い - ウィーナーはGaborの乗算器について「周波数範囲は約1000サイクルまでと主張するが、振幅範囲や精度は明示していない」と述べ、明示的な言明を待つ姿勢を記している。Gabor自身の原論文(Inaugural Lecture, 1959)にあたれば、この評価の妥当性を検証できるか。 - ホワイトボックスの「自動調整」に用いる「適切なフィードバック装置」の具体的な回路構成は、序文では述べられていない。第9章あるいは`Nonlinear Problems in Random Theory`(1958)にその実装の詳細があるか。 - 序文の相関・平均に基づく係数決定と、`Feedback Control of Computing Systems`の最小二乗回帰による係数決定は、数学的にどの程度等価か(直交関数展開の係数を相関で求める操作は、線形回帰の正規方程式を解く操作の特殊形と見なせるか)。両者を同じ数理的枠組みで統一的に記述できるか。 - 遺伝子の自己組織化と脳波の周波数の自己組織化を結びつける序文の示唆(pp.xii-xiii)は、本書のどの章でどこまで具体的に展開されるか(第10章担当の自己組織化 concept ページを参照)。 ## 関連 - [[システム同定]] — 同じ「内部構造を仮定しない入出力ベースの模倣・同定」を扱うが、時代・分野・数学的手段が異なる関連概念。 - [[@1961__MITPress__Cybernetics - Preface to the Second Edition]] — ブラックボックス/ホワイトボックスの語義定義・装置構成の原典。 - [[@1961__MITPress__Cybernetics - Chapter 9 On Learning and Self-Reproducing Machines]] — 同じ手続きを学習機械・自己複製機械の文脈で紹介する章。 - [[ノーバート・ウィーナー]] / [[Dennis Gabor]] / [[Amar Bose]] — 同種の非線形系同定手法を開発した人物。 ## 出典 - Norbert Wiener, *Cybernetics: or Control and Communication in the Animal and the Machine*, 2nd ed., The MIT Press, 1961, Preface to the Second Edition(印字 pp.x-xii, xiv)、Chapter 9(印字 pp.178-180)。