# フロネシス(実践知)
## 定義
フロネシス(phronēsis、実践知・思慮)は、アリストテレスが『ニコマコス倫理学』第6巻で論じる知性的徳の一つで、人間にとっての善悪という可変の領域で行為(プラクシス)に関わる、理にかなった実践的習性である。個々の状況における「何が善いか」を見極めて正しく熟慮する能力であり、学問(エピステーメー、不変の対象を扱う)でも技術(テクネー、制作に関わる)でもない。個別具体的な事実の認識を要するため、経験によってのみ養われ、若者は数学には習熟できても思慮ある者にはなれないとされる。統治術(ポリティケー)とは同一の能力が異なる形で現れたものであり、家政・立法・審議・裁判の各領域に及ぶ。(Source: [[@1906__StandardEbooks__Nicomachean Ethics - Book VI Intellectual Virtues]])
## 横断的知見
- **「制作(poiêsis)対行為(praxis)」というテクネーとの区別の詳細化**: [[@1906__StandardEbooks__Nicomachean Ethics - Book VI Intellectual Virtues]] は「思慮は学問でも技術でもない。技術でないのは制作と行為が種として異なるからである」(§V)と述べるにとどまるが、[[@2003__SEP__Episteme and Techne]] はこの区別の内実を敷衍する。テクネーの原理(archê)は制作者の側にあり産物は活動から分離するのに対し、思慮の対象である「善く生きること(eupraxia)」は行為それ自体が目的であり分離した産物を持たない(『ニコマコス倫理学』1140a1–1140b30、Source: §3)。両ソースは同じ結論(思慮≠制作知)を共有しつつ、SEP はその論拠(産物の分離可能性)を NE Book VI 単独の精読より明確に与える。
- **ストア派によるフロネシスの再解釈という後史**: NE Book VI はフロネシスをアリストテレス倫理学内部の概念として提示するのみだが、[[@2003__SEP__Episteme and Techne]] はこの概念がストア派においてどう継承されたかを補う。ゼノン・クリュシッポスはフロネシスを「生に関わる技術(technê peri ton bion)」と規定し(*SVF* II 909)、正義・節制・勇気という個々の徳をすべてフロネシスの現れ方の違いとして統一する(Source: §4)。これはアリストテレスが思慮と倫理的徳を「相互依存するが別種」として区別した立場(NE Book VI §XIII)から、フロネシス(=知)への一元化へと踏み出す点で異なる立場であり、ソクラテスの主知主義への回帰と位置づけられる(SEP はこれを「ストア派はソクラテス主知主義への回帰だが、魂の統一説という新しい道徳心理学でそれを補強する」と評する)。
## 未解決の問い
- 思慮(フロネシス)と知恵(ソフィア、[[Nicomachean Ethics]] 第6巻§VII)の関係を、本書の他の巻(特に幸福論を総括する第X巻)はどう扱うか。
- 「器用さ(デイノテース)」との対比で導入される、思慮が倫理的徳を前提とするという主張(§XIII)は、ソクラテスの主知主義批判としてどこまで一貫しているか。プラトンの知性主義との異同は本巻だけでは判定できない。
- 本概念は現代の実務知・暗黙知の議論([[暗黙知]] 等、[[What Engineers Know and How They Know It]] 由来)とどう接続しうるか。両者とも「個別具体的な経験に基づく、言語化しづらい判断力」を扱う点で構造的に類似する可能性がある。
- ストア派がフロネシスを徳の一元的基盤に据える立場(SEP §4)と、アリストテレスが思慮と倫理的徳を相互依存する別種のものとして保持する立場(NE Book VI §XIII)は、どちらがソクラテスの主知主義への応答としてより説得的か。SEP はストア派の魂の統一説(理性/非理性を分割しない心理学)がアリストテレスにはない道徳心理学的な補強を提供すると示唆するが、判定は保留している。
## 関連
- source: [[@1906__StandardEbooks__Nicomachean Ethics - Book VI Intellectual Virtues]] / [[@2003__SEP__Episteme and Techne]]
- entity: [[Aristotle]] / [[Nicomachean Ethics]]
- concept: [[エピステーメー]] / [[テクネー]]
## 出典
- [[@1906__StandardEbooks__Nicomachean Ethics - Book VI Intellectual Virtues]]
- [[@2003__SEP__Episteme and Techne]]