# パスワードのユーザビリティ ## 定義 パスワードのユーザビリティとは、パスワード認証が人間の記憶・注意・入力能力という制約とどう折り合うかという問題領域である。ユーザビリティ研究者 Angela Sasse の言うとおり、人間の記憶の性質(頻度の低いものは覚えられない、意図的に忘れられない、再認は再生より容易、無意味な単語は覚えにくい)を踏まえると、パスワードほど相性の悪い認証手段は考えにくい。問題は次の3つの軸に整理できる。(1) ユーザーは十分な確率で正しく入力できるか、(2) ユーザーは覚えられるか(書き留めたり、推測されやすいものを選んだりしないか)、(3) ユーザーは第三者への開示によってシステムを危険にさらさないか。 これらの軸に沿って本書は、パスワード選択(素朴な選択・ユーザーの能力と訓練・設計の誤り・運用上の失敗・ソーシャルエンジニアリングへの脆弱性)、パスワード入力への攻撃(インタフェース設計・信頼できる経路・リトライカウンタの技術的回避)、パスワード保管への攻撃(一方向暗号化・パスワードクラッキング・リモート検証)、そして絶対的な限界(エントロピーと試行回数のトレードオフ)を扱う。パスワードリカバリー(秘密の質問からSMS・アプリ認証への移行)とパスワードマネージャの利点・欠点も含め、パスワードを取り巻くシステム全体をユーザビリティの視点から論じる。(Source: [[@2020__Wiley__Security Engineering 3e - Chapter 3 Psychology and Usability]] §3.4〜§3.4.12) ## 横断的知見 - (現時点では [[@2020__Wiley__Security Engineering 3e - Chapter 3 Psychology and Usability]] 単独からの立ち上げであり、複数ソースの突き合わせによる知見はまだない。本書の暗号(§5)・アクセス制御(§6)・銀行業務(§12)の各章がパスワードや認証に触れた際にここへ積み増す。) ## 未解決の問い - 定期的なパスワード変更の強制は、2003年の NIST 推奨(Bill Burr)に始まり、2017年に NIST 自身が撤回するまで14年を要した。この種の「一度広まった誤った推奨がなぜこれほど長く生き残るか」という組織的・制度的なメカニズムは、本章では監査文化(PCI基準、監査法人の遅れ)への言及にとどまり、体系的には論じられていない。 - パスワードマネージャの銀行による無効化(autocomplete="off")は、本章では「フィッシング耐性を下げる副作用がある」と否定的に評価されるが、この評価はどの程度実証的に検証されているか。著者自身の見解として提示されている部分と、引用研究に基づく部分の境界を精査する必要がある。 - 「パスワードを完全に廃止できるか」という §3.4.12 の問いに対し、本章は Monzo や WhatsApp の事例を挙げつつも、結局はメールやSIMという別の弱いリンクに依存が移るだけだと結論している。このリスクの「置き換え」ではなく「削減」を実現する設計は、本章以降(§4 Protocols、§17 Biometrics)でどう扱われるか。 ## 関連 - 章: [[@2020__Wiley__Security Engineering 3e - Chapter 3 Psychology and Usability]] - 概念: [[CAPTCHA]] ## 出典 - Ross Anderson, *Security Engineering: A Guide to Building Dependable Distributed Systems*, 3rd Edition, John Wiley & Sons, 2020, Chapter 3, §3.4–§3.4.12.