# バーンアウト ## 定義 バーンアウトとは、主として過労やストレスによる心身や感情面での極度の疲労を指す。単なる「疲労困憊」にとどまらず、生きがいの源であったはずの仕事や日々の暮らしが単調で取るに足りないものに思えてきたり、無力感に襲われたりすることも含む。背景にありがちなのは不健全な組織文化や無駄の多い非生産的な作業である。バーンアウトの症状として、疲労困憊・冷笑癖・無力感・仕事での達成感の減退が挙げられ、仕事に対するこうしたネガティブな感情は私生活にまで悪影響を及ぼし、極端な場合は家庭の問題やうつ病、さらには自殺さえ招きかねない。(Source: [[@2018__Impress__LeanとDevOpsの科学 - Chapter 9 作業を持続可能にするデプロイ負荷とバーンアウトの軽減]] §9.2) バーンアウトの悪影響は個人・チーム・組織のいずれにとっても甚大である。「ストレスの多い仕事」の身体的悪影響のレベルは受動喫煙や肥満の場合と同等だという調査研究の結果もある([Goh et al. 2015][Chandola et al. 2006])。仕事上のストレスの悪影響は雇用側にも及び、病欠・長期就業不能・高離職率による損害は米国全体で年間3,000億ドルにのぼるとの調査結果が出ている([Maslach 2014])。バーンアウトは予防と緩和が可能であり、DevOpsの手法が効果的とされる。(Source: [[@2018__Impress__LeanとDevOpsの科学 - Chapter 9 作業を持続可能にするデプロイ負荷とバーンアウトの軽減]] §9.2) ## Maslachの6つの組織的危険因子 カリフォルニア大学バークレー校の社会心理学教授 Christina Maslach は、職業性のバーンアウトに関する調査研究の草分けであり、バーンアウトの予測に効果的な組織の危険因子を6つ特定している([Leiter and Maslach 2008])。本調査研究(Accelerate)はこのMaslachのモデルを採用した(他にもスウェーデン・カロリンスカ研究所の Marie Åsberg のモデルなど複数のバーンアウトモデルが科学文献で提唱されている)。 1. **過重労働**: 作業量が人間のこなせる限度を超える 2. **自律性の欠如**: 自身の仕事を左右する意思決定であるにもかかわらず、それに対する発言権がない 3. **不十分な報奨**: 経済的・組織的・社会的な見返りが十分でない 4. **人間関係の断絶**: 精神的な支えが得られない職場環境 5. **公平性の欠如**: 意思決定のプロセスが公平性に欠ける 6. **価値観のズレ**: 担当者個人の価値観が組織のそれと一致しない Maslachによると、作業環境を顧みずに担当者の是正を試みる組織が大半だが、環境を是正したほうがはるかに成功率が高いことがMaslachの調査研究で立証されている。6つの危険因子について状況を改善する権限はいずれも経営陣や組織が握っている。(Source: [[@2018__Impress__LeanとDevOpsの科学 - Chapter 9 作業を持続可能にするデプロイ負荷とバーンアウトの軽減]] §9.2.1) 本調査研究では、疲労困憊・仕事に対する無関心/冷笑癖/無力感・私生活へのマイナスの影響という3つのバーンアウト症状の有無や程度を尋ねた。技術的プラクティス(継続的デリバリを促進するプラクティス)とリーン思考のプラクティス(リーンマネジメントやリーン製品管理のプラクティス)の実践を促進すると、バーンアウトの症状が緩和することが明らかになった。(Source: [[@2018__Impress__LeanとDevOpsの科学 - Chapter 9 作業を持続可能にするデプロイ負荷とバーンアウトの軽減]] §9.2.1) ## 重症バーンアウトと相関する5つの組織的要因 本調査研究では、重症のバーンアウトと強い相関関係にある組織的要因が5つ浮き彫りになった。 1. **組織文化**: 権力志向の不健全な文化がはびこる組織では構成員が重症のバーンアウトに陥る傾向が強い。敬意をもって構成員を支えられる組織文化を育む責任は最終的には管理者にあり、非難や責任追及とは無縁の職場環境を育み、失敗からの学びを積極的に奨励し、組織の目標を周知徹底する必要がある。「人的ミスがシステムの不具合の根本原因となることは決してない」という点を肝に銘じるべきである。 2. **デプロイ関連の負荷**([[デプロイ関連の負荷]] concept を参照): デプロイが複雑で負荷を伴い正規の就業時間内では終えられない場合、作業担当者はストレスが高じて「自律性の欠如」の感覚を抱く傾向にある(デプロイ後の負荷への配慮も必要——システムに不具合が多く担当者がたびたび勤務時間外の緊急呼び出しを受けるのは混乱を招く不健全な状況である)。経営陣も含めて管理者はチームにデプロイ関連の負荷の程度を尋ね、はなはだしい負荷を伴う作業は改善する必要がある。 3. **指導者の影響力**: チームリーダーの責任の1つは進行中の作業の量や規模を制限し障害物を排除することによって作業の完遂を図ることである。リーダーが適切な影響力を行使できるチームはバーンアウトのレベルが低いとの結果が出ている。 4. **DevOps導入に向けての組織レベルでの投資**: チームのスキルとケイパビリティの開発に投資を怠らない組織はより良い成果を上げている。トレーニングへの投資と、新たなスキル習得に必要な支援・(時間も含めた)資源の提供がDevOps導入の成功に不可欠である。 5. **組織のパフォーマンス**: リーンマネジメントと継続的デリバリのプラクティスにはソフトウェアデリバリのパフォーマンスを改善する効果があり、それが改善すれば組織のパフォーマンスも向上する。リーンマネジメントのキモは作業担当者に自身の作業を改善するための(時間も含めた)リソースを提供することであり、これは実験・失敗・学習を奨励する作業環境を育むことにほかならず、担当者が自身の仕事を左右する意思決定を自ら下せるようになる。また、就業時間内に付加価値のある斬新かつ創造的な仕事をこなす余裕も生まれる。好例が[[Google]]の「従業員の20%タイム」(週の勤務時間の20%を自分の好きなプロジェクトに使える制度)や[[IBM]]の「THINK Fridayプログラム」(金曜午後にミーティングやメールなどの割り込みを一切禁じ、通常のスケジュールでは不可能な斬新かつ有望なアイデアの練り上げを奨励する制度)である。 (Source: [[@2018__Impress__LeanとDevOpsの科学 - Chapter 9 作業を持続可能にするデプロイ負荷とバーンアウトの軽減]] §9.2.2) ## 価値観の一致 組織の価値観と担当者個人の価値観にズレがあると、担当者がバーンアウトに陥る可能性が高まる。これはリスクも負担も大きいIT関連分野の職務で特に当てはまり、現実にも頻繁に発生して悲惨な影響を広範囲に及ぼしている。逆に、組織の価値観と個人のそれが一致すれば、バーンアウトの影響を軽減可能なだけでなく解消さえできる。ここで言う「組織の価値観」とは、公式に発表されている社是や経営理念ではなく、構成員が日々実感し体現するよう求められている「本音」の価値観のほうである。組織の価値観と構成員のそれとの間にズレがある場合も、組織の表向きの価値観と「本音」のそれとの間にズレがある場合も、バーンアウトが発生する恐れがある。価値観の一致は構成員の生きがいにつながる。(Source: [[@2018__Impress__LeanとDevOpsの科学 - Chapter 9 作業を持続可能にするデプロイ負荷とバーンアウトの軽減]] §9.2.2) 技術的プラクティスとリーンマネジメントのプラクティスには、バーンアウトとデプロイ関連の負荷を軽減する効果があることが本調査研究で立証された(図9.1)。この結果は、テクノロジーへの投資がソフトウェアの開発とデリバリのプロセスを改善するだけでなく専門職の職場生活の質を高める効果も持つことを示唆する。(Source: [[@2018__Impress__LeanとDevOpsの科学 - Chapter 9 作業を持続可能にするデプロイ負荷とバーンアウトの軽減]] §9.2.2) ## 横断的知見 - **第4章が統計的に示す「燃え尽き症候群の軽減」は、本ページが集約する第9章の測定尺度・症状定義・Maslachの6因子モデルによって初めて内実が与えられる**: [[継続的デリバリ]] concept が集約する第4章は、2014〜2016年調査で7つのケイパビリティが「デプロイ関連の負荷とチームの燃え尽き症候群を軽減する効果を持つ」と結論づけるが、燃え尽き症候群がどう定義・測定されたかには触れない。第9章はこれを、疲労困憊・仕事への無関心/冷笑癖/無力感・私生活へのマイナスの影響という3症状の尺度と、Maslachの6つの組織的危険因子(過重労働・自律性の欠如・不十分な報奨・人間関係の断絶・公平性の欠如・価値観のズレ)という測定枠組みで具体化する。第4章の統計的結論(何が効くか)と第9章の測定枠組み(何を・どう測ったか)は、同一書籍内の異なる章として相補的である。(Source: [[@2018__Impress__LeanとDevOpsの科学 - Chapter 4 技術的プラクティス―継続的デリバリの基本原則と効果]] §4.2, [[@2018__Impress__LeanとDevOpsの科学 - Chapter 9 作業を持続可能にするデプロイ負荷とバーンアウトの軽減]] §9.2.1) - **「人的ミスはシステム不具合の根本原因ではない」という第9章の一文は、SREコミュニティが独立に到達してきた非難忌避の認識論と同型であり、DevOpsとSREという別系譜の実務コミュニティが同じ結論に収束していることを示す**: [[心理的安全性]] concept は、Anatomy of an Incident の「人間がインシデントの原因になることは決してない。原因は、インシデントの発生を『許した』システムとプロセスである」という宣言や、『SREの探求』23章の「寄与要因」論など、複数のSRE系ソースが独立に「ヒューマンエラーは分析の行き止まり」という同型の病理認識に到達してきたことを記録する。第9章がバーンアウト予防の文脈で挙げる「人的ミスがシステムの不具合の根本原因となることは決してないという点を肝に銘じるべき」という一文は、インシデント分析論ではなく組織文化・バーンアウト予防論の文脈から、同じ非難忌避の認識論に独立に到達したものであり、DevOps研究(Accelerate)とSRE実務コミュニティという異なる系譜が同じ結論を共有していることを示す。(Source: [[@2018__Impress__LeanとDevOpsの科学 - Chapter 9 作業を持続可能にするデプロイ負荷とバーンアウトの軽減]] §9.2.2, [[心理的安全性]]) - **「トイル削減を主要ストレス要因の解消策とする暗黙の想定」への29章の批判は、第9章の「デプロイ関連の負荷を軽減すればバーンアウトが緩和する」という因果連鎖に留保を加える**: [[トイル]] concept は、『SREの探求』29章がSREのベストプラクティスの多くが暗黙のうちにトイルやページを管理すべき主要ストレス要因として扱うこと自体を問題視し、精神障害を抱えたSREにとってこの想定は「全くピント外れ」だと述べることを記録する。本ページが集約する第9章は、デプロイ関連の負荷(構造的にトイルと近縁な運用上の負荷)を軽減すれば「自律性の欠如」の感覚が和らぎバーンアウトが緩和されると論じるが、これは29章が批判する「不快な作業を十分に自動化・改善すればメンタルヘルスは改善するはず」という想定と同型の因果連鎖である。29章の批判を踏まえると、第9章のデプロイ負荷軽減策は組織的な環境改善としては有効だが、既存の精神障害を抱える個人へのメンタルヘルス対策としては万能薬ではない可能性がある。(Source: [[@2018__Impress__LeanとDevOpsの科学 - Chapter 9 作業を持続可能にするデプロイ負荷とバーンアウトの軽減]] §9.2.2, [[トイル]]) - **第9章が「リーン思考のプラクティス」の一部として要約する「リーン製品管理のプラクティス」の内実は、第8章の4ケイパビリティと図8.2そのものである**: 本ページは第9章が「技術的プラクティス(継続的デリバリを促進するプラクティス)とリーン思考のプラクティス(リーンマネジメントやリーン製品管理のプラクティス)の実践を促進すると、バーンアウトの症状が緩和することが明らかになった」と述べることを既に記録している。[[リーン製品開発]] concept が集約する第8章は、この「リーン製品管理のプラクティス」を作業の細分化・作業フローの可視化・顧客フィードバックの収集と実装・チームによる実験という4ケイパビリティとして具体化し、図8.2でその効果の1つに「バーンアウトの軽減」を明示的に示す。第9章単体では「リーン製品管理のプラクティス」が何を指すか特定できなかったが、第8章を突き合わせることでその内実が判明する。ただし第8章自身も、なぜこの4ケイパビリティがバーンアウトを軽減するのかという因果メカニズムには踏み込んでおらず、本ページが挙げるMaslachの6因子モデルとの対応関係(例: どのケイパビリティが「自律性の欠如」の緩和に効くか)は、いずれの章の記述からも特定できない。(Source: [[@2018__Impress__LeanとDevOpsの科学 - Chapter 9 作業を持続可能にするデプロイ負荷とバーンアウトの軽減]] §9.2.1, [[@2018__Impress__LeanとDevOpsの科学 - Chapter 8 製品開発のプラクティス]] ch.8 §8.3, 図8.2) - **第10章は、「価値観の一致」という本ページの因果連鎖に、帰属意識(アイデンティティ)という媒介変数を挟んだもう一段の構造を加える**: 本ページ既出の「価値観の一致」節は、組織の価値観と個人の価値観の一致がバーンアウトを軽減・解消できると述べるが、その一致度が具体的に何を経由してバーンアウトに効くかまでは説明しない。[[従業員エンゲージメント]] concept が集約する第10章は、「前章(第9章)で述べたように」と本ページの当該箇所を明示的に参照したうえで、個人の価値観とチーム・組織の目標との一致度を、Kankanhalli et al. 2005由来の6項目で測定される帰属意識(アイデンティティ)という独立した構成概念の決定要因として位置づけ、「個人と組織の価値観の一致度を上げればアイデンティティを強化でき、バーンアウトを緩和できる」と述べる。第9章単体では価値観の一致はバーンアウトの危険因子の1つに過ぎないが、第10章と突き合わせると、価値観の一致→帰属意識の強化→バーンアウト緩和(かつ組織パフォーマンス向上)という媒介経路が明らかになる。(Source: [[@2018__Impress__LeanとDevOpsの科学 - Chapter 9 作業を持続可能にするデプロイ負荷とバーンアウトの軽減]] §9.2.2, [[@2018__Impress__LeanとDevOpsの科学 - Chapter 10 従業員の満足度、アイデンティティ、コミットメント]] §10.2, [[従業員エンゲージメント]]) ## 未解決の問い - 第9章はバーンアウト対策としてMaslachの6因子モデルを採用するが、脚注はスウェーデン・カロリンスカ研究所のMarie Åsbergのモデルなど他のバーンアウトモデルの存在にも言及する。両モデルの内容上の異同、Accelerateの調査結果がÅsbergのモデルでも同様に説明できるかは本章では検証されていない。 - 「組織のパフォーマンス」因子で挙げられるGoogleの20%タイムとIBMのTHINK Fridayは好例として紹介されるが、これらの制度がバーンアウト症状(疲労困憊・冷笑癖・私生活への悪影響)を実際にどの程度緩和したかを定量的に検証したデータは本章に示されていない。 - 重症バーンアウトと相関する5つの組織的要因(組織文化・デプロイ関連の負荷・指導者の影響力・DevOps導入への投資・組織のパフォーマンス)の間の相互作用や優先順位は、本章では並列に提示されるのみで順序づけられていない。 - 「組織の価値観」を構成員が実際にどう検知するか(公式発表とのズレをどう測定するか)についての具体的な調査手法は、本章でも第10章でも示されていない([[従業員エンゲージメント]] concept の同種の未解決の問いと共通)。 ## 関連 - 概念: [[デプロイ関連の負荷]](重症バーンアウトと相関する5要因の1つ) / [[継続的デリバリ]](燃え尽き症候群を軽減する技術的ケイパビリティの統計的効果) / [[心理的安全性]](非難忌避の認識論を共有するSRE系隣接概念) / [[トイル]](ストレス緩和策としての限界を指摘する29章との接続) / [[オンコールストレス管理]](デプロイ後の勤務時間外呼び出しという隣接する負荷源) / [[リーン製品開発]](第9章が要約する「リーン製品管理のプラクティス」の内実) / [[従業員エンゲージメント]](価値観の一致が帰属意識を経由してバーンアウトに効く媒介経路) - ソース: [[@2018__Impress__LeanとDevOpsの科学 - Chapter 9 作業を持続可能にするデプロイ負荷とバーンアウトの軽減]] / [[@2018__Impress__LeanとDevOpsの科学 - Chapter 4 技術的プラクティス―継続的デリバリの基本原則と効果]] / [[@2018__Impress__LeanとDevOpsの科学 - Chapter 8 製品開発のプラクティス]] / [[@2018__Impress__LeanとDevOpsの科学 - Chapter 10 従業員の満足度、アイデンティティ、コミットメント]] - 実体: [[Google]](従業員の20%タイム) / [[IBM]](THINK Fridayプログラム) - 書籍: [[LeanとDevOpsの科学[Accelerate]]] ## 出典 - Nicole Forsgren, Jez Humble, Gene Kim 著, 武舎広幸・武舎るみ 訳, 『LeanとDevOpsの科学[Accelerate]』, インプレス, 2018, 第9章 §9.2, §9.2.1, §9.2.2. - Nicole Forsgren, Jez Humble, Gene Kim 著, 武舎広幸・武舎るみ 訳, 『LeanとDevOpsの科学[Accelerate]』, インプレス, 2018, 第8章 §8.3, 図8.2. - Nicole Forsgren, Jez Humble, Gene Kim 著, 武舎広幸・武舎るみ 訳, 『LeanとDevOpsの科学[Accelerate]』, インプレス, 2018, 第10章 §10.2.