# ドメイン別RCA
## 定義
ドメイン別RCAは、根本原因分析を汎用 AIOps の単一手法として扱わず、対象システムの構造・信号源・介入可能性に応じて分ける考え方である。マイクロサービス、データベース、LLM 訓練クラスタ、RDMA ネットワークでは、同じ RCA という語を使っても観測対象と因果構造が大きく異なる。
## 横断的知見
- **マイクロサービス RCA** は依存グラフ・トレース・ログ・メトリクスを横断し、限定観測可能性や非致命的 RPC エラーを扱う。([[@2024__KDD__Microservice Root Cause Analysis with Limited Observability]], [[@2024__PACMCAS__The Tale of Errors in Microservices]])
- **DB RCA** は DB 内部機構の知識が律速で、D-Bot/DBAIOps/OpDiag のように診断ドキュメント・知識グラフ・実行計画を外部化する必要がある。([[データベース自律診断]], [[データベース O&M]])
- **LLM 訓練 RCA** はサービス依存グラフではなく、均質な GPU 群・集合通信・ストラグラー・ハードウェア故障を主信号にする。[[Minder]] はクラウドサービスの不均質な依存パターンではなく、訓練クラスタの均質性を利用する。([[@2025__NSDI__Minder - Faulty Machine Detection for Large-scale Distributed Model Training]])
- **RDMA/NetOps RCA** は PFC、wait-for graph、フロー/QP 単位の来歴などネットワーク固有の因果構造を扱う。([[@2025__SIGCOMM__Hawkeye - Diagnosing RDMA Network Performance Anomalies with PFC Provenance]])
- ドメイン差は手法差だけでなく、緩和可能性の差でもある。DB のノブ変更、マイクロサービスのロールバック、訓練クラスタのノード隔離、RDMA のフロー/スイッチ操作は安全制約が異なる。
- **サーバーレス RCA** はマイクロサービス RCA とも別のドメインとして位置づけるべきである。[[FaaSRCA]] の動機実験が示すように、マイクロサービス向け手法(Eadro)をサーバーレスに適用すると精度が大幅に低下する。理由は(1)短命な関数が長期連続データを生成せず系列モデリングが成立しない、(2)プラットフォーム側(Kubernetes 作成・破壊段階)の障害がアプリ側データだけでは観測できない、という 2 点にある。サーバーレスは「ゼロスケール可能・パルス状テレメトリ・二層アーキテクチャ」という構造上の差異を持つ。([[@2024__arXiv__FaaSRCA - Full Lifecycle Root Cause Analysis for Serverless Applications]] §III)
- **OT(運用技術)ドメインはマイクロサービスと異なり、センサー/アクチュエータの異常スコアをKPIに変換する前処理自体がドメイン知識を要する**: [[@2024__arXiv__LEMMA-RCA - A Large Multi-modal Multi-domain Dataset for Root Cause Analysis]] のSWaT/WADIサブデータセットは、ラベル列が離散値のため、Support Vector Data Description や Isolation Forest でモデル化した異常スコアを連続値KPIとして代用する(付録A)。マイクロサービスのlatency/error rateのように直接観測できるKPIが存在しないOTドメインでは、「KPI構築」自体がRCAパイプラインの前段タスクとして追加される。これは[[データベース自律診断]]が実行計画・知識グラフの外部化を要するのと同様に、ドメインごとに固有の前処理層が必要になることを示す一事例。(Source: [[@2024__arXiv__LEMMA-RCA - A Large Multi-modal Multi-domain Dataset for Root Cause Analysis]] §3.2)
- **同一のRCA手法群(CIRCA・BARO・RCD等)を IT/OT 両ドメインで走らせた結果、ドメイン間で最適手法が変わらない場合とモダリティ統合効果が変わる場合が分かれた**: LEMMA-RCAの評価では、CIRCAはマイクロサービス(Product Review/Cloud Computing)・水インフラ(SWaT/WADI)のいずれでも上位性能を維持する一方、multi-modal化による劇的な改善(Product ReviewでのBARO、PR@1が0.250→0.750)はSWaT/WADI(メトリクスのみでログモダリティが乏しい)では観測されない。「手法の相対的な強さ」はドメインを越えて安定するが、「モダリティ統合の効果」はドメインに強く依存するという分離が示唆される。(Source: [[@2024__arXiv__LEMMA-RCA - A Large Multi-modal Multi-domain Dataset for Root Cause Analysis]] Table 3–6)
- **ネットワーク機器RCAは、既存の「RDMA/NetOps RCA」(Hawkeye)とは信号源・粒度が根本的に異なる第7のドメインである**: 本ページの RDMA/NetOps RCA(Hawkeye)は PFC・wait-for graph・フロー/QP 単位の来歴というネットワーク**テレメトリ**を主信号とし、パケットロス・輻輳といった性能異常を診断対象とする。これに対し [[@2026__SIGCOMM__AIDA - Accelerating Root Cause Analysis for Multi-Vendor Device Failures with LLM-Powered Reasoning]] が扱うネットワーク機器RCAは、ハードウェア/ソフトウェア故障の根本原因を、ベンダーサポートとの**過去の診断メール(自然言語 + ログスニペット)**から抽出した推論チェーンとの照合で特定する。同じ「ネットワーク」ドメインでも、Hawkeyeはリアルタイムテレメトリの因果推論、AIDAは過去の専門家診断の自然言語知識を構造化して再利用するという、信号源(構造化テレメトリ vs 非構造化診断correspondence)が対照的な2つの下位ドメインが存在することを示す。さらにAIDAが扱う障害は「マルチベンダー」(機器メーカーごとに障害パターン・用語が異なる)という緩和可能性の制約を持ち、単一ベンダーを前提とする多くの既存ドメインRCA(DB・LLM訓練クラスタ)とも異なる。(Source: [[@2026__SIGCOMM__AIDA - Accelerating Root Cause Analysis for Multi-Vendor Device Failures with LLM-Powered Reasoning]] §1, §2.1)
- **ネットワーク機器RCAの「知識源」は、ドメイン別RCAが既に確認してきた「ドメイン固有の前処理層が必要」という知見に、ベンダーの専門知識をLLMで蒸留するという固有の前処理パターンを加える**: DB RCA が診断ドキュメント・知識グラフ・実行計画を外部化し(D-Bot/DBAIOps)、OTドメインがKPI構築自体を前処理として要する(LEMMA-RCA)のと同様に、ネットワーク機器RCAは「ベンダー固有の障害パターンをオペレータが持たない」という制約(§1で明示)から、RLでファインチューニングしたLLMによる推論チェーン抽出という前処理層を必要とする。前処理の対象が「データの構造化」(DB・OT)ではなく「専門家の暗黙知の構造化」である点が、本ページが蓄積してきた前処理パターンに新しい軸を加える。(Source: [[@2026__SIGCOMM__AIDA - Accelerating Root Cause Analysis for Multi-Vendor Device Failures with LLM-Powered Reasoning]] §3.3.1)
- [[XiHe]]は物理ネットワークの根本原因分析がマイクロサービスと質的に異なる点として、意味的類似度に基づく検索(RAG)がトポロジ的到達可能性を捉えられず失敗することを報告する(60%超のインシデントで誤った過去事例を検索)。決定的な運用知識ベース(19アノマリー型・124アラート信号)へ切り替えることで、キュレーション対象を8,256組から171組(2%)へ削減しつつ、マイクロサービス向け手法(RCACopilotのような直接チケット検索、Cloud Atlasのような相関ベースグラフ)を上回る精度・解釈可能性を達成した。(Source: [[@2026__SIGCOMM__Networked Agent Memory and Causality Representation - Experiences towards Interpretable Cloud-Scale Root-Causing]])
## 未解決の問い
- 汎用 RCA エージェントに、どの段階でドメイン別ツール・知識グラフ・評価指標を切り替えさせるべきか。
- ドメイン特化の診断信号を、共通の incident report / causal chain 表現へ正規化できるか。
- ドメイン別 RCA の成果を、共通の [[障害緩和]] エージェントへ渡すインターフェースは設計できるか。
- **Hawkeye(RDMA/NetOpsテレメトリ)とAIDA(ネットワーク機器診断メール)という2つの「ネットワーク」ドメインRCAを統合する余地はあるか**: 両者は同じネットワークインフラを対象としながら異なる信号源(テレメトリ vs 診断correspondence)を扱う。実運用では機器の性能異常(Hawkeyeの対象)がハードウェア/ソフトウェア故障(AIDAの対象)の前兆または結果であるケースも多いと考えられるが、両ドメインの知識グラフ・推論チェーンを橋渡しする設計は両論文とも扱っていない。
- **マルチベンダー制約(用語・障害パターンがベンダーごとに異なる)は、ドメイン別RCAの他の領域(DB・LLM訓練クラスタ)にも存在するか、ネットワーク機器ドメインに固有か**: AIDAはパーティション分割(§3.3.2 Step 1)でベンダー・製品モデルごとにKGを分離することでこの制約に対処するが、DB RCA(D-Bot/DBAIOps)やLLM訓練RCA(Minder)が同様のマルチベンダー/マルチ実装差異を扱う必要に迫られた場合、同じパーティション分割戦略が有効かは未検証。
## 関連
- 親: [[根本原因分析]]
- 概念: [[データベース自律診断]] / [[データベース O&M]] / [[LLM分散学習]] / [[RDMAネットワーク監視]] / [[NetOps]] / [[限定観測可能性]] / [[サーバーレスRCA]]
- ソース: [[@2024__arXiv__LEMMA-RCA - A Large Multi-modal Multi-domain Dataset for Root Cause Analysis]] / [[@2024__KDD__Microservice Root Cause Analysis with Limited Observability]] / [[@2024__PVLDB__D-Bot - Database Diagnosis System using Large Language Models]] / [[@2025__NSDI__Minder - Faulty Machine Detection for Large-scale Distributed Model Training]] / [[@2025__SIGCOMM__Hawkeye - Diagnosing RDMA Network Performance Anomalies with PFC Provenance]] / [[@2024__arXiv__FaaSRCA - Full Lifecycle Root Cause Analysis for Serverless Applications]] / [[@2026__SIGCOMM__Networked Agent Memory and Causality Representation - Experiences towards Interpretable Cloud-Scale Root-Causing]]
## 出典
- [[@2024__arXiv__LEMMA-RCA - A Large Multi-modal Multi-domain Dataset for Root Cause Analysis]](§3 IT/OT 4サブデータセットの構築、§3.2 SWaT/WADIのKPI構築、§4 IT/OTドメイン横断の6ベースライン評価)
- [[@2024__KDD__Microservice Root Cause Analysis with Limited Observability]]
- [[@2024__PVLDB__D-Bot - Database Diagnosis System using Large Language Models]]
- [[@2025__PVLDB__DBAIOps - A Reasoning LLM-Enhanced Database Operation and Maintenance System using Knowledge Graphs]]
- [[@2025__NSDI__Minder - Faulty Machine Detection for Large-scale Distributed Model Training]]
- [[@2025__SIGCOMM__Hawkeye - Diagnosing RDMA Network Performance Anomalies with PFC Provenance]]
- [[@2024__arXiv__FaaSRCA - Full Lifecycle Root Cause Analysis for Serverless Applications]]