# テクネー ## 定義 テクネー(technê、しばしば「技術」「技芸」「工芸(craft)」と訳される)は、古代ギリシア哲学における制作(poiêsis)にかかわる知の一形態を指す語である。アリストテレスの厳密な定義では、真なる推論(true reasoning)を通じて、存在しうる/存在しえない(=偶然的な)ものを生み出す性向(hexis)であり、その原理(archê)は制作者の側にある(『ニコマコス倫理学』1140a1–20、Source: [[@2003__SEP__Episteme and Techne]] §3、[[@1906__StandardEbooks__Nicomachean Ethics - Book VI Intellectual Virtues]] Book VI §IV)。プラトンにおいては、固有の機能(ergon)によって個別化され、経験(empeiria)から「対象についての説明(account/logos)を持つこと」と「対象の福利を志向すること」の2点で区別される。ソクラテス以前の系譜(クセノポン)では、エピステーメー(epistêmê)とほぼ無差別に用いられていた。 ## 横断的知見 - **「制作(poiêsis)対行為(praxis)」という区別の一致**: [[@1906__StandardEbooks__Nicomachean Ethics - Book VI Intellectual Virtues]] は「テクネーは正しい理にかなった『制作』の習性であり、行為ではなく制作に関わる点で思慮(フロネシス)と異なる」(§IV)と定義する。[[@2003__SEP__Episteme and Techne]] は同じ 1140a1–20 の議論をより詳細に敷衍し、この区別を「活動それ自体が目的であるもの(flute playing のように、行為自体が end)」と「活動から分離した産物を持つもの(house building のように、産物が end)」という一般原理(『ニコマコス倫理学』第I巻 1094a5–10、第II巻 1105a25–1105b5)へと接続する。NE Book VI 単独の精読では「テクネーは制作に関わる」という結論だけが得られるが、SEP はこの結論を支える「なぜ制作/行為の区別が種として異なるのか」という論拠(産物の分離可能性、活動の価値の所在)を補う(Source: [[@2003__SEP__Episteme and Techne]] §3)。 - **アリストテレス自身によるエピステーメーとの混用**: NE Book VI は technê と episteme を明確に分離する章として一次資料に取り込まれたが、SEP はアリストテレスが同じ『ニコマコス倫理学』内でもこの区別を随所で崩していることを示す。第I巻(1097a10–15)ではプラトン的な「善そのもの」への反論の中で technê と episteme を無差別に使い、第II巻(1106b5–15、中庸の説明)でも同様である。医術が「健康を研究する epistêmê」であると同時に「健康を生み出す technê」である、という指摘(『形而上学』981a5–b10 を承けた考察)は、NE Book VI の厳密な二分法を単独で読んだだけでは見えない緊張である(Source: [[@2003__SEP__Episteme and Techne]] §3)。 - **[[工学設計知識]] との接続可能性**: [[What Engineers Know and How They Know It]](Vincenti 1990)は工学設計知識を、Gilbert Ryle の knowing how/knowing that を両方含む広い「知識」概念で捉えるが、アリストテレスの technê はまさに knowing how の系譜(制作・産物にかかわる知)に位置する。ただし Vincenti はこの古代の語彙を参照しておらず、両者を明示的に架橋する文献は本 wiki には現時点でない(→ 未解決の問い)。 ## 未解決の問い - アレクサンドロス・アプロディシエンシスが導入する **stochastic technê(蓋然的技術)**(→ [[Alexander of Aphrodisias]])は、[[エンペイリア(経験知)]] とどう異なるか。医術のように「最善を尽くすが必ず成功するとは限らない」技術は、経験(empeiria)の系譜に属するのか、それとも technê の内部にとどまるのか、SEP の記述だけでは判然としない。 - テクネーの「対象の福利(welfare)を志向する」というプラトン的規定(『ゴルギアス』464c)は、現代の工学倫理・技術者倫理における「利用者の福祉」概念とどこまで連続するか。 - [[工学設計知識]](Vincenti)・[[技術的規則]](Poser)が独立に定式化する「工学は科学の単純な応用ではない」というテーゼは、technê/episteme の古代的分離(制作知対必然知)の20世紀における反復と見なせるか。両者を明示的に架橋する一次・二次文献は本 wiki に未収載。