# チャンクと記憶の制約
## 定義
チャンク(chunk)とは、刺激のうち極大の既知部分構造である。無意味綴り "QUV" は "Q"・"U"・"V" の 3 チャンクからなるが、単語 "CAT" は高度に馴染みのある単位なので 1 チャンクである。この定義は情報処理理論 [[EPAM]] に由来する。人間の認知に現れる記憶の制約は、この同一の単位で 2 つのパラメータとして測られる。すなわち、短期記憶が保持できるチャンクの数と、1 チャンクを長期記憶に固定するのに要する時間である。(Source: [[@1996__MITPress__The Sciences of the Artificial - Chapter 3 The Psychology of Thinking - Embedding Artifice in Nature]] p.66)
## 2 つのパラメータ
### 固定時間 — 1 チャンクあたり約 8 秒
- 機械的言語学習の速度は、試行回数ではなく**時間**で報告すると顕著な定数性を示す。Ebbinghaus が自身を被験者として行った無意味綴りの実験では、綴り 1 個あたり 10〜12 秒になる。1930 年代の Hull-Hovland 系の実験でも、大学 2 年生が連想価の低い無意味綴りを系列予期法で固定する時間は 10〜15 秒である。(Source: ch.3 "The Parameters of Memory—Eight Seconds per Chunk" p.64-65)
- 提示速度を上げる(綴り 1 個 4 秒から 2 秒へ)と、基準到達までの試行回数は比例して増えるが、**総学習時間はほぼ一定に保たれる**。試行回数で学習速度を報告する慣行がこの定数性を覆い隠し、「一試行学習」対「漸進的学習」という無意味な論争を生んだ。(Source: ch.3 p.65)
- EPAM はチャンクの固定に要する時間の定数性を措定する。経験的にはおよそ 8 秒、あるいはもう少し長い。有意味性・馴染み深さ・類似性が学習速度に及ぼす効果についての量的予測は、ほぼすべてこのチャンク概念と固定時間の定数性から導かれる。(Source: ch.3 p.66)
- 有意味性の効果は大きい。連想価の高い無意味綴りや無関係な単音節語は、連想価の低い無意味綴りのおよそ 3 分の 1 の時間で学習される。連続した散文は、無関係な語の系列に比べて 1 語あたりおよそ 3 分の 1 の時間で学習される。類似性(とくに刺激どうしの類似性)も固定パラメータに影響するが、その効果は有意味性よりやや小さい。(Source: ch.3 p.65)
- ここでいう定数性は光速の定数性ではなく、日々の気温がケルビンで 263〜333 度に収まる程度の、桁のオーダーあるいは 2 倍以内の定数性である。粗い定数性の背後には、測定時に何を統制すべきかが分かれば正確に定義できる真のパラメータがあると期待してよい。(Source: ch.3 p.64)
> [!note] 章内での数値の揺れ
> 本章に現れる固定時間の値は一様ではない。概念獲得の議論では「短期記憶から長期記憶へ 1 項目を移すのに 5〜10 秒」(p.61)、EPAM の議論では「約 8 秒」(p.66)、Waugh と Norman の実験の説明では「1 チャンクあたり 5 秒」(p.68)、チェス実験の議論では「1 チャンクの固定に 5 秒」(p.72)、結論では「約 8 秒」(p.81)と述べられる。Simon 自身が定数性を「2 倍以内」の水準と明言しているため、この幅は主張と整合する。
### 短期記憶容量 — 7 チャンク、割り込みが入れば 2
- 学習と問題解決の実験に繰り返し現れる第 2 の制約が、短期記憶に保持できる情報量である。単位はここでも固定時間の定義と厳密に同じチャンクである。(Source: ch.3 "The Parameters of Memory—Seven Chunks, or Is It Two?" p.66-67)
- このパラメータに注目を集めたのは George Miller の "The Magical Number Seven, Plus or Minus Two" である。ただし数字スパン・数量判断・弁別という 3 種の課題に単一のパラメータが関わるという当時の見方は、もはや同じ程度には妥当でない。今日ならこのパラメータは「およそ 2 秒でリハーサルできる情報量」と表現され、実際それは約 7 音節ないし短い語 7 語にあたる。(Source: ch.3 p.67)
- 数字や文字の列を読んで復唱するだけなら、7 個から 10 個までは正しく再生できる。しかし聞いてから復唱するまでにどんなに簡単な課題でも割り込ませると、保持できる数は **2** に落ちる。日常での馴染み深さから、これらは「電話帳定数」と呼んでよい。何にも(自分自身の思考にも)邪魔されなければ、電話帳から電話機まで 7 個の数字を保持できる。(Source: ch.3 p.67)
- 割り込みをまたいで 2 チャンクを超えて保持されるように見える実験は、たいてい既知の機構で倹約的に説明できる。被験者が刺激をより少ないチャンクに再符号化しているか(10 項目が 2 チャンクに再符号化できるなら 10 項目が保持される)、与えられた時間内に超過分を長期記憶に固定できているかのいずれかである。(Source: ch.3 p.67-68)
- Waugh と Norman の実験では、割り込みをまたいで確実に保持されるのは系列の最初の 2 項目だけで、残りには残余的な保持がある。長期記憶への転送速度を 1 チャンク 5 秒とすれば、この残余のほとんどが説明できる。Shepard が報告した写真系列の再認実験も、課題が再認であって弁別的な手がかりの貯蔵だけを要すること、1 項目あたり平均約 6 秒あったことを踏まえれば、同じ枠組みから予測できる。(Source: ch.3 p.68)
## 概念獲得の速度の限界
- 概念獲得の標準的な実験では、刺激カードが複数の次元(形・色・大きさ・位置など)で変化し、そのうち 1 次元が正解概念を定める。各試行は、反応の正誤にかかわらず、残っている概念のおよそ半分を排除する。したがって最も効率的な発見戦略のもとでは、必要な試行数は刺激の次元数の**対数**に比例する。(Source: ch.3 "Limits on Speed of Concept Attainment" p.60)
- 十分な時間(1 試行 1 分程度)と紙と鉛筆が与えられれば、通常の知能の被験者なら誰でもこの効率的戦略を教わって実行できる。しかし実際の実験では戦略は教えられず、紙と鉛筆も与えられず、1 刺激あたり 4 秒程度しか許されない。結果として被験者は計算値よりはるかに多くの試行を要する。訓練を与えても、4 秒で反応させ紙と鉛筆を禁じれば、効率的戦略は適用できないだろうと Simon は見る。(Source: ch.3 p.60-61)
- ボトルネックは半永久的な記憶の量ではない。人間は生涯にわたって雑多な事実を蓄え続けられるのだから、半永久的な貯蔵はほぼ無制限とみてよい。制約は、高速アクセス可能な貯蔵(短期記憶)の少なさと、項目を短期記憶から長期記憶へ移すのに要する時間にある。(Source: ch.3 p.61)
- Simon は検証可能な予測を置く。効率的戦略を教え、かつ 1 試行あたり 20〜30 秒を与えれば、紙と鉛筆なしでも被験者は効率的戦略を適用できるはずである。(Source: ch.3 p.62)
- 暗号算術課題でも、戦略以外に強く現れる人間の特性は短期記憶の小ささだけである。組合せ的な戦略の実行で被験者が苦しむのは、どこまで進んだか、どの割り当てを済ませたか、条件つきの割り当てにどんな仮定が伏在するかを忘れるためである。(Source: ch.3 p.63)
## 記憶の組織化とチャンク
- McLean と Gregg は、ばらばらの順に並べた 24 文字を学習させる際、1 文字ずつ提示する条件と、3・4・6・8 文字ずつ 1 枚のカードに載せる条件を比較した。まとめて提示したすべての条件で、学習に要する時間は 1 文字ずつの条件のおよそ半分になった。(Source: ch.3 "Stimulus Chunking" p.69)
- さらに、復唱時(とくに逆唱時)の項目の時間的まとまりを測ることで、学習された系列が 1 本の長いリストとしてではなく、**短い部分列の階層**として蓄えられていることが示された。部分列は実験者が提示したチャンクかその一部に対応し、自由にさせると被験者は 3〜4 文字のチャンクを好んだ。(Source: ch.3 p.69)
- 記憶は、成分がさらにリストでありうるリストの組織であり、記述的成分(2 項関係)と短い(3〜4 要素の)成分リストを含む、という仮説にこれらは導く。この形の組織は、視覚と聴覚の両様式、絵図的・図式的な情報と命題的(言語的・数学的)な情報の双方について、貯蔵の現象を説明する性質を備えているように見える。(Source: ch.3 p.74)
- 熟達者は自分の領域で**検索構造(retrieval structures)**あるいは**テンプレート(templates)**と呼ばれる像を既に長期記憶に持っており、そこに新情報を挿入するだけなら 1〜2 秒で済む。EPAM の枠組みでは、8 秒を要するのは弁別ネットを拡張する場合だけである。(Source: ch.3 p.66-68)
- 暗算課題の分析(Dansereau)では、4 桁×2 桁の掛け算に要する総時間のうち、基本的な算術操作と中間結果の固定で説明できるのはおそらく半分程度にすぎない。残りの多くは、一時的に固定した数を記憶から取り出し、操作可能な短期記憶の位置に「置く」ことに費やされているように見える。(Source: ch.3 p.69)
## 横断的知見
- 短期記憶と長期記憶を「容量が小さく高速な層」と「容量がほぼ無制限で低速な層」の 2 層とし、層間の転送コストを性能の支配要因と見る構図は、計算機アーキテクチャの [[メモリ階層とキャッシュ]] が採る構図と同型である。ただし Simon の議論では、この転送コスト(1 チャンク数秒)が**課題遂行の可否そのもの**を決めており、効率的な戦略を知っていても適用できないという形で現れる。計算機側の階層では転送コストは主に速度の問題として現れ、可否の問題にはならない。(Source: [[@1996__MITPress__The Sciences of the Artificial - Chapter 3 The Psychology of Thinking - Embedding Artifice in Nature]], [[メモリ階層とキャッシュ]])
- **同じ 8 秒が 2 つの尺度を決める**。第 3 章は固定時間 8 秒を短期記憶側の制約として使い、効率的な戦略を知っていても実行できないという形で 1 試行あたり数十秒の可否を論じた。第 4 章は同じ数値を長期記憶側の尺度として使い、年の単位に引き伸ばす。1 チャンクの恒久的な保持に 30 秒の注意(最初の獲得に 8 秒、過剰学習に 22 秒)を要するとすれば、年 1,500 時間(1 日約 4 時間)の集中的な学習を 10 年続けて 180 万チャンクである。ミリ秒からの数秒という第 3 章の測定が、そのまま熟達に要する年数の見積もりになる。(Source: [[@1996__MITPress__The Sciences of the Artificial - Chapter 3 The Psychology of Thinking - Embedding Artifice in Nature]] p.64-66, [[@1996__MITPress__The Sciences of the Artificial - Chapter 4 Remembering and Learning - Memory as Environment for Thought]] p.91)
- **同じチェス実験が両方の記憶パラメータを制約する**。第 3 章は de Groot のチェス知覚実験を短期記憶側から読み、マスターにとって実戦局面が 25 個の孤立した駒ではなく 5〜6 チャンクとして見えることを示した。第 4 章は同じ事実を長期記憶側から読み直す。よく指された対局の局面の多様性の量が推定できるなら、その 5〜6 チャンクを供給するために長期記憶に蓄えられていなければならないチャンクの総数も推定でき、複数の異なる推定法がいずれも約 5 万というオーダーに至る。しかもこの数は、大学教育を受けた読者の自然言語の認識語彙と同じオーダーである。1 つの実験が、短期記憶の容量と長期記憶の蓄積量という 2 つの独立なパラメータを同時に拘束している。(Source: [[@1996__MITPress__The Sciences of the Artificial - Chapter 3 The Psychology of Thinking - Embedding Artifice in Nature]] p.71-73, [[@1996__MITPress__The Sciences of the Artificial - Chapter 4 Remembering and Learning - Memory as Environment for Thought]] p.89)
- **格納と認識の非対称**。第 3 章が測ったのは格納の側のコスト(1 チャンク 8 秒、テンプレートがあれば 1〜2 秒)だが、第 4 章はその蓄積を使う側のコストを見積もる。5 万項目を弁別する特徴テスト体系は、各テストが二分的なら約 16 回のテストで認識に至り、1 テスト 10 ミリ秒なら全体で 200 ミリ秒未満である。取り出しは数百ミリ秒から 2 秒程度にすぎない。すなわち記憶の非対称は約 4 桁に及ぶ。この非対称があるからこそ、熟達者の「直観」を探索ではなく認識として説明できる。(Source: [[@1996__MITPress__The Sciences of the Artificial - Chapter 3 The Psychology of Thinking - Embedding Artifice in Nature]] p.66-68, [[@1996__MITPress__The Sciences of the Artificial - Chapter 4 Remembering and Learning - Memory as Environment for Thought]] p.87-90)
- **上限を決めるのは領域でなく時間である**。第 3 章は長期記憶の量を「ほぼ無制限」とだけ述べ、ボトルネックを短期記憶と転送時間に置いた。第 4 章はこの「無制限」に実効的な天井があることを示す。チェス・医学・数学・化学のように隔たった分野が同程度の記憶貯蔵を要求するとしても、その比較可能性は領域の性質について何も語らない。誰もそれらの領域のすべてを知ってはおらず、専門家の知識は同分野の他の専門家と同程度であれば十分だからである。専門知識に上限を課すのは、獲得と維持に充てられる時間、すなわち人間の覚醒生涯の一部でしかない。ゆえに 10 年で獲得できないほど知識が膨れた領域では、専門分化と外部の参照資料への依存という適応が起きる。(Source: [[@1996__MITPress__The Sciences of the Artificial - Chapter 3 The Psychology of Thinking - Embedding Artifice in Nature]] p.61, [[@1996__MITPress__The Sciences of the Artificial - Chapter 4 Remembering and Learning - Memory as Environment for Thought]] p.90-92)
- **10 年という経験的な下限**。調べられている 2 つの領域では、最も才能ある人でも最高の専門的水準に到達するのに約 10 年を要する。チェスを始めてから 9 年数か月でグランドマスターになった Bobby Fisher と Judit Polgar を除けば、10 年未満でその水準に達した記録はない。Mozart を例外としない限り、10 年の真剣な学習と練習を終える前に一流の音楽を作った作曲家の記録もなく、Mozart の場合ですら書き始めてから 7 年目から 10 年目の作品は少年期の作品として注目される。この経験的な観察と、第 3 章の固定時間から導かれる計算(180 万チャンク / 10 年)が独立に同じオーダーを指している点が、Simon がこの推定を信頼する根拠になっている。(Source: [[@1996__MITPress__The Sciences of the Artificial - Chapter 4 Remembering and Learning - Memory as Environment for Thought]] p.91-92, [[@1996__MITPress__The Sciences of the Artificial - Chapter 3 The Psychology of Thinking - Embedding Artifice in Nature]] p.64-66)
- **蓄積量の増大は複雑さの増大ではない**。第 3 章は記憶を階層的リスト構造として組織されたものと論じた。第 4 章はその組織が規模に対して不変であることを主張する。記憶貯蔵はどれほど大きくなっても、同じ基本部品で構成され、同じ原理で組織され索引づけられ、同じ基本形式の過程で操作される。Library of Congress の蔵書が数千冊から数千万冊に増えても、図書館の建築という点では複雑さの増大とは言い難いのと同じである。(Source: [[@1996__MITPress__The Sciences of the Artificial - Chapter 3 The Psychology of Thinking - Embedding Artifice in Nature]] p.69-74, [[@1996__MITPress__The Sciences of the Artificial - Chapter 4 Remembering and Learning - Memory as Environment for Thought]] p.99)
## 未解決の問い
- Simon が本章で置いた予測(効率的戦略を教え、1 試行 20〜30 秒を与えれば紙と鉛筆なしでも効率的戦略を適用できる)は、その後検証されたのか。
- 上下・斜めの関係を左右の関係とあわせて学習するには、左右だけの場合の約 2 倍の時間がかかる、という EPAM 型の予測を Simon は「容易に検証できるが、知る限り検証されていない」と書いている。(Source: ch.3 p.71)
- 「7 チャンク」と「8 秒」に対応する生理学的構造は何か。チャンクが固定される 8 秒のあいだ脳で何が起きているのか。Simon はこれを情報処理的説明と生理学的説明が接する界面の問いとして残している。(Source: ch.3 p.83)
- チャンクの獲得そのもの、すなわち何が「馴染みのある単位」になるかを決める学習過程について、第 4 章はプロダクションの獲得(例からの学習・することによる学習)と知覚的弁別の学習([[EPAM]])という枠組みを与えるが、獲得された単位の粒度がどう決まるかには答えていない。Simon 自身も、例からプロダクションを学ぶ際に「適切な一般化の度合い」をどう選ぶか(条件に "6X" ではなく「変数項」を書くのはなぜか)を「省略した本質的な細部」と認めている。(Source: [[@1996__MITPress__The Sciences of the Artificial - Chapter 4 Remembering and Learning - Memory as Environment for Thought]] p.104)
- 「1 チャンクの恒久的な保持に 30 秒」という内訳(獲得 8 秒 + 過剰学習 22 秒)のうち、22 秒という値の出所を第 4 章は示していない。8 秒には第 3 章の詳細な経験的裏づけがあるが、過剰学習の側にはない。180 万チャンクという推定はこの値に線形に依存する。
- 熟達者が使う検索構造・テンプレートは、それ自体を獲得するのに何チャンク分の時間を要するのか。テンプレートがあれば 1〜2 秒で済むという節約は、テンプレート獲得の初期投資を差し引いてなお成り立つか。第 3 章・第 4 章とも、この収支は計算していない。
## 関連
- 章: [[@1996__MITPress__The Sciences of the Artificial - Chapter 3 The Psychology of Thinking - Embedding Artifice in Nature]] / [[@1996__MITPress__The Sciences of the Artificial - Chapter 4 Remembering and Learning - Memory as Environment for Thought]]
- 概念: [[情報処理システムとしての人間]] / [[ヒューリスティック探索]] / [[メモリ階層とキャッシュ]] / [[問題の理解と表現]]
- 実体: [[EPAM]] / [[Herbert A. Simon]]
- 書籍: [[The Sciences of the Artificial]]
## 出典
- Herbert A. Simon, *The Sciences of the Artificial*, third edition, The MIT Press, 1996, Chapter 3, pp. 51-84.
- Herbert A. Simon, *The Sciences of the Artificial*, third edition, The MIT Press, 1996, Chapter 4, pp. 85-110.