# ソフトウェア定義アクセスネットワーク
## 定義
ソフトウェア定義アクセスネットワークとは、加入者収容網(subscriber access network)、すなわち住宅・事業所・モバイル端末をインターネットへ接続する「ラストマイル」に、SDNの中核原理であるコントロールプレーンとデータプレーンの分離・論理的中央制御を適用する取り組みを指す。対象はPON(Passive Optical Network、光ファイバー加入者網)とRAN(Radio Access Network、無線アクセス網)の2つであり、それぞれSD-PON・SD-RANと呼ばれる。両者はこれまで、L2/L3のEthernetスイッチング機器とは全く異なる系譜で進化してきた、ベンダー専有(purpose-built)の機器の集合体であり、SDNが他のドメイン(データセンターファブリックなど)で実証してきたディスアグリゲーション(制御と転送の分離、汎用ハードウェア化)を、この専有領域に持ち込めるかどうかが本概念の核心的な問いになる。(Source: [[@2021__SystemsApproach__Software-Defined Networks - A Systems Approach - Chapter 9 Access Networks]] ch.9 §9.1)
## PONとRANの非対称性: SDN適用範囲を決める物理層の違い
PONとRANは10,000フィート視点では類似したアーキテクチャを持つ(いずれもISPの拠点=Central Office/Head Endを起点とし、末端の集合を束ねる木構造・オーバーレイ構造)が、SDNをどこまで適用できるかは両者の物理層の性質によって大きく非対称になる。
PONはスプリッタが受動的(passive)であるため、ネットワーク内部でのソフトウェア制御の余地が原理的に存在しない。フレーミングは終端点であるOLT(Optical Line Terminal、ISP側)とONU(Optical Network Unit、各家庭)でのみ行われ、ONUはOLTからの指示に従うだけの「ダンブ」なデバイスである。したがってSD-PONの適用範囲は終端点(特にOLT)のソフトウェア制御に限られ、実質的にはOLTのディスアグリゲーションに帰着する。
RANはこれと対照的に、基地局群がバックホール上にオーバーレイされたパケット交換網であり、基地局は事実上の専用パケットスイッチとして機能する。ハンドオーバー・負荷分散・リンクアグリゲーションといった判断は基地局が協調して実装する分散意思決定アルゴリズムであり、これを中央集約すればグローバルな最適化問題に変換できる。したがってRANでは基地局自体のディスアグリゲーションと機能の分散配置(「分割」と「分散」)によって、SDNの本領である論理的中央制御を実現する余地がある。(Source: [[@2021__SystemsApproach__Software-Defined Networks - A Systems Approach - Chapter 9 Access Networks]] ch.9 §9.1.3)
## SD-PON: 終端点のディスアグリゲーションとしてのSDN適用
OLTは実質的に、ポートごとに異なるMAC層フレーミングプロトコルを持つL2スイッチであり、OCP準拠のベアメタルL2スイッチと同様にベアメタルOLTの調達が可能になりつつある。SD-PONの実現には3つの課題が伴う: (1) 各OLTへのサービスレベル構成(Traffic Profile)の投入、(2) ONUがOLT経由でしか間接制御できない制限デバイスである点、(3) レガシー機器との共存。
これに対応するアーキテクチャの中心が、VOLTHA(Virtual OLT Hardware Abstraction)である。VOLTHAはNetwork OS(ONOSなど)と個々のOLTの間に位置するハードウェア抽象化レイヤーで、北向きにOpenFlowインターフェースを公開し、ベンダー固有アダプタで各OLTとの差異を吸収する。Network OS非依存(agnostic)であることを狙って設計されており、この点でONOS自体の南向きアダプタフレームワークとは独立に存在する。さらにONOSは、OLTと配下のONU群を1つの論理スイッチとして扱う(ネットワーク側ポートNNI・ユーザ側ポートUNI)。ONUが起動すると対応するUNIで「port active」イベントが発生し、SD-PON制御アプリ群が802.1X認証・QoSプロファイル付きパス設定・DHCPによるIPアドレス割り当てとBNGまでの経路設定という一連の処理を実行する。この実際のONFオープンソースプロジェクト名はSEBA(SDN-Enabled Broadband Access)である。(Source: [[@2021__SystemsApproach__Software-Defined Networks - A Systems Approach - Chapter 9 Access Networks]] ch.9 §9.2)
## SD-RAN: ディスアグリゲーションと分散によるSDN適用
RANへのSDN適用は、5Gが単なる帯域増加ではなくAR/VR・ミッションクリティカルアプリケーション・IoTを含む多様なエッジサービスへの転換を目指す中で、増加する機能追加速度の要求に応えるために追求されている。基本設計思想はPONと対照的で、基地局の機能を分割(split)し、分割した機能を分散配置(distribute)することで、局所的だった意思決定をグローバルな最適化問題に転換する。具体的な機構(Split-RANによるCU/DU/RU階層、RIC(RAN Intelligent Controller)による集中制御、A1/E2/xApp SDKというインターフェース群)は、5G固有の技術詳細として [[5Gモバイルネットワーク]] concept 側で扱う。本概念では、SD-RANが「PONと同じSDN原理(コントロール/データプレーン分離)を、PONとは正反対の物理的制約(能動的なパケット交換網)のもとで実現する」という、SD-PONとの対比における位置づけにとどめる。(Source: [[@2021__SystemsApproach__Software-Defined Networks - A Systems Approach - Chapter 9 Access Networks]] ch.9 §9.3)
## SD-Fabricによる統合: access-edge cloud
PON・RANはいずれも、アクセス固有機能(認可・サービス差別化・課金、RANの場合はさらにモビリティ追跡)を追加したIPゲートウェイ(PONにはBNG、RANにはMobile Core)と対になっている。この追加機能の大部分はコントロールプレーン(または管理プレーン)で動作し、データプレーンは一般的なL3ネットワークとほぼ同様に振る舞うため、[[データセンターL2ファブリック|SD-Fabric]]で実装できる。PON側ではQ-in-Qタギングによるサブスクライバサービス差別化をSD-Fabricが提供し、SD-PONアーキテクチャのファブリックスイッチはSD-Fabric自体と同一の実装である。RAN側ではMobile CoreのデータプレーンであるUPF(User Plane Function)をプログラマブルスイッチへオフロードでき、`fabric.p4`への`upf`拡張として実装される。
このように、アクセスネットワーク(PON・RAN)とスイッチングファブリック(SD-Fabric)はSDNにおいて相補的なユースケースとして連携する。スイッチングファブリックはアクセスネットワークの制御プレーン機能(RIC・xApps含む)をホストするサーバを相互接続するだけでなく、アクセスネットワークに代わってデータプレーン機能の一部も実行する。この組み合わせの帰結が*access-edge cloud*であり、コモディティサーバとスイッチから構築される中規模クラスタが企業や他のエッジサイトに展開され、アクセスネットワークのワークロードとエッジサービスのワークロードの両方をホストできる。[[Aether]]は、SD-Fabric・SD-RAN・SD-Coreを自己完結パッケージとして組み合わせたaccess-edge cloudのオープンソース例である。(Source: [[@2021__SystemsApproach__Software-Defined Networks - A Systems Approach - Chapter 9 Access Networks]] ch.9 §9.4)
## 横断的知見
- 本概念は現時点で単一ソース([[@2021__SystemsApproach__Software-Defined Networks - A Systems Approach - Chapter 9 Access Networks]])のみを出典とする。2ソース目以降が加わり次第、複数ソースの突き合わせで見えた観察をここに蓄積する。
## 未解決の問い
- PONは受動的であるためSDN適用が終端点のディスアグリゲーションに限られると本章は述べるが、この制約はPON自体の物理層設計(能動素子を持たない木構造光配線)に起因する不変の制約なのか、それとも将来PONの物理層設計自体が変わればRAN同様の中央集権制御が可能になる余地があるのか、本章は明言していない。
- SEBA(SD-PONの実際のONFプロジェクト名)とSD-RAN・SD-Coreは同じONFの傘下にあるが、それぞれの開発の成熟度(本番採用状況)に大きな差があるかどうかは、本章の記述だけでは判定できない。SD-PONは「production networks are now being deployed by Telcos throughout the world」と明記される一方、SD-RANやSD-Coreの本番採用状況への言及は薄い。
- VOLTHAが「Network OS非依存」を狙って設計され、結果としてONOSの南向きアダプタフレームワークと機能が重複しているという指摘(§9.2)は、SDNソフトウェアスタックにおける抽象化レイヤーの重複コストの一例である。この種の重複が他のアクセス技術(例えばDOCSIS/ケーブルモデム網)でも生じているかは、本章の対象外であり本wikiでは未調査。
- access-edge cloudという概念は、PON/RANという「アクセス」と、SD-Fabricという「データセンターファブリック」の境界を事実上溶かす。この境界の消滅が、[[ソフトウェア定義ネットワーク]] conceptが扱う他のSDNユースケース(データセンター内リーフスパイン、ネットワーク仮想化)の設計原理にも波及するかどうかは、本概念では未整理。
## 関連
- 概念: [[ソフトウェア定義ネットワーク]](本概念が輸入するコントロール/データプレーン分離という原理の出典元) / [[5Gモバイルネットワーク]](RAN側の技術詳細: Split-RAN・RIC・A1/E2インターフェース・5G Mobile Core) / [[データセンターL2ファブリック]](SD-Fabricの技術詳細)
- 実体: [[ONOS]](SD-PON・SD-RANの制御基盤) / [[Open Networking Foundation]](SD-PON=SEBA・SD-RAN・SD-Coreの開発元) / [[SD-Fabric]](アクセスネットワークのデータプレーンを実装するファブリック) / [[P4]](UPFオフロードの実装言語) / [[O-RAN Alliance]](SD-RANのインターフェース標準化団体) / [[Aether]](access-edge cloudの実例)
- ソース: [[@2021__SystemsApproach__Software-Defined Networks - A Systems Approach - Chapter 9 Access Networks]]
## 出典
- Peterson, Cascone, O'Connor, Vachuska, and Davie, *Software-Defined Networks: A Systems Approach*, 2021, Chapter 9: Access Networks, §9.1-§9.4. https://sdn.systemsapproach.org/access.html