# スクワッド・トライブ・チャプター ## 定義 スクワッド・トライブ・チャプターとは、『LeanとDevOpsの科学[Accelerate]』第16章が事例として紹介する、ING Netherlands の自己組織化されたアジャイル型組織モデルである。ING は2年前に事業部門ごとに分割された多次元的なマトリックス組織へ移行し、顧客価値に関する一連の流れ(リーンマネジメントで言う「バリューストリーム」)を把握できるようにした。各事業部門は関連する製品やサービスを提供する「トライブ」から構成され、各トライブは「スクワッド」と呼ばれる自律的に業務を遂行するチームの集合であり、各スクワッドは個々の顧客の課題に責任を負う。加えて、同じ専門分野のメンバーで構成された横断的な「チャプター」が、複数のスクワッドを横断する専門知識の提供とメンバーの学び・能力向上を担う。図16.2が示すとおり、このモデルには固定した構造はなく常に進化を続けている(ING提供)。(Source: [[@2018__Impress__LeanとDevOpsの科学 - Chapter 16 ハイパフォーマンスを実現するリーダーシップとマネジメント]] ch.16 p.211-212, 図16.2) ## 各単位の定義と役割 - **トライブ**: 相互に関連するミッションをもったスクワッドの集合。平均150名で構成される。「トライブリード」がトライブ全体の優先順位の設定や予算の割り当てを行い、他のトライブとの知識・知見の共有を促す仲介役となる。 - **スクワッド**: アジャイル組織の基本単位。9名未満で編成され自律的に業務を遂行し、異なる部門の代表が同じ場所で作業し、顧客の課題解決に対し一貫して責任を負う。目標の変化に伴って部門構成を変更し、目標が達成されると解散する。人数は Amazon の CEO、Jeff Bezos が提唱した「2枚のピザ」ルール(2枚のピザでは賄えないほど大人数のチームは作らないというルール)に従う。ほとんどのスクワッドはエンジニアだけでなくマーケティング担当者も含み、顧客価値について共通の理解をもつ「1つのチーム」として部門横断的に協働する。ING はこうしたチーム構成を(DevOpsにBizを加えて)「BizDevOps」と呼んでいる。 - **チャプター**: スクワッドを横断し、専門技術や知識を高める。同じ専門分野のメンバーで構成されるヨコの連携(例: 「データ分析」のチャプター)。「チャプターリード」が1つのチャプターを担当し、スクワッドを代表する自己啓発・コーチング・人員の配置・パフォーマンス管理を行う。 - **プロダクトオーナー**: スクワッドのメンバーであってチームのリーダーではなく、スクワッド内の活動の調整、バックログやToDoリストの管理、優先順位の設定を担当する。IT関連のスクワッドの場合はIT分野の「リード」が主導する。 - **アジャイルコーチ**: トライブ内のメンバーやスクワッドに対してコーチングを行い、ハイパフォーマンスのチームを作り上げる役割。 - **専門人材センター**: 「通信の専門家」や「エンタープライズアーキテクト」など特定の知識・技能をもつ人材を集めた組織。 - **プロダクト・エリア・リード(新設予定)**: 密接に関連する複数のスクワッドを提携させるための、連携のための新しい役割。当初予定していなかったが、体験と学びを通して浮上してきた。 (Source: [[@2018__Impress__LeanとDevOpsの科学 - Chapter 16 ハイパフォーマンスを実現するリーダーシップとマネジメント]] ch.16 図16.2, p.212) ## 学びの流れを支える仕組み(オーベヤとキャッチボール) 各スクワッドは自分たちの「オーベヤ」(壁一面のホワイトボードやポストイットで目標・パフォーマンス・WIP・完了作業を可視化した作業場)を持ち、トライブレベルではトライブリードのオーベヤが戦略的改善・パフォーマンスのモニタリング・製品ラインのロードマップ・リーダーシップアクションの4ゾーンで可視化を行う。毎日のスタンドアップで生じた問題は、スクワッド内で解決できなければ他のスクワッドメンバーとの協働やIT分野のリードへの「エスカレーション」を経て、スクワッドのオーベヤ→トライブのオーベヤ→経営幹部のオーベヤへとタテ・ヨコ方向にリレーされる。このコミュニケーションパターンが「キャッチボール」と呼ばれ、組織のあらゆる場面で学びの流れを生み出す。(Source: [[@2018__Impress__LeanとDevOpsの科学 - Chapter 16 ハイパフォーマンスを実現するリーダーシップとマネジメント]] ch.16 p.214-216, 図16.3) ## 横断的知見 - **ING のスクワッド/チャプターという二層構造は、既存の[[SRE組織変革]]が『SREをはじめよう』15章から集約した「分散型/埋め込み型モデル(Facebookモデル)」と、独立に同型の設計思想へ到達している**: [[SRE組織変革]] は、『SREをはじめよう』15章が業界の統合モデルを中央集権型/パートナー型・分散型/埋め込み型・ハイブリッド型に整理し、後者を著者が「Facebookモデル」と呼ぶこと、また Facebook の集中型オンコールチーム SRO が「クラッチ」として機能した後に解散し各ソフトウェアチームへ運用能力を分散させた経緯を記録している。ING のスクワッドは、顧客の課題ごとに自律的に責任を負う分散実行単位である点で「分散型/埋め込み型」の思想と重なり、チャプターは実行を集中化せずに専門知識の伝播だけを横断的に担う点で、SRE 領域の「中央集権型チームへの依存」を避ける設計と同じ方向を向く。銀行業界の DevOps 組織論(Accelerate)と SRE 組織論(『SREをはじめよう』)という異なる分野・異なる書籍が、「実行は分散させ、専門性の伝播だけを横断構造で担う」という同型の設計に独立に到達していることが、両概念を並べると見えてくる。ただし ING のチャプターと SRE の「分散型/埋め込み型モデル」が同一の組織理論に基づくかどうかは、ch16 の記述だけからは確認できない。(Source: [[@2018__Impress__LeanとDevOpsの科学 - Chapter 16 ハイパフォーマンスを実現するリーダーシップとマネジメント]] ch.16 p.212, [[@2024__OReillyJapan__SREをはじめよう - Chapter 15 SREを組織に組み込む]]) ## 未解決の問い - ING がこのモデルへ移行したのは「2年前」(ch16 執筆時点からの相対表現)とのみ記述され、正確な年は原本に明示されていない。 - チャプターと専門人材センターの違いは、ch16 では「同じ専門分野のメンバーによる横断的グループ」と「特定の知識・技能をもつ人材を集めた組織」という説明にとどまり、両者の役割分担の境界は明確に書き分けられていない。 - 新設予定の「プロダクト・エリア・リード」の具体的な権限・責任範囲は、「密接に関連する複数のスクワッドを提携させるためのもの」と述べられるにとどまり、詳細は原本に書かれていない。 - スクワッド/トライブ/チャプターという用語法は、ING が独自に発展させたものか、他社が先行して広めた同名の組織モデルに由来するものかは、ch16 の記述だけからは判断できない(原本は出典や参照元を挙げていない)。 - チャプターと、既存の[[プラクティスのコミュニティ]]概念が扱う専門知識共有の仕組みとの異同は、両ページを直接突き合わせて検証されていない。 ## 関連 - 概念: [[SRE組織変革]](中央集権型/分散型・埋め込み型という組織構造の対立軸を SRE 領域で先行して蓄積してきた概念) / [[変革型リーダーシップ]](トライブリードのコーチング実践という事例の層) / [[リーンマネジメント]](オーベヤ・キャッチボールという可視化の実践プラクティス) - source: [[@2018__Impress__LeanとDevOpsの科学 - Chapter 16 ハイパフォーマンスを実現するリーダーシップとマネジメント]] - 書籍: [[LeanとDevOpsの科学[Accelerate]]] ## 出典 - Steve Bell, Karen Whitley Bell 著, 武舎広幸・武舎るみ 訳, 『LeanとDevOpsの科学[Accelerate]』, インプレス, 2018, 第16章.